色々と考えて、パス付きにしていたのですが、一旦解除しますね。
「か……海堂が帝仁に負けたって本当か!?」
「ああ、昨日見に行ったから本当だよ」
藤井は教室に入るなり、大地達に近付いてくる。
先に決勝行きを決めた大地達は視察として海堂対帝仁の試合を見に行っており、その結果には驚いていた。
これに驚いていたのはもちろん大地達だけではない。
「テレビでも新聞でもかなり大きく取り上げられていたぞ」
スポーツ新聞を机の上に置き、全員が見出しを見ることが出来るように広げた。
そこには《常勝海堂、県大会準決勝にて散る!》という内容が一面に大きく書かれていたのであった。
「負けても一面に載るなんて、やっぱ
「ああ。そんなところに俺達が入る予定だったと考えると、改めて驚くな」
渡嘉敷と大場は新聞を眺めながら、それぞれに感想を述べていた。
「試合内容はどうだったんだ?」
「ああ、それは──」
藤井の質問に大地が答える。
海堂対帝仁。その試合は途中まで投手戦となっていた。
動いたのは六回表。帝仁高校の攻撃だった。
九番から始まる攻撃だったのだが、海堂高校のピッチャーによる死球で
一番打者が進塁打で
二番打者はバントで手堅く送る────ところで、サードの選手が一塁に暴投し、二塁ランナーがホームまで生還してしまう。
そこでピッチャーが動揺したのか、続く三番、四番にヒットを打たれてしまいもう一点追加。
ここで海堂のピッチャーが交代し、後続をきちんと抑える。
だが、この六回表の二点が返しきれず、結果2-0で帝仁高校が勝利したのだった。
「帝仁、たしかに
あとで聖秀野球部の顧問の山田から聞いた話によると、海堂戦当日の夜に帝仁野球部の監督である峯岸より電話があったとのことだった。
山田曰く、「興奮しているのか泣きながら叫んでいたので、何を言っていたのか分からなかったでござるですよ」とのことだが、宿敵を遂に打ち破ることが出来たということが相当嬉しかったということだけは伝わったようだった。
「まぁこれでとりあえず海堂の甲子園行きは阻止したわけだが、決勝の相手は帝仁か」
「ああ、お互いに手の内を知っているだけあって、厄介だな」
薬師寺と大場は相手が帝仁となったことが、悲しいことなのか喜ばしいことなのか複雑な様子であった。
海堂を打ち破って甲子園行きを決めたいと思っていたのもあるが、帝仁とはずっと同じグラウンドで練習をした高校である。
内心どっちが良かったのかは深く考えないようにしているようだった。
「ま、なんにせよ俺達は誰が相手でも勝って甲子園に行くことだけだからな」
「ああ、大地の言うとおりだ! 帝仁にも勝って甲子園行きを決めるぞ!」
大地の吾郎も気合を入れ直し、その言葉に周りの空気も引き締まるのだった。
◇
「う……
「は、はい……申し訳ございません……」
江頭は自身の部屋で現場監督である伊沢の報告を聞いていた。
常勝を掲げる海堂にとって、県大会の準決勝程度で負けるなどということはあってはならない。
しかも、これで勝てば因縁の本田兄弟達がいる聖秀高校との直接対決が待っていたのだ。
(な……なんてことだ……。私が直接あいつらを潰してやろうと思っていたのに……)
さすがの江頭も動揺からか伊沢を叱責するほど頭が回っておらず、呆然とするのだった。
伊沢はいつ怒鳴られるのかと思い、全身に冷や汗をかいていた。
顔の汗を拭くハンカチはもはやぐっちょりと濡れてしまっていた。
「わ、分かりました……とりあえず理事長と総監督には私から報告をしておきます。伊沢現場監督は、至急新チームの編成をして秋大会ではこんなことがないようにしてください」
「……え?」
伊沢は江頭から叱責の言葉が一切ないことに驚く。
「……聞こえなかったのですか?」
「い、いえ」
「では下がってください」
江頭の言葉を聞いて、逃げるようにそそくさと部屋を出る伊沢。
部屋の前で伊沢は安堵の息を漏らす。
(と、とりあえず何事もなかったことは良かったが……あの様子だと
