GUNGRAVE -OVER DOLLS-   作:ガロヤ

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1-7 再び、硝煙立ち込める世界へ(2)

 夕焼けで辺りが赤く染まる時間。きれいに整備され、かつ広大な庭園が見えるテラスにある1つのテーブルに、一組の男女が向かい合って座っている。

 男女は会話──といっても、喋っているのは女の方だけで、男はそれを黙って聞き、時々返事をする程度だが──を楽しんでいる。

 

「それでねブランドン──最近、友達と……」

 

 男──ブランドンは、目の前の女──マリアの話を聞いている。

 マリア。ブランドンと恋仲にある女性。最愛の女。

 マリアは自身の他愛のない日常をブランドンに語る。仕事の事、友人の事、彼女が世話になっているおじ様の事。彼女の世界を彩る事柄を嬉しそうに話す。

 ブランドンはそんな彼女の話を微笑みを浮かべながら──内心感じる大きなズレを隠して──聞いている。

 マリアの語る話には、厳しさもありながら、同時に温かさも持った世界を感じさせる。

 日の光が当たる世界。人の血と力を感じさせない世界。ブランドンが生きる世界とはかけ離れた日常。

 ブランドンは彼女のお世話をしているおじ様と呼ばれる男──ビッグダディが創設した犯罪組織「ミレニオン」に所属する殺し屋だ。ブランドンの親友であるハリーと共に組織に入ってから、既に5年が経過している。その事をマリアは知らない。

 元々孤児であり、貧民街で暮らしていたブランドンにとって死は身近にあった。

 商店を構えていた店主は強盗に襲われて殺された。薄汚れた部屋で体を売っていた女は客と揉めて殺された。幼い子供は貧困にあえぎ餓死した。

 共に暮らしていた仲間も、「ミレニオン」に入るきっかけになった事件によって、ブランドンとハリーを除いて殺された。

 組織に入り、殺し屋として活動を始めてからより死は近くなっていった。

 敵対するマフィア、組織の邪魔になる企業の幹部、組織内で出た裏切り者。彼らの命を奪うブランドンにとって、日常は硝煙と血の匂いが付き纏う。

 そんな世界で生きているブランドンには、マリアの話は夢物語を聞いているような錯覚を覚える。あまりにも似ても似つかない世界であり、自分とは無縁だと思わざるを得なかった。

 だが、覚悟したことだった。ハリーを、ビッグダディを、そしてマリアを、大切な者達を守る為に殺し屋になったのだから。例え自分が息絶えることになったとしても守ると誓ったのだ。

 

「ねえ、ブランドンは最近どうなの?」

 

 マリアに話を振られ、ブランドンは我に帰る。少し考えすぎていたのかもしれないと、ブランドンは内省した。

 ブランドンはハリーと共に立ち上げた運送会社に従事している、とマリアに嘘をついている。自分の本当の職業を知られる訳にはいかない。話を合わせようと思案して──。

 

「──殺し屋の仕事は」

 

 ──彼女の口から出た言葉で、その思考は止まった。

 

「え・・・・・・?」

 

 驚きと恐怖が混じる引きつった表情で、ブランドンはマリアを見る。マリアはよく見慣れた微笑を浮かべているだけだった。

 ──何故、知っている?

 どこで知られた。何か素振りを見せてしまったのか。誰かが彼女に教えたのか。それとも調べたのか。

 

「もう・・・・・・何を驚いてるの?」

 

 ブランドンの内心の混乱をよそに彼女は喋り出す。

 

「ブランドンはおじ様や私を守る為に殺し屋をしているんでしょう?」

 

 マリアは言葉を告げる。その声は穏やかで、微笑を浮かべている。だが、ブランドンはひどく追いつめられている気になった。

 マリアを直視できなくてブランドンは下を向く。数瞬の後、再び顔を上げる。

 マリアの姿は消えていた。

 

「マリア・・・・・・?」

 

 辺りを見回す。いない。

 

「マリアっ」

 

 庭を駆ける。いない。

 

「マリアっ!」

 

 叫ぶ。いない。

 庭園を駆け回る。だが、マリアの姿は見当たらず、気配もない。誰もいない。まるでブランドンだけがこの庭に取り残されているようだった。

 どれくらい探し回ったのだろう。息を切らすまで走り回っても、マリアはいなかった。

 ──ふと、視界の右端に人影が写った。

 

「マ──」

 

 安堵し、ブランドンは彼女の名前を呼ぼうとして──言葉が止まった。

 そこで見たのは、胸が血に染まり、唇から血を滴らせ、ブランドンを見つめながら倒れようとしているマリアの姿だった。

 悪夢のような光景に、ブランドンは心胆が凍っていくのを感じる。

 

「あぁ……!」

 

 手を伸ばす。彼女に近づこうとする。しかし、何故か足は一歩も動いてはくれなかった。

 スローモーションのようにゆっくりとした動作で、マリアは膝をつき、うつ伏せになってその身体を倒す。ブランドンはそれを見ていることしかできなかった。

 

「マリアぁぁっ!」

 

 声の限り叫ぶ。そこで視界が暗転した。

 

 

 

 

 

「!」

 

 グレイヴは目を開けた。残された右目だけで周囲を見渡す。

 円形の台座。その上に吊り下げられた機械のアーム。大きな液晶の画面とキーボードが併設された機械。そこは、ペルシカの研究室であり、自身は血液交換用のチェンバーに座っていた。チェンバーの近くにある液晶画面には、血液交換が終わっていることを表示していた。時計を見ると、日をまたぎとっくに朝日が昇っている時刻だった。

