新王国時代の古代エジプトで嫡出のメンフィスは生まれながらに完全なる王位継承権を持っていた。
武芸に秀で、賢く、女と見間違えるほどの美麗な容姿をもつため、常に女達がほうっておかない。
最も幼い頃から美麗な異母姉のアイシスが、メンフィスに
「愛してるわ。私は将来あなたの正妃になるのよ。」
と、ことあるごとにささやくため、メンフィス自身は恋愛に関してはうんざりしていた。
しかし、女に興味がないわけではなく、気に入った侍女や奴隷の娘がいれば、伽をさせるために寝所に呼ぶこともあったが、決して一人の女には執着せず、一度抱いた女は二度と抱かなかった。
そんなメンフィスが一人の娘に心を奪われた。
先日、ナイル河畔の奴隷村からメンフィスが無理矢理連れてきた奴隷娘キャロル。
キャロルはメンフィスが今まで一度もあったことがない見かけも性格も風変わりな少女だった。
エジプト人にはない黄金に輝く髪、抜けるように白い肌、ナイルより蒼い目。
およそ奴隷とは思えない知性と所作。
何より、ファラオの自分にさえ、決して自分の意思を曲げずにはっきりと意見を言う。
女に頬をひっぱたかれたことも、「嫌いよ!」と拒否されたことも初めてだった。
周囲は、
無礼うちにすべき!
と騒ぎ出したが、キャロルはおとがめなしだった。メンフィスが止めたのだった。気性が激しいメンフィスにとっては珍しいことに、全く怒りが湧いてこなかった。ただ、驚きとキャロルに対しての強い興味を持っただけだった。
今まで特定の女に興味をもつことがなかったメンフィスに対して、アイシスはメンフィスが自分ではなく他の娘に心を奪われることを警戒していた。
そのため、アイシスは、カプター大神官に賄賂を送り、いつわりの神の信託で、メンフィスとアイシスとの結婚を定めてしまう。
「姉上、はかったな。。。」
宴の席にて、メンフィスはじろりと隣に座るアイシスをにらみつけるが、承諾した。
(結婚などどうでもよいわ。王家の血統を守るために世子を生まれせるだけではないか。)
歓喜したアイシスは
「おお嬉しい!あなたを永遠に愛します。愛してるわ、メンフィス。」
と言いながら、メンフィスに抱きついてキスをした。
少し離れた席からキャロルがこちらを冷静に見ていた。
なぜか、アイシスにキスされながらも、キャロルから目線を離すことができなかった。
これが恋だ、と自覚したのは、その数日後。
アイシスがカルナック神殿へ参詣中に、メンフィスがコブラにかまれたのだ。
生死をさまようメンフィスに、キャロルが解毒剤を飲ませて三日三晩つきっきりで看護して助けた。
メンフィスは、暗い意識の底で何度も何度も苦しみ、助けを求めた。そのたびに、白い手が自分の手をしっかりに握ってくれているのが分かった。身体がじっとりした汗をまとい不快な時は、乾いた白い布が優しく身体を拭いてくれた。
優しい白い手がうれしかった。
キャロルの笑顔が見たい、あの黄金の髪を触りたい、柔らかな白い身体をきつくきつく抱きしめたい!
