――Case.4
「絶対、変だ!」
夜行の本拠地にて。
おやつのプリンを食べ終えた閃は大袈裟な動作で腕を組み、頷きながら言った。
「なにふぁ?」
「だーかーら、頭領の動き! 変だろ!?」
「ふぉっふぉう」
「プリン食うの止めろ!」
閃によって奪われたプリンが乗った皿を悲劇的な形相で手を伸ばす秀。
奪われるどころか、残りのプリンが閃の口に運ばれる始末。
成長期の子供にとっておやつはガソリンとも言い換えられる、秀は泣いて抗議した――――わけではなく、自分の食べかけのプリンを閃が食べたことにちょっとだけドキドキしていた。
「そ……それで、どのあたりが変なの? 相変わらず忙しそうにあっちこっちに動いてるように見えるけど」
「海外に行き過ぎ! イギリスに行くたんびに他の用事が出来て戻って! また行って! 呼び出し食らったりして戻って! また行って! 多いだろ、変だろ!」
「海外の……なんだっけ、ディフェンス……? ストライカー? とかいう、ヨーロッパの裏会みたいな組織と協力してる任務があるって話だし」
「ディフェンダーだ! そもそもこの組織名も変だ、ネーミングセンスがなさすぎる!!」
(閃ちゃん、自分の機嫌が悪いから手当たり次第に突っかかっているようにしか見えない……!)
「頭領が日本から出たことは一度もない筈だ、どうしてディフェンダーと繋がってる? 手軽に日本に舞い戻れるくらいに融通が利いて、ちゃんと期間を設ければいいのにそうしないで隙間を縫うように海外に行く必要がある任務ってなんだ? ちゃんと考えろ、変だろ!?」
「うーん、そう言われてみれば……そうかも」
「だろ!!」
圧に負けて一旦頷いて見せる秀に、閃は満足そうに肯定する。
プリンを一個半食べられたから満足したわけではない。
「――確かに、変かなって思ったけどさ」
「あ?」
「頭領が自分たちにする秘密事っていうのは、夜行には関係ない案件か、もしくは自分たちを……仲間を守る為にあえて黙秘しなきゃいけないどっちかだよね?」
「……う、」
「変だって思って知りたがる閃ちゃんの気持ちも分かるけどさ、自分たちの立場じゃ知っちゃいけないトップクラスの機密情報があるかもしれないし……」
「ぐう……」
「まあ、色々組織の込み入った事情も入ってるかもしれないわけで」
「ぬううう」
「あんまり首を突っ込むのはよくないよ」
「……お前……お前、偶に痛い所を突きまくるよな!!」
「痛いっ!? 痛い! いつも爪で突きまくるのは閃ちゃんだよね!?」
「うっせーバーカ!!」
――Case.5
烏森に送り込んだ斥候部隊によって集まった情報を纏めあげてから書類として形に落とすのは白の役目だった。
様々な方法で黒芒楼の配下に引き入れた妖に蟲を入れて支配するのは、逃げ出さないようにする為の首輪という面が大きい。
しかし、並大抵の妖には文書による情報提出など出来やしない。
口頭での報告すら、下級の妖では支離滅裂で満足に行えないのだ。
蟲により脳すらも支配下に入れることで、人間の作業に手間取る妖に割く時間を削る為でもあった。
「……ハァ」
野生の獣であっても獣同士では不文律が存在しているように、妖にも多少のルールがある。
その数少ないルールの一つが『弱肉強食』である為、外法に手を伸ばし続けた結果人でありながらも妖と相違ない力を手に入れ強者となった白が課した規律を、妖たちは内心はどうだろうと表面上は守っていた。
それでも、と白はつくづく思う。
組織という体制は、徹底的に妖には向いていないと。
「ハァ……」
最初から分かっていたことだったが、近頃は組織拡大に従って配下も増員している為、自ずと下級の妖が増える傾向にある。
初期の増員は白の手でスカウトした者が多かったので、逆らう馬鹿は滅多にいなかった。
だが今では鼠算方式で配下が増えている。
よって、そこかしこに馬鹿が混ざっていた。
幹部の一人である藍緋の部下は、藍緋自身による教育の手腕が優れている為に、多少は使えるのだが――……。
(姫の容体も段々と悪化している……短期決戦が望ましい)
粛清するのはいい。
問題なのは、ここまで組織が拡大すると阿呆の数がかなりの割合を占めるということだ。
質も重要だが、数というのは侮っていいものではない。蔑ろにしていいものではない。
捨て駒とて、いやいつでも切り捨てられる捨て駒だからこそ、組織には必ず常備するべき品なのである。
大事にとっておくべき部下ばかりでは意味がない。
