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「佐島俊雄…貴方の本当の狙いは、何ですか?」
「…………」
贄くんの問いに、佐島くんは答えない。
「…改めて、言わせてください。これはあまりにも上手くいきすぎている。犯人を断定する証拠がほとんどないことも、全員にアリバイがあるのも。偶然にしては、出来すぎています」
「だから、それが根焼くんの罠なんじゃないの…?」
僕は贄くんにそう尋ねた。全て根焼くんが仕掛けたものなら、出来すぎた偶然というのにも説明がつくはずだ。しかし、贄くんの反応は違った。
「いえ…むしろ、ボクにはそれが、根焼くんの自殺に見せかけるための"罠"のように思えるのです」
「根焼くんを、自殺に…?」
「何者かが彼を殺害し、工作をした上で根焼くんの犯行のように仕立て上げ、彼に投票させる。疑い深いボクは、そう考えてしまったんです」
それは、根焼くんを殺した真犯人がこの中にいるってことなのか?贄くんはその可能性を、提示しようとしている…?
その時、へらへらとしていた佐島くんが、突然真顔に戻って、贄くんに言い放った。
「…なんだ。やっぱり君が、人のことを1番信用してないんじゃないか」
「仲間を信じろって偉そうに言っておきながら、君は結局、仲間を疑うことしか出来ないんだね。もう結論は出たのに、わざわざそれを覆してまで大切な仲間を疑えるその神経、申し訳ないけど僕には理解できないよ」
「……っ」
贄くんは一瞬言葉に詰まる。佐島くんの言っていることは、贄くん自身が1番よく分かっているんだろう。それでも彼は、主張を続ける。
「…ボクは、皆さんを不正解に導かないようにあらゆる可能性を考えたい。これはその中で、思いついた事です。ボクはそれが現実的に有り得てしまうと、気づいてしまった……」
「アリバイは最初に確認した通り、根焼さん以外の全員にあったよね。まさか今更、他にアリバイがない人がいるとでも言うつもりなのかな」
それに対して、佐島くんは余裕の表情だ。彼の推理に隙なんてあるのか…?
「佐島くん。貴方のアリバイは、本当ですか?」
「…は?」
「貴方のアリバイは、掃気さんさえ協力してくれれば、捏造できるものです。掃気さんに自分はずっと研究教室にいたと言ってもらうだけで、貴方は自分のアリバイが証明できた…違いますか?」
「…………」
佐島くんは、じっと贄くんの方を見つめる。
「ふうん…君って、本当に最低なひとだね」
それは、侮蔑するような、どこか憐れむような目だった。
「折り合いの悪かった僕を疑うならまだしも、今まで協力してきてくれていた、掃気さんまで疑ってるんだ。見境ないね…最初から最後まで誰のことも信用できないなんて、可哀想な人だなあ…」
その、どこか甘ったるいような声に、背筋がぞくっとするような心地を覚える。
「…佐島くん。ボクの質問に答えてください」
そんな言葉と、言いようもない恐怖感を意にも介さないとでもいうように、静かな声が佐島くんを問い詰めていく。
僕達は固唾を呑んで、じっと2人の舌戦の行く末を見守ることしかできない。
「どうしてこの事件に僕のアリバイが必要あるのかな。そんなに僕達の中の誰かを犯人に仕立てあげたいの?君は一体、誰の味方なの?」
「…答えてください」
「君こそ答えてよ。どうして辻褄が合ってるのに納得できないの?僕が意見を出したから?宗形さん以外の誰かが出した真実じゃ不満なの?」
「…君はそんなに、人を疑うのが好きなの?」
「答えなさい!!」
贄くんが、初めて声を荒らげた。一緒に過ごしてきた僕でも、見たことのないほど感情的になっている。その厳しい表情には明らかに、怒気が滲んでいた。
「……ッ」
その勢いに、佐島くんが一瞬押し黙る。
しかし、一瞬の後、佐島くんはいつものように平然と、冷ややかな目で彼を見つめていた。
誰も身じろぎすらできない、一触即発の空気。
「……………」
「……………」
2人はお互いに睨み合っている。誰もが仲裁に入ることはおろか、口を挟むことさえできない。裁判場の温度が、一気に5度ぐらい下がったような感じがする…。
2人がお互いに口を開こうとした、その時だった。
「…おにいちゃん、もう、やめて……」
掃気さんが、泣き出しそうな声で、絞り出すように言った。その目は、佐島くんを見つめている。
