〈一番センター、佐藤翔君〉
(……ッ!)
翔がバッターボックスへと入っていく。
十回裏、最初の打者であるヤーベンを三振に仕留めた沢村の目には、すでに彼しか映っていなかった。
「打たせてこい! 沢村!」
「全員で守り抜くぞ!」
結城や増子だけではない。青道ナインは全員が声を出してこの回を乗り切ろうと奮起する。
ワールド高校をここまで追い詰めたチームは、四月からの何十という練習試合、この夏の大会を見てみても、ただの一チームもなかった。
「決めようぜ!」
「気合だッ!!」
一年の沢村にこの大切な場面を任せてしまうことを丹波は不甲斐ないと思っていた。
いや、上級生は全員思っていたに違いない。
自分がもっとしっかりしていれば。もっと野球が上手ければ。あの場面で打つことが出来ていたら。
────この試合に出ることができていれば。
ベンチメンバーは片岡がいる手前、必死に堪えていたが、アルプススタンドで応援している上級生──特に三年生──は、涙を流しながら応援をしていた。
それは試合を諦めたからではない。沢村を頼りないと思っていたからでもない。
この大事な場面で、
「さわむらぁぁぁぁ!!!」
「頼むぞぉぉぉぉ!!!」
「お前なら絶対に出来るぞぉぉぉ!」
彼らは声を枯らしながら、必死に応援し続けていた。
近くで彼を助けられないのであれば、自分達に出来ることなど限られている。
(これで喉がぶっ壊れてもいい! もう声が出せなくなってもいい! 沢村の力になってやりたいんだっ!!)
そして、その声は確かに届いていた。
沢村はアルプススタンドの方を向くと、左手に持っていたボールを掲げた。
その行動は、更に青道の応援を大きくさせることになる。
(ここまで来たら、あとは気持ち。どこまで強い気持ちを持って投げられるか──)
片岡は眉間にシワを寄せてその行方を見守っていた。
翔が構えたところで、主審からプレイが掛かる。
(まずは……ここだ)
内角へのストレートをクリスは要求する。
沢村は一瞬驚いた表情を見せるが、すぐに頷くとワインドアップからボールを投げ込む。
「ストライク!」
「おおっ!! 初球から内角とは……あのキャッチャー強気だねぇ」
クリスは沢村にボールを返すと、座って次はどの球を投げるかを考える。
「…………っ!」
(もう一球だ。気持ちで負けるな、腕を振り切れ!)
二球目にクリスが要求したボールも内角へのストレート。
沢村はまたも一瞬だけ驚くが、クリスの気持ちを理解すると頷き、ボールを投げる。
彼のボールは同じストレートでも微妙に動く《ムービングボール》という球種である。
どう変化するのかは現時点の沢村自身にも分かっていない。
しかも腕が非常に柔らかく、投げるときのタイミングが非常に取りづらかった。
「ファール!」
それでも翔は二球目でボールに当ててくる。
沢村のボールが非常に打ちにくいというのは、翔より前の打者が抑えられたということから想像に難くはない。
実際に今のワールド高校でも初見でヒットを打つことが出来る者の方が少ないであろう。
「ファール!」
それでも翔はどう変化するか分からないムービングボールにきちんとアジャストしてくるのだ。
「ファール!」
三球連続でファール。これにはクリスもまさかという気持ちを抱かざるを得なくなっていた。
(まさか……沢村の体力も削ってくる気なのか……? いや、しかし……)
今までの佐藤兄弟の行動から疑心暗鬼になってしまっているクリス。
そのせいで次の球をどこに投げさせればよいか分からなくなり、止まってしまう。
「クリス……先輩……?」
沢村は指示を出さないクリスに戸惑いの表情を見せる。
その雰囲気に気付いたのか、観客も次第にざわめき始める。
(クリス……ここは一旦タイムを──)
様子がおかしいクリスのためにタイムを取ろうとベンチから出ようとした片岡。
しかしそこで先に動いたのは翔だった。
「すみません。タイムお願いします」
「……あ、ああ。タイム!」
翔はタイムを主審に告げると、バッターボックスから出てクリスの方を向く。
「クリス先輩」
声がした方をクリスが向くと、そこには満面の笑みを浮かべている翔がいた。
「せっかくの決勝戦なんだから、もっと野球を楽しみましょうよ!」
「────!」
サムズ・アップしてきた翔に対し、何も返答ができないクリス。
「こら、君。そのためにタイムを取ったのかい? プレイ中は私語を──」
「余計なこと考えないで全力で来てください。僕も絶対に負けないんで!」
主審に注意されているのを無視してクリスに話し続ける翔。
その行動にポカンとしていたクリスも、急に笑い始める。
「ク、クリス先輩……?」
「クリスが……」
「あんなに大声で笑ったことなんかあったか……?」
沢村をはじめ、青道ナイン全員が今まで見たことがないクリスに驚いていた。
主審も急に笑い始めるクリスに戸惑っていた。
「……そうだな。こちらも全力で相手をしよう。だが、うちの
「ええ! 望むところですよ!」
翔とクリスはお互いに微笑み合う。
片岡はそっとベンチに戻ると、腕を組んで試合を見守っていた。
「……ったく。これでは私が余計なことを言っているみたいではないか。試合を続けるが、もういいね?」
「ええ! ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
主審は二人の姿を見て注意する気がなくなったようで、試合を再開すると告げる。
翔とクリスは気持ちを分かってくれた主審にお礼を言うと、それぞれの位置に戻るのだった。
「プレイ!」
試合が再開される。沢村はクリスの指示に従って、全力で投球を続ける。
〝一球入魂〟──その言葉のとおり、全てに魂を込めて投げ続けていた。
(こんな試合は滅多にすることなんて出来ない。きっと甲子園に行っても無いだろう)
クリスは翔を抑えるべく、頭をフル回転させてリードを続けていた。
(だからこそ勝ちたい。俺は……俺達はこの
「ボール!!」
「おおおおお! よく見たな!」
「今のは入っていたんじゃねえのか?」
内角低めに投げられたボールはわずかに外れていたのか、審判からボール判定をされていた。
「はぁ……はぁ……」
「…………」
十六球も全力で投げ続けた沢村は、息が上がっていた。翔も同じなのだが、顔には出さないように真剣な表情をしていた。
お互いにそろそろ限界が来ていたのは分かっていた。
(…………これで)
沢村は息を整えると、腕を振り上げる。
(これで──)
右足を思い切り上げ、内角へ全力のストレートを投げ込んだ。
カキィィィーーン! という大きな金属音が神宮球場全体に広がる。
その音のあと、一瞬──いや、もっと長かったかもしれない──全ての音がかき消えた。
〈…………は……は…………入ったぁーーーーっ!!! レフトスタンドに! 佐藤翔君の打ったボールが消えていきました! サヨナラ、サヨナラホームランです!〉
神宮球場のグラウンド内で唯一動いていたのは、静かに右腕を上げながらグラウンドを回っていた佐藤翔だけだった。
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