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「……………」
僕達は裁判場を出て、寄宿舎へと足を進めていた。
掃気さんは泣き疲れてしまったようで、今は月詠くんの背中で静かな寝息を立てている。
頬にうっすらとある涙の跡が、きゅっと僕の胸を締めつけた。
佐島くんはあの時、掃気さんの手を振り払った。彼女の思いは最後まで届かないまま、彼は手の届かない場所へ行ってしまった…。
彼は、下手に思いが通じ合えば掃気さんが余計に辛くなることも、分かっていたのだろう。
だからこそ、彼女をあの時突き放したんだろうか。
そんなことを思いながら、時計塔の前を差し掛かった、その時。
とんとん、と誰かに肩を叩かれたような気がした。
「……?」
おかしいな、僕は1番後ろを歩いていたはずなのに…。不思議に思いながらも、後ろを振り返る。
すると、ぷにっとした感触と共に、僕のほっぺたに指が刺さっていた。
「…え?」
そこには、にやにやと笑っている根焼くんがいた。
「え?…え?うわあっ!?」
僕は慌てて飛び退く。ついに幽霊まで見えるようになってしまったのか…!?
「どうしたですか!?って、根焼さん!?」
「ひ、ひいっ!幽霊……!?」
「……そんな、」
いや、みんなも驚いている。見えてるのは、僕だけじゃない…。
「しーーーっ!」
月詠くんが慌てる僕らを注意する。そうだ、掃気さんを起こさないようにしないと…。
「ただいまー。宗形、元気にしてた?」
根焼くんは、いつものような軽薄な口調で言った。
…幻覚には、とても見えない。思わず手を伸ばして触ってみたけど、ちゃんと触れることができた…。
「ちょっと、どこ触ってんだよ」
根焼くんが少しむっとした顔でぺたぺたと触っていた僕の手を払いのける。
「えっ、ご、ごめん……」
ぽかんとした顔のみんなを見て、根焼くんが吹き出す。
「ぷっ…あははっ!ホントに予想通りの反応してやんの!」
「根焼くん……ど、どうして、君が…」
「何?ボクが生きてるのがおかしいって?」
根焼くんは相変わらず僕らを茶化すように言う。
当たり前だろう、あの時彼が亡くなっていなかったとしたら、今回の裁判は、一体何だったんだ…?
「でも、お前らよりもっと驚いてんのは、黒幕だろうなぁー。ねぇ、聞こえてるんでしょ?今どんな気持ち?」
根焼くんは上を見上げてけらけらと笑う…更に訳が分からなくなってきた。
「何、言ってるの…?黒幕はむのくんでしょ?」
月詠くんが僕の気持ちを代弁するように、怪訝そうな顔で彼に尋ねる。
「ううん、ボクは黒幕じゃないよ。あれは演技。"超高校級の俳優"ばりの完璧なヒール役だったでしょ」
「え、演技?」
そんなの、佐島くんと言ってることが同じじゃないか。本当に2人とも、黒幕じゃないって言うのか…?
「まあ話せば長くなると思うからさ、食堂にでも行って話そうよ」
「う、うん」
僕達は根焼くんに言われるがままに、食堂へと向かった…。
✧ ✧ ✧
「……………」
食堂の中はいつもとは違い、緊張感が漂っている。
掃気さんも目を覚ましたけど、未だにその表情は暗い…。伏し目がちにちょこんと椅子に座ったまま、何もしゃべろうとしない。
「えーっと、どこから話したらいいんだっけ?」
根焼くんが、わざとらしく首を傾げた。
「…まずは、貴方が黒幕のフリをしていたと言うなら、その理由からお聞かせ願いたいですね」
贄くんが冷静に答える。根焼くんはその言葉に頷いた。
「あー、じゃあそこら辺からね。うん、たぶん」
そして彼は話し始める。この事件の、一連の真相を。
✧ ✧ ✧
「あー…眠い。ボク、こんなの終わらせて早く寝たいんだけどなぁ…いや、さっきやっと息を吹き返したばっかりなんだって。ボクが。
…死んではないけどね?まぁ、自分でも死んだかと思ったけど。
「さて、まずはボクが黒幕になったところからだよねー…ナニ?語弊がある?あ、黒幕のフリ、だった。うっかりうっかり。
「ボクは解放された、自分の研究教室に行った。そーそー、あのシュミ悪いとこ。
そこでボクは、自分の本当の才能が "超高校級の絶望" であることを知った…
「ボクがこのコロシアイを主導していた、黒幕だということをね。
「アソコにあった資料によれば、ボクは自分の身体に記憶操作をしてそれを忘れていた…そして、あの部屋に入ることでそれを思い出す。
そういうシナリオだったらしいんだ。
「ん?…そう、シナリオ。これは事実じゃない。
宗形にも分かりやすく説明するなら、才能が未だに分からないボクをコロシアイを主導した "超高校級の絶望" に仕立て上げるために、真の黒幕さんがご丁寧にお部屋やそれを根拠づける資料まで用意して待ってたってこと。
「…いや、分かってなさそうなぼやっとした顔してたからさ。あ、いつもそんな顔だっけ?ごっめーん、しばらく見てなかったから忘れてた。
「そう、自分の才能が分からない状況でそんなことを言われれば、普通のヤツだったら信じ込むかもしれないけど、ボクはそれを信じなかった。…なんでかって?
