料理面は前段として軽く済ませるつもりだったんだけどなあ……
槍の修練場に行き忘れていた、と叫んだマスターがたまたまその場にいたセイバーだけを連れて、慌てて修練場へ飛び出したのは午後九時を回った頃。
唐突に姿を消して、戻ってきたマスターに小言を並べようとしたものの、直ぐにミーティングがあると言って、マシュと一緒にミーティングルームへ行ってしまった。こればかりは仕方ない。夕食時も終わり、片付けも殆ど終わった所で明日の仕込みをブーディカと二人で行おうとしていた時だ。疲れたように小さくため息をつきながら、誰かが食堂に入ってきた。
「ふぅ、思わぬ出撃でした」
「や、どうしたの、アルトリア。珍しいじゃない、こんな時間に」
「いえ、他の職員の手伝いをしていたら、マスターが急に修練場に行かなきゃと叫ばれて、慌てて出撃することになったのです」
ブーディカがお疲れ様、と水を渡す。
「あぁ、だから夕食の時間にも居なかったのか」
「はい、職員の方も忙しそうにしていましたし、私は英霊の身。一度や二度、食事を抜いた所で倒れる訳ではありませんから」
「では、どうしてここに来たんだ、セイバー」
これは純粋な疑問と興味からだ。彼女であれば、そのようなことがあれば翌日に顔を出すことが多い。
「そ、それは、ですね」
「ん?」
何故かセイバーが物言いたげな顔を浮かべは、振り払うように小さく首を振っていた。
「ええ、修練場の報酬が思った以上に良かったことを喜んだマスターが、今日の食事のお陰だろうか、と」
「確かに食事で精神的な充足を得ることはあるだろうが、食事で幸運が付くかと言われると……」
その理論で言うのならば、幸運Eの私の料理をマスターが食べることで、マスターの幸運値も下がるのでは。いや、それは相反するか。食材に私のような幸運値が付かないことはマスターが証明しているからな。
「とにかく、今日の食事がとても美味であった、とマスターが言っておりまして……それで」
強情な彼女のことだ。話を聞いてしまったが為に気になってしまったのだろう。ふと、ブーディカと目が合う。彼女もまた、セイバーを気にかけている人物だ。
「色々手伝っているアルトリアが食べられないのは可笑しいからね」
互いの目的が合致したことを確かめるように、同時に頷く。
「生憎、今日の分は殆ど残っていないがね。だがまぁ、在り物だからこそ出来るという料理もある。少し時間を貰うが構わないか、セイバー」
「はい、あなた方であれば間違いなく美味な料理でしょう」
その信頼、応えて見せよう。ブーディカの視線が生温かい気がするのはきっと気のせいだろう。
広々としたキッチンで、ブーディカがこちらに目を向ける。
「ところで何を作るんだい、エミヤ」
「健啖家の彼女であれば、この時間でも夕食時のメニューで構わないがね。時間も時間だ。軽いものがいいだろう」
出汁を加えた水を鍋で沸騰させた後、一口サイズの豆腐を鍋へ投入。弱火で3分ほど煮た後、とろみを付けた後に溶き卵を少しずつ注ぐことがポイントだ。
「ふむふむ、簡単だけど風邪の時にも良さそうだねえ」
夕食の残り物を上手くあり合わせたブーディカがこちらの様子を見に来たようだ。
「ああ、本当はもう少し手を加えたい所だがね。この時間であれば、この位がちょうどいいだろう」
残っていた白米を小さめの丼へ盛り、其処に先程の鍋の中身をこちらへ移す。仕上げに青ネギを少量加えて完成だ。
「へぇ、それも和食なのかな」
「ああ、豆腐にも諸説あるが、大豆から作られて、生で食べる豆腐はマスターの母国、日本のものだな」
「本当に色々知っているねぇ、お姉さんも勉強が足りないなぁ」
とても、そうは思えない。近代のシステムキッチンを始めとした家電製品は料理の上では便利だが、使い方が分からず四苦八苦する者も少なくないはずだ。何かを作ろうとして失敗したサーヴァントが何騎いたのやら。