「お前を愛している。妻になれ。」
抱きしめて告白する。
しかし、キャロルに拒絶された。
「私はだめなの!未来のアメリカ人なの!あなたと私には3000年の時がある!それに、あなたのことを愛してないから結婚なんてできない!」
キャロルは、メンフィスの求婚を激しく退けた。
メンフィスは驚きを隠せなかった。今までの女達ならば、エジプト王からの求婚を喜んで従うだろう。なのに、断る奴隷娘がいるとは。
キャロルは毎回、メンフィスにとって理解不可能なことばかりを理由に拒絶する。
彼女の言葉にはメンフィスが終生理解できない言葉が多いが、自分が未知な知識が豊富だった。汚水を濾過する方法や製鉄の仕方を知っているキャロルには、メンフィスは真底驚いた。
キャロルを知れば知るほど、ますます欲しくなる。
「そうだ!盛大な婚儀を行い、正式な妃ともなればキャロルも従うに違いない!」
そう決心すると、メンフィスの行動は早かった。
真っ先に、異母姉アイシスに対し婚約破棄を申し出た。
政務の合間をぬっては、キャロルの姿を探すメンフィス。そのたびに、悲鳴をあげて一目散に逃げるキャロル。
一人の風変わりな異国の奴隷娘に全身で求愛するメンフィスの様子に、宰相イムホテプを始め重臣達は呆気にとられていた。こんなメンフィスは今まで見たことも聞いたこともない。
メンフィスにきつく抱きしめられたキャロルは、
「故郷に帰りたい!兄さんやママ、家族に会いたい!ここでは私はひとりぼっちだわ!」
とメンフィスの腕の中で涙を流して嘆く。
キャロルが涙を流すと、なぜか切なくなる。己の力のかぎり、さらにきつくきつくやわらかな白い肌を腕に抱きしめる。
「泣くな!そなたには私がいる。一人ではない!どこにも行かせぬ。私のそばで生きろ。」
キャロルはしゃくりあげながら、メンフィスの腕の中で泣き続ける。
「泣くな、キャロル。。。どこへも行かせぬ。そなたは私のものだ。愛している。私の妃になれ。」
「メンフィス、目が覚めたの?」
ふと、目を開けると、キャロルが真上からのぞき込んでいた。流れる長い金の髪が、陽の光に透けてキラキラ輝く。ナイルのような深い青い目には自分が映っていた。
キャロルの白く細い腕をひっぱると、キャロルのほっそりした柔らかな身体はメンフィスの褐色なたくましい胸の中に、容易に収まった。
「そなた、私のそばで暮らして幸せか?」
突然、メンフィスに訊かれたキャロルは驚いた表情で顔をあげた。
「な、なによ、突然。どうしたの、メンフィス?」
「真面目に聞いている。私はそなたが欲しくて欲しくてようやくそなたを手に入れた。私はそなたを妃に迎えて幸せだ。だが、そなたは故郷を捨てて私の妃となった。そなたの本心はどうなのだ?」
キャロルは、目をまん丸にして聞いていたが、メンフィスの胸から身体を起こすと、メンフィスのよこに背筋を伸ばして座り直した。メンフィスも上半身を起こした。
キャロルは、改めてメンフィスの顔を見て、真剣な面持ちで話し始めた。
「あのね、メンフィス。確かに、私の大切な家族や友達に一生会えないのは悲しいわ。でも、私は誰よりもあなたを愛しているの。私は生涯かけてあなたの側にいると決めたの。私の幸せはあなたと共にあるのよ、メンフィス。」
ナイルのような深い青い目が黒曜石のような黒い目を真っ直ぐにとらえた。
メンフィスは、キャロルの白い細いあごに手を触れ、深く深く何度も口づけた。
「苦しいわ、メンフィス。」
キャロルは笑いながら抗議する。
「愛している、キャロル。生涯、決してそなたを離すものか!未来永劫そなたしか愛しはせぬ。」
メンフィスは幸せをかみしめながら、黄金の妃のその柔らかな身体をきつくきつく抱きしめた。
古代エジプトの勇猛なる若き少年王メンフィスと現代から来た考古学者を夢見るアメリカ人の少女キャロル、生きる時代も国も文化も違う二人は、本来、出会うはずのない人間だった。
若くして世を去ってしまった少年王を不憫に哀れんだナイルの神が、3000年の時空を超えてキャロルをメンフィスに遣わせたのだろかー。
バビロニアに嫁いだアイシスの裏切りや近隣諸国の暗躍、そして偽庶子問題と
数々のエジプトの危機を乗り越えた二人は、長く平和に国を治め、エジプトに反映をもたらし、子ども達にも恵まれ幸せな人生をおくったという。