ちょっとだけ新規業務が落ち着いてきたような気がするので、続きを書きました。
なるべく週一ペースで書けるようにはしていきたいです。
感想のご返信は出来ていないのですが、いつも拝見させていただいております!
いつも本当にありがとうございます!
「おいおい、このままだと……追いつかれちまうじゃねえか?」
ぼそっと呟く観客の言葉に、周りも息を呑んで試合を見つめていた。
六回裏に三点差まで追いついたワールド高校は、七回、八回と一点ずつ返し、6-5までその差を縮めていた。
逆に青道高校は四回表に六点を取って以降、吾郎から追加点を得ることが出来ていなかった。
「アウト! チェンジ!」
九回表、九番の白洲がショートゴロでアウトになり、チェンジとなる。
そして九回裏のワールド高校の攻撃が始まる。
「最終回も川上でいくのか……」
「降谷も体力が戻っていないだろうしな。やはり青道はピッチャー不足が深刻だな……」
八回裏から青道高校のピッチャーは川上へと代わっており、そのまま九回もマウンドへ向かっていた。
そして九回裏、最初の打席にはこの試合を1人で投げ抜いていた吾郎が立つこととなった。
〈五番ピッチャー、本田吾郎君〉
吾郎は打席に立ち、構える。川上は息を切らしながらもキャッチャーであるクリスのサインを見ていた。
まだ八回を投げただけなのに、彼は大量の汗を流して、呼吸が荒くなっていたのだ。
(くっ……このプレッシャーに飲み込まれているな)
クリスは川上の様子を見て、まずいと思っていた。しかし、それでも今この回を任せられるだけの経験を積んでいる者は川上以外にはいなかった。
重圧に飲み込まれているものの、そんな中でも必死にもがいている川上。
そんな彼が投げた初球を吾郎が振り抜く。
〈おっとぉぉ! センター前に綺麗に返された! ワールド高校、同点のランナーが出ました!〉
センターに転がっていったボールを伊佐敷が捕球し、セカンドの亮介に渡す。
クリスはタイムを取り、川上のところへ向かう。
「……大丈夫か?」
「は、はい……!」
川上は半ば条件反射のように返事をするが、その様子はどう見ても大丈夫ではなかった。
クリスは軽く息を吐くと、川上に語りかける。
「怖いよな?」
「は、はい……って、いえ! そ、そんなことは!」
「……無理はしなくていい。怖いのは俺も同じだ」
優しく語り掛けるクリスの表情を見て、川上は
まさかこの場面でクリスがこのような表情を見せるとは思っていなかったためだ。
「甲子園が懸かった大事な試合だ。負けたらどうしようと考えるのも仕方がない」
「……クリス……先、輩……」
川上は息を荒くしていたのだが、少しずつ胸が軽くなっていくのを感じていた。
「お前には
少しずつ。そう、少しずつだが荒れていた息が落ち着いていき、先程までこわばっていた表情も和らいでいく。
そして、プレッシャーで震えていた手にも力が戻っていくのを感じた。
「……もう大丈夫だな?」
「……はい。ありがとうございます!」
クリスは川上の表情を見て、安心したようにホームへと戻っていく。
マウンドにはいつもの川上の姿が残されていたのだった。
〈六番ファースト、マキシマム君〉
一発が出ると負ける可能性がある場面で、一発が出そうな打者が出てくるのが世の常なのか、パワーヒッターの権化と言ってもおかしくないマキシマムが打席に立つ。
川上は一瞬怯むが、先程のクリスの言葉を思い出すと目を瞑って深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
そして、恐怖心が戻ってこないうちに振りかぶって初球を投げ込む。
「ストライク!」
外角低めへ丁寧に投げられたボールに、マキシマムは空振りをする。
そのバットを振る轟音に、ボールをスタンドまで持っていかれたと思った川上は、一瞬後ろを向いてボールの行方を探してしまっていた。
主審の声で我に返り、空振りだと気付いた彼はすぐに前を向きクリスからボールを受け取る。
そこからはインコースが得意なマキシマムに外角攻めで投げていく。
二球目、三球目、四球目と外角に緩急を駆使して投げ込み、カウントはツーボール、ツーストライクとなっていた。
そして五球目。
〈五球目を──マキシマム君が打ったァァ! ピッチャー強襲で抜けるかと思いきや、とっさに川上君が手を出したお陰でなんとかピンチを免れました青道です!〉
五球目の真ん中低めのボールをマキシマムが打ち、ライナーで川上へと飛んでいく。
このまま再びセンターへと抜けていくかと思ったら、川上が右手を出してボールに当てる。
バチッ! という音とともに後方へ弾かれて小フライとなったところを倉持がキャッチし、そのままファーストへ投げてゲッツーとなった。
吾郎も戻ろうとしたのだが、一瞬の出来事で反応が遅れてしまい、倉持の投げた球がファーストミットに届く方が一瞬早かった。
ワールド高校はこれで
もしヴィクターがアウトになってしまえば、そこで試合が終了してしまい、青道高校の甲子園出場が決まる。
「よっしゃぁぁぁぁ!
