本日から高校野球編スタートです!
第六十八話
四月八日、早朝。本田家ではゆっくりとした朝食の時間が訪れていた。
「相変わらず母さんのご飯は美味しいね」
大地は母である桃子の作った朝食を食べながら、その料理を褒めていた。
「あら、ありがとう。大地がそうやって毎日褒めてくれるから、作りがいがあるわ〜」
桃子もまんざらではない様子で答える。その雰囲気は新婚夫婦のようではあるが、この二人は間違いなく親子であった。
「今日は高校の入学式よね。本当に私も行かなくていいの?」
「うん、大丈夫。入学式は生徒だけで保護者はいないんだってさ」
コーヒーを一口飲んだ大地は、桃子の質問に答える。今日は進学した高校の入学式であり、大地は新しい制服に身を包んでいたのだった。
「母さんは今日も仕事でしょ? 主任になると忙しそうだよね」
「まあねー。でもそれだけやりがいがある仕事だし、何より子供たちが可愛いからやっていけているわね」
桃子は昨年、専任リーダーから主任保育士に昇格して、給与もアップしていた。実は桃子は、茂治の遺産には
自身の稼いだ給料だけで、ここまで大地達を育ててきたのだ。しかしそれも高校進学の際にお金が足りなくなると思われていたのだが、大地達が奨学金を受け取ることが出来たため、その心配もなくなりホッとしていた。
「ところで……あなたの弟のお寝坊さんは、そろそろ起こさなくていいの?」
「ああ、そうだよね……でも起きるとうるさいから、もう少しだけ寝かせておこうよ」
大地は食後のコーヒーを
しかしその穏やかな時間もすぐに無くなるのが世の無常であろう。
「やっっべぇぇ!! もうこんな時間じゃん!」
「あらあら。ついにお目覚めね♪」
桃子は、寝室から大声がするのを確認した後、朝食の用意に取り掛かろうとキッチンに入っていった。
それと同時に一人の青年がダイニングへと走り込んでくる。大地と違い、制服はとりあえず着たような様子であり、かなり乱れていた。
「おはよ、
「お、おお! 大地! なんで起こしてくれなかったんだよ! 朝飯を食う時間ほとんど無いじゃんか!」
本田吾郎──大地の双子の弟である──が大地に文句を言いながら席につく。そして、桃子が笑いながら朝食のプレートを運んできた。
「ふふっ、高校生になっても相変わらずなんだから。大地を少しは見習いなさいよ」
「うっせぇなぁ! 分かってるよ! いっただきまーす!」
桃子の苦言を右から左に流した吾郎は、朝食を味わうこともなく胃の中に流し込んでいく。現在の時刻は七時四十分。あと十分ほどで家を出ないと、遅刻しかねない時間帯である。
「せっかく母さんが作ってくれたんだから、ちゃんと味わって食べなよ」
「じゃって、むぐむぐ、じゃかんが!」
だって時間が無いからと言いたかったのだろうが、口の中に精一杯詰め込んでいるため、まったく話せない状態であった。麦茶を飲んで口の中を空にしたところで、吾郎はスクールバッグを持って家を出ようとする。
「よっしゃ! 母さん、ご馳走様! 大地、行くぞ!」
「いや……歯くらい磨きなよ……」
結局、吾郎が歯を磨くのを待っていたため、家を出たのが遅刻ギリギリの時間となってしまっていたのであった。
「母さん、行ってきます」
「行ってきます!」
「はいはい、気を付けてね! ……って私ももう行かなきゃ!」
桃子に見送られて、バス停まで走って行く本田兄弟なのであった。
◇
「いやぁー! 間に合ってよかったね、大地君!」
「……うるさいわ! いい加減早く起きられるようになれよな」
全力で走ったところ、予定の一本前のバスに乗ることが出来た大地と吾郎。少し混んでいたが、それも次第に人が少なくなっていった。そして、止まったバス停から一人の女の子が乗車してきた。
その女の子はバスに乗るなり周りを伺っていたが、吾郎達を見つけると笑顔で近付いてくる。
「二人ともおはよう」
「おはよ、清水さん」
「おう、清水! おはよ!」
