僕達を見回してそう言ったきり、妄崎さんは口を閉ざした。自分達で、絶望を選べ。まるでそう言いたげだ。
「何してるですか、皆さん。やっと外に出られるんです、生活の安全も保証されてます。当然希望を選ぶべきですよ!」
「…さっきから思ってたけどさぁ、それって、ほんとに安全だって言い切れんの?」
芥原さんの言葉に対して、根焼くんが口を開く。
「ボク達を開発して危ないことに利用しようと企んで、まんまと飼い犬に手を噛まれたヤツらを今になって信用できると思う?」
「全世界に注目されてこんなに注目されてんのに、例えばボク達のカラダの研究が目的の組織とかから狙われても、絶対助かるって保証あんの?」
「訓練を詰んだボディーガードを用意していると聞きました。ですから…」
「そんなぐらいで安心して外に出られると思う?」
根焼くんが言葉を遮る。その表情は今まで見たことがないほどに暗く、激しい感情を秘めていた。
「ボク、死にかけてまでこのコロシアイを終わらせようと頑張ったんだよ?それなのに外に出た後あっさり捕まって殺されたりなんかしたら、今までのボクの努力はナニ?何の意味も無かったことになるじゃん。
そんな、ボクの存在や能力が否定されるようなこと、ボクは耐えられないんだよ!」
「もこも…しんじゃったら、としおおにいちゃんに、なんて言えばいいの?
としおおにいちゃんが…頑張ってくれたのに……もこ、そんなのやだ……だったら、ここにずっとみんなといたい………。だって、みんなのことすきだもん……もう、傷つくの見たくないよ……」
「そうですよ…わ、私も、もう誰も傷ついて欲しくありません…。私たちが外に出られても、芥原さんが外に出られないかもしれないなんて、そんなの、あんまりじゃないですか……。
私はやっと、自分のことを認めてくれる皆さんに会えたんです。芥原さんも一緒に、みんなでここで過ごしましょうよ…!」
「…………」
根焼くん、掃気さん、荒川さん。
3人の言っていることは正しい。
コロシアイを終わらせて、外に出るっていうみんなの約束は叶えたい。それでも、それは外がこんな状況だなんて知らなかった時の話だ。人間がこんな怖い存在だなんて、僕達はまったく知らなかったんだ。
外の世界に出ることは、芥原さんが消えてしまうリスクを抱えるほど価値のあることなのか?
…そもそも、人間じゃないなら、僕達に外の世界で生きていく権利はあるのか?
でも、ここでずっと暮らすのは何かが違うんじゃないか。そんな気持ちも胸の中にはある。
「…皆さん、本当にそれでいいんですか?」
裁判場の中に、静かな声が響く。…贄くんの声だ。
「絶望を選ぶというのは、全てを諦めて、思考放棄することと同義です。それは、ボク達だけでなく、今まで亡くなった方々の血の滲むような努力や決死の覚悟すら、泥の中に埋めてしまうということなんですよ」
「外の世界だって、悪い人間しかいないとは思っていないんでしょう?少しは罪悪感があるんでしょう?だから迷っている。違いますか」
「…………」
3人が、辛そうな顔で俯く。
「…安易に絶望に流されるのではなく、もう一度よく考えてみてください。本当に正しい選択はどちらかを」
「ご高説垂れてるとこ悪いけどさ〜、笑至くん」
妄崎さんが至極つまらなそうな顔をして言った。
「あんたは絶対絶望を選ぶことになるんだよね〜。そういう風に、勝手に手が動くように、私がプログラミングした。それがあんたの、生き返った"代償"なんだよ。」
「…ボクの脳に、細工がされているということですか?」
「うん。コンピュータから打ち込まれた命令は絶対。あんたはどんなに抵抗しても、最後には『絶望』を選ぶことになる。ずっと自分の信じた道を進んでたあんたが最後の最後で自分の意思と正反対の行動しかできないなんて、実に絶望的だよね〜!」
「……ッ」
贄くんは思わず目の前の台に拳を叩きつけようとしたが、すんでのところで耐えたようだ。
「…ボクが例えそうなったとしても、ボクは信じています。皆さんなら、必ず正しい方を選んでくれる。結末を希望に導いてくれる──それができる人達と、ボクはここで過ごしてきました」
「うぷぷ、そのあわ〜い期待が壊れたら、笑至くんはどのくらい絶望しちゃうんだろうね?楽しみだなあ〜」
妄崎さんはむしろ愉快そうに笑んでいる。
「それで?宗形くんはまだ迷ってるみたいだけど、芥原ちゃんは希望を選ぶの?」
「当たり前です。くぐはらは希望の象徴として、生まれたのですから。皆さんを希望に導くのが役目です」
「あ〜、そっちの芥原ちゃんじゃなくて…」
妄崎さんは勿体ぶるように一度言葉を切る。
「"本物"の芥原ちゃんは、どっちがいいの?」
「本物…?いえ、くぐはらは希望を……ッ゙!?」
芥原さんが、大きくよろめく。
その後すぐに、機械質の硬い音声が彼女から聞こえてきた。
『エラーコード998、エラーコード998……異常が発生しました。緊急用プログラムを、一時終了します』
「…………」
「…くぐはら、は……」
それは、聞き慣れた声で。
「くぐはらは、消えたくありません!みんなとずっと、一緒にいたい…!魔法なんて……魔法なんて、使いたくないッ!!」
「芥原さん……」
「あんなの、プログラムさんの嘘です。くぐはらは、希望を選びたくなんてないです…くぐはらは、みんなと生きたい……」
彼女はそう言いながら、今にも泣き出しそうな目をしていた。
「そうだよね…芥原ちゃんだって消えたくないよね……」
妄崎さんが、優しげな、甘い口調で芥原さんを宥める。芥原さんはこくりと頷いた。
「みんなは、芥原ちゃんを危ない目に遭わせてまで外に出たいの…?それだったらここで一生ぬるま湯みたいな楽園で暮らした方が、ずっと楽しいでしょう…?」
「………………」
何が、正しいんだ?何が悪いんだ?
僕にはわからない。
大体、なんで僕は今考えてるんだ?どうして僕達だけが、こんな大変な目に遭わなきゃいけないんだ?
──そんなことさえも、もう考えたくない。
僕はゆっくりと目を瞑って、思考をシャットアウトしていく…。