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「……!」
ふわっと漂う美味しそうな匂いにつられ、僕の意識が覚醒する。キッチンの方に重たい頭を向けると、みんなを起こさないようにしているのか、薄暗い中でお味噌汁を作る月詠くんの姿が見えた。
どうやら、あのまま朝まで寝てしまったみたいだ…。
佐島くんがいた方を見ると彼とぱちんと目が合う。目の下にはクマが見える。僕は寝ちゃったのに、一晩中起きててくれたんだろうな…。
「…おはよう、お疲れ様。寝ちゃってごめん…」
「おはよう。大丈夫だよ」
みんなが起きないよう、小声で挨拶をする。その後、月詠くんの朝ごはん作りを手伝いながら過ごしていると朝の放送が鳴り、他の人達も続々と目を覚ました。
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「「「いただきます」」」
みんなで食卓を囲み、いそいそと朝ご飯を食べ始める。こんな光景もきっと、いつまでも見られるものじゃないんだろうなあ…。そう思うと、なんだか少し寂しい気もしてくる。
「こむぎくん、昨日の夜はどうでしたか?」
食事中に投げかけられた贄くんの問いにドキッとする。罪悪感というか、申し訳なさがすごい。
「あ〜…えっと……ごめん、実は途中で寝ちゃって……」
「そうですか…仕方がありませんね。昨日はいろいろなことがありましたから、おそらく体が疲れていたんでしょう。ボクも自分でも驚くぐらいよく眠ってしまいましたし」
贄くんはそう言って僕をフォローしてくれた。やっぱり優しいなあ…。
「昨日は特に何もなかったよ。みんなぐっすり寝てたし、外からも怪しい音とかはしなかったな」
佐島くんが僕達の会話を受けて言った。それを聞いてほっとした気持ちになる。何もなくてよかった…。
「みんなは今日もこのまま、ずっと食堂にいる気なのかな」
「みんながばらばらになったら危ないですよ!くぐはらはここにいます!」
佐島くんの問いかけに、芥原さんがしゃんと手を挙げて答えた。確かに、日中もみんながここに集まっていた方が安全かもしれない。
「でも、そうしたら誰が根焼さんを殺すの?」
佐島くんのその一言で、箸を動かしていた全員の動きがぴたっと止まる。
「3日以内に彼を殺さないといけないんでしょ。抜けがけが嫌なら相談して、彼を殺す人を決めた方がいいんじゃない?」
「そ、そんなのだめだよ…!」
僕は声を上げた。そんな、これ以上この中の誰かが人を殺すなんて、あっちゃいけない…!
「どうしてダメなの?だって、そうしなければ僕達全員が彼に殺されるんだよ。君は僕達の命より、今までみんなを苦しめてきた彼の命の方が大事だと思うの?」
「……そういう、訳じゃ」
佐島くんは更に僕を追い詰めるように言葉を発する。
「…君が殺せば?宗形さん。仲間が人を殺さないようにした上で、このコロシアイを終わらせたいなら君が根焼さんを殺して、勇敢なヒーローにでもなればじゃないか」
「そんなことは許されませんよ。こむぎくんが、貴方のような人の助言に従って、手を汚す必要なんてありません」
贄くんが、何も言えなくなった僕を庇うように反論してくれる。
「じゃあ笑至さんは、この状況を打開する策があるって言うのかな」
「…今のところは見つかっていません。ですがそれは、貴方も同じ事でしょう?また考え無しに人に意見を押し付けているだけですよね」
「残念だけど、僕には策があるよ」
「…?」
その言葉に、みんなの視線が一瞬で佐島くんに集まった。
本当にあるのか…?このシチュエーションをなんとかする方法が。佐島くんはいつも通り、平然とした顔をしている。
「3日目までに何も起きなければ、僕が根焼さんを殺すよ」
彼は、そう言い放った。
「……え?」
「そ、そんな…!駄目ですよ…!」
思わず、みんなが動揺した声を出す。
確かに、そうすれば状況は大きく変わるだろう。…いや、それどころじゃない。僕達は全員、ここからやっと出られる。でも、佐島くんはそれでいいのか?曲がりなりにも、人を殺すことになる。
「僕には、それを実行するだけの覚悟がある。この学園生活の中で、僕はたくさんのことを経験して、大切な仲間もできた。それが全部なくなるのなら、僕が彼を殺してでも、みんなを救うよ」
佐島くんは、きっぱりとそう言い切った。その決意は、僕なんかが簡単に曲げられるものではないんだろうと感じさせるような言い方。それが、彼なりの覚悟なんだろうか。でも……
「…だめだよ、佐島くん」
僕は思わず、口にしてしまっていた。
「君だって、僕達の大事な大事な仲間だ。君だけに背負わせるなんてできないよ!」
「それなら、他に方法があるの?」
「……それは…」
「誰も傷つけずにハッピーエンドなんて、空想の世界の出来事でしかないんだよ。物事を成し遂げるには、犠牲が必要なんだ。君はもう子供じゃないんだし、わかるだろう?」
「………」
佐島くんの言っていることは正しい。悔しいほど、正しい。それでも、僕は彼にそんなことをして欲しくない。一体どうしたらいいんだ…。
「決断までの時間はあげるよ。3日目に殺すって言ったよね。それまでここで、みんなと他の方法でも相談し合ったらどうかな。僕は邪魔しないように自分の研究教室にでも行ってるから、お好きにどうぞ」
「…わかった。考えるよ。絶対に、君にそんなことはさせない」
僕は強い決意でそう言った。みんなが傷つかないような終わり方がないなら、新しく作ればいいんだ。僕にはそれができる、頼れる仲間だっている。
できれば根焼くんにだって、死んで欲しくなんかない。許されないことをしたんだから、むしろこれからたっぷり反省してもらわないとダメだろう。
「それじゃあ、見つかったら教えに来てね…そんなもの、無いと思うけど」
佐島くんはそう言いながら、食堂の扉を開けて出て行った。
「…おにいちゃん……」
佐島くんが出たすぐ後、掃気さんがおずおずと僕のセーターの袖を引っ張った。
「もこ、しんぱい……あっちいって、いい…?」
掃気さんは食堂の扉を指さして言った。佐島くんと随分仲がよかったみたいだから、彼が1人で過ごすのが心配なのかもしれない…。
「うん。掃気さんがいれば、きっと佐島くんも安心するだろうし、行っていいと思うよ」
「ありがとう…」
掃気さんは、とてとてと小走りで佐島くんの後を追いかけていった。
僕は強く拳を握った。もう今までのような悲しいことは起こさせない。絶対に、ここから全員で出るんだ…!