清水の挨拶に二人も返事をする。清水がホッとしたような顔をしていたため、大地は何があったのかと尋ねた。
「清水さん、何かあったの?」
「ん? い、いや、なんでもないんだけどさ……今日、聖秀の入学式じゃん? だから一人だと微妙に心細かったから、同じバスに大地と吾郎がいて良かったと思って」
清水は素直に自分の気持ちを告げると、吾郎から「そんな緊張する性格じゃないだろ」とからかわれていた。
──聖秀学院高校。元々は女子校だったのだが、経営方針の転換で今年度から共学となっていた。男子生徒をより多く獲得するために、体育科に関しては実技と面接のみという破格の待遇で、大地と吾郎は楽々試験の通過をしていた。
「ああ、それは仕方ないよね。誰だって緊張はするし……って吾郎はいつまで清水さんのことからかってんだよ」
「えっ、ああ。こいつ、からかうと反応が面白くてさ」
「誰がいじられキャラだッッ!!」
周りの迷惑を考えずに大声ではしゃいでいる──イチャついているともいう──二人にため息をつき、大地は無視してバスの窓から景色を眺めることにした。
道路沿いにある桜は満開の時期を過ぎていたが、それでもまだ綺麗に咲き誇っていた。
◇
バスを降りて、高校の前に着いた三人。一本早いバスに乗ることが出来たため、余裕を持って到着していた。
「ようやく着いた〜!」
清水は伸びをしながら、中学校時代とは違う通学路に気持ちを高ぶらせていた。
「新入生は、クラス発表前に体育館へ集合だってさ」
大地が校門前に大きく書いてある文字を吾郎と清水に話し、道順に書いてある通り体育館へ向かっていると、後ろから話し掛けられる。
「ようやく来たか……本田兄弟」
「……おはよ、薬師寺。俺らが来るのを待っていたのか?」
後ろを振り返ると、そこには聖秀の制服に身を包んだ薬師寺が立っていた。
「……別にそんなんじゃねーよ」
図星を指されて、少し照れたかのようにそっぽを向く薬師寺。その姿を見て、大地は苦笑いをする。
「まぁとりあえず体育館へ行こうぜ。寿くんや他の連中も来ているだろうし──」
「待てよ……」
大地が体育館へ行こうと促すと、薬師寺が大地達を呼び止める。
「何?」
「先に言っておこうと思ってな。俺達は海堂の特待生枠を蹴ってまで、わざわざ
大地や吾郎を睨みつつ、少し厳しい口調で話す薬師寺。その凄んだ言葉に大地は怯むどころか、軽く笑いながら返事をする。
「……ああ、それは心配しなくていいよ。
その返答に薬師寺は「分かった」とだけ言い、体育館へと先に一人で向かっていった。
薬師寺が去っていった後、清水が心配な顔をして大地に問いかける。
「だ、大地……何あの人? めっちゃ怖くない?」
「シニア時代に対戦したことがある人だよ。見た目ちょっと怖いかもだけど、わざわざ
薬師寺はその実力の高さから、海堂高校の特待生の内定を受けていた。しかし、海堂のセレクション後に大地達によるアプローチで聖秀学院高校への引き抜きに成功していたのであった。
「てかあんた達も物好きよね。わざわざ元女子校に野球部作るために男子を集めるなんて聞いたことないよ」
「あはは……ってヤバい! そろそろ入学式始まるぞ!」
その場にずっと留まって話していたため、思った以上に時間が経過していた。三人は急いで体育館へと向かうのであった。
◇
入学式も無事終わり、割り当てられた教室へと向かっていく大地達。聖秀学院高校初の男子生徒は一つのクラスに纏められているようで、クラスの四分の一ほどが男子生徒で埋まっていた。
「私も同じクラスで良かったよぉ! 普通科と体育科で違うからクラスも違うのかと思ってた」
安心したように清水は、大地達と一緒に話しながら教室へと入った。
「科が違うけど、選択授業が違うだけで後は同じみたいだね」
「へぇ、そうなのか? ……お! 寿也もいるじゃんか!」
吾郎は興味なさげに大地の説明を聞くと、早速寿也を見つけて、彼の座っている机に向かう。
「寿也!」
「ああ、吾郎君。大地君や清水さんもおはよ」
