人が疎らになった公園にある噴水の前、それが彼女との待ち合わせ場所だ。
少し夜風が冷えるが、厚着をしているから問題はない。問題は、彼女が体を冷やしてしまわないかどうか、だ。手持無沙汰から夜空を見上げると、満天の星が夜空を埋め尽くしている。
周囲に誰も居ない時、草の匂い、一面の海、そして、青空や夜空。一面を埋め尽くす光景を
その昔、何度も僕たちは見てきて来た。
──誰の記憶にも残らない開拓者、僕達のことを呼んだのは誰だったか。
周囲に誰も居ない時、あの日々の後から物思いに耽ることが多くなった、仕方のないことだと思いたい。
──その昔、長い、長い旅をした。一度の人生では間違いなく経験できない程の貴重な、されども凄惨な旅をした。それは人理を巡る大冒険、明日を焼かれた僕達が最後に足掻いたあの場所で、僕達は人理を守る戦いに身を投じた。
フランス、ローマ、オケアノス、ロンドン、アメリカ、ブリテン、そしてウルク。
その地その地で様々な人に助けられ、様々な人に裏切られ、そうしてまた、僕達の次の旅へ赴いた。それは、この先の人生にも言えるのだろう。この旅に終わりなんてない、この足が動かなくなるまで。僕達という旅人は今という時間を飛び続けているのだ、世界が回っている限り。
「──懐かしいな」
あの頃に戻りたい、とは口が裂けても言えない思い出だけれども、今から思えばあの日々はあまりに輝かしく、そして、生きることに必死だった。これからも、この先も、生きることがこれほど大変だ、と思った日々はこの先もないだろう。
あの頃の拠点──カルデアは既に解体され、僕達も他のレイシフト適性者と共にカルデアを去った。まぁ、僕達に関しては、カルデアにいた皆が上手く逃がしてくれた、と言うのが正しいのだけど。そうして懐かしく、だけども懐かしさを忘れてしまった実家に戻った後、見たことのない金額が口座に振り込まれており、顎を落としたのは今でも思い出せる。
というか、未だに実感が湧かないことすらあるほどだ。まぁ、その時こそどうしようか焦ったものだったが、その辺はダヴィンチちゃんが上手く誤魔化してくれていたらしい。流石は世紀の大天才だ。それと、変わらない笑顔を浮かべて、もう一つおまけだよ。と言って彼女が僕に託したのが──
「先輩!」
「マシュ、久し振りだね」
あの時と変わらない、けれど以前とは比較にならないほど眩しい笑顔を向けるマシュ。
「はい!」
カルデアから出た彼女は今、考古学を専攻しており、将来は様々な時代の文化財の保護に携わることをしたい、と言っていた。勿論、それらは僕たちがレイシフトで見たモノではないけれど、マシュはドクターや様々な時代の英雄達が大事にしてきたモノを守りたいのだ、と意気込んでいる。あの人が見たら、和菓子を落としてしまう程に泣いて喜ぶのだろうか。
「それにしても先輩は凄いですね」
彼女に褒められるとどうも照れ臭くなる。こればかりはあの時から変わらないらしい、顔に熱が集まるのがよく分かる。
「国籍を問わず、様々な子供たちに向けた授業を世界に行っているじゃないですか」
きっとそれは、あの時の世界の命運を賭けた大冒険が無かったら、考えすらしなかった道だろう。
「それは大袈裟だよ、マシュ。普段と変わらない授業を色んな子供たちが見て、世界ってこんなに面白いんだ、って思って欲しくて色んな所で授業をしているだけなんだから」
僕達の世界は広く、未知に溢れたものだと思う。だけど同時に、厳しく、残酷で、特に人はあらゆる手段を使っても表現できない程の多面性を一人一人が持っている。
「それに、さ」
「どうしました、先輩?」
夜空に輝く星を想う。生きるために、星を求めた日々を想う。
「あの時から、僕たちは沢山の人に助けられて此処にいる。色んな人が様々な思いをしているから、今があるんだ」
そして、それは一般の人に限った話だけではない。
──民を愛したフランスの王妃と憎悪に濡れた聖女、古代ローマを作った男装(?)の王と未来のローマを愛した神祖、海を踏破した女海賊と世界に悪名を轟かせた海賊、父に深い執着を見せながら、叛逆ではなく守る為に力を奮った円卓の騎士、人々の治療にその生涯を歩んだクリミアの天使、その多くが武人として生きたケルトの英雄達、王に最期の忠義を果たした騎士と守るがため、非情に徹した円卓の騎士達とその王、ウルクを統べる王と三女神、そして、原初の母であると共に世界を壊すことしか出来なかったティアマト。そして、僕達を守るために全てを捨てたドクターと魔術王、ゲーティア。
あの日々を忘れることなど出来ないだろう。あそこでは、様々な出会いと別れがあった。そうした出会いと別れを繰り返し、こうして生きていられるのは様々な奇跡の積み重ねなのだ、と思うと共に、この世界の一瞬一瞬が替えの効かないものなのだ、と噛み締めることが多くなった。
「先輩、それは──」
マシュも俺が何を思ったか気付いたんだろう。二人で一緒に、星を見る。
終わらない命なんてない、そして、死者は還ってこない。今はこの時しかないのだ。だから、今、この時を生きている、その事実を大切にして欲しい。それは、あの旅が終わり、還ってきて暫く経った後から、強く、強く思うようになった。例え、その先に何が起ころうとも、それは、それだけは変わらないだろう。
「ねえ、マシュ」
「何でしょうか、先輩」
一つ、聞きそびれていたことがあった。
「そろそろ卒業する、って聞いていたけど」
「はい、皆さんのお陰で無事に卒業出来そうです!」
「じゃあ、何処に行くかも決まっているんだね」
用意のいいマシュのことだ、その辺は心配していない、ないのだけど……何故かマシュの顔が赤い。
「えっと……そのですね。幾つか誘われたんですが、お断りしました!」
「えっ!?」
これは、予想外だ。ただ、決まっていなかった場合のことを一応考えたことがある。
「で、それでですね、先輩……」
「マシュ」
恥ずかしそうに顔を下げるマシュの顎を上げ、視線を合わせる。これはこれで恥ずかしい。
「ちょうど、古い文化財とかを子供たちに教える人が欲しいなって思っていたんだ」
マシュの顔に笑顔が戻る。ああ、やっぱりマシュには笑顔が一番だ。
「もし、良かったら手伝ってくれるかな」
まぁ、こう聞いておきながら、一つだけ分かっていることがある。
「はい、はい!」
──思い出したことがある。彼女の手を取ったあの日から、僕の世界は変わったのだ。
「先輩、これからもよろしくお願いします!」
だからこれからも、二人で手を取って歩いて行くこと。そう、あの日と変わらずに手を握って。
後からお題を見返すと、カルデア関係のごたごたが落ち着いてから時間が経っている件について。
2部の終わりが分からないため、1部終了時点でカルデアを出た、という設定です。
郊外の静かな公園でこの先どんな未来を歩もうか、と話をしているぐだとマシュ。