気ままな短編集(二次創作)   作:久遠の語部

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お題:マルタさんとえんまちゃんがマスターにご飯を作るお話を何卒……!


お題4:一杯の汁

 「久し振りに食べたいもの?」

 「ええ、人理修復が終わって、ようやく落ち着いた所でしょう」

本来だったら両親への顔合わせ一つ程度許されるはずだ。しかし、マスターが居なければサーヴァントは現界出来ないこと、新宿のような亜種特異点が発生したことから、人理焼却の原因であったゲーティアを倒したマスターは、未だ帰省の一つすら出来ていない。

 「確かに、そうですね」

 「パーッと豪勢な料理を食べたい時もあるけれど、落ち着いた時だからこそ食べたい料理ってあるじゃない?」

 「……けど、ここで食べる料理も、初めの頃と比べると格段に美味しくなったし、作って貰える料理に、不満はないよ?」

初めの頃の食事事情、最早懐かしさを感じる言葉だ。自身を含めて、料理経験のあるサーヴァントこそ召喚されたものの、システムキッチンの使い方が分からず、スタッフやマスターに教わった、ということがあった。そうして使い方を会得したものの、今度は見たことも聞いたこともない食料、という重大な問題に直面した。とは言えど、流石にそこは過去を生きた英雄達。皆が工夫して食べられるものを作っていた。

 「あの頃は大変だったわね」

 「うん、あの時ほど家庭科の勉強をしておけば、って過去の自分を恨んだよ」

 「そう言えば、マスターの故郷、ニホンの料理も全然食べられなくて、半べそかいていたこともあったわね」

 「う、それは言わないで、お米は日本人の魂なんだから」

その言葉通り、米への執着は凄まじいものがあった。微小特異点に行けば、米がないか動き回り、特異点攻略と並行的に発生したトンチキな特異点に赴けば、稲が無いか付近を捜索し始めるほどに。そして、一時期カルデア内にて和食ブームが起きる切っ掛けとなった一言。

 「偶にね、偶にだけど、お味噌汁が、和食が食べたいなあって思うことはあるかな」

 「先輩、お味噌汁とは何ですか」

作り方を聞こうにも、当時はその手に詳しい人物が居なかったこともあり、見たこともない和食を作ろうと四苦八苦したあの日々。その後、マスターの母国の英雄である俵藤太や、やたら現代事情に詳しい台所の赤い守護者が来てからは、その問題はあっという間に解決された。俵藤田は兎も角、どうして台所の守護者は古今東西のあらゆる料理を知っていて、味噌すら自作出来るのだろうか。あのサーヴァントのクラスはグランドのシェフだっただろうか。

 「でも、そうだなぁ。エミヤのお味噌汁もとても美味しいんだけど……」

何処か躊躇う様子が見て取れる。年頃の妹、弟のような存在が、訳あって家族の元を離れた時、やはり思い返すのは……

 「偶には、お母さんのお味噌汁が食べたいな」

やはり馴染み深い味だろう。一つの星をぼんやりと見つめるように呟いた、そんな細やかな望みを断ることなど誰が出来るのだろうか。

 「そうね、お母さんの味って、忘れられないわよね。いいわ。ちょっと時間が掛かっちゃうかもしれないけど、聖女マルタの名に懸けて、その希望、叶えて見せるわ」

勢いで言ってしまったことは否定できない。だが、マスターの顔が陽だまりのように明るくなったので、これで良かったのだと思う。

 「マルタ、いいの?」

 「ええ、マスターの細やかなこの願い、このマルタ、確かに聞き届けました」

とは言えど、どんな材料を使っていたか、それが分からなければ作りようがない。味を近付ける為には、和食の心得を持つサーヴァントがいいだろう。そう考えていたのだが……突然、マスターが思い出したように大声を出す。

 「あああーー、種火の周回へ行くの、忘れてた!!」

そうして、風のようにマイルームから出て行った。

 

 

 突然ではあるが、考える時間が出来たことは丁度良かったが、大丈夫だろうか。こういう時のマスターはミスをし易いのだが。まぁ、今は置いておこう。種火周回なら不利相性でもどうにかなるはずだ。

