✧ ✧ ✧
▶side:凰玄
「…………」
時計塔の中で一夜を明かした後、小さなちゃぶ台を囲んでぼそぼそとした乾いた携帯食糧を食べる。本格的な栄養価の高いもので、何度か訓練中に食べたことがある。懐かしい味に、密林での訓練のときの記憶が戻ってくる。
(…あの子、今何してるかしら)
ふと、一緒に訓練をしていた部下の顔を思い出して、すぐに打ち消す。今はそんなことは思い出してはいけない。この感情は、誰にも打ち明けてはいけないのだから。
「………」
憂鬱そうな顔で食事を進める月詠を見る。彼は昨日の夜から全くしゃべらなくなっていた。下がり眉に、少しでも責めたら泣き出してしまいそうな表情。…本当にこの男が内通者をしていたとは、とても思えない。
ひと足早く食事を終えた笑至は、じっと何かを熟考ように俯いている。あそこまで追い詰められたのは、おそらく計算外だったのだろう。口には出さないけど、彼が味方かすらどうかも、今は怪しくなっている。
…どうやらあたし、とんでもないところに来ちゃったみたいね。
いつもの口調で無理やり湧き上がる不安を押さえつける。何がどうであれ、事は既に動いてしまった。今更向こう側に行ってもあしらわれるだけだろう。
「……ボクは、本当にボクなのでしょうか」
沈黙を破ったのは笑至だった。それは、自分が何者かわかっていないような口ぶりだった。
「…さあ。あたしにはあなたのことは分からないワ」
月詠はしゃべる気配がなかったので、そう相槌を打つ。
「情けないことに、ボク自身にも分からないんです。ボクはもしかしたら、あの時のボクではないかもしれない。いつか皆さんの敵になるように、作られたモノなのかもしれない」
「………」
「すみません。どうしてもその指摘を受けてからその事ばかりを考えてしまう…気になってしまう。でも、考えても考えても、ボクはボクでしかないんです。猜疑心も好奇心も、ここでは毒ですね」
「…それでも、あなたはあなた自身を信じてあげないとダメじゃないの?」
「え?」
笑至は呆気に取られたような、きょとんとした顔を見せる。
「自分のことを信用するなんて簡単なこともできないなら、あなたは誰のことも信用できないワ。それでいいのかしら?
思考が行き詰って、それでも自分は自分だと思うなら、それでいいじゃない。あなたはあなた、他人の言うことなんて気にする必要ないワ」
「……そうですね。そんな当たり前のことを、どうして忘れていたんでしょう…ありがとうございます、揚羽くん」
そう言って、笑至はぺこりと頭を下げた。
「礼はいらないワ。あなたにはまだいろいろと考えてもらわなきゃいけないんだからね」
「はい。もう少しだけ、作戦を考えさせてください」
(…らしくないわね。あなたはそんなこと他人に言える人間だったっけ?)
そんな自分の声が聞こえてくるようだ。まったくだ、と苦笑しながら大きく一つ伸びをした。
こんな熱血漢みたいなことをするなんて、誰の癖が移ったんだか。
✧ ✧ ✧
▶side:こむぎ
立てこもり。
その不吉な言葉が脳を埋め尽くす中で、僕はどこか上の空のまま昼ご飯を作っていた。
月詠くんがいない今、みんなで分担してご飯を作ろうということになり、くじ引きの結果、僕は妄崎さんとご飯を作っていた。
「♪〜」
妄崎さんは鼻歌を歌いながら、手慣れた包丁さばきでキャベツを刻んでいく。
「…妄崎さんは、料理とかするの?」
「あんまりしないよ。インスタントのものが多いかな〜、締め切りに追われてない時はたまーにすることもあるけどね」
確かに作家の締め切り前って、大変そうなイメージがあるな…。具材を切り終わったら、袋麺を出して具材と一緒に炒める。
「ここに媚薬とか入れたらおもしろそうだよね〜。どうなるんだろう?」
「いや、そんなもの入れちゃだめだよ!?」
「あら?想像して興奮しちゃった?勃起した?」
「そ、そんな訳ないよ…!」
妄崎さんのからかいは度が過ぎている。それに下手すると本当に媚薬を入れそうだし、彼女の動きには気をつけないとな。
「…そういえば、笑至くん達のことって妄崎さんはどう思った?」
下ネタから話題を逸らすためにそんなことを聞いてみる。
僕は佐島くんから話を聞いていたから、何も知らない人の意見が聞いてみたいというのもあった。
「うーん、どうってこともないけど。時計塔の中で男3人、何かが起こらないはずもなく…」
そう言って妄崎さんはにやりと笑う。やっぱりそっちの方向に行っちゃうんだな…。
「こむぎくんはどう思うの?」
逆にそう聞かれ、僕は答えに戸惑う。
