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死体発見アナウンスを聞いて、レジスタンスの3人も寄宿舎にやってきた。みんなが自然と道を開け、3人が妄崎さんの遺体と対面する。
「……どうして」
唖然とした表情が並ぶ中、笑至くんだけがぽつりと言葉を零した。こんなことになるなんて、彼も予想していなかったんだろう…。
いや、こんな展開を誰かが予想できるはずがない。黒幕を倒すはずが、大事な仲間が1人殺されてしまった。みんな、気持ちは同じのはずだ。
「宗形さん、早く捜査を始めようよ。時間は有限だよ?」
その場から動けないみんなを押し退けて、佐島くんが僕の隣に来た。僕は思わず笑至くんの方を見てしまう。
「………」
笑至くんは、僕と目が合うや否や、踵を返して寄宿舎から立ち去った。
「ちょっと、にえくん…!?」
その後を月詠くんが慌てたように追いかける。揚羽くんは壁にもたれかかってじっと僕らの様子を眺めていた。
「ほら。邪魔者もいなくなったことだし、ね」
「…笑至くんは邪魔者なんかじゃないよ」
「誰も笑至さんのことだなんて言ってないじゃないか」
佐島くんは平然とした顔でタブレットを開いて妄崎さんの遺体の情報を僕に見せてくる。
「死因は…まあ見た通りだけど。確かに、首に絞められた跡があるね」
佐島くんは遺体に近づき、じろじろと全身を眺めている。
妄崎さんの遺体…頭からひどく出血している。こんなに血が出るほど殴るなんて、素手では無理だろうな…。殴った方の手が怪我をしてしまいそうだ。
首から下は綺麗なままだが、彼女の首には指の跡がはっきりと残っている。この指で犯人がわかるんじゃないかと思ったけど、僕は専門家じゃないし、この首に1人ずつ指を合わせてみたところで誰の指かはわからないだろう。
「…どうして犯人は、妄崎さんの首を絞めたんだろう」
「彼女に抵抗されないようにじゃないかな。もし大声を出されたら殺すどころじゃなくなるでしょ?」
「なるほど…」
佐島くんの推理力に感服しつつ、僕は一応他に外傷がないか確認する。
すると、妄崎さんの爪のところに、微かに赤い何かが付着しているのがわかった。
(なんだろう、これ…)
ほんの少し付いてただけなので正体はわからなかったけど、とりあえず覚えておこう。
「あっれー、これ何だろ?」
根焼くんが部屋の奥でわざとらしく大きな声を上げた。
「佐島ぁ、ベッドの下にこんなのが置いてあったんだけど」
根焼くんが右手に持っていたのは、べったりと血のついた釘バットだった。
佐島くんは釘バットをひょいっと受け取ると、回りに僕達がいるのにも関わらず突然それを振り回した。僕は慌てて距離を取る。
「さ、佐島くん!?危ないよ…!?」
「ああ、ごめん」
彼は軽く謝るともう一度釘バットを大きく振りかぶって、備え付きの机を思いっきり叩いた。べこんっ、という音と共に机が軽くへこむ。
「うん、僕の力でもこのぐらいはへこむし、強度は十分みたいだね。これが凶器で間違いないと思う」
随分と斬新な確認の仕方だ…。根焼くんはなぜか大笑いしている。
「犯人はこれをどこかから持ってきて、妄崎さんを殺害したってことかな…」
「…そうこ…おいてあった……」
掃気さんが小声で僕にそう言う。監視カメラを探して倉庫を物色していた時に見つけたんだろう。倉庫からこれを持ってきて、深夜に妄崎さんの部屋を訪れ、殺害したってことだろうか…。
「倉庫にも行ってみよう」
本校舎の倉庫に向かう途中、管理棟の窓枠の下の方に何かをこすったような傷がついてるのを見つけた。
「これは…」
「確か、芥原さんが窓から入ってこなかったっけ?その時に彼女の服の装飾でできた傷じゃない?」
佐島くんが僕の疑問に答えるように言う。
(…あれ?でも確かあの時って……)
頭の中で何かが引っかかったけど、とにかく捜査は時間がない。とりあえず放っておくことにした。
倉庫に着くと、釘バットがなくなっていてそこのスペースがぽっかりと空いていた。やっぱり倉庫で凶器を入手したようだ。
倉庫を出て、廊下の窓から下を見ると、時計塔の下に笑至くんと月詠くんがいるのが見えた。何をしているんだろう…?
