超特急論破 後編   作:鳶子

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(非)日常編4

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▶side:凰玄

 

結局今日は部屋から一歩も出ることもなく、夜時間になった。シャワーを浴びようと立ち上がり、ついでにドアの鍵がしっかりと閉まっているか確かめる。朝のような事態は二度と御免だ。

 

洗面所で服を脱ぎ、部屋の中にある備え付けの小さなシャワー室に入る。丸一日ほとんど動いていなかったにも関わらず、身体にはじっとりと嫌な汗が張り付いていた。

 

「………」

 

静かな水の流れる音と共に、大量の水滴が身体にぶつかる。お湯が顔に滴るのも気にせず、しばらくそのままシャワーを浴びる。もやもやとした思考はすべて汗と共に白いタイルを滑り、排水溝へと流れていく。

こうしていると、今日1日囚われていたさまざまな葛藤からつかの間の解放を得ているようだ。

 

その心地良さに浸りながら、ふと、懐かしい光景が甦ってきたような感覚を覚えた。目を閉じてその正体を探る。

 

「凰玄」

 

目を開けると、そこには見慣れた、一般的な家庭のサイズの風呂場が広がっていた。湯船の中の小さな子供が俺の名前を呼び、こちらを見ている。男の子のようにも見えるが、体つきで女の子だということが辛うじてわかる。

ずっと同性だと思っていたから、初めて一緒に入った時は本当にびっくりした。慌てて出ようとしたけど引き留められたんだっけ。

 

「今日の稽古でも泣いてたね」

「………」

 

向こうはこちらを見てはいるが、目は合わない。むしろ、その視線の先は彼女と同じぐらいの身長の子供を見ているように見える。

当たり前だ。これは回想なのだから、この場に今の自分はいないに決まっている。ここにいるのは、まだ幼くて未熟な、弱虫の揚羽凰玄だ。

 

「男ならもっとシャキッとしなきゃだめだよ、いつまで経っても強くなれないよ」

 

いつになく真剣な面持ち。こんな顔を見たのは薙刀を持っていないときではこれが初めてだった。この表情を見ると、いつも自然と表情が強ばってしまう。

 

「ほら、また泣きそうな顔してる。凰玄の泣き虫、ボクがついてるのになんで泣くの?」

「………」

「…ボクは凰玄のこといつも見てるよ。キミがつらいときも、苦しいときも、ずっと見ててあげる。だから泣くな」

 

そう言って、小町は笑って見せた。その笑顔が"あの時"の笑顔と重なった瞬間、シャワールームの、狭くて薄暗い現実に引き戻される。

 

「………ごめんね、小町……」

 

頬を伝っているのは水滴か、涙か。自分でさえも区別がつかないまま、ただ無気力にシャワーの水に打たれていた。

 

 

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▶side:こむぎ

 

朝の放送で起きると、ぼーっとする頭を叩き起こして着替え、はなちゃんに水をあげて部屋を出る。いつも通りのルーチンワークの中、僕は言いようのない不安に苛まれていた。

 

笑至くんが僕の敵になるなんて、有り得ない。やはり昨日のアレは悪い夢かなにかだったんじゃないか。そう思いながらも、笑至くんの部屋を訪ねることはできないまま、寄宿舎を後にして食堂へと向かう。

 

「おはよう」

 

おはよう、とみんなが口々に挨拶してくれる。笑至くんは、と思って食堂の中を見回してみたけれど、そこには彼の姿はなかった。揚羽くんの姿も昨日と同様見当たらない。

 

「…誰を探してるの?」

白米を口に入れながら、佐島くんが僕に聞いてくる。

「えっと、笑至くんって来てないかな…?」

みんなが顔を見合わせる。

 

「見てないね」

「こむぎくんと一緒に来ると思ってたよ」

「…おにいちゃん……いない…」

 

「そっか…」

落胆の色を浮かばせる僕に、月詠くんが励ますように声をかけてくれる。

「今からこうげんくんにご飯を届けに行くから、にえくんの様子も見てくるよ」

 

「えー?ボクが行くんじゃないの?」

根焼くんが不満そうに声を上げる。

「むのくんは昨日こうげんくんのご飯まで食べちゃったでしょ!めっ!」

「ちぇっ」

根焼くんはふてくされたような顔で卵焼きをつつき始めた。

「こむぎくんも食べてていいよ」

「あ、うん…」

月詠くんは2人分のお盆を手に、食堂をぱたぱたと出ていく。

 

「………」

その様子を、佐島くんがじっと眺めていた。

 

 

✧ ✧ ✧

 

▶side:凰玄

 

「こうげんくーん、ご飯持ってきたよ」

ノックと聞き慣れた優しい声が聞こえた。慎重にドアを開ける。

「おはよう、体調は大丈夫?」

「ええ、問題ないワ…別に、ご飯を置いたら帰っていいのよ」

やや突き放したような態度でそう言うと、月詠は困った顔をした。

 

