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「……………………………」
コロシアイは、終わっていない。
なぜだ?根焼くんを殺せば、コロシアイは終わるはずじゃなかったのか?
…僕達は、騙されていた?誰に?根焼くんに?
……それとも、その根焼くんすらも操っていた、誰かがいる?
教室にはいつの間にか全員が集まっていた。みんな、信じられないといった様子で根焼くんの遺体を見つめている。
「…こむぎくん、遺体情報を見てください」
贄くんの落ち着いた声に体だけは反応し、どこか上の空のまま画面を開く。
「根焼くんは、毒殺された…?」
「おそらくそうでしょうね。毒の症状で窒息死するのなら、フグ毒で知られるテトロドトキシンなんかがその例ですね」
「えっ、フグってそんなに危ない魚なんだ…」
「ですから捌くには免許が必要なんでしょうね…冷蔵庫にフグはありませんでしたから、毒薬を飲まされたと考えるのがいいでしょう。ここに零れていますし」
笑至くんが指さした先の床には、どう見ても体に悪そうな、紫色の液体が垂れていた。
「神経毒であるテトロドトキシンは神経間の通信を阻害するため、筋肉が動かせなくなってしまいます。体のあらゆる筋肉が停止し、身体活動が不可能となります…無論、呼吸も」
「だから、死因は窒息死だったんだ…」
「ええ。テトロドトキシン、或いはテトロドトキシンに似た物質が含まれた毒薬を、彼は飲まされたのではないでしょうか。神経麻痺の場合、意識は長時間残ることが多いので、おそらく、かなり苦しんで亡くなられたのでしょう」
「…………」
もし犯人がそれを分かっていたらと思うと、ぞっとする。根焼くんを苦しめて殺すために、わざわざ毒薬を…。気を逸らすために、むりやり他のことを考える。
「そ、そうだ!あの監視カメラに映像が残ってないかな?」
「映像ですか…行ってみる価値はありそうですね」
僕は教室を出て、根焼くんの研究教室へ向かった。
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根焼くんの研究教室の扉を開けると、そこに広がる光景には大きな変化があった。
「テレビが……」
監視カメラの映像を映すテレビが、何者かによって割られていた。
「ボク達が犯人が特定するのを防ぐためですか…予想はしていましたが、これは痛手ですね」
「…他に変わったところはあるかな」
机やソファーを見てみたけど、特にこの前と変わったところはなかった。
「無駄足だったのかなあ…」
「いえ、収穫はありましたよ」
贄くんが本棚を見つめながらそう言った。
「こむぎくんには伝えていませんでしたが、この本棚には、睡眠薬と自決用の薬物が隠されていました」
その言葉に、にわかに鼓動が早くなる。
「じ、自決用の薬物って、もしかして……」
「はい、貴方が今考えている通りですよ。それがどちらも、無くなっています」
やっぱり…。犯人は、それを使って根焼くんを殺害したと考えるのがいいだろう。
「あの時は後回しにしましたが、今ではあの瓶のラベルの文章を読まなかったのが悔やまれますね…」
「………」
ラベルに説明が書かれているのなら、使う人にはその効能が嫌でも目に入ってくるだろう。最悪の可能性が現実味を帯びてくる…。
「じゃあ睡眠薬を飲ませてから、眠っている根焼くんに毒薬を飲ませたってことかな?」
「細かい殺害方法はまだ特定しきれませんが…睡眠薬も、殺害のために使われたと考えるのが妥当でしょうね」
そもそも、彼に毒薬を飲ませるという行為自体が、なかなか簡単ではないだろう。その方法も考えなくちゃいけないな…。
その時、モノケンのアナウンスが聞こえてきた。
「ピンポンパンポーン!捜査終了です、全員裁判場前まで移動してくださーい!」
「…まずいですね」
贄くんがぽつりと呟いた。
「な、何が?」
「証拠があまりにも少ない。今持っている証拠が果たして、決定的なものになるかどうか…」
「確かに…」
教室にも、根焼くんの遺体と紫色の毒薬以外の証拠は特に見つからなかった。
「…それでも、やるしかないよ。僕達の手で犯人を見つけ出さないと」
「そうですね…ボクとしたことが少し、弱気になってしまっていたみたいです。助かりました、こむぎくん」
贄くんがぺこりと頭を下げる。
「ううん、僕も贄くんがいるからこうやってちゃんと捜査を進められた訳だし、お互い様だよ」
「そう言われるとありがたいですね。それでは、裁判場へ向かいましょう」
僕達は別館へと、急ぎ足で移動した。
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みんなはもう集まっていたらしく、僕と贄くんが別館に到着するとすぐに、見慣れた巨大なエレベーターが現れた。
「…………」
贄くんの前ではあんなことを言ったけど、やっぱり不安は残る。
この中におそらく、根焼くんを殺害した犯人がいる。その思いが僕の心をどんよりと暗くした。
もう誰も傷つかせないって、決めたのに…。
「…貴方だけのせいではありませんよ」
「……え?」
隣に立っていた贄くんが、僕に静かな声で囁く。
「自分ばかり背負っているのは、貴方もでしょう?別に貴方は僕達のリーダーではありません。殺人を止められなかったのは、ここにいる全員の責任です」
「…でも、僕は今までいろんな人を裁判で追い込んできちゃったんだ。だから、僕が責任を持たないと……」
隣に立っている贄くんだって、僕が追い詰めて殺してしまったんだ。あんなイレギュラーがなければ、彼は冤罪を着せられたまま死んでしまっていただろう。その後悔が僕の肩に重く、のしかかっていた。
贄くんは、そんな僕の心を読んだのか、少しむっとしたたような顔をした。
「信用してくれるなら、巻き込んでくれるぐらいはしてもらわないと困る。そう言ったのは貴方ですよ。
ボク達仲間を信用してるなら、全部1人で抱えこもうとしないでください。わかりましたか?」
「……わかった」
僕は頷いた。贄くんは少し微笑んで、また前に向き直る。
…仲間は、今いるみんなだけじゃない。亡くなったあの人たちだって、もちろん僕達の大切な仲間だ。
みんながずっと僕達を見守ってくれていると思うと、なんだか心強い気持ちになった。応援してくれているのに残念な思いをさせないよう、しっかりしなきゃな、という気持ちも出てくる。
大丈夫。僕はまだ、頑張れる。
エレベーターの重い扉が開く。僕達は静かに裁判場に足を踏み入れた。
いよいよ、5度目の学級裁判が始まる。