「なあ琥珀、おつかいを頼みたいんだが」
「えー」
小傘を見送ってから数日後、朝の時間帯に居間でぐでりと転がっている琥珀に、父親が声を掛けていた。
何やら包みと手紙を持っている父親に対して、琥珀は少しだけしかめっ面をしつつ、とりあえず顔だけを向ける。
「どーしよっかなー」
「あのなぁ。どうせ店番はしないつもりなんだろ? 勉強は昨日一段落したとか言ってたし。要するに暇だろ」
「んむー。 ……ま、いっか。それでそれで?」
起き上がって荷物を受け取りながら、琥珀が父親に質問をする。
なんだろこれ、と不思議そうに手元に視線を落とす琥珀に、父親が説明を始めた。
「包みは食材だからあまり揺するなよ。 ……で、要はお届け物だ」
「お届け? うちって配達ってしてないよね」
「まあな。というか、どう見てもうちの商品じゃないだろ。それに里の外に行ってもらうつもりだしな」
「え。もしかして、魔法の――――」
里の外、と聞いて琥珀が途端に目を輝かせ始めた。
まさか今年こそ父親が折れてくれたのか、と期待の視線を向けるが――――
「ただし」
「ぅ?」
「確かに森だが、入口までだ。当然同行者はつけるし、その人にも頼んであるが、奥までは行かせられないからな」
――――輝いた反動の様に、琥珀はぺたりと座り込んでとてつもなく落ち込んだ。
それを見て父親は苦笑いしつつも、これからの反応もある程度予想できるので、構わず続けることにして口を開く。
「それに、お前にとっても嬉しいことだと思うぞ」
「おねーちゃん…………ぶつぶつ、ぶつぶつ…………」
「聞けって。というか本当に口で"ぶつぶつ"って言うな」
この世の終わりの様な雰囲気を背負っている琥珀の頭を撫でつつ、父親はため息を吐いた。
撫でられた琥珀もため息を吐いて、それでも払いのけたりはせずに、次は"むー"と唸り始めた。
「はぁ……森の入口って言って、何か浮かばないか?」
「むー……? ……っあ、香霖!」
またも、途端に琥珀が目を輝かせて勢い良く立ち上がった。
先程と同じくらいに期待に光る視線を送られて、我が子ながら単純だよなぁ、と感想を抱きつつ父親は頷いて更に説明を続ける。
「そうそう。アイツもあまり此処には顔を見せなくなったし、挨拶と文句を兼ねて手紙をな。食材は形式としてと、ロクなもの食べてなさそうだから」
「香霖のところに行っていいの!?」
「ああ。さっきも言ったが同行者有りだからな。森の中までは駄目だが、お前も霖之助は好きだったろう?」
わーい! と琥珀がぴょんぴょん跳ねてはしゃぎ回る。
荷物はキチンと置いている辺りしっかりしてるなぁ、とまたも感想を抱いて、父親は完全に愛情十割の視線を送った。
その後、改めて荷物を持たせて、同行者との集合場所等を教えて出発するように促す。
「ほら、ちゃんと持って。……しかし、昔はまぁそうだったが、もう年単位で会って無いのに今でも好きなのか?」
「うん!! もちろんおねーちゃんは大好きでー、でも香霖もいっぱい好き!!」
玄関で靴を履いているのを眺めながら父親は、小さい頃の印象は残るものなのかねぇ、と思った。
そしてふと思い、琥珀に質問を投げ掛ける。
「ちなみに、お父さんのことは好きか?」
「ふつー」
準備が出来て立ち上がった琥珀の後ろで、聞かなきゃ良かったと父親は軽く項垂れる。
玄関の扉をガラガラと開けて、外に出る時に琥珀は振り返って――――
「ほんとはおとーさんも好きだよ。でも今は喧嘩中だからふつーなの。いってきまーす!!」
――――そう言って走って行ってしまった。
ほんの少し気分良く仕事が出来るな、と、父親は上機嫌で店の準備を始める事にした。
○○○○○○○○○○
里の入口の大きな門が集合場所になっているので、琥珀はひとまず門の横の詰所を訪ねる事にして、扉を叩いてから中へと入る。
「おじゃましまーす」
「おっと、琥珀嬢ちゃんかい。今日の事は聞いてるよ。呼んでくるから待っててな」
若めの男性門番が、やってきた琥珀に対応して奥の部屋へと行き、すぐに別の人を連れて琥珀の元へ戻ってきた。
女性としては高めの身長。
美しいスタイルに、黄色や紫を基本としたグラデーションのある長い髪。
里の外れにある寺、命蓮寺を束ねる僧侶、聖白蓮その人である。
「あらまあ。話に聞いていたとは言え、随分と可愛らしいお届け屋さんですね」
聖は琥珀を見ると、優しく柔らかく笑った。
一方の琥珀は、暫く聖を眺めた後、あっ、と口を開いた。
