「ただいまー」
ガラガラと扉を開けて、琥珀が霧雨店へと帰宅していた。
いつもの昼間の店番をすっぽかして、もう夕方と言っていい頃合いに帰ってきた娘に対して、店主である父親が睨むような視線を飛ばすが、当の琥珀もジト目で返して暫く睨み合っていた。
「べー」
「はいはい。とりあえずおかえり」
ふーんだ、と琥珀が実際に口にして、てくてくと店の奥の居住スペースに歩いて行こうとするのを見て、ふと気付いて父親が声を掛ける。
「お前、後ろ手に持ってるの何だ?」
「んー? 雨傘だよー。途中で拾ったの。あ、これ白紙帳」
「はいよ。……なんかどっかで見たことあるような……と言うか、何とも売れなさそうな配色だなぁ」
ひょいっ、と後ろから掲げられた傘を見て、父親が率直な感想を言い放つ。
全体的に紫色の配色で、天辺の辺りはさらに濃い紫色で、まるで茄子の様な見た目をしている。
琥珀の物拾いは昔からなのだが、今回もけったいなのを拾ってきたな、と、傘を見せびらかしてくる娘に愛情半分呆れ半分な視線を向けていた。
「かわいいのにー。じゃあ、しばらくお部屋にいるね」
「ん? 持ってくのかそれ」
そう言うと、琥珀は靴を脱いでさっさと家に上がって走り去ってしまった。
「ちょっと傷とかあるから直してあげるのー!」
そんな言葉を残しながら。
○○○○○○○○○○
「さてと。修理道具も準備したし、さっそく――――」
「うらめしやー!!!」
琥珀が用を足したり手を洗ったり道具を広げたりして、さあいざこの傘を直してあげよう、と言うところで、傘がほんの少し淡く光ったかと思うと、唐突に少女が現れて両手を広げて叫び掛けていた。
「ふいぃぃぃ!!?」
当然、突然の出来事に琥珀は思いっきり飛びのいて、へたり込む事になった。
そんな驚いている琥珀を見て、突然現れた少女――――付喪神の唐傘お化けである多々良小傘は満足そうにニヤついている。
「いやー。ある意味どっちも本体だから、こうして人間体を潜ませて突然現れたりできるのに今更気付いて何回か試したけど、こうしてお腹が膨れるくらい驚いてくれたのは、君がはじめてかも」
「ぅあ……ふ、ふぐぅ……ううぅぅぅぅ……っ」
とりあえずお腹は膨れたし、この子に謝らないとな、と小傘が琥珀の方に歩み寄ると、その琥珀は後ろ手をついたままぼろぼろと泣き出していた。
流石の小傘も逆に驚いて、慌てて声を掛けることにした。
「あ! えっと、ごめんね!? これは私の本能と言うか、まさか泣いちゃうとは思わなくて!」
「ふうぅぅ……だって、すごくびっくりして、えぅ……突然出てきたから妖怪なのかなって……うぐぅぅ……」
「よ、妖怪なのは確かだし、驚いてくれたのはありがたいけど、その……ごめんね?」
人間が、しかも子供ですら最近驚いてくれない事に半ば慣れていた小傘は、まさかここまで素直に驚いて、更に泣き出す程に感情をあらわにする子がいたとは、と感心していた。
それはさておき、とにかくどうにか対処しないとな、と小傘は琥珀の手をとって、姿勢を直すように促す。
「ほら、立ち上がれなくてもいいから、座り直せる?」
「うう、腰が抜けちゃって…………お、おトイレ行っててよかった……」
「それは……………………うん、本当にごめん」
改めて小傘は本気で謝罪をして、こうなったらと、琥珀を抱えて元の座布団へと座り直してあげることにした。
○○○○○○○○○○
暫くしてようやく落ち着き、各々の自己紹介を軽く済ませて、改めて琥珀が小傘の傘の方に向き合っていた。
「付喪神ってはじめて見たなー。ボクは道具は大切にするけど、やっぱり珍しいのかな」
「まあ、大切にされてたり、私みたいに忘れられてたり、方向は違くても長年の感情の積み重ねだからね」
小傘が、目の前で道具を駆使して傘の修理を始めた琥珀を後ろから覗き込みながら話し掛ける。
