結界師 -奇譚- RTA【完】   作:トウカ

24 / 27
裏・あれからそれから・4


 

――Case.雪村 時音

 

 

 あたしがまだ小さい頃、幼稚園にもまだ通っていなかった昔の話。

 覚えている中で、あたしが結界術という存在を認識したのは叔父さんの修行姿を見たのが切っ掛けだ。

 思い返す度恥ずかしくなってしまうので思い出したくないが、あの頃のあたしはひたすら叔父さんの後ろを雛のようについてまわっていた。

 

「どこいくの?」

「時音はお昼寝タイム、俺は修行タイムだ」

「む~~~っ、やっ!」

 

 恐らく、その日はお父さんもお母さんも外出していて止める人がいなかったんだと思う。

 昼寝の時間になっても寝ようとせず見守る為に用意された式神を叩き、道場に行こうとする叔父さんの裾を掴んで離さないものだから、諦めた叔父さんは胡坐をかいてあたしを膝に乗せてくれた。

 修行を開始して、半透明な緑色の正方形が現れる。

 あたしは五センチにも満たないそれに釘付けになった。

 

「わあっ!」

 

 次々と作り出される正方形。

 同じサイズの正方形が増え続け、それはやがて巨大な正方形へと形を変えた。

 小さい正方形が瞬きをする間に積み重なり、息を吐く暇もなく二メートルを超えたのだ。

 圧倒的な存在感、そして力強さ。

 窓から差し込む光に反射して煌く美しさ。

 目を逸らした瞬間に跡形もなく無くなってしまうかのような神秘性。

 あたしだって女の子なのだから、綺麗なものは好きだった。

 

「すごい! すっごーい!!」

 

 ――きらきらしている、きらきらがこんなにおおきい!

 

 胸の内にも眼前のキラキラが生み出されたようで、世界が一気に輝いて見えた。

 衝動のまま叔父さんの膝から駆け出し、大きな正方形を見上げながらその周りをくるくると回り続けた。

 叔父さんが作り出したそれに魅了された。

 通常の結界ならばもっと濃く暗い色をしているというのに、その時あたしが見たそれはとても薄く明るかった。

 きっと叔父さんは、日曜朝に放送されている女児向けアニメを毎週見ていたあたしの趣味に合わせて、意図的にそのような結界を作ってくれたんだろう。

 

 小さいのに大きくて、力強いのに美しくて、神秘的で目が離せない結界。

 あの結界を今でもずっと憶えている。

 

 叔父さんは魔法使いだったんだ、あたしも魔法を使ってみたい! それをそのまま叔父さんに言ってみたら、まだ早いと窘められて気分が沈んだ。

 あからさまに落ち込んだあたしに苦笑した叔父さんは「時音は何の動物が好き?」と聞いてきた。「わんわんがすき」と答えると、叔父さんは笑って頷いて……。

 

「ほら時音、あっちを見てご覧」

「え? ……きゃあ! わんわんだっ!」

 

 叔父さんが指差した先にいたのは、先程と同じ半透明の薄緑色で作られた柴犬。

 今ならば、幾千幾万という多角が用いられた高等技術をたかが犬を再現する為だけに使用したというまさに目を疑うような光景だったのだと分かるが、当時のあたしは知る由もなく、可愛らしい柴犬にただ夢中になった。

 そして絶対にこの魔法を使えるようになってみせると意気込んだものだ。

 

「ねえねえっおじさん、またあれやってー!」

「時音は本当にこれが好きだね、いいよ」

 

 それからあたしは毎日叔父さんに魔法で――途中でおばあちゃんが結界だと教えてくれたが暫くは魔法であると信じ込んでいた――動物の再現をおねだりした。

 特に犬シリーズがお気に入りで、チワワやマルチーズのような小型犬を出されるとぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。黒歴史だ。

 幼稚園に通う年を迎え、次期22代目として結界術を習うようになってからは自分で可愛らしい犬を作り出せるように修行に明け暮れた。

 

「凄いじゃないか、もう結界が作れるようになるなんて天才だな!」

「……むぅ」

 

 犬を形作れるようになるべく日々精進し続けたが、全然うまくいかなかった。

 

「どうしたんだ時音?」

「……わんわんできない」

「――ああ、時祓のように作りたいんだな。四角以外の結界を扱えるのは時祓だけ……それか守美子ちゃんくらいしか出来ないんじゃないかな。時音が出来なくっても気にすることはないぞ?」

「やだ! あたしもやる!」

「今だって時音は上手だから……ほら、これとかフレーミーみたいで可愛いじゃないか」

「おとうさんのばかーっ!!」

 