 「味噌を使うのは分かるけど、合わせる具とかどうしていたのかしら」

流石にその辺りの情報は欲しい所だ。豆腐やワカメ、キャベツに玉葱、と具材だけでかなりの種類があったはずだ。まぁ、それは後でいい。まずは食堂スペースへ向かい、味噌を分けてもらうべきだろう。と、部屋を出た所で待ち構えたように立っているサーヴァントがいた。

 「おや、マルタ殿か。丁度いい所に」

 「何よ、アンタ」

最悪だ。のらりくらりと突っかかってくるサムライが居たとは。

 「何、慌てて出て行ったマスターがな。久し振りに和食が食べたい、と言っていたので、少しな。昨夜は西京漬けの鮭を中心とした和食だったはず。私もそれを酒と共に食したのだが……何故、久し振りに和食が食べたい、と言ったのだろうか、と。興が乗ってマスターに尋ねようとしたら、マルタ殿が居たのでな」

恐らく、マスターとの会話を殆ど聞かれていたのだろう。それ以外、検討が付かない。

 「何が言いたい訳、はっきり言ったら?」

だが、男の顔は涼やかだ。こういう所がイラっと来る。ルーラーの自分であれば、殴り飛ばしていただろうか。

 「まさかと思うが、味噌汁には味噌を入れればいい、と思っている訳ではあるまいな」

 「どういう事よ」

 「しがない農民として生きた身故、現代の料理に関しては門外漢だ。だが、そんな私でも分かることはある。もし、慣れない料理をするのなら、誰かに指南して貰った方がいいのでは」

神よ、どうかこの男をタコ殴りにすることを、どうかお許しください。

 「で、そのマスターなのだが、ランサークラスとアサシンクラスの種火周回にも関わらず、エミヤ殿を間違えて連れて行ってしまったらしい」

つまり、今の食堂スペースにはエミヤが居ない、ということになる。そして、それだけをわざわざ言いに来たということは、食堂スペースにはエミヤ以外で和食の心得を持つ者が居る、ということだろう。

 「アンタを吹き飛ばす前に、やることが出来たわ」

 「おっと、それは残念だ。時間があれば手合わせを、と思っていたのだが」

 「その減らない口なら、今すぐ開かなくしてあげるけど」

 「これは怖い怖い。では、私は退散するとしよう」

サムライ、佐々木小次郎が姿を消す。気配遮断のスキルでも使ったのだろうか。そんなことより、食堂スペースに急ぎましょう。マスターが帰ってくる前までに。

 

 さて、材料調達も兼ねて食堂スペースへ向かうと、明日の仕込みをしている紅閻魔が居るだけだった。紅閻魔であれば、間違いの無い助言をしてくれるだろう。

 「こんな時間にどうしたのでちか、マルタ」

そんな紅閻魔が、突然現れた私を意外そうに見てくる。

 「実は聞きたいことがありまして……」

マスターは一時、彼女の宿で働いていたこともある。何か良い話を聞ければいいのだが。

 「聞きたいことでちか。あちきに応えられる事なら答えまちよ」

 「実は、人理修復が終わったのに両親の元に戻れないマスターが気になってしまいまして。何か食べたい物がないかお聞きしたところ……お母様のお味噌汁が食べたい、と」

 「なるほど、そういう事情でちたか。是非、協力させて下さいでち」

 「ありがとうございます」

気に喰わないサムライの話に乗った自分に後ろめたい気持ちが少しある。だが、結果として良い方向に進んだのだ。殴るのは一発にしよう。

 「ところで、そのマスターはどうしているのでちか?」

 「実は今、種火周回に出ていて……」

食堂スペースを見渡し、不思議そうに顔を傾ける。

 「今日は確か……ランサークラスの種火が出てくる日だったはずでちよ?」

それは、マスターのミスなのです。

 「まぁ、いいでち。戻ってきたら、マスターが食べていたというお味噌汁について、聞いてみまちか」

 「ありがとうございます」

 

 そうして種火周回から戻って来たマスターから、お母さんのお味噌汁について話を聞いた紅閻魔とマルタは、皆が寝静まった深夜の頃、食堂スペースで寸胴鍋を使ってお味噌汁を試作していた。紅閻魔様の指示通り、一口サイズにカットした具材と出汁をじんわりと温めていく。程なくして、ほんのりと出汁の香りがマルタと紅閻魔にも届く。そして、用意していた味噌を複数回に分けて少しずつ溶いていく。溶いた味噌と出汁が馴染んでいき、優しい香りがマルタにも届いた。