「いえ、貴方はとても勉強されていますよ。私は元々、近代のサーヴァントである為に知っていただけなのですから」
「またまたぁ~、謙遜しちゃってぇ。知っていても出来ない人だって多いはずよ。っと、アルトリアに持って行ってあげないとね」
お盆に料理を載せてブーディカがセイバーに料理を渡す。
「おお、これは……」
セイバーが料理に気を取られている間に、後片付けをするとしよう。
ふむ、大体片付いたな。明日の仕込みも十分だろう。後は最後の利用者の食器を片付ければ完了だ。
「遅い時間に来てしまったのに、料理を作って頂いてありがとうございました。ブーディカ、アーチャー」
両手を合わせ、セイバーが満足げに礼を言う。
「後片付けを手伝いましょうか」
「ああ、大体終わっているからね。任せておいて」
「分かりました。重ねてありがとうございました」
今度こそ、セイバーが食堂を後にした。
後片付けも終わり、食堂の清掃も終えた所でブーディカに茶を勧められる。私としても断る理由がないので、紅茶を二人分用意して席に座る。暫くはマスターのことや明日の献立について話していた中で、先程セイバーへ振る舞った料理の話をしていた時だ。
「どうしました、ブーディカさん」
今でこそ慣れたが、召喚された当初こそMrs ブーディカと呼んでいた。しかし、気安く呼んで欲しいと言う本人の要望もあり、以降はブーディカさんで通している。私のような掃除屋が偉大な英霊に対して敬称を付けないのは失礼だろう。キャスターやランサーはどうなんだ、だと。何のことだ。
「いやねぇ、どうしてアルトリアは君のことをアーチャーって呼ぶんだろうって」
理由など、言うまでもない。彼女が聖杯への望みを失っていることには驚いたものだが、あの忌々しい未熟者の影響なのだろう。
「さて、どうしてだろうな」
「とか言っているけど、君も君だよ、エミヤくん。君だって他にも沢山のセイバークラスのサーヴァントがいるのに、アルトリアだけはセイバー呼びするんだから」
流石にここの食堂で長く共にした間柄ではないようだ。ウインクしながら言う様は、親戚の姉のような接し易さがある。
「星の祈りが込められたかの聖剣、エクスカリバー。その聖剣を扱う騎士王を真名で呼ぶなど、マスターでもない限り軽々しくは出来ないさ」
「ふぅん、それにしては距離が近い気がするけどねぇ。まぁいっか。話を戻すけど、あれの作り方を教えて貰うことは出来るかな」
「問題ない。今回は丼にしたが、単品でも消化のいい一品だし、うどんと併せてあんかけ風にすることも出来る。他の品との相談にはなるが、比較的相性のいい食材は多いはずだ。近日中にやってみるとしよう」
「おお、これで私のレシピに新しい一品が追加される訳か。また教えて貰うよ、エミヤくん」
「承知した。それに、私も未熟な所がまだまだある。野外調理時の火加減を見る時などは貴方には到底及ばないさ」
「またまたぁ~」
ふとブーディカが時計を見ると、その短針はもう11時を回っていた。
「すっかり話し込んじゃったねえ。そろそろ休もうかな」
既に茶の片付けは終わっている。ならば後は休むだけだろう。
「マスターはもう就寝しただろうか」
「相変わらず過保護だねえ、と言いたい所だけど……」
思う所があるのか、ブーディカが嫌なことを思い出すように顔を顰める。
「いつの間にか部屋に忍び込まれているのは怖いからねえ」
「この前も、マシュとマスターが血色を変えて私の部屋に来たからな。以前にも、貴方の所に来たのではなかったか」
「うん……そうだったね」
そんな話をしていたこと自体がフラグだったのか、未だ灯りが付いている食堂に飛び込む人物が現れたのは、別の話。