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「……うん、潜入には成功しそうだよ。ついて行くことにしたから、そのまま心配するフリをして内部に潜り込めばいいんでしょ?……べ、別にこんなこと、したくてしてる訳じゃない……みんなを裏切るような真似なんて、ほんとは……もういい?早くしないと、誰かに見られちゃうかも…」
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▶side:凰玄
「お待ちしていました、揚羽くん。月詠くんもいらしたんですね」
そう言って時計塔を背景に画になるお辞儀をしたのは、見覚えのある男だ。
笑至贄。信じてない訳じゃなかったけど、本当に生き返っていたのか。そもそも今は驚いてる場合ではない。
「単刀直入に聞くけど、あたしと同盟を組むなんて、一体何が目的なの?今のあなたにあたしと組むメリットはないワ」
「それは後で話します。とりあえずついて来ていただけますか?」
彼は自分の後ろにある時計塔を指さす。
「時計塔の中に何かあるの?」
「ご明察。どうぞ、こちらに」
そのまま後ろを振り向かずにすたすたと時計塔の前へと歩いていく。重そうな扉に、南京錠付きの鎖。笑至は迷うことなくポケットから鍵を取りだし、扉を開けた。
「その鍵はどこで手に入れたの?」
「この近くの草むらに落ちていました。最初に手に入れた者の特権、ということでしょうかね…まあ、黒幕の罠かもしれませんが」
扉の先を見ると、そこは小さな古ぼけた部屋だった。
「少し窮屈ではありますがここなら邪魔は入りません。靴は履いたままでいいですので、中にお入りください」
「うわあ、すごいね…埃っぽいし、ちょっと掃除はしたいかな」
月詠は迷いなく部屋の中に入っていく。この男には疑うという選択肢はないんだろうか。仕方なくその狭い空間に足を踏み入れる。
全員が入ったのを確認すると、笑至は内側から鍵を閉めた。南京錠ではなく、普通にドアの内側についていた鍵。
「これでいいですね。それでは、僕の計画をお話しましょう」
「あたしの質問には答えてくれるのよね?」
「ええ、もちろん。そんなに急がないでください…といっても、あまりゆっくりもしていられないのですが」
彼はそこで月詠に顔を向ける。
「月詠くん。これをお聞きになるなら必然的に僕の同盟の構成員となることになりますが、よろしいですか?別に今からでも抜けることはできますよ」
「いいよ。何か困っていることがあるならおにーさんも協力したいしね」
月詠はあっさりと頷く。まるで最初から同盟に入ることを決めていたかのようだ。優柔不断そうに見えて意外としっかりしているのかもしれない。
「ありがとうございます。それではまずこの同盟の結成目的について説明しますね」
笑至はその返答を受けて慣れたように音頭を取る。
「この同盟の結成目的は…黒幕を突き止め、及び打倒することです」
「…それを聞いただけでなんとなく察したワ。同じ轍は踏まない、って訳ね?」
「ええ。そのためにお力をお借りしたいのです」
成程、それだったら自分が呼ばれたのも頷ける。
「確かに、あたしなら適役だワ。人殺しなら計画が失敗しても切り捨てやすいしね」
「こうげんくん……」
「貴方個人の能力を評価した上でもあるのですが…そう言われてしまうとなんとも言えませんね」
ともかく、と笑至は話を続ける。
「ボクの打倒黒幕の計画に協力していただきたいのです。黒幕を突き止め、圧倒することができれば、コロシアイの終了まで見込むことができる。これは悪い話ではないと自負しています。
無論、ある程度のリスクは伴いますが。状況次第では、ヒール役になることも考えておいてください」
「それで、勝算はどのぐらいあるのかしら。まさか、ゼロなんて言わないわよね?生半可な覚悟のものだったら悪いけど帰らせてもらうワ」
あえてプレッシャーをかけてみる。一度失敗したことを他人を巻き込んでまでもう一度やろうとしているのだ、何かしらの打算はあるのだろう。
「これは手厳しい。そうですね…覚悟ならあります、と言っておきましょうか」
そう言いながらにこりと微笑まれる。いつもの人好きのする笑みではなく、彼が相当の策士であることを感じさせる、どこか含みのある、妖艶な笑み。その口から発せられるのは真実か、はたまたハッタリか。
「なにせボクは、最初の殺人の真犯人…黒幕を、おおよそ突き止めていますから」
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▶side:こむぎ
「ちなみに、宗形さんは黒幕について何かわかっていることはあるのかな?」
「いや、全くわからないよ…役に立てなくてごめん」
「別にいいよ。元から君には大して期待してないから。あ、傷ついたならごめんね?」
「………」
なかなか酷い言われようだ…。意趣返しのように言ってみる。
「でも、鍵になるかもしれないものは見つけたよ。笑至くんの研究教室に、契約書があったんだ」
「契約書?」
佐島くんが目をぱちくりとさせる。彼を少し驚かせることができたことに内心喜びつつ、僕は続ける。
「破られていたから内容までは分からないけど、笑至くんと照翠くんのサインがあったんだ。もしかしたら、最初の殺人の真犯人を突き止められるかもしれないよ」
「真犯人も何も…僕は君が出した結論に従っているんだけど。犯人は笑至さんなんだろう?君がそう言ったんじゃないか」
「確かにあの時はそう言ったけど……」
彼の言葉に二の句が告げなくなってしまう。佐島くんには手を組んでも振り回されてばかりだな…。
「…佐島くんは、どうしてそんなに笑至くんのことが嫌いなの?むしろ頭のいい人同士、仲良くできそうなのに…」
「別に嫌いじゃないよ。向こうが僕を嫌ってるからそれ相応の対応を取ってるにすぎない」
笑至くんを目の敵にしていることは頑なに認めないらしい。
「宗形さん、今何時ぐらい?」
話題を逸らすように佐島くんが聞いてきたので、僕は電子生徒手帳を開く。
「9時ちょっと過ぎくらいだよ。今日は何するの?」
「さっそくいろいろ調べたいところだけど…その前にちょっと約束があるんだ」
「約束?」
「うん。宗形さんも付いてきていいと思うから来なよ」
「わ、わかった」
一体、誰との約束なんだろう…?
