GUNGRAVE -OVER DOLLS-   作:ガロヤ

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タイトルはダジャレです


1-9 墓と冥土

 グレイヴが交戦してきた鉄血の人形兵の印象は、「兵器」という言葉に尽きる。

人の肌に擬装していない白い人工皮膚、機能性を重視したボディスーツ、ゴーグルやヘルメットなど身体の一部として装着された装備、そして、一切の情緒を感じさせない自我のなさ。徹底して戦闘以外のものを削ぎ落とした存在が、鉄血の人形兵だとグレイヴは思っていた。

 それ故に初めて遭遇した、言葉を発し、特殊な出で立ちをした目の前の女にグレイヴは驚いた。

 その肌こそ、他の鉄血人形兵と同様に病的に白い。しかし、この鉄火散る戦場のただ中で、使用人──俗に言うメイドの姿をした漆黒の女は、強烈な異彩と違和感を放っている。

 しかし、グレイヴの直感が告げている──この女は危険だと。

 

「クズ鉄を率いる生ゴミの他に侵入者がいたとは」

 

 メイドから出てきた罵詈雑言に眉を顰めるが、グレイヴが最も関心を引いた言葉は別だった。

 侵入者という言葉が、グレイヴ自身を指しているだろうということは間違いない。他という言葉はAR小隊であると考えるのが妥当だろう。だが、“クズ鉄を率いる生ゴミ”という雑言が気になった。もし、クズ鉄が「AR小隊」を指しているなら──。

 

“AR小隊を指揮している奴がいる?”

 

 この場にいないペルシカ以外の誰か。AR小隊を指揮している人物の存在がいるかもしれないとグレイヴは推測した。

 

「申し遅れました・・・・・・わたくしは鉄血工造のエージェントです」

 

 グレイヴの思考をよそに、メイド──エージェントが自己紹介をする。口調こそ丁寧だが、声から傲慢さと侮蔑の色がにじみ出ている。

 

「それにしても・・・・・・随分と暴れてくれましたね・・・・・・」

 

 エージェントは呟きながらグレイヴに破壊された、鉄血の人形兵の残骸が散らばる地上を見渡す。その眼光は鋭く、冷たい。そして、グレイヴに視線を合わしたエージェントの瞳が妖しく光る。

 

「・・・・・・はっ?」

 

 間の抜けた声を上げるエージェント。そして──。

 

「──ふふふ・・・・・・ははは・・・・・・ハッハッハッハッ!」

 

 笑い出した。エージェントの豹変に、グレイヴは警戒を強める。

 

「まさか反応を偽装して、死体に化けるなんて・・・・・・そんな方法を行うなんて──ふふっ・・・・・・」

 

 笑いをこらえ切れてないエージェントが言葉を紡ぐ。

 

「くく・・・・・・このような浅知恵を使うのもそうですが、それに騙される我々もどうかしていて──」

 

 エージェントの言葉が止まる。頭を下に向け、顔を覆い隠すように出した両手の指を広げる。表情は見えないが、それと同時にエージェントの纏う空気が冷え切っていくのをグレイヴは感じた。

 

「──屈辱ですわ」

 

 言葉と共に見せたエージェントの瞳はより鋭利に、顔には怒りの表情を見せる。

 

「あなたは何者ですか?グリフィンのクズ人形の救援でしょうが、あなたのような人形は見たこと──」

 

 轟音。エージェントの質問の答えの代わりにグレイヴが出したのは、ケルベロスの弾丸だった。

 しかし、その弾丸はエージェントには命中(あた)らず、かわしたエージェントは地上へと降り立つ。

 

「無粋ですわね」

 

 エージェントはスカートの裾を両手の指でつまみ、引っ張り上げる。足元近くまである長いスカートの裾を上げ、しなやかな脚と共に出てきたのは、両腿についた機械のサブアームと、それに取り付けられた四門の砲だった。左右の脚に二門ずつあるその砲をグレイヴに向ける。グレイヴも両腕をクロスさせ、ケルベロスを構える。

 

 

「グリフィンの人形たちより先にバラバラにして差し上げましょう、死体野郎!」

 

