鬼の子の物語 作:おにこ
将軍の隠し子が、護衛も連れずに鈴後の離れに住んでいるらしい。こんな噂が流れてきた。ワノ国は鎖国した平和な国とは言え、鬼の問題、空島の問題、権力と格差の問題もあり、闇もまたある。奪うことを生業にするあらくれ者達にとって、光月家に連なるモリアは格好の餌。しかもまだ13歳でしかないと言うではないか。光月おでんなら13歳でも恐ろしく強かったが、モリアに関しては彼ほど恐ろしい噂を聞かない。巨体ではあるらしいが、それがどうした。普段からワノ国の侍と戦っている犯罪者もまた強いのだ。
「ケヘヘヘヘヘ。本当に、爺とたった2人でいやがったか。この黒駒一家に目を付けられたのが運の尽きよ!」
「さくっと行きますか。アニキ」
「応よ!」
などと口上を述べながら、焚き木に群がるモリア(クマの毛皮)に近づいていく。その近くに、海応類の死体があるが、何故あるのだろう? 彼等は不思議に思うが、それをモリアが倒したとかそういうことは考えない。
「なんだお前等、部下になりに来たのか?」
「ふん、寝言は寝て言いな。おめえを、人質にするために来たのさ!」
「つええなら部下にしてやるが、さてどうか」
モリアが立ち上がる。クマよりもう一回り大きい巨体だ。雰囲気もある。強者の雰囲気だ。ここに来て、犯罪者達はようやく不安になり始めた。しかし相手は13歳。どこかに隙はあるはずだ。
「け、経験はこちらが勝っているんだよぉ!」
「なんだそりゃ? それが攻撃か?」
モリアは迫り来る刀をなんと素手で掴んだ。覇気もまとってない素手だ。刀は怪力で止められ、寸とも動かなくなる。とは言え、少し間違えば手の表面は切れてしまうだろう。そこを間違わないのが器用な男、モリアである。賊は簡単にぶちのめされ、地べたに寝転がる。
「お、俺をを黒駒一家のカラスマと分かってんのか? 俺をやればアニキが黙ってねえぞ……」
「ほう。黒駒か。少し前までは都でも豪勢を振るっていたが、ヒョウゴロウ一家に敗れ逃げて行った連中だな」
「に、逃げたんじゃねえよ。戦略的撤退……」
「優秀なやつがいれば、部下にしてみるか。だが、微妙だな。今の戦力で勝てるかどうか。アレを使えば、間違いなく勝てるだろうが……」
「俺より強いの?」
その時、突然海王類と思わしき存在が喋った。
「か、海王類がしゃべったあああああああああ!」
「いや、毛皮だけど」
「海王類の中に鬼がいたあああああ! うわあああああああああ!」
賊2人は驚き叫ぶ。しかしモリアの影に口をふさがれてしまう。
「任侠を名乗ってる連中は、鬼から民衆を守るという一面もあった。それで勝手にみかじめ料取っていても、将軍は見逃していた、という側面もある。だから少なくとも鬼だからと言って気楽に戦える相手じゃねえわな」
「ふーん。ま、俺は鬼の中でも強い方だけどね。あれから少し鍛えたし」
「ただでさえ寒くて住み辛い鈴後。侍が俺しかおらず自衛の必要がある。今は畑も家も何もない。一般の住民の移住は期待できない。となれば、黒駒のような多少後暗くとも実力のある連中を集めるのが手っ取り早いが……」
モリアはしばらく考える。藤鬼は黙って見ているだけ。モリアが口を開く。
「よし、攻めてみるか。ただし、準備をしてからな」
「何の準備?」
「もちろん、兵力だ」
「黒駒とかいう強い賊を手に入れるために別の弱い賊を配下にするの? 意味あるのかなあ?」
この世界の弱い人間は、強い人間にとっては紙くずのようなものなのである。壁にさえなれない。壁になれるのはそれなりに強い人間だけだ。
「キシシシシ。やりようはあるだろ。例えばこの森には、クマがいるよな?」
「え? クマを部下にするの? 言うこと聞くかなあ」
「聞かせられるだろ、死体なら」
「あっ、なるほど」
藤鬼はやり過ぎると妙なことになりそうだけど、ま、多少ならいっか。なんて思ったのだった。
それからモリア達は、強そうな獣を見つけ、できるだけ傷つけないよう狩っていった。時折人間の賊が攻めてくるが、彼等はできるだけ殺さず拘束した。そして彼等の影を、動物の死体に入れていく。即興で屈強な野生の戦士達が生まれていった。