「このボクがコロシアイなんていう、クソつまんないことをする訳ないからだよ。
「こんなつまんないクソゲー、ボクが計画するはずないじゃん。だったらこのメンバーで恋愛バラエティでもやった方がまだマシじゃない?絵面は最悪だけど。
ともかく、ボクはそれを信じなかった…つまり、誰かがボクを黒幕に仕立てあげようとしていた。
「そういうことだと、ボクは解釈した。ボクは捨て駒として扱われてるみたいだ、ってね…むかつくよなあ。ホントに」
根焼くんは、そこで一旦言葉を切る。淡々と話す彼の瞳には、静かな怒りが宿っていた。
「ま、ボクはそんな姑息なトラップにわざわざ引っかかってやったワケ。
…理由は、内部に潜り込んで、このコロシアイをぶっ壊すため。騙されてるように見せかけた方が、黒幕さんも油断するでしょ?
「だから、黒幕のフリをして、まず月詠を騙した。お前、内通者って言ってもモノケンとしか話してなかったから、黒幕が誰かは分かってなかったんでしょ。
それを利用して適当に話を合わせて、まるでボクが今までお前を顎で使ってたかのように演技した…この場を借りて謝罪しまーす、ごめんね。
「それからは、お前らの目の前でやった通りだよ…そして、ボクは自分を殺しに来たヤツを、コロシアイを壊すために利用しようと考えた。そいつが計画に協力してくれる勝算はあったよ。
…ボクをわざわざ殺しに来るなんて、相当の覚悟がないとできないだろうからね。
「そして、1日目の深夜。
佐島が毒薬を持って教室に来た。そしたらあいつ、何て言ったと思う?
…ぶっぶー、ハズレ。じゃ、正解発表ね。
「あいつは、こう言った。
『君が殺されたくないなら、大人しく僕の計画に協力しろ』
…ってね。
うん、もちろん拒否ったよ!
「ボクが大人しく従う訳ないじゃん。あいつはちょっと面食らった顔してたから、逆に、ボクが用意してたナイフを首元に突きつけて言ったんだ。
お前こそ、ボクの計画に協力しろって。あいつはその状態で5分ぐらい経ったあと、やっと頷いた。
「ボクは、コロシアイを壊すために自分に協力しろって佐島に言った…驚いてたね。なぜなら、あいつも同じことを考えていたから。
「ボク達が目論んだのは、このゲームの崩壊。そして、このゲームで1番重視されているのは、学級裁判で犯人を見つけ出すこと。
「そこを崩せば、このゲームは容易く成り立たなくなる…そう、計画は成功したんだ。
だってボクは死んでないけど、佐島は死んだでしょ?
「…そんな怖い顔しないでくれる?佐島が死んだのは黒幕が間違えたせいだし、ボクが責められることじゃないと思うんだけど。
それにこの計画は、元々あいつが言い出したんだよ…
「ボクが薬を飲まされて仮死状態になり、死んだように見せかけて、毒を盛った佐島が、クロとして処刑される…
それが、この革命の計画。この事件の全てだよ」
「…じゃあ、おにいちゃんは、ほんとは殺してなかったの?」
掃気さんが、ぽつりとつぶやいた。
「ほんとは、殺してなかったのに…おにいちゃんは、処刑されたの?」
「掃気さん………」
「うん。そうだよ」
根焼くんは、あっさりと肯定した。
「……………」
掃気さんは、絶句する。根焼くんは彼女には触れず、あくまで話を続けた。
「そろそろ、回想シーンに移ろうか。あいつ、どうせ自分の動機とかなーんにも言わずに死んだんでしょ?
