カーフラも、メクメクも、きもい偽弟も時代ムシのミノア編もインダスも中国も、もはやいらないです。
紀元前1500年頃の古代エジプトー
ナイル川ほとりに栄えた首都テーベにて、王子メンフィスは誕生した。古代エジプト王家には珍しく、メンフィスは正式な王妃嫡出で生まれながらに王位継承権を持っていた。
12才のメンフィスは、今日もミヌーエやウナスなど共の者の目を盗んで、王宮を抜け出した。
これまでに幾度も幾度も王宮を抜け出ては、そのたびにお付き武官のミヌーエに連れ戻され、父王や異母姉アイシスにこっぴどく叱られるがメンフィスは全くこりなかった。
ふん、バカな奴らめ。みんな目が節穴だ。この王宮は隙だらけだ。私がファラオになったならば警備をしっかりせねばならぬ。
そんなことを思いながら、愛馬を駆り、市街地を出てしばらくすると、ナイルの川岸に建つ古い小さなトト神殿が見えた。ここは幼少からつい最近までメンフィスの家庭教師をしていた老神官がひっそりと隠棲していた。
「カエムワセト!いるか?私だ!」
いつもなら、ゆっくりとカエムワセトが歩いて出迎えるはず。なのに、今日は出てこない。しかし、かすかに人の気配は感じる。
どうしたのか?カエムワセトの具合がよくないのか?
メンフィスは愛馬から降りて、ためらいもなく神殿内に入っていった。
「カエムワセトー、どうしたのだ!」
メンフィスが大声で叫びながら神殿奥に入ると、カエムワセトの姿はなかった。
が、何かが柱の影に隠れたのをメンフィスは見逃さなかった。
「何者!?」
「きゃっ!!」
とっさに剣を構えて柱の影に走り寄った。
ちいさな悲鳴が聞こえた。どうやら子どものようだ。
「子どもか?さては神殿の供物を盗みに来たか!返答によっては子どもでも容赦せぬぞ。」
すると、
「泥棒じゃないわよ!あなたは誰?!
いったい、ここはどこなの!?こんな場所知らない!ママは?パパは?兄さん達は?みんなどこなの?」
と柱の影から涙声で言い返された。。。
どうやら少女のようだった。メンフィスは今まで同年代の人間に対等に言い返された
のは初めてだったので、イラッとした。
サーラーの子なるメンフィス王子の私に対してなんと無礼な娘。おのれ、どうしてくれよう?
「お前は何者だ。なぜ、この神殿にいるのだ。カエムワセトはどこにいった?」
メンフィスは剣を構えたまま少女に問いただした。神殿の内部は薄暗く、少女の泣き顔はよく見えない。
「神殿?ここは神殿なの?知らないわ。私はアメリカの西海岸にある別荘に家族で避暑に来てたのよ!部屋でお昼寝してたはずなのに!」
少女は泣きじゃくりながら、メンフィスにとって意味不明な言葉を話した。
「アメリカ?何を言っている?ここはトト神殿だ。お前の名前は?」
「トト神?そんな神様知らないわ。それに、フツー、人に名前を聞く前に自分の名前を名乗るものでしょ?
でも、いいわ。私はキャロルよ。キャロル・リード。あなたは?」
自分に対してこのような物言いをされたことがないメンフィスは怒りを通り越して、呆気にとられていた。
まぶたを2,3回ぱちぱちと瞬きをすると、ため息をついて剣をさやに納めた。
「わたしはメンフィスだ。」
メンフィスは神殿の床にあぐらをかいて座った。
「メンフィス、ここはトト神の神殿って言ってたけどトト神ってどんな神様なの?」
さらりと呼び捨てにされたメンフィスは、一瞬眉をつり上げたが怒りをがまんした。
キャロルはだんだん落ち着いてきたようで、メンフィスの少し離れたところに腰を下ろした。涙も止まったようだ。
「トト神は知恵の神に決まっているであろう。我がエジプトの神々を知らぬとは、お前外国人だろう?どこから来た?」
「エジプト?エジプトなら知ってる!中東よね!パパの会社もいくつかあるわ!
でも、なぜアメリカからエジプトに?