黒駒一家は、徐々に強い人間をこの領地に派遣するようになっていた。その全てはモリアに拘束されるか既に死んでおり、誰も帰ってこない。モリアは拘束した人間を拷問し黒駒一家の拠点を割り出しているが、もはや攻め込む必要はない。黒駒一家は13歳のガキにやられっぱなしであることに心底怒っており、戦争は秒読み状態だった。放っておいても向こうからやってくるのなら、攻め込むより自分の領地に罠を仕込んで戦う方が、やりやすい。
器用男モリアは大急ぎで準備し、それなりの物ができた。が、何故かこの領地に別のお客さんがやってきた。霜月家とかいう大名の子どもらしい。名を霜月牛マル。目つきの悪い緑髪の男だ。馬に乗ってやってきた。そのお供の男達もゾロゾロと。こいつらも皆、目つきが悪い。
モリアの領地には客人を迎えるべき家がないので、藤鬼が寝ている巨大なカマクラを代わりにする。
「てめえがモリアか。なるほど人間にしちゃあずいぶん大きいな」
「そういうお前が牛丸か。武闘派と聞いてるが、まさか挨拶にでもきたのか?」
「それもある。お前、鈴後に来たなら大名に挨拶くらいしろよ。自由過ぎるだろ」
「キシシシ。経営が軌道に乗ってから挨拶するつもりでな。失敗してる時に挨拶に行ったら助けを求めているようで情けないだろ?」
「経営? そういやでっかい肉の塊を干してたが、その海王類の?」
「そうだが、こいつは海王類の毛皮でな」
「やっほー」
「うおおお!?」
巨大な鬼の存在に驚く牛マル一同。モリア達にとっては慣れた物である。
モリアは藤鬼を牛マルに紹介する。牛マルも家臣達を長々と紹介する。多いので面倒な時間である。しかし、牛マルが一番熱を込めて紹介したのは家臣ではなく、狐だった。鬼丸と言い、そこそこ戦えるらしい。
「しっかし、鬼が部下か。なるほどな。それで黒駒一家との抗争に勝ってきたわけか」
「キシシシシ。2つ訂正する」
「ん?」
「こいつは部下じゃなくて仲間だ。それと今まで俺が葬ってきた黒駒の連中は雑魚ばかりでな。藤鬼の出番はなかったぜ」
「ほう、お前も腕に自信があるみたいだな」
「だから助太刀はいらねえぜ」
牛丸はこの発言にとても驚く。本当はそれこそが本題だったのだ。彼等は正義心が強く血の気の多い侍である。今まで煮え湯を飲まされてきた黒駒との決着を望んでいる。しかし事前に断られてしまった。
「……いいや、そういうわけにもいかん。やつらの盗み、特に墓荒しには散々悩まされてきたんだ。この手で斬ってやらんと気がすまん。なあ、お前達」
「うぉおおおおおおお!」
「チッ、だが好き勝手はさせんぞ。こちらにも策があるんだ。この日のために仕掛けてきた罠もある」
「だったら総大将と俺が一騎打ちする場面を整えてくれ。後は好きにしていい」
「ああん!? そんな都合のいい策があるわけねえだろうが!」
総大将という大きな手柄は、今後の領地経営や部下集め、果ては将軍競争にも関わってくる。モリアとしても譲れない。
「ならば俺が従う義理はねえな」
「何故そうなる」
モリアと牛丸の長い話は続いていく。両者共にプライドが高く、命令を受け付けない。かと言って自由に戦わせたくもない。自分が最高の手柄を得たいからだ。
しかし、この不毛な争いは突如終わりを告げる。モリアの領地で爆発音が聞こえてきたからだ。
「何事!?」
「敵衆! 敵衆ぅうううううー!」
牛丸の部下が叫ぶ。急いでカマクラの外に出るモリアと牛丸達。彼等が見たのは、雪の向こう側、この領地を包囲するように囲んでいる黒駒一家の大軍勢だった。決して盛りを逃がさない、という布陣だ。もっとも空を飛べるモリアや一歩が馬鹿でかい藤鬼は包囲したところで捕まえられるものではないのだが。
「ずいんぶん集めたもんだ。二百か三百、いや五百はいるか?」
「黒駒ァアアアア! 出て来いやァアアア!」
「なっ、おい!」
モリアが敵の布陣を眺める間にも、牛丸は敵の最も濃そうな場所に突っ込んで行った。彼に牛丸の部下も続いていく。