それでは損失を懼れた組織全体の動きが緩慢になり、余程の能力を保持していなければ大胆に動けない。
余程の粗相を仕出かす馬鹿でない限り、放置しなければならないのが、白の頭痛の種であった。
再び溜息を吐こうとした瞬間、膨大な妖力の持ち主が白の執務室に近付いている事に気づき、気を引き締めて顔を上げる。
「今戻った、お前から渡された卵はきっちり妖混じりの小僧に渡しておいたぜ」
部屋に入ってきたのは、火黒という名の全身に包帯を巻いた和服の妖。
立場としては何の肩書きも権力もない、ただの一配下でしかない。
しかしこの存在は、白が作り上げた組織の中で一番の実力を持ち得る――最強の妖だった。
「ああ、よくやった。どのように受け取らせたのか、詳細を述べてくれ」
火黒には、白の蟲が入っていない。
黒芒の姫が求める――――今では副産物の効力を狙って白が強く求めている、烏森の地周辺で目撃される事が多かった火黒を警戒した白が直接出向いた際に、使い用さえ間違えなければ黒芒楼の力が増すだろうと蟲で支配しようとしたのだが、一瞬で斬り捨てられてしまったのだ。
刀身を右掌に生やし振り下ろされた速度は、限界まで身体を改造した白の目を以てしても捉えることすら適わなかったほど。
「――とまあ、小僧が隠してるつもりらしいコンプレックスを刺激してやったら簡単なもんさ」
「成程。……火黒、お前は人の心の動きをよく理解しているな」
獅子身中の虫を飼っている自覚はあった。
火黒の性格上、今、なんとなく気が向いたから……たったそれだけの理由で白に反逆を起こしても何も可笑しいことではないと確信している。
「あれはあの小僧が分かり易かっただけだ、たいしたことじゃない」
だが、なんとも不思議なことに。
火黒は白率いる黒芒楼の手で〝烏森に特大の異変を起こす〟という事実が変わらぬ限り、黒芒楼を抜けることなく手伝ってやると明言していた。
「結局、あの妖交じりの小僧に渡した卵って何なんだ?」
それが偽りのない本心なのか、断言することは白には不可能だが、それでもある程度の信用はしても良いだろうと判断を下している。
「……ほぼ言った通りさ。持ち主の姿を真似て愛玩を誘う、忠実な使い魔……」
仲良くやろうではないか。
烏森を襲撃するまで、もう少し。
常時烏森を防衛しているのは二人と、外部の協力者一人。その誰もが子供である。
結界師の実家は紫遠を使って取り押さえて増援を呼べなくし、烏森は牙銀を使って一気に制圧する。
事前の斥候部隊から得た情報通りなら、これで上手くいく筈だ。
もしもの事態のことは当然予想、予測しているが、問題は無い。
我々の目的は姫の回復。
烏森に長期滞在することさえ出来れば姫の容体もきっと良くなるだろう。
組織にどれほどの被害が出ようが構いやしない。
それまでの短い間ぐらいは、
「絶界って結界師が扱う術だったんだなぁ……ならアイツも使えたのか?」
白の執務室から去った後、ふと浮かんだ考えに首を捻る火黒。
脳裏に浮かぶ三人の人物。
初めて見た絶界を纏う男、先日発見した絶界未満を使う未熟な小僧、今は海外にいるあの男。
絶界という技が技術による形成なら、あの男は当然使用できる筈だ。
少しの時間思案し、火黒は唸りながら頭を掻く。
「いや……拒絶・嫌悪する感情由来の技っぽいし、アイツにゃ無理か」
――アイツ、どーにもそういう感覚が分かんねえっぽいからなぁ……。
笑ってても大して喜んでいない。
眉を顰めてても不機嫌ではない。
殺気を出しても怒ってはいない。
人で無しである妖よりもよっぽど妖らしい人で無しであるあの男が演じる表情の変化を思い出し、舌を突き出しながら絶対に無いと断じた。
(……そういや、アイツが感情を出した瞬間って――)
目を閉じて、思い返す。
弟子をからかっている時は、そこそこ感情が乗っているように見えた。
火黒と男が戦う際に弟子が観戦を申し出た時も、それは構わないが結界から出てはいけないと、態々頑丈な結界を作ったほどには心配もしていた。
しかし、火黒との対話で感情が乗ったことは早々ない。
それでも、火黒に向けた言葉で、明確な感情が籠っていたのは……。
「何度でも来ていいよ、俺が相手してやるからさ」
あの日。
火黒が〝刹那の感覚〟を思い出した、あの一瞬。
あの言葉ぐらいだ。
「ひひっ――――相手するっつったもんな、おい、時祓」
お前も俺も、戦うことが好きでたまらない同じ穴の狢なんだからよ。
切っ掛けがあれば、絶対戻ってくるよなぁ?