 「……大体はこれで良さそうね。それにしても、ミソってブイヨンと違って、味が直ぐに出るのね」

これも文化の違い、というもんだろう。てっきり、一回味噌汁を作るのに数時間かかるものと考えていたマルタにとって、嬉しい誤算だ。

 「後は仕上げに、と」

マスターの家庭では、これが必ず入っていたらしい。

 「……よし」

調理が終わったと見て、脚立から様子を伺っていた紅閻魔が二度、感心したように頷く。

 「最初は寸胴鍋を使おうとちたので、どうしようかと思いまちたが。マルタは大人数で食べる料理の方が得意なのでちね」

 「弟や妹がいましたから。それにしても……ちょっと作り過ぎたわね」

ミスがないように、と寸胴鍋を使ったことがここで仇になった。味見をした所、他のサーヴァントやカルデアの職員が食べても問題ないと言えるが、量が多い。

 「どうするんでちか、それ」

 「そ、そうよね……」

と、頭を抱えた時、誰かが食堂スペースに入ってきた。

 「まだやっていたようだな」

 「お前様でちたか。ここは暫く借りる、と伝えたはずでちが」

 「それは分かっている。ただ、匂いに釣られた若者が一人、な」

と、台所の守護者が姿を隠している誰かに向かって、入ってくるようジェスチャーをした。すると、こそこそとその人物が食堂スペースへ入ってきた。

 「ちょっとね、変な時間に寝ちゃったから水を飲もうと思って」

 「マスター!?」

思わぬ人物の登場に、驚きを隠せない。

 「何を言うか、マスター。トイレに行くと言って部屋から逃げ出した君は、当てもなく廊下を彷徨っていた所を私に見つかったのでは無かったかね?」

 「それは言わないで、エミヤ」

マスターの目と声が死んでいる、何があったのかを聞くべきではないだろう。エミヤもマイルームで起きたことを語るつもりはないのか、グラスを取りにいく。それはつまり、先程完成したばかりのお味噌汁が入った寸胴鍋の横を通るわけで……

 「ここに寸胴鍋があるが、どうして使おうと思ったのだね」

何を作ったか、をばらさないだけマシなのかもしれないが、かなり余計な一言だ。だが、ちょうどいい。

 「そ、そうだ、マスター。じ、実は紅閻魔様と協力してお味噌汁を試作していたのだけど、良かったら食べていかない?」

 「え、もう出来たの!?」

マスターの声には、純粋な驚きと喜びがあった。作った甲斐があった、というものだ。

 「再現できたかどうかは分かりまちぇん。だからこそ、マスターに食べてみて欲しいのでち」

やった、と年相応の笑みを浮かべて、お椀に注いだ味噌汁を渡す。

 「頂きます」

深夜の食事なので、小姑のように口うるさいエミヤが何か言うかと思いきや、何も言わずに明日の仕込みや食材の確認をしていた。紅閻魔様から既に話を聞いていたのだろうか。その間、マスターはミソのスープを噛み締めるように口に含んだままだ。

 「……美味しい、なぁ」

マスターが、水辺へ一滴の雫を落としたように言葉を漏らす。お母さんのお味噌汁は上手く再現できただろうか。

 「ちょっと違うような気もするけど、美味しいな」

残念ながら再現することは出来なかったようだ。それでも、マスターの顔に陰りはない。

 「そうですか、再現出来ればよかったのですが……」

完全な再現とはいかず、少しばかり気落ちする。数少ない我儘くらい、叶えてやりたかったのだが、母の味はそう簡単に再現出来ない、というモノなのだろう。

 「ねぇ、マルタ。まだお味噌汁は残っている?」

 「あ、はい。寸胴鍋で作ったからまだまだ残っていますよ」

 「マルタらしいね。じゃあ、もう一杯欲しいな」

何を以て私らしい、と言ったのか。問い質したい思いに駆られましたが、その要望には応えましょう。

 「ええ、分かりました。マスター」

寸胴鍋からお玉で味噌汁を掬い、お椀に注ぐ。

 「ありがとう……うん、少し違うけどやっぱり美味しいな。ねえ、マルタ。時々でいいから、この味噌汁をまた作って貰ってもいいかな?」

 「分かりました、マスター」

 

 人理修復を成し得た最後のマスターよ。どうかその歩みに祝福がありますように。

 

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