「おはよう〜」
「寿くん、おはよ」
寿也に挨拶をした大地達は、黒板に書かれた自身の席を見つけてバッグ置くと、再び寿也のところに集まる。
「今年の男子生徒の入学生は十人みたいだよ。ギリギリだったね」
「だなぁ……全員が野球部に入ってくれれば良いんだけど……」
「大丈夫だろ。野球の面白さを知れば、誰だってやりたくなるさ」
寿也と大地がホッとしている中、吾郎だけは楽観的に話していた。周りには少しチャラそうな──いかにも高校生デビューしたような──生徒や、ふくよかな体型の生徒、逆にメガネを掛けた痩せすぎな生徒など様々いた。
全員が野球部に入ってくれれば、公式戦に出ることが出来るのだが、最悪来年の生徒を待たなくてはいけないのである。
「それよりも……わざわざ
「本当だよ。俺達に感謝しろよ」
寿也の話を遮り、三人の男子生徒が話し掛けてくる。その中には薬師寺も混じっていた。
「これで甲子園に行けなかったら、
「……あれ? 甲子園に行けないって本当に思ってるのか? ……渡嘉敷」
先程から嫌味を混ぜつつ話し掛けてくるのは、八重歯が特徴的な渡嘉敷だった。彼もまた、海堂の特待生推薦を蹴って聖秀まで来ていた一人である。大地が渡嘉敷に挑発の意味を込めて返事をすると、もう一人の身長が高く、切れ長の目が特徴の男子生徒が会話に加わる。
「渡嘉敷。俺達は、本田兄弟と佐藤がいるならと
「そ、そうだけどさぁ……」
「まぁそうだな。そこに俺、大場、お前の三人が入ったんだ。俺達は可能性が高い方を選んだ自信はある……海堂には悪いことをしたがな」
中学三年生の十一月末。個別に大地と吾郎、寿也に呼び出された三人。その場で大地達に、海堂の推薦を蹴って聖秀学院に入って欲しいと頭を下げられていた。
薬師寺達は初め、本田兄弟と寿也も海堂に行くと思っていたため、そのための挨拶程度にしか考えていなかった。
しかし実際はそうではなく、聖秀学院で作る野球部に一緒に入り、甲子園を目指して欲しいということだったのだ。それを聞いた薬師寺達は当たり前の反応を取る。答えはNOだ。
それが当然だ。海堂高校という常勝の名門校に特待生での推薦を貰っているにも関わらず、それを蹴って聖秀学院に行くやつが正直におかしいと思っていた。
だがそれも吾郎達の球を見て気持ちが百八十度変わる。この球なら、それに大地と寿也が加わるのであれば
「とりあえず来てくれて助かったよ。一応教頭先生には野球部作るのも許可貰っているから」
「……分かった。後で色々と教えてくれ」
大地の言葉に薬師寺が答えたところで教師が教室に入って来たため、話は一旦中断する。担任の提案で、HRの時間を使って全員の自己紹介をすることとなった。
各自が次々に自己紹介をしていき、大地の番になる。
「本田大地です。吾郎とは双子の兄弟で……俺が兄です。吾郎とは初めは見分けづらいかもしれないですけど、よかったら仲良くしてください」
本田兄弟の自己紹介で、クラスの女の子が注目してヒソヒソと話し出す。女子生徒達は、「格好良い」とか「イケメン兄弟で……ってのもいいわね!」などと話していたが、大地と吾郎は気にしないで席に着く。
「みんな大丈夫だよ。礼儀正しくないガサツなやつが吾郎で、女の子に優しいのが大地だからすぐ分かるから!」
清水がそう言ってクラスで笑いを誘っていた。
(このやり取り……なんか三年前もあったな……)
三船東中での入学式の時を思い出し、大地は少し懐かしい気持ちになるのであった。そして、そこから数日で上級生含め、他のクラスの女子生徒達から休み時間ごとに教室を覗かれるようになるのはまた別のお話。
「…………これだけ沢山女の子がいるのも悪くないなぁ〜」
これは渡嘉敷のお話。
薬師寺は初めから決まっていたのですが、渡嘉敷だけは……どうしても入れたかったので強引に入れました。
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