翔の言葉で意識が変わったワールド高校ナイン。
今までは打席に誰かが立っていても声を掛けるといったことは誰もしなかった。
しかし今は違う。
「おら、ジュニア! 絶対出ろよ!」
「俺まで回せ! この回で逆転すんぞ!」
「皆、頑張るでヤンス〜!!」
チームの雰囲気が変わると流れも変わる。
ジュニアがシングルヒットで出塁すると、寿也がツーベースを放ち、ランナーは二、三塁。
「ストライク! バッターアウト!」
しかし、ここで吾郎はバットを振ることもなく三振する。
吾郎は原作時から良い意味でも悪い意味でも感情に左右されることが多い。
調子が良いときはそれが周りを巻き込んで何倍にもなるが、一度悪くなると元に戻るまでのきっかけが無いと極端に何もできなくなる。
吾郎に全員がドンマイと声を掛けるが、彼は上の空といった状態であった。
翔としては言うべきことは言ったので、あとは背中で見せて吾郎が立ち直るのを待つつもりだった。
「マキシマムー! バットを振り回すんじゃねーぞ!」
「おうよ!」
バットを振り回すなと言われているにも関わらず、初球からバットを振り回すマキシマム。
今回はそれが良い方向に転び、走者一掃のツーベースヒットとなる。
「よっしゃ! これで2-4だ! 追いつけるぞ!」
そしてこの回、ヴィクターの同点ホームラン、翔の勝ち越しホームランで5-4とすることに成功するのであった。
◇
「吾郎君、僕のピッチングを見ていて」
チェンジになった時に、翔は一言だけ吾郎に伝えるとマウンドに向かっていく。
(…………こんなに空気を悪くして、俺ってここにいらないんじゃないのか?)
吾郎は自分がマウンドを下りた途端に逆転したことで、自分の必要性を感じなくなっていた。
今までは結果を出せば皆がついてきた。褒めてくれたし、認めてくれた。それが更に自分の調子を上げていた。
しかし、ここではそれが通用しない。
「ショート!」
「おっしゃ、任せろ!」
ショートに打たれたゴロを、ロイが華麗に捌きファーストに投げてアウトにする。
これも先程までならボールを逸らしてしまい、セーフになってしまっていた。
(翔と俺では何が違うんだ……)
「サード! お手玉しないでね!」
「そんなん当たり前……だっ!」
ジュニアも先程と似たようなゴロをお手玉せずに丁寧に処理する。
グラブでハイタッチをする翔とジュニアを見て、その位置は俺ではないのかと吾郎は思う。
(ピッチャーは……俺でなくても……いいのか?)
吾郎はようやくひとつの答えに辿り着く。
ピッチャーは一人である必要はない。調子が悪いときもあれば良いときもある。
周りに良い空気を出せるときもあれば、同じ発言でも空気を悪くしてしまうときもある。
(…………そうか。そういうことか!)
「センター!! 吾郎君!」
「────ッ!」
吾郎が気付いたとき、タイミング良くセンターへボールが飛んでいく。
それは誰でも処理が出来るような簡単なフライであった。
しかしそれを吾郎がキャッチすると、全員で吾郎を称えるように声を出していく。
(俺一人で全部を抱え込む必要はないんだな……)
自分でダメなときは周りを頼ればいい。自分の言動が悪い空気にしてしまうのであれば、周りで良い雰囲気にしてくれる人にお願いすればいい。
それは馴れ合いではなく、純粋な
(
吾郎は本当の意味で翔を認め始めていた。
その翔がベンチに戻る時に近付いてくる。
「ナイスキャッチ……吾郎君」
「……ああ!」
二人でハイタッチを交わし、ベンチに戻るのであった。
次の回からは翔の進言で吾郎が再度マウンドに戻る。他の選手は心配していたが、翔の「大丈夫」という言葉を信じて守備につく。
そして翔の言葉通り、吾郎は前半とは変わって翔と同じ以上の結果を残すこととなった。
◇
結果、EL学園との試合は12-4という結果で終わる。前半は課題を残すこととなったが、翔の言葉を聞いた後は全員の力を出し切れたと言っても良い内容である。
これにはケビンも少し驚いていた。
(もう少し揉めると思っていたが……良い意味で予想を裏切られたな)
二試合目もメンバーを交代したワールド高校は初回から大量点を取り、ピッチャーではアルヴィンがノーヒットで抑える好投でコールド勝ちとなった。
一試合目に出場した選手は誰も出ていなかったが、選手間の実力差は全く無いと言っていい試合内容であった。
この調子は四月が終わり、五月、六月になっても変わらなかった。
日程的にはダブルヘッダー、トリプルヘッダーは当たり前の試合数で、体力的には厳しかった。
それでも余計なことを考える暇もなく、一試合ごとに全員の気持ちが一つになっていくのが分かっていた。