「僕は…何を信じていいのか、わからなくなっちゃったな。笑至くんは僕のことをサポートしてくれてたし、月詠くんだって優しく接してくれてた。あの人たちを疑うなんて、僕にはできっこないよ…」
僕がそう言うと、妄崎さんはふーん、と生返事をする。
「そう。じゃあそれでいいんじゃない?誰を信じます!ってはっきり決めなくてもいいじゃない、適当で。信じたい時に信じれば」
「そ、そんな適当でいいのかな…」
「いい、いい。探偵は安楽椅子にでも座ってて、最後にバシッと決めてやれば大丈夫だよ〜。そんなに気張らなくてもなんとかなるって」
「…うん。ちょっと気楽になったかも、ありがとう」
妄崎さんの言う通り、今までは深く考えすぎていたのかもしれない。時には体当たりでぶつかってみるのも大切だろう。
そんなことを考えているうちに、ソース焼きそばが完成した。ふわっとソースのいい香りが漂ってくる。
妄崎さんは僕の方を振り返ってにっこりと笑った。
「…期待してるからね、探偵さん」
昼ご飯を食べ終わると、佐島くんに連れられて3人で2階の倉庫に来た。
「ここで何するの?」
「この前ここでカメラを見つけたんだ。だから、時計塔の扉の前に監視カメラをつけようかと思って」
「監視カメラ…」
まるで犯罪者への対策みたいだ。佐島くんは散らかるのも構わずにがさがさと物をどかしながら奥の方へと入っていく。掃気さんはカメラを探す気はあまりないらしく、辺りのものを物色していた。
「あったあった」
佐島くんは奥の方から黒い機械を持ってきた。近くで見てみると、どうやら本当に監視カメラみたいだ…。どうして学園にこんなものがあるんだろう?
「防水機能もついてるみたいだし、これをあそこの近くの草むらにでも置いておこうか」
僕達は時計塔の近くに移動し、草に紛れるように監視カメラを設置した。これで誰かが通るとこの監視カメラに足が映るはずだ。
「モニターは宗形さんの部屋に置いてもらってもいいかな?僕はいろいろとやることがあるし、毎晩確認してもらいたいな」
「うん。わかったよ」
小さなテレビのようなものと、複数のコードを受け取る。夜は手持ち無沙汰でひたすら考えてることが多かったから、こうやって仕事がもらえたのは正直助かったな。
今日の夕ご飯は佐島くんと掃気さんが作ることになっていたけど、僕も手伝うことにして3人でビーフストロガノフを作った。
(笑至くん達は、何を食べてるんだろう…)
餓死とかしないよなあ、と3人のことが少し不安になった。
✧ ✧ ✧
▶side:凰玄
朝昼晩と、味は違えど同じ携帯食糧を食べるのは、常人には結構辛い。
「…ずっと同じものを食べるのはしんどいなあ。これ、ずっと思ってたけどすごいパサパサするね」
月詠も落ち着いたのか、少し話すようになってきた。持ってきたペットボトルの水をちびちびと飲んでいる。
この部屋に篭ってからまるまる1日経ったが、既に結構飽きが来ていた。ずっと窮屈な空間にいるのは一緒にいる人に関わらず、だんだんと嫌気がさしてくるものだ。
風呂はプールの男子更衣室に温水シャワーがあったので、あとで交代で行くことになっている。食事を終えると、様子見も兼ねて笑至が最初に入浴しに行った。
「ここって、この部屋以外は何もないのかしら」
やや退屈そうにしていた月詠に話題を振ってみる。
「そこのはしごを登ると上にちょっとしたスペースがあったよ…と言っても1人が限界ぐらいの小さなところだけど。普通の校舎で言うと2階ぐらいなのかな、結構眺めも良かったよ。よかったら行ってみたらどうかな?」
「ええ。そうするワ」
部屋の隅にあった梯子を登ると、そこにはロフトのような吹き抜けのスペースがあった。上を見上げると時計を動かすための巨大な歯車がいくつも見える。
大きめの窓が2つ付いていて、片方は管理棟の壁や窓が間近に見えるだけだったが、もう片方は手入れされた中庭や池なんかが見え、いい眺めだった。
照明はほとんどのところが消えていて、星空が綺麗に見えた。大きな月が優しく仄かに辺りを照らしている。
この景色を独り占めできるのは贅沢だ。時間を忘れて、しばらくぼーっと眺めていた。
…外に出たら、何をしよう。自分はまた、軍隊や家に戻るんだろうか。自分の居場所は、まだあそこにあるんだろうか。
小町のお父さんに会ったら、自分が殺したとちゃんと言おう。どんなに怒られても、最悪殺されても仕方がない。それだけのことをした自覚はある。
その為にも、まず外に出なくちゃいけないな。
この悪夢を誰も傷つけずに終わらせる方法。今の自分には思いつかないけど、最善策を探すしかない。使えるものは最大限利用して、この戦場を制圧する。…これは、あの子の願いでもある。
「…待ってて、小町。俺達が終わらせるから」