伊佐敷は大きな声で川上を鼓舞する。
それに苦笑いをしながら応える川上。全員が伊佐敷の大声に対してその表情をしているのだと思っていた。
これで甲子園は青道だ。黒船ワールド高校など大仰に言っていたが、実際は大したことはなかった。そう誰もが思ったに違いない。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
〈七番ヴィクター君、打ったぁぁぁぁ! 入るか!? 入るか!? 入った! 同点! 同点ホームランです! 最終回についに試合がふりだしに戻ってしまいました!〉
初球。川上の投げたハーフスピードの絶好球を、ヴィクターは見逃さずにライトスタンドへと叩き込む。
これで6-6の同点となってしまった。
「か、川上!!」
突然の出来事に全員が
その声にハッとしたかのように全員が正気に戻り、川上のもとへと走っていく。
「う……うう……」
川上は右手を押さえたまま、立ち上がることが出来ない。
クリスが川上の右手を持ち上げてみたが、人差し指と中指の爪が剥がれて血に染まっていた。
「こ、これは……! まさかさっきの……!?」
マキシマムが打ったピッチャライナー。それを利き手で弾いてしまったため、ボールの勢いで爪が剥がれてしまい、もはやボールを投げられる状態ではなかったのだった。
その光景はあまりにも悲惨で、誰もが息を呑んで見ているしか出来なかった。
「……す、すみません……。俺、どうしても、先輩達と甲子園に、行きたくて……」
川上が泣きながら独白のように語るが、誰もそれに対して返事をすることが出来ない。
黙って見つめているしか出来なかった状況で、片岡がベンチからマウンドへとやってきた。
「監督……すみません……すみません……」
川上の右手を慎重に観察している片岡。川上はずっと謝罪を口にし続けていた。
片岡は立ち上がると、ブルペンで様子を見ていた沢村に向かって話し掛ける。
「沢村! 行けるか!?」
「は、はい! いつでもいけます
沢村にピッチャーの交代を話し、同じくマウンドに様子を見に来ていた主審にもピッチャー交代を告げると、川上に肩を貸してベンチへと下がっていく。
その間も川上は泣き続けていた。
「川上」
マウンドからベンチへ戻るちょうど真ん中ほどで片岡が俯きながら泣いている川上に話し掛ける。
「よく我慢した。この状態になってもまだ投げるという意思を持ち続けたお前を、私は誇りに思う」
その言葉を聞き、川上は俯いたまま大声で泣き始めてしまう。
責められる。これで負けたら俺のせいだ。どうしても先輩と一緒に行きたかった甲子園を目の前にして、エゴを出した自分はもうチームに必要ない。
それくらいのことを言われる覚悟だった川上にとって、片岡の言葉は思ってもいなかったことであり、嬉しい気持ちと悔しい気持ちが入り乱れてしまったのだった。
ベンチに戻るとすぐに病院へ向かうためにタクシーを呼び、そのまま神宮球場を後にする川上。
その頃には泣き止んでいたのだが、後方に聞こえる歓声に再度涙が溢れてきてしまっていた。
(俺は……俺は、どうして……)
あと一人で甲子園。この場面はずっと夢に見続けるであろうと、無意識に思いながら川上は病院へと向かっていくのだった。