 グレイヴは、自分の右目の視界がぼやけてることに気付いた。指で拭うと水滴が肌につく。

 グレイヴは頭に手を当てる。

 ──何故、あんな夢を見たのか。でもあの夢は実際にあった事だ。マリアの死を直接見たわけではないが。マリアは「ミレニオン」のボスになっていたハリーに殺され、その死を教えてくれたのはミカで──。

 グレイヴは首を大きく振った。これ以上考えないように、半ば無意識の行動だった。

 ふと、頭を抱えたまま、チラリと見えたペルシカの背中に目を向ける。

 ペルシカはグレイヴが血液交換作業が終わったことに気付かず、PCの画面を凝視している。チェンバーの位置からではよく聞こえないが、何か喋っているようだった。

 グレイヴは立ち上がり近付く。

 

「M4……あん……!」

 

 ペルシカにしては珍しい、狼狽した声でM4の名前を口にする。なにか良からぬ事態が起こっている事を、グレイヴは察した。

 

「ペルシカ」

 

 突然、名前を呼ばれたペルシカがグレイヴに振り向く。後ろのグレイヴに気付いていなかったのだろう、ひどく驚いた様子だった。

 

「グレイヴ……」

「何があった?」

 

 グレイヴの問いに、ペルシカはすぐ返答しなかった。視線を泳がせ、少しの逡巡の後、ペルシカは口を開いた。

 

「AR小隊が鉄血の占領区画内での任務中に鉄血に捕捉されて・・・・・・現在交戦中みたいなの……」

「なに……?」

 

 グレイヴはここで初めてAR小隊が戦場に出ていた事を知る。そして、ペルシカの研究室に向かう時に、M4が自分を呼んだ事を思い出す。

 今、思い返すと、M4の表情に固さがあったような見えた。あの顔は、これから任務に出向く緊張と恐れだったのではないか、とグレイヴは思った。

 

「どうするつもりだ?」

 

 グレイヴは今後の対応をペルシカに尋ねる。

 

「……グリフィン本部にこれから連絡をするつもり……、ただ救援までどのくらいかかるか……」

 

 グリフィン。現在、鉄血の人形と闘っている民間軍事会社であり、AR小隊もそこに属していることを、M16から、グレイヴは聞いていた。

 

「大丈夫よ。M4達は訓練を積んでいるし、そう簡単にはやられない……持ちこたえてくれるわ……」

 

 ペルシカは楽観論を口にしながら、再びパソコンの画面の方を見る。しかし、声と表情から焦りと不安は拭えていない。不安を誤魔化す為に、自分に言い聞かせているようだ、とグレイヴは思った。

 確かにAR小隊は優秀だ。個々の能力もあるし、仲間との連携も上手く取れている。訓練や模擬戦に付き合っていたグレイヴにもそれはわかっている。

 だが、今彼女達がいるのは敵陣のど真ん中。当然、敵の数も多く、いくら優秀な彼女達でも苦戦は免れない。また、闘いという場は何が起こるかわからない。思わぬ形で、危機的状況が誘発し事態がより深刻になる場合もある事を、グレイヴは知っていた。

 ──ふと、先程夢で見た、血を流しながら倒れるマリアの姿が、グレイヴの脳裏をよぎった。

 ポンと、肩に置かれた何かの感触に驚いたペルシカは振り向く。すると、手を置くグレイヴがそこにいた。

 

「……」

 

 グレイヴに言葉はない。しかし、右目の鋭い眼光が、雄弁に語っていた。

 

「あなたが……?」

 

 グレイヴは頷く。ペルシカは僅かに視線を下に向ける。

 ──恐らく、グリフィンが動くまでに多少のタイムラグがある。それだったら、グレイヴが先行して直接、救援に向かわせるのも一つの手だ。あらゆる戦術人形、ひいては鉄血のハイエンドモデルすら超える性能を持っているかもしれないグレイヴならもしかしたら……。

 だがグレイヴを巻き込んでいいのか。いくら彼が兵器といっても、50年以上前の人間だった彼を、この闘いに参加させていいのか。グリフィンにはどう説明をつければいいのか。

 ペルシカは葛藤し、意を決した。

 

「……お願い」

 

 グレイヴが再び頷いた。

 

 

 

 

 

 グレイヴは自室へと足を運んだ。そして、ソファにかかっていた黒いジャケットを手にとる。背中に十字架を背負った、漆黒のジャケットを羽織り、机に置かれた銃と眼鏡に目を向ける。

 ケルベロス──ライトヘッドとレフトヘッド。死人兵士専用の、グレイヴの相棒ともいうべき二丁の巨銃。

 左側のレンズに十字架の装飾が施された眼鏡をかけ、ケルベロスを持つ。

 意識が研ぎ澄まされていく。グレイヴの意識は既に闘争に備えていた。

 

──守る──

 

 グレイヴは静かに、その覚悟を心に灯した。

 

 

 

 

 

 




捕捉
・ビッグダディ
生前のブランドンが所属していた犯罪組織「ミレニオン」の創設者にしてボス。調和を重んじ、組織と社会が共存する関係を構築しようしていた。人徳を有し、ブランドンと互いに信頼を寄せ合っていた。姓は浅葱で、名は不明である。ブランドンの生き方に影響を与えた人物。
・浅葱マリア
ブランドンと恋仲にあった女性。紆余曲折の後、ビッグダディと結ばれ、ミカを産むことになる。
・浅葱ミカ
ビッグダディとマリアとの間に産まれた娘。ハリーに命を狙われ、そこでグレイヴに保護される。
その後、グレイヴと共に戦い、それを助ける存在へと、強く成長していく。
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