「あの3人って、あそこに立てこもってたんだよね?荷物とか一応調べておいた方がいいんじゃない?」
佐島くんのアドバイスに従って、僕は3人の荷物を見せてもらうために単身で時計塔に向かった。
「…どうかしましたか?」
おずおずと近づく僕に、笑至くんが声をかけてくる。
「お願いなんだけど、その、3人が時計塔に運んでた荷物を見せてもらえないかなっておもったんだけど…」
「それ、"彼"の助言でしょう?…まあいいです、疑いを晴らす意味でもお見せしますよ。揚羽くんのは無許可になってしまいますが」
そう言って笑至くんと月詠くんは3つのリュックサックを持ってきた。このリュックサックも倉庫にあったものらしい。
笑至くんのリュックには着替えとノートと筆記用具。
月詠くんのリュックには同じく着替えと、携帯食糧がたくさん入っている。これを食べて過ごしてたんだ…。
揚羽くんのリュックには着替え、パックやドライヤーなどの美容系のものに、長い縄やダンベル、鉤爪のようなものまで入った大きな袋がある。
「この袋は…?」
「こうげんくんが研究教室から持ってきたトレーニング道具らしいよ。その鉤爪みたいなのは登攀用って言ってたかなあ。身体が鈍るから毎日のトレーニングは欠かせないんだって」
「そうなんだ」
こんな状況でもトレーニングを怠らないなんてすごいなあ…。
「ありがとう、2人とも」
「どういたしまして」
「事件を解決したい気持ちはボクも同じです。…精一杯尽力しますよ」
僕は2人にお礼を言って時計塔を後にした。
寄宿舎に戻ると、佐島くんと再会した。
「宗形さん、どうだった?」
「特に何も変わったところはなかったよ」
「ふうん。じゃあ、裁判場に行こうか」
「え?でも、まだアナウンスは…」
「これ以上特に調べることもないでしょ?歩き回ると疲れるよ」
佐島くんはやっぱりどこかバッサリしてるなあ。このぐらい割り切れたら僕もいいのかもしれない…と思っているうちに、彼はもう寄宿舎を出て歩き出していた。
「さ、佐島くん、ちょっと待って…!」
僕は小走りで彼の後を追いかけた。
いつも通り轟音と共にエレベーターが現れ、みんなで乗り込む。
やけに広くなった空間の中に、みんながバラバラにぽつんと立っていた。笑至くんも僕の隣ではなく、遠くの方に立っている。
「…………」
重い沈黙がいつものように場を支配する。これからまたあの学級裁判が始まるんだ…。
『今までクロを追い詰めてきたのは宗形さんでしょ?』
ふっと思い出した佐島くんの言葉が、頭の中をぎゅっと締め付ける。
僕が事件を解決する。そう意気込んでいた時にはまったく気づかなかったプレッシャー。
笑至くんも、陰崎さんも、スティーヴンくんも、僕が死に追いやったのに等しいのかもしれない。笑至くんは生き返ったけど、今の彼が本物の笑至くんかなんてわからない…。
怖い。
事件を解決するのが怖い。僕がクロを見つけてしまうのが怖い。彼らを追い詰めてしまうのが怖い。
みんな僕の大事な仲間なんだ。もう誰も失いたくない…。
でも、これ以上の犠牲を生まないにはコロシアイを終わらせるしかない。そのためには、今回の事件の真相を突き止めなければいけない。
やっぱり、やるしかない。
クロ以外の全員が死ぬなんて結末はあっちゃいけない、そうスティーヴンくんも言っていたじゃないか。これはハッピーエンドにしなきゃだって陰崎さんも言っていた。彼らの心からの言葉を、無視することなんてできない。
殺されてしまった照翠くんや野々熊さん、片原さん、切ヶ谷さん、妄崎さんだって、このコロシアイが終わることを本当に望んでいたはずだ。その思いを、僕は自分の恐怖心で無下にしてしまうのか?
どんなに怖くても、足が震えていても、僕はあの裁判場に立たなきゃいけない。それが、今の僕が亡くなったみんなのためにできる唯一のことだ。
…疑うんじゃなくて、みんなを信じることで事件を解決したい。
そのことを教えてくれた彼をじっと見る。ぱちんと目が合って、今度は逸らさずにちゃんと見てくれた。笑至くんは、いつもの笑みと違い少しぎこちなく微笑んだ。その笑顔を見て、確証もないのに、彼は本物だって思いが胸の奥にじわっと湧いた。
彼が本心から僕を安心させるために笑おうとしてくれたみたいで、彼の隠れていた不器用さを、人間らしさを見たみたいでなんだか嬉しくなったんだ。仲直りはまだできてないけど、今はそれで充分だ。
エレベーターの扉が開き、僕は一歩前へと踏み出した。