「それが、ちょっと伝言を預かってて…」

「伝言?誰から?」

「にえくんから、明日朝ごはんを持ってくなら伝えてくれって」

「……?」

 

なぜ今彼の名前が出てくるんだろう。黄泉がえりの書で生き返ったばかりだというのに、既に行動を起こしているのか…?とりあえずあの男の伝言ではないことがわかったので、部屋に招き入れる。

 

「どうぞ。散らかってるからお見苦しいだろうけど」

「お邪魔します」

 

ドアを押さえながら月詠を見ると、2人分のトレイを持っている。

「それ、もう1個はあなたの?」

「ううん。これはにえくんのだよ、伝言の返事を聞いてからでいいって」

「…返事がいるものなのね」

 

トレイを置き、2人で向かい合うようにテーブルの前に座る。

「それで、何なのかしら」

「うーんとね、詳しい話はおにーさんもよく知らないんだけど…」

そこで言葉を切って、耳元でささやかれる。

 

「…にえくんが、こうげんくんと同盟を組みたいんだって」

「同盟…?」

「うん。簡単に言うと協力プレイです、って言ってたよ」

「………」

 

協力プレイ。

今現在孤立している自分にとっては、これ以上にいい話はないだろう。ここに留まっているのだっていずれは限界が来るが、かといってこの状況下で仲間がいるはずもない。協力関係というのは今後の自分の動きに大きく幅が出るものだ。

 

しかし、逆に言えば、向こうに自分と組むメリットはない。いくら甦ったからといって、頼れる仲間が一人もいない訳でもないだろう。孤立した人間より、そちらに頼った方が数倍いいはずだ。

 

「事の詳細は、聞いてないのよね?」

「申し訳ないけど教えてもらえなかったな…。でも、もしその気があるなら、朝ご飯を食べ終わったあとに時計塔の前に来て欲しい、って言ってたよ」

 

「…成程、わかったワ。少し考えておく、と伝えてもらっていいかしら」

「うん。もし不安だったら、おにーさんがついて行こうか?」

「あなたが?」

思わずきょとんとした顔をしてしまう。

 

「こうげんくんが心配だし。それに、にえくんが悪いことを考えててもおにーさんがいれば止められるでしょ?」

「まあ、そう言われればそうだけど」

…まったく、この男は呆れるほどお人好しのようだ。

 

「…ありがと。じゃあ一応、行ってみることにするワ」

「ふふ、食堂で待ってるから、食べ終わったらトレイ持ってきてね」

 

ひらひらと手を振って、そのまま部屋を出て行った。部屋には再び自分だけになり、すっかり癖となってしまった大きなため息をついた。

 

さて、この判断が吉と出るか、凶と出るか。

 

 

✧ ✧ ✧

 

▶side:こむぎ

 

「宗形さん」

食器を洗い終えて食堂を出たところで、佐島くんに話しかけられた。

まるで、僕を待ち構えていたかのようなタイミング。

 

「ぼ、僕になにか用かな…」

「嫌だな、そんなに怖い顔しないでよ。僕はきみに危害を与える気なんてないよ」

「……」

 

「君さ、笑至くんと仲間割れしたんでしょ?」

「……!」

そのまま世間話のように佐島くんは尋ねてくる。

「ああ。どうしてそれを、って顔してるね。その顔からして一方的に縁を切られたのかな。酷い人だね、彼は」

 

「…佐島くんには関係ないよ」

「なんで?僕達は互いに信じ合う、仲間なんだろう?」

 

当たり前のように彼は言う。最初の裁判で手酷く笑至くんを責めていた彼が、それを言うのか?

 

「別に、僕は君と彼の別れ話を聴きに来たんじゃないんだ。ただ、君にいい話をしようと思って」

「…いい話?」

「そう」

 

佐島くんは軽薄な笑みを崩さないまま頷く。

「君はこのコロシアイを終わらせたいんだろうけど、今の君には正直言ってその力はない。君は周りのサポートあってこそ今までやってこられた。自分でもわかっているだろう?」

「……」

 

事実だ。今まで僕は笑至くんや切ヶ谷さん、揚羽くんに捜査を助けてもらって、やっとのことで事件を解決する事ができていた。

 

「だから、僕が君に力を貸してあげる」

「佐島くんが、僕に…?」

「僕も前々からこのコロシアイの攻略方法は探してるんだ。でも残念なことに僕はどうも助けてくれる友達が少ないようだからね、お手伝いが増えてくれればそれ以上のことは無い。だから、」

 

佐島くんは、僕に手を差し出す。

 

「僕と手を組んでよ、宗形さん」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「………」

これはきっと罠だ。佐島くんがわざわざそんな理由で僕に声をかけてくるはずがない。

そんなことを思っていても、笑至くんを失い、力不足の僕に、彼の手を取る以外の選択肢はないことはわかり切っていた。そして、彼がそれを見越した上で、僕に声をかけてきたということも。

 

「…うん」

 

僕はゆっくりと、彼の手を取った。

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