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内通者としてある意味油断している僕を絶望させるのはとても簡単だ。殺してしまえば良い。
だからこそ、今僕は自らあの女の元へ出向いている。
笑至贄の尋問を受け、疑念を膨らませたタイミングで殺される為に。あの女にとって囮でしか無い捨て駒としては仕事をし過ぎているくらいだ。
「やっほ〜照翠くん、お姉さんとお茶でもどう?」
家庭科室とやらの前に黒幕がいた。
笑顔の後ろ手に持っているのは鈍器か縄か、若しくは両方か。珈琲の一杯でも飲みたかったが、胡散臭いお茶の誘いを無視して両手を差し出す。
「…なぁに?緊縛プレイ?」
「えぇ。お好きでしょう?」
ヘラヘラした笑みが完全に消え去る。此方の考えはこの小説家のシナリオには無いのだろうと確信出来る。
登場人物が原作者の裏を掻こうとするとは思っていなかったのだろうか。
勿論僕だって殺されるのは勘弁したいが、人質を取られているという設定上この女の思惑には逆らえない。
では如何にしてシナリオを崩してやるか。
これも簡単だ。"絶望しなければ良い"。
自身が殺されるとしても、人質が既に殺されているにしても、全て想像の範囲内。絶望には値しないと知らしめてやれば良い。
絶望させられなかったという屈辱は有能すぎる手駒を手放したというミスに必ず触発される筈だ。
"コロシアイにおいて最も殺されてはならない黒幕が生き残る為の抜け道がある筈だ"、という僕の推理が合っていればの話だが、この女はもう一度僕を使うだろう。
「…さっき三割とか言ってたけど、具体的にはどこまで考えていたの?」
僕が抵抗したかのようにスーツは脱がされ、靴は片方没収。やる気が無さそうに結ばれた縄の結び目を撫でながら僕を家庭科室の椅子に座らせる。全くの無抵抗である僕が余程面白くないらしい。
「…具体的には此処までです。此処から先は…貴女次第、という奴でしょうか」
「へぇ、」
床に突き飛ばされる。胎児のような姿勢で僕は間抜けに寝転がる。
「一つ良いですか?」
「なぁに?命乞い?」
「いえ。僕の人質はどうなりました?」
「うーん…死んじゃったかなぁ?」
「…そうですか」
"人質を生かして欲しければ内通者として契約しろ"。これが冗談や嘘だとしても僕からすれば明確な契約違反。つまり内通者として素直に言うことを聞く理由は無くなったのだ。覚えておこう。
床に投げ出されたまま視線を上へ向けてみると、明らかに怒りのような、最期を迎える僕への憫笑の色を滲ませた表情が見える。その口は面白くない事に開いてはくれない。
「では、また明日。」
僕が黒幕を鼻で笑ったところで、金属バットが振り下ろされた。