これは夢?そうだ、きっと夢だわ!起きたらまた西海岸の別荘の私の部屋だわ!」
最期のほうは独り言のようにブツブツと言って自分で納得しようとしている。
変な娘だ。
キャロルの様子を見て、メンフィスは素直に思った。
キャロルはキャロルで、自分の夢の中の出来事だと思い込むことにしたのか、メンフィスに対して警戒心も薄れてきたようだ。
「ねぇ、メンフィス。ここは、エジプトなの?」
「当たり前のことを言うな。お前、よほどの田舎者か?」
メンフィスは呆れた様子で答えた。
「キャロルと言ったな、泥棒じゃないならなぜここにいる?」
「だから、気がついたらここにいたの!(でもきっと夢だから目が覚めたら元通りだわ。)ねぇ、メンフィスはなぜこの神殿にいるの?何かお祈り?それともここに住んでいるの?」
「用事があってここを訪れただけだ。お前には関係ない。」
暗がりで表情はよく分からないが、どうやらメンフィスは少し気に障ったようだ。
「あっそ。でも誰かを探してたわよね。カエム、、、なんだっけ?その人に会いに来たの?」
顔が見たい。
「こい、キャロル。」
メンフィスはキャロルの腕をつかみ、強引に立ち上がらせてそのまま神殿の外に連れ出した。
「ちょっ、待ってよ!腕痛い!」
メンフィスが振り返ると、そこにはー
ナイルの風にたなびく髪が黄金にキラキラと輝く少女が抗議の声をあげていた。
瞳はナイルより深い青色をたたえ、肌の色は抜けるように真っ白だった。そして、エジプトでは見たことがない、風変わりな異国の服を着ていた。
「黄金の髪!この色は初めて見たぞ!お前やっぱりエジプト人じゃなかったんだな。」
メンフィスはキャロルに見とれた。
キャロルはキャロルでメンフィスをまじまじと見つめ返した。
自分の腕を強引につかんで引っ張っている少年は、端正な顔立ちをしており、長身で手足がすらっと伸びた体躯をしていた。サラサラとしたストレートな黒髪を肩で切りそろえ、一房結わえた黒髪に小さな髪飾りきらめいている。目の周りには緑のアイシャドウをしている。服装も上半身は裸で、下半身は布を巻いているように見えた。
「メンフィスって私と年が同じくらいだったのね!偉そうな言葉遣いするからもっと年上かと思っちゃった。」
こぼれるような笑顔だった。
「なにぃ!」
「怒らないでよ。私達、友達になれるわよ。」
友達か。おかしなことを言う。
メンフィスはこのままキャロルを王宮に連れて帰りたくなった。
キャロルは間違いなく美しい、そして他の女達とはあきらかに変わっている。
成長したらナイルに咲く蓮の花のような美しい娘になるだろう。
外国人であっても側女にはできるはず。
このままキャロルを手放したくない!
「キャロル。私と共に来い。」
メンフィスが、キャロルの腕を引こうとした。
同時にキャロルが、神殿の奥を振り返った。
「ちょっと待って。私を呼ぶ声が聞こえる。」
「何も聞こえないぞ。」
メンフィスが怪訝そうに振り返ると、キャロルは神殿奥にむかって走って行った。
慌てて、メンフィスが追いかけたが、キャロルの姿は消えていた。
「おいっ?どこに行ったんだ!キャロル!」
キャロルの名を呼びながら探すメンフィスを、外出先から戻ったカエムワセトは見つけた。
「これは、これは。メンフィス様。如何された?」
それから、2年後。メンフィスが14才の時に、老師カエムワセトが亡くなった。
「メンフィスさま、あなたが会った風変わりな異国の娘が、神が定めた運命の乙女ならば、必ずやあなたは再びその娘に巡り会うでしょう。」
亡くなる前にカエムワセトはそう言ってメンフィスに微笑んだ。
キャロルにとって夢の中で出会った少年の存在はすぐ忘却の彼方へと追いやられてしまった。
しかし、なぜか古代エジプト文明に強く興味をもち、この後、古代エジプト考古学者の道を志すようになる。
一方、メンフィスはしばらくキャロルの思い出を大事にしていたが、成長と共に次第に忘れていった。しかし、カエムワセトの言葉だけはいつも頭の片隅にあった。
メンフィスがキャロルに再び巡り会うのは神殿で出会った5年後ー、17才のメンフィスがファラオとなった日の朝であった。
若くして亡くなった才能あるファラオをナイルの神々が惜しんでか、運命の乙女をメンフィスの元に遣わした。そして、本来、出会うことのない二人がナイルの畔で出会った。
メンフィス王はキャロルだけを唯一の妃とし生涯をかけて愛したという。
また、メンフィス王に遣わされた神の娘キャロルも、メンフィス王を命をかけて愛し、彼を守り、彼のエジプトを繁栄に導いた。
隣国ヒッタイトやアッシリア、姉の嫁ぎ先のバビロニアとの戦争、偽弟の陰謀など様々な国難をキャロルと共に乗り越えたメンフィス王は、聡明な子ども達にも恵まれ、長く平和に国を治めた。
そして、世を去った後、最愛の妃と共に王家の谷に葬られたという。