「んっと、ひじりびゃくれん?」
「はい、私が白蓮です。あなたのお父様から頼まれまして、今回同行させてもらいます。琥珀ちゃん、ですね?」
聖が手を差し出して、琥珀もそれに応じて手を繋ぐが、琥珀は少し不思議そうな顔をしたままだった。
兎にも角にも、その様子を眺めていた門番が琥珀達に声を掛け、出発するように促した。
「それじゃあ聖様、琥珀嬢ちゃんの事よろしくお願いしますね。何分、自分は門番なので護衛には行けなくて……」
「いえ、自らの職務をキチンと果たすのは、とても重要な事です。それじゃあ琥珀ちゃん、行きましょうか」
「うん。門番さんもお疲れー」
そうして、手を繋いだまま、琥珀と聖は詰所から出ていき、森の方角へと歩きだしていった。
○○○○○○○○○○
「〜♪」
「ふふっ。嬉しそうですね、琥珀ちゃん」
出発してからと言うもの、琥珀は嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いていた。
片手には荷物を持ち、もう片手は聖と手を繋いでいるので、腕を振り回したりはしていないが、体を少し揺らしたりして、いかにもな様子で喜びを表現している。
「だって、香霖に会えるからねー」
「私は、幻想郷縁起や人伝でしか森近さんを知りませんが……随分慕っているのですね」
「あ。ねーねー、白蓮はどうして今回一緒に行く事になったの?」
琥珀が、同行する理由に疑問を抱いて、顔を覗き込みながら聖に質問をした。
聖は、断りを入れてから繋いでいた手を離して、懐から何かを取り出しつつ、今回の経緯の説明を始めた。
「こちらは、私が使う道具なのですが、いわゆる魔の物でして。修理を受けられると思われる森近さんにお会いしたくて」
「あー、なるほどー。おねーちゃんのミニ八卦炉とかも香霖作だからね」
「はい。実際、以前魔理沙さんに言われていたのも憶えていたので」
聖が、取り出した不思議な材質で出来ている棒状の物を見せつつ、香霖堂に行く目的を語った。
そして、琥珀の同行者となった理由も語る。
「そんな折に、霧雨さんからの話がありまして。霧雨店からは、縁日に必要な道具を提供していただいたりもしていますし、日用品などで割とお世話になっているので」
「ふむふむ、縁日かー。ボクはその日別で遊んでたからなー」
「そういう訳で、私自身香霖堂に用がありましたし、霧雨さんの頼みですし、魔理沙さんの妹さんと言う事もあり、快く引き受けたのです」
そっかー、と琥珀が返事をして、疲れたのか荷物を持つ手を入れ替えながら、聖の方――――正確には、聖の一人分奥を見つめて、聖にではなく声を掛ける。
「それじゃあ、そっちの子は?」
「はい?」
「ありゃ、やっぱりバレてたか」
何気ない様で話し掛けた琥珀はもちろんだが、聖は琥珀に言われて改めて意識する事で、その存在を確認出来た。
黄色いリボンが着いた黒い帽子を被った、全身に管がふわりと巻ついている、緑銀の髪をした小さな少女がそこには居た。
「聖には朝から着いてきてたけど、キミには詰所で最初から気付かれてたみたいだねー」
「……着いて来ていたのですか、こいしさん」
「たまに里でも見掛けるよね。スキップしてたり、座り込んでたり、ベンチで寝そべってたり」
「そんなわけで、古明地こいしだよー。何となく着いてきただけだけど、よろしくー」
ひらひらと手を振りながらカラカラと楽しそうに無機質に笑って、こいしは琥珀の隣に移った。
挨拶をし合っている二人を眺めながら、聖は少しだけ複雑そうな顔をしながら、改めて歩きだす。
「ふう……こいしさんに気付けなかったとは、私ももっと修行しなければ……」
「おりゃー、肩車してあげようー」
「わっとと、こいし力持ちだね。おー、白蓮より目線が高ーい」
小さな少女であるこいしが、更に小さいとは言え同じく少女である琥珀を雑に肩車しているという、何とも言えない光景に、聖はただ苦笑いしていた。
「子供には認識されやすい、との事でしたが……こいしさんもやはり妖怪なのですね」
「聖ー、置いてくよー」
「白蓮、みてみてー」
肩車に際して、こいしから受け取った帽子を琥珀が楽しそうに被っていた。
和服の琥珀がこいしの洋風の帽子を被っている奇妙な姿に、またも苦笑いしつつ、聖はお互いがはぐれないように二人のもとへ近付いて、歩幅を合わせて歩き出した。
長くなりそうなので前編的に
色々なアレコレは次話にて