もし秋大会で勝ち抜けず、センバツ出場を逃すようであれば自身の首も危ないと悟った伊沢は、至急現二年生のチームのところへ向かうのであった。
一方、伊沢が出ていき一人で部屋に残された江頭だったのだが、自身の机に手を置き、
(なんと報告をすればよいのか……いや、済んだことは仕方があるまい。次取り戻せばいいだけの話だ。今は原因が何だったのかを探る方が大切だ)
江頭は冷静になるように自身に言い聞かせ、頭をフル回転させる。
そして笑いながらゆっくり顔を上げる。
「ふふ……ふははは! そうか、これもどれも全ては
笑い続ける江頭の声は、不気味に校舎内に響き渡るのであった。
◇
全国高校野球選手権神奈川大会。出場校196校という激戦区を勝ち抜いた二校が、横浜スタジアムを舞台に甲子園を賭けて争う。
当日の朝、大地と吾郎はいつもの時間に目が覚め、桃子と三人で朝食を摂っていた。
「ついに決勝ねぇ」
「まぁここまで色々あった気がするからねぇ」
「色々どころじゃないだろ。こんな人生を過ごしてる双子が他にいたら会ってみたいわ!」
大地のしみじみとした言葉に、珍しく吾郎がツッコミを入れる。
桃子は持っていたお茶碗と箸をテーブルに置き、茂治の遺影を見つめる。
「おとさんも喜んでくれてるよね。だって最愛の息子達がこんなに立派になって甲子園に行くんだもん」
「……いや、行けるかどうかはまだ決まってないから」
「あら? 負けるつもりなの?」
「……勝つよ、絶対」
桃子の挑発じみた言葉に、大地も珍しく強めの言葉を使った。
吾郎だけではなく、大地も甲子園を賭けた決勝戦を前にして気持ちが高ぶっているようであった。
「ごちそうさん」
「ごちそうさま。じゃあ歯を磨いたら、準備して行ってくるよ」
大地達は食器を片付け、試合に向かう準備を始める。
「あ、今日は母さんも見に来れるんでしょ?」
「もちろんよ! おとさんと……おかさんも一緒に応援に行くからね!」
「うん、三人がいてくれるなら、俺達は絶対に負けないよ」
大地の言葉に嬉しそうな顔をする桃子。この双子の兄は、いつも桃子に気を遣い、桃子を喜ばす言葉をはっきりと伝えてくれる。
弟はそういったことはあまりしないのだが、態度で大事にしてくれているのは伝わっていた。
だが、二人とも鈍いのが玉に瑕である。
「こ〜ら、
「……え?」
「涼子ちゃんに美穂ちゃん、あと清水さんも一緒に応援に行くから六人よ。
そのことを聞いて、大地と吾郎は顔を見合わせて苦笑する。
まさかこの三人が桃子の中では家族の括りになってしまっているとは思っていなかったのだ。
吾郎は無意識とはいえ、好意を持っているのが清水だけというのは良いのだが、大地には二人いた。
しかも大地が何年も煮え切らない態度を取り続けているのに、一向に諦める素振りすら見せない涼子と美穂。
傍から見ると、一歩間違えれば大地は最低な男の部類に入ってもおかしくはない。
だが、桃子は二人とも大地のお嫁さんに来てもらっても構わないと本人達の前で言い出すため、正直に困っていた。
「は、早く行こうぜ吾郎」
「そ、そうだな。行ってきま──」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
気まずい空気を誤魔化すため、そそくさと家を出ようとしたのだが桃子に止められる。
「今日来てくれるとはいえ、おとさんとおかさんにちゃんと『行ってきます』の挨拶くらいしていきなさい」
「……あ…………」
大地達は大切なことを忘れていたと、茂治達の遺影の前まで行き、手を合わせる。
(おとさん、おかさん。ついに俺達も決勝まで来たよ。絶対に甲子園に行ってみせるから、母さんと一緒に応援してくれよ!)
大地が目を開けたのと同時に吾郎も目を開ける。
どうやら考えていることも同じだったようだ。二人は微笑むとバッグを担いで玄関で待つ桃子のもとへ向かう。
「……じゃあ、精一杯やってきなさい」
「ああ」
「行ってくるよ」
大地と吾郎は玄関のドアを開け、甲子園へ向けての最後の戦いへと向かうのだった。
ぐっちょり