練習も科学的な根拠に基づいた効率の良い練習方法を取ることにより、怪我のリスクを下げつつ最大限の効果を出すことが出来ていた。
気合と根性で練習量を増やせばよいということではないと練習に参加した選手は誰もが実感できていた。
それは翔や寿也も同じである。設備や専門トレーナーがいるだけでここまで効率良い成長が出来るとは思っていなかった。
「
「それは身長? それとも野球の実力?」
「……両方とも」
成長期の翔達が適度な運動と最適な食事を取ることで、身体の成長を促すのは当たり前である。
そのお陰で身長もどんどん伸び、180cmに迫るくらいまで伸びていた。
(寿也ってたしか175cmくらいで止まっていたはずなんだけどなぁ……まぁいっか)
双子である自分もそのくらいで止まると思っていたのだが、そんなことはなくいまだに成長痛という嬉しい痛みに悩まされていた。
これは翔自身としても本当に嬉しいことであった。
「翔はもっと大きくなっていいからね! 私ももっと
メリッサは翔の腕にしがみつきながら嬉しそうに話していた。
◇
「五十連勝…………達成したぁぁぁ!!!」
「うぉぉおおお!!!」
七月の頭。ついにワールド高校は練習試合で五十連勝を達成することに成功した。
このことは後日ニュースでも大きく取り上げられることとなる。〝野球界の黒船〟という異名とともに。
「……よくやった。とりあえずの目標は達成したな」
ミーティングルームでケビンは選手達を褒めるように話す。
「これでようやく今月から行われる夏の大会への準備が整った。これからお前達にレギュラーの発表をする」
突然のレギュラー発表の言葉に、全員の雰囲気が変わる。
「まず、ピッチャー……ゴロー!」
「お、おっす!!」
吾郎が名前を呼ばれ、元気よく返事をする。その言葉を聞いたアルヴィンは誰の目にも見えて悔しそうな顔をしていた。
キャッチャーに寿也、サードにジュニア、センターに翔とEL学園のスターティングメンバーがそのままレギュラーになっているようであった。
「これで
「ちょ、ちょっと待ってください! 第一レギュラーと第二レギュラーって……?」
誰もが思ったことをアルヴィンが口に出して質問する。
「ああ、別にレギュラーなんぞいくつあってもいいだろう? 俺はそのときの対戦相手との相性やチーム内の調子で出す方を決めるだけだ。だから〝第一〟と〝第二〟で差は無いと思っておけ」
ケビンはそのまま第二レギュラーの発表を始め、ピッチャーにはアルヴィンが呼ばれていた。
アルヴィンとしては
「アルヴィン、嬉しそうだね」
「本当だ」
「……うるさい。翔も寿也も黙れ」
喜んでいるところを翔と寿也にからかわれ、二人を軽く睨むアルヴィン。
この数ヶ月、一緒に過ごしてきたこともあり、彼らは和解していた。
アルヴィンから翔達に頭を下げてきたことで翔達も素直に許していたのであった。
「あーっと、最後にこのチームのキャプテンを決めておこうと思う」
「キャプテン?」
今までキャプテン不在でやってこれていたため、必要ないのではないかと全員が思っていた。
「一応名目上でも必要みたいなんでな……翔、お前がキャプテンだ」
「…………………………え」
それだけを言って、文句を言われる前にミーティングルームから出ていくケビン。
今まで練習試合のときのやり取りなどを全て翔に任せていた。それは彼にとって申し訳ないという気持ちも少なからずあった。
スタッフからキャプテンを決める必要があると言われ、真っ先に浮かんだのが翔の顔であった。
(キャプテンにしてしまえば、色々任せても問題ないだろ……)
徹底的に面倒なことを翔に押し付けようと考えていたケビンであった。
そして、ワールド高校にとって初めての夏の大会が始まる。
【小話:何をとは言いません】
メリッサ
「(……やっぱり翔はもっと大きいほうがいいのかな?) ねぇ、翔?」
翔
「ん? 何?」
メリッサ
「翔は私が大きいと嬉しい?」
翔
「んー、どっちでもいいんじゃないかな?」
メリッサ
「え、でも男の人は大きいほうが好きって聞くよ?」
翔
「え、そうなの?」
メリッサ
「うん。翔はどっちが好きなの?」
翔
「うーん、正直言うとどちらでもいいかも。無理なく自然体が一番だと思うよ」
メリッサ
「(つまり……自然に成長した私であれば問題ないってことね!) 分かった! 私、頑張るね!」
翔
「え、あ、うん……頑張って」
メリッサ
「〜〜〜♪」
お互いが何について話しているのかは……分かりません(笑)
とりあえず違う話題ということだけは確かです。