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▶︎side:こむぎ
午前と午後の時間は、笑至くんと新しく開いた研究教室を回ったり、みんなで他愛もない話をしたりであっという間に過ぎていった。
誰かと話すのがこんなに楽しいなんて、つい最近までそうだったはずなのに、やけに久しぶりの感覚のように思えた。笑至くんが戻ってきたことは、僕に大きな安心感を与えていた。
「…そろそろ、夕ご飯の時間かな」
時間を見ようと思ってタブレットを開くと、本校舎のマップが解放されているのに気づいた。
「笑至くん、これ…」
「ふむ。4階ですか…長くなりそうですし、そこは明日行ってみましょうか」
「うん。今日はもう食堂に戻ろう」
僕達は食堂に戻って月詠くんの作った夕ご飯を食べる。今日のメニューは肉じゃがだ。僕のお母さんが作る味とはまた違う味わいだな…。味付けが違うのかもしれないけどこれも十分おいしい。ここから出たら月詠くんに料理を習って、お母さんに振舞ってあげたいな。
「ボクは月詠くんの夕飯の片付けを手伝いますから、宗形くんは先に入浴していて構いませんよ」
「え?でも、僕も…」
「…宗形くん」
笑至くんは僕に近づいて小声で囁く。
「入浴したついでに、荒川さんの様子を見てきてください」
「荒川さん…?」
昼間に会った時はいつもと変わらないように見えたけどな…。
「どうも彼女を見ると、違和感と言いますか、なんだか嫌な予感がします。彼女が1番信頼しているのは、貴方でしょうから」
「……」
探偵としての勘、なのだろうか。確かに、生き返ったばかりの笑至くんが荒川さんの元に行けば、彼女は怖がってしまうかもしれない。
「わかった、行ってくるよ」
僕は急いでお風呂に入ると、荒川さんの部屋に向かった。そっとドアをノックすると、静かに開いた。
「…荒川さん」
ドアを開けた彼女をじっくり見ると、昼間は俯いていたからわからなかったけど、少しやつれたように見える。これが笑至くんが感じた違和感なのだろうか。
「え、えっと…なにかありましたか…?私、何か悪いことでも……」
「いや、そういう訳じゃないよ。ちょっと話がしたいなと思って…いいかな?」
「は、はい!む、宗形さんなら大丈夫です、私」
無理やりに笑顔を作っているような表情に、苦しさを感じる。その言葉に甘えて荒川さんの自室に入った。あまり部屋の中をいじることがなかったのか、ほぼ最初の時と変わらない簡素な部屋だ。なぜか2人で向き合って床に正座した。
「そ、それで、話って何の話ですか…?」
「うーんと…」
話のネタを全く考えていなかった。先に気づいてくれた笑至くんには申し訳ないけど…
「今日の昼間会った時に、荒川さんがなんだか元気がないように見えて」
「そ、そうですか…ごめんなさい、心配をおかけしてしまって……」
荒川さんはしゅんと俯く。心なしか、いつもより顔色も悪く見える。
「心配はかけていいんだよ。僕達はお互い相談し合える仲間だから」
「仲間なんて…申し訳ないです、私の近くにいるだけで宗形さんにもきっと不幸が……。
ううん、宗形さんだけじゃないです、きっと、全部私のせいなんです。私がいるから、私の不幸が伝染して…みんなが、こんなことに……ひぐっ……えぇん……」
「…荒川さん……」
それが、彼女の憂鬱の根本的な原因なのだろう。仲のよかった人を次々に亡くしてしまった彼女はそれが自分のせいだと落ち込んでいるのだ。荒川さんは切羽詰まったように言葉を続ける。
「さ、最初から、私がいなければ良かったんです……私がいても、いいことなんて1つもないです、むしろみなさんを不幸にします…もう嫌なんです、誰かが不幸になって、傷つくのを見たくない。近づかないでください、私は充分、みなさんに親切にされました…でも、そのせいで、またこんなことになるくらいなら、」
私が、いなくなっちゃえばいいんだ!