「え…?」
視線の先の彼は、動揺したような顔をしていた。
「もうやめて…もう、いいよ……もこのこと、これ以上かばわないで……」
「…………」
佐島くんは、何も言わずに下を向いた。庇うって、どういうことだ?…いや、まさか、そんなはずは……
「……みんな、だまっててごめんなさい」
掃気さんが、僕達の方を向いて、ぺこりと頭を下げた。そして、ポケットから何か小さなものを取り出す。
「…もこが、殺したの」
それは、いかにも薬が入っていそうな、青い蓋の茶色い小瓶だった。
「…あれは、」
贄くんが思わずつぶやくと、長い間の静寂が解ける。
「ややっ!?もしかして、お薬ですか!?」
「そんな、まさか、もこちゃんが……」
「そ、掃気さん…?そんなはず、ないですよね…?」
掃気さんは、ふるふると首を横に振った。犯人は自分なのだ、とでも言うように。そして、いつもの彼女の話し方で、ぽつりぽつりとつぶやいていく。
「もこが、犯人……これは、くすり。おにいちゃんは、ずっと、もこをかばってた……」
「………」
佐島くんは、俯いたままだ。掃気さんの独白は続く。
「おにいちゃんが、かみん、してるあいだに…もこが、きょうしつにいって…ころした……それをみた、おにいちゃんが、じぶんにまかせろって……」
じゃあ、佐島くんは、掃気さんの殺害を目撃した後、ずっと彼女を庇って、根焼くんを犯人に仕立て上げようとしていた…?
「…それでは、あのアリバイは嘘ということですね?」
贄くんの質問に、彼女はこくりと頷いた。アリバイを偽証していたのは掃気さんじゃなく、佐島くんだったんだ…。
「嘘ついて、ごめんなさい……だまってたのも……おにいちゃんに任せればいいとおもってた、けど……このままだと、しんじゃうから……みんなも、おにいちゃんも。もこだけが生き残るなんて、だめだから……」
掃気さんの言葉に、動揺したようだったみんなが、それぞれ辛そうに顔を背ける。僕も思わず耐えきれなくて、掃気さんから目を逸らしたくなってしまったけど、ぐっと堪えて彼女に尋ねる。
「掃気さんは…どうやって根焼くんに薬を飲ませたの?」
「もこが、教室に行ったら…ボクを、殺しに来たんだろって……いいよっていって、もこがのませたら、そのまま……」
掃気さんは、そう言って俯く。
根焼くんは、自ら薬を飲むことを選んだのか…。黒幕である彼の、コロシアイというエンターテイメントに対する異常な情熱と覚悟を、改めて感じる。
「だから、もこにとうひょうして……。おにいちゃんは、わるくない…おにいちゃんのこと、しんじてあげて……」
「掃気さん…」
佐島くんは、どこか呆けたような顔で、掃気さんを見た。
「…貴方にアリバイがないということは、同様に、佐島くんにもアリバイがないということですよね」
贄くんが小さな声で言ったのが、頭の中で引っかかった。どうして今彼は、それを言うんだ…?
掃気さんは、その言葉にびくんと反応した。
「…もこが、犯人だって…さっきからいってるのに……なんで…?」
「いえ、事実を確認したかっただけです…そうなんですね?」
「……おにいちゃんにも…アリバイはないけど…。でも、もこが殺したんだよ……おにいちゃんは、かんけいない…」
掃気さんは、わなわなと小さな拳を握りしめた。
「にえくん。もうもこちゃんが認めてるんだからやめようよ…」
「弱い者いじめはだめですよ!」
「え、笑至さんはもしかして、掃気さんが犯人じゃないと思っているんですか…?」
「さあ、どうでしょう?それと、もう1つ。………」
贄くんがぺらぺらと話しながら、僕の方をちらりと見る。…もしかして、彼は時間稼ぎをしているのか?
「………」
この事件にはまだ何か裏があって、それを僕に、見つけさせようとしている?
…そういえば、どうして掃気さんは毒薬の瓶を1つしか持っていなかったんだろう。根焼くんの研究教室にあったのは、自決用の毒薬と、睡眠薬。掃気さんが犯人なら、彼女がどちらも持っているはずじゃないのか…?今彼女が手に持ってるのは、どっちなんだ?
「……!」
その時、僕の中で、1つの推理が浮かびあがった。
…後は、彼女から確証を得るだけだ。
「おにいちゃん…おにいちゃんは、もこの言うこと、信じてくれるよね…?」
いつの間にか、掃気さんはこちらを向いていた。
「…うん。君の主張を、聞かせてよ。掃気さん」
僕は、強く頷いた。