 あたしは四角いフレームではなく、犬を作りたかったのだ。大泣きして、とても暴れた。

 お父さんにはとても悪いことをしたと反省している。

 今ではフレーミーもこれはこれで可愛らしいと思っているので、許してほしい。

 

 そんな幼少期もとうに過ぎて、あたしは大人と子供の間の時期にいた。

 

 小学生になって、叔父さんの技術は実はとんでもなくハイレベルなのではないかと気付き。

 中学生になって、叔父さんに追い付こうと必死に修行を続けおばあちゃんに待ったをかけられ。

 高校生になって、自分の才能の底が見えてきた。

 

 テクニックこそそれなりに磨けていると思うが、大人たちには敵わない。

 パワーは年下の良守の足元にも及ばず、結界師の中でも下位に属する。

 

(……駄目だ、このままじゃ)

 

 焦燥感が全身を駆け巡っているのをひしひしと感じていた。

 良守の前では取り繕い大人ぶっているものの、あの強大なパワーを扱えるテクニックを身に付けた時、あたしが良守に勝てる要素は無くなる。

 勝ち負けなんかじゃない。そんなの気にする必要はない。烏森を守れればそれでいい。

 理性でそう言い聞かせても、また別の理性が泣き言を言う。

 

 追いつかれることを恐れ、そして半ば諦観を抱いていた。

 

 鍛錬は怠らない。負けん気はある。

 あの猪頭の良守が、そう易々と妖相手に必要である冷静な判断力を培えるとは思えない。

 言い訳とこじつけとプライドと対抗心。

 

「自分に出来ることをやればいいでしょ」

 

「人には向き不向きがあるんだからさ」

 

 口ではそう言いつつ、あたしも良守のような圧倒的なパワーを使えるようになりたいと、どこかで羨望していた。

 だって、なりたいのだ。

 叔父さんみたいな優秀な結界師に。

 頭が良くて優しくてとっても強くて、皆が頼れる、そんな人になりたかったのだ。

 

 だけど、頑張れば頑張るほど限界が見えてくる。

 冷たい現実が襲ってくる。

 

 それでも歯を食いしばって鍛錬を続けていたある日、海外で働いていた叔父さんの仕事が終わったようで、日本で暮らせるようになった。

 叔父さんは優しいけど、仕事に関しては厳しい。他言無用な仕事で守秘義務が存在すると最初にハッキリと言われたから、あたしは仕事について何も知らないのだ。

 これからは守美子さんと同じ仕事をするようになる、らしい。

 守美子さんもとても忙しい人で、海外に行っていた叔父さんほどではないけど滅多に家に帰ってはこれないようだった。

 それに海外の仕事が終わった叔父さんが加わって、定期的に帰宅することが可能になったようだ。

 

 一週間から二週間毎に叔父さんと守美子さんが交代で仕事場に行き、そして家に帰ってくる。

 叔父さんが戻ってきて、広かった筈の家が少しだけ狭く感じた。

 それがとても嬉しかった。

 現実の冷たさが、ちょっとばかり薄れたのだ。

 

 叔父さんが家にいる間はお母さんの家事を手伝ったり、別の人から依頼を受けて出掛けたり。

 最初はそんな風に過ごしていたのだが、ある日道場でばったりと叔父さんに会ったのが転機だった。

 

「時音の邪魔になっちゃうね、後にするよ」

「待って! ……あの、叔父さんの修行、あたし見てみたいな」

「修行は大げさだよ、鈍らないように一通り結界を作るだけさ」

「それを見たいの。でも、叔父さんが嫌なら無理は……」

「あはは、それくらい平気平気。好きなだけ見てって、今からやるから」

「う、うん!」

 

 結界を作る時、結界師は大抵手を動かす。

 それは必ずしも必要な動作ではないが、明確な基準となり空間認識を補助する役目を果たしている為、あたしは勿論のことおばあちゃんも良守のおじいちゃんも、術を発動する際は構えを取っていた。

 そして、叔父さんは補助を必要としない結界師だった。

 

「強い妖が相手だと、構えのポーズが術の発動目安になって結界が完成する前に脱出してくるようになるからね。時音も気を付けて」

「叔父さんの結界の形成スピードに追い付ける妖がいるの!?」

「単純な速度なら今でも稀にいるよ。そういう時は他の手段で隙を作るか、体力を削って速度を緩ませてから囲ってるんだ」

「そうなんだ……」

 

 やっぱり、叔父さんは凄い。

 同時に十重の結界を張ることも、多角形の結界を張ることも、あたしは今でもまったく出来そうにない。

 手を一切動かさずになんてことのないような顔で、視界の範囲外にある場所へ結界を張るなんて、達成するイメージが湧かない。

 遥かな高みにいるのだと改めて実感した。

 

(……あたしよりもよっぽど正統継承者に相応しいのになぁ)

 

 ――何故、方印があたしに出たのだろう?