「前に天邪鬼が小人の末裔を利用して、伝説の打出の小槌の魔力を暴走させたせいで、ある程度の道具達が付喪神化したりもしたんだけどね。例外みたいなものだけど」
「あー。げこくじょう? だっけ? 里にもお触れがあったからボクもちょっとは知ってるけど……」
「そういえば、このお店とかは大丈夫だったの? 道具屋で、それなりに続いてそうな感じだよね」
「んっとねー……」
小傘の話題に対して、時折手元が狂ってモタモタしつつ琥珀は応えて、それでも作業の手を止めずに続けていた。
その作業の様子を見て小傘は少し驚く点があり、思わず琥珀が返答する前に続けて口を開いていた。
「なんか……たまにモタモタしてるけど、失敗はしてないし……何より、手元が狂っても傘の方には傷がついてないね。……琥珀の指は絆創膏だらけだけど……」
「そりゃー直す子を更に傷つけたら意味ないもん。ボクの指はそのうち治るけど、道具は直さないと直らないからねー」
骨のささくれを整えたり、少し破れた和紙を貼り直したり、どんな作業中でも琥珀は"失敗"はしていない。
どころか、むしろ手元が狂った時には自分の指を無理矢理差し出している様にも見える。
そのせいで琥珀の指には小さい傷や塗料の汚れなどがどんどん積み重なってるが、本人は特に気にした風でもなく、直す作業が――――と言うより、直っていく様子が楽しい様である。
「……琥珀は、本当に道具達が好きなんだね。それに、その小刀とか刷毛とか、手作りだよね?」
「うん。流石にボクじゃ金属加工とかはできないけどね。それでも、図案を描いたり、元の鉄とかはおこづかいで買ったり、柄の所はボクが作ったり」
もちろんその木材もボクが調達したんだよー、とにこにこと笑う琥珀を見て、小傘はほとんど感動に近い感心を抱いた。
その道具達の状態がとても良いのを見るに、手入れも怠っていない様であり、その点も小傘の感動を後押しする。
忘れ去られて付喪神となった小傘にとって、非常に真摯に道具を大切にしている琥珀がとても眩しく映った。
作業中で危ないのでなんとか抑えたが、それが無ければ抱きついてやろう、と考えた程に。
○○○○○○○○○○
「あっ、それでね。さっきのだけど」
「え? あ、うん。お店の事?」
不意に声を掛けられて小傘が思わず呆けた返事をすると、ひとしきりの作業を終えたらしい琥珀が不思議そうに覗き込んでいた。
「そうそう。んっとね、ここは確かに道具屋なんだけど、おとーさんってただの商売人なんだよね。技術はあるし、作るものも良いものなんだけど、経済にしか頓着してないって言うか。だから付喪神にはならなかったのかな?」
「あー……なるほどね。まあ、手堅いタイプの人間だから、それが悪いとは言えないけど」
そういえば確かに傘越しに店内を眺めた時にも、並べられた道具達も無機質な感じがしたな、と小傘は思い出す。
改めて小傘が部屋を見回すと、流石に箪笥や姿見などの大きな物は既製品の様だが、手元で使える様な小さな道具達はその全てから手作り感が見て取れ、付喪神として少し気を巡らせてみると、それらはやはり全て琥珀に向けた暖かな思いが宿っているのを感じた。
「ねえ、琥珀」
「んー? って、わぷっ。むーむー」
思わず小傘が琥珀を抱きしめて頭や背中を撫でたりしたので、当の琥珀は少し混乱したが、結局良くわからないまますぐに解放された。
「小傘?」
「んーん、何でもないよ。これからも道具達を大切にしてね」
「んむぅ? …………うん!」
突然小傘にそう言われて、琥珀はきょとんとして更に混乱したが、これまたすぐにいつもどおりに戻って、満面の笑顔を小傘に向けた。
ちなみに、琥珀自身の道具作りの腕は、人並み以上ではあるものの職人には遠く及ばない、と言ったところ