「…さぁ?あいつの気持ちなんて知らなーい。好きな子の前でかっこつけたかっただけじゃないの?
「じゃ、ボクが毒薬を飲まされる前ぐらいから話そっか。
場所は教室。時間は…覚えてないや、午後。
ボクが昨日の夜のうちに、その時間に来るようにあいつを呼び出した。そして、手筈通りあいつはボクに毒薬を飲ませようとした…
✧ ✧ ✧
「あ、ボクを殺す前に1個だけ」
「…何かな」
「お前さ、なんでコロシアイを壊そうだなんて思ったの?」
「…………」
「…このゲームに勝つには黒幕を倒すしかない。
超高校級の才能を持つ生徒達を16人も集め、ここまで大掛かりな舞台を作り、ついには人を甦らせてしまうなんて明らかにおかしいよね。
「そんな面倒なことをやってのけるのに 学級裁判 というルールや、あくまで生徒同士でコロシアイをさせるという明確な目的をもっていることから、このコロシアイには必ず意味があるはずだ。
チョコレートだって、作る過程をアーティスティックに魅せる時はいつだって観客がいるものだからね。
「食べてくれる客がいなければ、どんなに美味しいチョコレートを作っても意味がない。
僕は何の才能も持たない木偶と化し、チョコレートは泥と何ら変わらなくなってしまう…。
「だからここで黒幕を欺き、全てを終わらせよう。
…これが僕の最後の“調理”だよ。」
「ふーん、なるほどね」
「…君、絶対聞いてなかったでしょ」
「いやいや、ちゃんと聞いてたよ?やだな〜そんなこと言うなんて、佐島くんのイジワル!」
「……もうこれ、飲ませてもいいかな」
「いいけど、しくじるなよ。…ミスったらボクもお前も、犬死にするだけだからね」
「…わかってるよ。本当に、毒薬でいいの?この睡眠薬だって、仮死状態になる可能性はあると思うけど」
「お前が命賭けてんだから、こっちも命懸けないとフェアじゃないでしょ。お前に借りとか、絶対やだから」
「1つ貸しができるから、君に何をしてもらおうかなってずっと考えてたんだけどな…」
「お前、そんなこと考えてたの?」
「嘘だよ。…それじゃ、」
「根焼夢乃。死ね」
ボクは、流れ込んできた毒薬を一息で飲み込んだ。
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「それから、ボクは体がだんだん痺れてきて、呼吸が苦しくなった。吐瀉物の処理とかまで、全部あいつがしてたよ。
体が動かせなくて目も閉じられなかったから、それを見てなきゃだったのが1番イヤだった…あの毒、体はとっくに天国にイっちゃってても、案外意識ははっきりしてるから、お世話されると余計に惨めなんだよね。だから、椅子まで運んでもらったんだけど。
「それから長い間、起きてんのに指先すら動かせない生き地獄だったけど、知らないうちにトんでたみたいで…目が覚めたのが、ついさっき。
それで、まだ裁判が終わってなかったみたいだったから、お前らを外で待ち伏せしてた……ハイ、ボクの話おしまい。」
✧ ✧ ✧
「………………」
僕達はまんまと、佐島くんと根焼くんの手のひらの上で踊らされていたんだ。
彼らの計画は、成功した。
そしてその代償に…佐島くんは、命を失った。それは、あまりにも大きい代償だ。
でも、それが彼…佐島くんという、ひとなのかもしれない。
自分の信念のためなら、どんなものも犠牲にできる…例え、それが自分の命であったとしても。
最後まで掴めなかった彼の人間性の根本は、もしかしたら、そこにあるのかもしれないな…。
「…あ、そうだ。掃気さん、佐島から預かり物」
根焼くんが、ふと思い出したように、ポケットをまさぐる。
「はい、どーぞ」
彼が掃気さんに渡したのは、佐島くんがいつもつけていた、ハートのピアスの片割れだった。
「………………」
掃気さんはそれを受け取り、大事な宝物のように、ぎゅっと両手で握りしめる。
もう、涙は出てこないようだった。
「…さて、これから一体どうなっちゃうのかなぁ?」
根焼くんが愉しそうに笑う。
この、コロシアイというゲームのシステムは、これで崩壊した。
ここからどうなるのか、どんな真実が待ち受けているのかは、誰にも分からない。
それでも、僕達は前に進むしかない。まだ見えない、今ここにいる僕らにだけ残された、未来のために。
✧ ✧ ✧
【5章 END】