 

 ずっと疑問だったことが改めて脳裏に浮上した。

 あたしよりも叔父さんの方がテクニックもパワーも判断力も、全部上だ。

 方印ってなんだろう。

 烏森に選ばれるって、なんなんだろう。

 叔父さんやお父さんを差し置いて、どうしてあたしが……。

 

 それでも、不思議と心は穏やかだった。

 小さな時から格上の存在だと知っていただろうか? 家族だからだろうか? 最初から敵うはずがない人だと思っているからだろうか?

 追いつくビジョンがない。

 ……それでも、本当に不思議とやる気が漲ってくるのを感じた。

 

「ねえ叔父さん、お願いがあるの」

「ん?」

「稽古をつけてください! 叔父さんの都合がついた時だけ、ほんのちょっとでもいいの、お願いします!!」

 

 土下座をして頼み込んだあたしに、叔父さんはあっさりと頷いてくれた。

 叔父さんの手解きを受けるようになってからというもの、少しずつではあるが以前よりも多くそして長い時間結界を作り出せるようになり、前に進んでいる実感が湧いて出る。

 

 おばあちゃんはあたしの自主性を重んじて、最初に基礎を教えてからは放任、自分で課題を見つけて自分で答えを探し出す方針だった。

 対する叔父さんは明確な指示があり、どの能力を伸ばせば良いか、何故伸ばすべきなのかの理由を語って方向性を掲示してから修行メニューを決めてくれた。

 

 おばあちゃんのやり方だったからこそ手に入れた武器。

 叔父さんのやり方だったからこそ手に入れた武器。

 どっちも大切で、あたしにとって重要な戦い方だ。

 

「――よっし、今日も自主練頑張るか!」

 

 もっと強くなりたい。

 日々追いかけて成長する良守を見て、その想いは段々と膨れ上がっていく。

 ……あたしは結局、どんなに修行を積んでも力技は向いていないみたいだし、そこはアンタに任せるわ。

 でも、技術一点じゃ負けるつもりはないから。

 だっておばあちゃんと叔父さんの二人から教えを受けてるんだもの、負けたら悔しいじゃない?

 

 そこの所、しっかりと覚悟しておくように!

 

 

 

 

 


 

――Case.火黒

 

 

 いっそ笑えるほど、退屈していた。

 退屈すぎて刀を生み出しては捨てる無意味な作業を繰り返し、以前よりも形成速度が上がってしまったほどだ。

 

 ほんっとつまんねぇわ、アイツどこいったんだ?

 いつでも受けて立つとか言っといて急にいなくなるとか、ないわー。

 アイツに引っ付き虫してた坊主頭くんにちょっかいかけんのも有りだが、アイツと比べると大したことねーだろうしなぁ……。

 黒い装束の方も姿見かけなくなったし。

 外国に行くってのもなー、泳ぐのあんま得意じゃねーから……てかリヒテンシュタインってどこだよ、聞いたことねーよ。

 

 あー、つまんね。

 

 惰性的に日々を過ごしながらも、修練だけは欠かさずに続けていた。

 そしてある日、妙な輩が俺に会いに訪れてきた。

 

「お前が周期的に烏森周辺に現れるという火黒だな? 話を聞かせて貰おう」

「んぁ? ……おー良いぜ、話してやるよ! どうせ暇だからなァ」

 

 白とかいう妖にも似た人間。

 ちょっと面白い匂いがするし、丁度いい暇潰しになりそうだ。

 なんでも答えてやるからさっさと話とやらを聞かせな。

 

 

「烏森についてね、妖に力をくれるってこと以外はなーんも知んね」

 

「……いいやぁ? 最初はそれ狙いだったが、今はもう止めたよ。気が乗らなくなってな」

 

「あの町にいる奴に用があっただけだ、今はいないからもういってねーしな」

 

「こくぼーろー? おう、入ってやるぜ。あ、その変な虫はノーセンキュー、っと」

 

 

 ……へえ、黒芒楼は烏森の土地を狙ってんのね。

 黒芒楼っつか黒幕ぽいアンタが狙ってる感じ?