「おのれモリア! 大名に援護を頼んでいただと!?」
「ちげえよ! そいつが勝手に来ただけだ!」
黒駒一家の幹部とモリアが言い合う。その間にも牛丸と黒駒一家の戦闘が始まる。
「黒駒覚悟ぉおおお!」
「通すものか!」
「クソッ、牛丸め!」
怒涛の勢いで突き進んでいく牛丸。黒駒の部下達はやや不利だ。
「チッ、予定が狂ったが、まあいい。野朗共、牛丸諸共モリアをやっちまえ!」
「うおおおおおおおお!」
黒駒一家は包囲を崩し、牛丸へと駆け込んでいく。残りはモリアのいるカマクラへと砲撃をしながら、徐々ににじりよる。人数比で言えば牛丸側に8、モリア側に2と言った所だ。全面戦争を期待していたモリアにとっては期待外れだった。
「チッ、雑魚の相手をしてもしょうがねえ。カマクラは使い潰すつもりだったが」
モリアはカマクラの上部に移動する。カマクラは藤鬼の背丈の倍ほどあるので、周囲をよく見渡すことができる。敵からの砲撃や銃撃は浴びやすくなるが、それも織り込み済み。
「な、なんだぁ? 効いてないのか?」
「いや、壁だ! 氷の壁があるぞ!」
モリアは事前に飛び道具を防ぐための分厚い氷の壁を張っていた。壁は銃撃を完全に防ぎ、砲撃も多少傷がつくだけだ。一流の覇気使いでなければ通用しない。氷を避けて攻撃するにはモリアに近づく必要がある。
そうしていながら、モリアには影による遠距離攻撃がある。陰は形が崩れることこそあるが基本的に無敵であり体力にも限界がない。モリアを始末しなければ一方的に攻撃され続け、敗れることになるのだ。
気付いた黒駒一家の連中は遠距離からの攻撃を諦め、接近を始める。当然、こういう展開になることはモリアにも読めていた。だからこそ罠を仕掛けているが、今回は使わなかった。
「使わないの?」
「雑魚相手に使うのももったいねえからな」
カマクラの中でスタンバイしていた藤鬼はガッカリだ。しかし、彼が表に出てきたことで、敵に動揺が走る。
「うえええ!? カマクラの中に海王類!?」
「なんで!?」
「よく見ろ! 中に鬼がいるぞ!」
「うおっ、マジだ!?」
その動揺の隙を突くように、彼等の付近の雪が盛り上がる。そして何かが出てきた。獣達だ。狼、クマ、イノシシ、鹿。どれも大きいものばかり。彼等は何故か、連携して黒駒一家を襲い始めた。
「クソッ、モリアは猛獣使いなのか!?」
「こ、こいつら、銃弾でビクともしねえ!? 痛くねえのか!?」
彼等はゾンビ兵。ダメージはあっても痛みはないので、通常の獣よりタフなのだ。事故治癒能力がないので、使い捨てではあるが。
そして獣の相手をしていると、藤鬼から強烈な一撃が。
「グバハアッ!?」
「つ、強すぎる! 鬼の相手なんて無理だァアアア!」
ただ手のひらで軽く叩いただけ。しかし人間達は全身の肉、骨がズタズタになり、倒れふす。この世界の強い人間ならば耐えられるが、彼等はその域に到達していなかった。
「組長! モリア襲撃部隊が全滅したようです!」
「なんだとぉおおお!?」
「組長! 狂三郎が突然の裏切りで! 牛丸包囲網耐え切れません!」
「バッ、あの野朗! 何してやがる!」
黒駒一家は押される一方だった。単純な実力では牛丸達と同等か少し勝る程の力があるのだが、今回は若造モリアを仕留めるだけだと高をくくっており、死闘の覚悟ができていなかった。そこへ不意打ちのように現れる牛丸の速攻。さらには鬼と獣の出現。モリア自身も以外過ぎる程強い。一度不利になると戻せない。
「くっ、撤退だ。早くしろ」
「へ、へえ! 野朗共! 撤退だ!」
しかし、撤退の合図は早かった。もともと黒駒一家はヒョウ吾郎一家に押されっぱなしであり、逃げることが習慣になっていたので、その判断も行動も迅速だった。
「逃がすかあ! 追えー!」
牛丸達は追いかけていく。モリアは追わず、自らや牛丸等が倒した敵の死体や捕虜集めに奔走するのだった。なお牛丸側の死体もあったが、これをゾンビにすると後で問題になるので、返す予定である。