僕は初めて、荒川さんの大きな声を聞いた。それは、彼女の本心からの、悲痛な叫びだった。
「……」
「…ごめんなさい」
はっと気づいたように、荒川さんが謝り、またじっと下を見てすすり泣く。その間に彼女の部屋を見回すと、ベッドの上に、人1人がぶら下がっても大丈夫そうな、硬い縄を見つけた。
これって、もしかして。
「荒川さん、君は、自殺するつもりだったの…?」
「……!」
荒川さんは僕の視線の先に気づき、立ち上がってその縄をばっと手に取ると後ろ手に隠した。
「……も、もう、放っておいてください。帰ってください…!」
僕は荒川さんの両肩にぎゅっと自分の両手を置く。
「帰らないよ。君が自殺なんてしないって言うまで帰らない」
「な、なんで……」
荒川さんは僕の手に押されるままに、ぺたんと床に座り込んだ。
「どうして、私にそこまでするんですか……」
「切ヶ谷さんは、僕達の仲間だからだよ」
「な、仲間なんかじゃ…だって私のせいで、これまでの事件は起こったんです、私が不幸をみなさんにばらまいたから……」
「それは、荒川さんの勘違いだよ!」
大声を出して否定すると、荒川さんがびくっと震えた。僕はそのまま続ける。
「荒川さんの才能は幸運なんだよ。決して人を不幸にする才能なんかじゃない。もっと自分に誇りを持ってよ!
君は周りの人より少し、感受性が強いだけだ。そしてそれは、誰よりも優しいってことなんだよ。君のその優しさに、僕だって、…切ヶ谷さんだって、みんなが助けられた。
荒川さんは不幸の種をばら蒔く存在なんかじゃない、もっと自分を、僕達を信頼してよ…!」
「………っ」
荒川さんは大粒の涙を流しながらこくこくと頷いた。
「…ごめんなさい、本当に」
絞り出したような声は、高く掠れていた。僕は背中をさする。
「その、ごめんなさいも…もう無しにしない?」
「え…?」
「君が謝ることなんてないよ。荒川さんは必要以上に自分を責めすぎてるんだ。だから、ごめんなさいはこれから禁止にしよう」
「…わかり、ました。やってみます……」
荒川さんが顔を上げる。今までの疲れていたような顔とは違い、その瞳には確かな光が灯っていた。
「生きよう。僕達が亡くなったみんなの分まで。僕らが抱えているのは自分の命だけじゃない、みんなの想いも一緒に、抱えて生きてるんだ。だから、命を無駄にするなんてやっちゃいけない」
「…はい」
僕達は互いに強く頷き合う。
「私と仲良くしてくれて、私を信頼してくれてた、みなさんの分まで…私、がんばります」
「うん、一緒に頑張ろう…あっ」
僕が肩に置いていた手を話した途端、荒川さんがバランスを崩してよろけてしまった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です、ごめんなさ……あ」
荒川さんは慌てて自分の口を塞ぐ。その様子がなんだかとってもかわいらしくて、僕は思わず笑ってしまった。
「な、何がおかしいんですか…!」
「ごめんごめん、あははっ」
「ひ、ひどいです……ふふ、あはは」
僕の笑い声につられて、荒川さんも笑い出してしまう。そんな僕達を窓から、月明かりが静かに照らしていた。
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「片付け、手伝ってくれてありがとう。にえくんは優しいね」
「いえ、今までお役に立てなかった分、皆さんのお役に立ちたいので」
広い大浴場に2人きり。湯船の中に斜めになるような位置で座る。
正念場だ。チャンスは、もうここしかない。
「…月詠くん。1つ、お伺いしたいことがあるのですが」
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荒川さんと雑談をしたあと自室に戻ってくつろいでいると、ノックの音が聞こえた。
「宗形くん、どうでしたか」
ドアの向こうから聞こえるのは笑至くんの声だ。慌ててドアを開ける。
「荒川さんは…もう大丈夫だよ」
「そうですか。ありがとうございました」
お風呂上がりなのだろうか、タオルを首に巻いた笑至くんがぺこりと頭を下げる。
「ううん、笑至くんが言ってくれたからだよ。それにしても、随分長いお風呂だったね…」
「ああ。少々、月詠くんとサウナの我慢対決などを」
「す、すごいね……」
どっちが勝ったんだろうな…。
「今日は一日中歩き回ったからお疲れでしょう。ゆっくり体を休めてください」
「うん。笑至くん、明日もよろしくね」
「………」
明日、という言葉にぴくりと反応し、笑至くんの表情からいつもの笑みが消えた。
「笑至くん?」
彼は僕をまっすぐに見つめ、ゆっくりと、首を振った。
「…残念ながら、ボクは貴方の敵になるかもしれません」
「…え?」
それはあまりにも呆気ない、決別の合図だった。