 ほぉーお……。

 

 ――あそこを脅かせばアイツも戻ってくるか?

 

 アイツ個人は土地に興味はなさそうだが、立場的に戻らざるえないだろうな。

 黒い装束が来ても良いな、うん。

 

「ひひっ、やる気出てきた」

「……身勝手に烏森に襲撃したりするなよ、分かってるな火黒」

「へーへーわかってますよぉ」

 

 アイツと殺し合って感じる刹那の瞬間が好きだ。

 それが一番生きてる心地がする。

 アイツが本気を出さず、命を懸けた殺し合いじゃないってのだけが不満だが、それは俺の力量不足の所為だ。

 だが今のままだとただの殺し合いすら叶わない。

 

 だから、それを得られる為なら不自由も悪くは無い。

 俺はその日から黒芒楼という組織に参入した。

 

「アイツ等の後を継いで守ってる奴らの力も気になるなぁ、後のお楽しみにしとくか、ハハッ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――なんてことをまあ、少なからず考えてたわけだが……。

 

(想像以上に想像以下だわ……マジかよ)

 

 アイツと同じ白い装束を着た小娘とあの女と同じ黒い装束を着た小僧、どっちも期待外れ。

 血気盛んな妖混じりが最も実戦慣れしていて、俺の力に勘付いた。

 つい最近入ったばっかの外部者が一番マシとか、烏森大丈夫か? なんて威力偵察にきた俺が思わず逆に心配してしまうほどの警備の薄さ。

 

「黄金世代の後には谷間の世代が来るって聞いたことあるな、あ~クソ! これかぁ!!」

 

 屋上のフェンスに理事長室の椅子をひっかける。

 椅子に悠々と座りながら、人皮を被った妖共と結界師連中を見下ろす。

 

「あーあ、まんまと入り込みやがって」

 

 事前に用意しておいた呪力封じの結界の領域まであっさり誘導され、結界が使えなくなる始末。

 がっかりだ。

 がっかりとしか言いようがなかった。

 早めに烏森で準備していた俺たちを見て、罠を仕込んでいる可能性すら考慮していない知力の低さもがっかりだったが、それ以上にがっかりなのはあの程度の呪力封じで使用不可になるほどの呪力しか持っていないということだ。

 

 妖四体がかりで作動する呪力封じ結界に入っただけで、異能使えなくなるか?

 アイツ等ならあんなのものともしないで結界作れるぞ?

 確か年は中二高二……て十四と十六だったか。初めて会った時のアイツの年齢より上?

 ……ええ?

 嘘だろ、なんであんなんな訳?

 普通、もうちょっとやるもんじゃ……。

 

 ――その瞬間、はたと気付く。

 

あっ!! そういやアイツ等、化け物だった!!

 

 やっべ~~~~、常人とあの二人を同じ物差しで測ってたわ~~!

 危ねぇ危ねぇ、〝普通〟はできねーわな。

 普通のガキならこんなもんか? うん、こんなもんだな。普通はこっちだった。

 あっぶねー、普通の基準が完璧に汚染されてたぜ俺。

 結界師つっても流石にアイツ等と同じ実力がわんさかいるわけねーだろうが、普通はそうだわ。

 

 パンパンと頬を叩いて、検めて評価しようと小僧と小娘の動きを観察する。

 冷静に!

 普通に!

 一般的、を念頭に置いて!

 

「……」

 

 結界の速さ、駄目。あんなのちょっと歩けば抜けられる。

 強度もてんで駄目、ボロクソ。風が吹けば壊れるんじゃね?

 寸法は……小僧はまあまあって所だが小娘が駄目だな。小回りが利くのは小娘の方だから、そういう意味ではバランスが取れている。そこは報告書通りだ。

 頭脳で敵側の動きを制限させるなりでカバーできればまだ良かったが、それも駄目。

 

「駄目駄目尽くしじゃん……」

 

 これなら坊主頭くん……名前なんだっけ、正……元? 正元くん? のが良いわ。

 その正元くんもいなくなってるし、マジつまんねぇ。

 呪力封じの結界から脱出できたのは普通の術者にしては及第点と言えるぐらいだ。

 

 背凭れにぐっと体重を乗せ、欠伸をかいた。

 

(あー、やる気なくなった……帰って修行してーな)

 

 

 小僧が絶界に似た技を使ったのを見たことで俺の気が持ち直すまで、あと五分。

 

 




どっちも長くなったので分割しようか迷いましたが、シナリオの進行ペース的に今入れた方が良いので投下。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。