そのまま佐島くんについて行くと、校舎を出て、中庭の大きな木の前で彼は足を止めた。
そこには小さな女の子がしゃがみこんでいる。
「…掃気さん?」
僕が名前を呼ぶと、掃気さんは肩をびくんと震わせて振り向いた。
「…おにいちゃん……」
「今日は宗形さんも一緒にいいかな。彼も僕の話を聞いてお参りしたくなったらしくて」
「お参り…?」
「話合わせて」
佐島くんに小突かれ、小声でささやかれる。
「そ、そうそう。僕もよかったらやりたいな〜、と思って…」
「………」
掃気さんは無言のまま場所を空けた。
そこには大きめの綺麗な石が置かれていて、脇に7本の花が添えられている。
「…お墓?」
掃気さんがこくりと頷く。
「みんなの、おはか……もこと…おにいちゃん……つくった…」
「そうだったんだ…」
掃気さんと佐島くんがこんなことをしていたなんて、全く知らなかった。どころか、このお墓の存在すら今日初めて知ったぐらいだ。
…どうして、佐島くんがこんなものを作るんだろう。
「宗形さん、早くお参りしなよ」
「ご、ごめん!」
佐島くんに急かされ、慌てて石に向かって手を合わせる。突然のことに戸惑いながらも、とりあえず天国でもお元気で、と心の中で伝えた。
僕が場所をどくと、2人は石の前にしゃがみこみ、ゆっくりと目を閉じて手を合わせた。
それは、まるで祈りを捧げているようかのように見えた。
1分ほど経つと2人はほぼ同時に顔を上げる。
「掃気さん、今日の予定は?」
佐島くんが横にいる掃気さんに尋ねると、彼女はふるふると首を横に振った。
「そっか。じゃあまた一緒に動こうか」
「………」
「宗形さんも、いいよね?」
「え、うん。僕は全然構わないけど…」
掃気さんと一緒に行動して、打倒黒幕のための調査はいいんだろうか…。
そんな僕の不安を打ち消すように佐島くんがこちらに寄ってくる。
「掃気さんは、いた方がいい。僕ら2人だけで動いていたら不自然だし、彼女は普通の人とは違う観察眼を持っている。わかるよね?」
確かに、前の裁判の時に事件の解決に繋がる発言をしたのは掃気さんだった。でも、そんなことより…
「それとも、彼女を危ないことに巻き込んでしまうんじゃないかって思ってる?」
「ど、どうしてわかったの?」
「その顔を見ればわかるよ。大丈夫、むしろ一人でいるよりは僕達といた方が安全だよ」
「なるほど…」
僕達が話している間にも、掃気さんはもし今突風が吹いたら飛んでいってしまうんじゃないか、というぐらいの雰囲気を醸し出している。
「それに、これだけじゃなくて彼女とは別の約束もあるんだ。今日はそれをやらないと」
「別の約束?」
「そう」
佐島くんは頷いて彼女の方を見ると、ふわっと自然に笑った。それは、これまで彼を見てきた中で初めて見る表情だ。
「掃気さんの、とっておきのお楽しみだよ」
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…先ずは、あの男が僕を黒幕と睨むまでに至った理由。
全員の様子を伺っていた事は本当だろう。そこで大方の目星を付ける事も出来る。本人の様子のみならず、具体的な情報を仕入れられる"研究教室"という場所も用意されている。現状で解放されている情報源はせいぜいこの位だろう。
あの男が僕を疑う根拠となった証拠が何かは解らないが、僕が内通者であろうと無かろうと黒幕が用意した事は間違いない。それはあの男が迷った理由でもあるのだろう。
黒幕が用意した証拠を信用して他人を疑うのか、と。
その迷いでさえ僕の尋問で揺れてしまった。
今の僕はあの男にとって黒幕に最も近しい存在になった。が、それでいて黒幕としては疑わしい存在にもなっている。
…黒幕の手先として完璧なスケープゴート。
×××が僕に望む使われ方をしてやったのだ。僕の使い方としてはかなり贅沢が過ぎるが。
本来なら僕があの男に反論すると思っていたのかもしれない。それでも怪しい存在として囮に出来るし、僕の怒りを買う事も出来ると踏んだのだろう。まぁそこまで見越した今、怒ってやる理由は無い。
×××の目的は絶望。そしてその対象は全世界。
その大それた対象の中に僕が入っていない訳が無いというのは最初から理解していた。
僕も×××の絶望の対象なのだ。