 エージェントの宣言と共に、二人の闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 グレイヴがケルベロスの引き金を引くより速く、エージェントの四門の砲が火を吹いた。

 グレイヴはとっさに横に飛び込み、エージェントの攻撃をかわす。受け身をとり、空中で身体を回転させる。両腕の鎖で吊るした棺桶も遠心力でぐるりと回り、その勢いでグレイヴは素早く立ち上がる。

 立ち上がったグレイヴはケルベロスで攻撃する。エージェントはその攻撃をサイドステップでひらりとかわすと、再び砲の掃射を開始した。

 グレイヴはエージェントの周囲を駆け、弾幕をかいくぐる。

 

「逃げてばかりですか!」

 

 エージェントはグレイヴを挑発する。

 不意にグレイヴはエージェントの方を向くと、両脚に力を貯めるように姿勢を低くした。瞬間──グレイヴはエージェントに向かって、文字通り()んだ。

 

「なっ!?」

 

 一気に間合いを詰められたエージェントは瞠目する。

 エージェントの至近距離にきたグレイヴは、身体を独楽のように回転させ、吊るしたデス・ホーラーで薙ぎ払いを行う。

 デス・ホーラーの超重量がエージェントに迫る。とっさにエージェントはその場で垂直に跳び、膝を折り畳む。間一髪のところで、エージェントの脚の下にデス・ホーラーが横切った。

 必殺の一撃をかわされたグレイヴは右目を大きく開ける。

 エージェントは空中で、四門の砲をグレイヴに向ける。エージェントの顔は笑みで歪んでいた。

 発射された光弾はグレイヴの胸を貫き、そこから鮮血が吹き出る。エージェントの衣服がその返り血で濡れた。

 空中で射撃したエージェントは、反動で後ろに飛んでいく。その最中、仕留めた確信を持って、エージェントは──胸を血で濡らし、銃を構えようとするグレイヴの姿を見た。

 

“馬鹿なっ!?”

 

 再び驚くエージェント。それと同時に、空中にいる自身の状況のまずさを認識する。

 反撃をさせない為、エージェントの四門のプラズマ砲がグレイヴを攻撃する。

 エージェントのプラズマ砲の連射がグレイヴに被弾し、被弾した箇所から血煙が噴き上がる。被弾の衝撃でその身を震わせながらも、グレイヴの動きは止まらない。そして、空中にいるエージェントに照準が定められた。

 放たれるライトヘッドの弾丸。エージェントは素体の全力をもって回避行動をとる。そして、弾丸はエージェントの左腹部を薙いだ。

 ライトヘッドの発射前に、エージェントが銃口の向きから計算した弾道予測、そして、グレイヴがエージェントの攻撃を喰らいながら射撃したことによって照準がブレ、かろうじて直撃を避ける。

 しかし、掠れてなお、ライトヘッドの弾丸はエージェントの左腹部の電子筋肉を削ぎ、体内の機械部品を弾け飛ばす。衝撃でエージェントの身体はなすすべなく、地面へと落ちた。

 地面に落ちたエージェントは素早く立ち上がり、グレイヴの方を睨む。

 グレイヴはとどめを刺さんと、ケルベロスによる連射攻撃をエージェントに見舞う。

 回避が間に合わないと判断したエージェントは、自身の演算能力の限界を以って、前方にシールドを展開した。

 ケルベロスの弾丸がエージェントの前に出来た不可視の壁に阻まれる。グレイヴは僅かに右目を見開くが驚きは薄かった。

 

“エージェントと、それを守る見えない壁ごと破壊する”

 

 あまりに単純明快な理屈だが、グレイヴにはそれが出来るだけの自信を持っていた。

 グレイヴはケルベロスを連射する。エージェントを守るシールドはその連射の猛攻を防ぐが、それを展開するエージェントは歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべていた。

 無理な速度で展開したシールド。更にはケルベロスの異常な火力がシールドを削り、シールドを展開し続けるエージェントの頭脳に高負荷が加わる。

 回路が焼き切れそうな高負荷に耐えるエージェントは、それでもその瞳に憤怒の炎を燃やし、グレイヴを睨む。

 突如現れた得体のしれない男に、自身が追い詰められている。気位が高く、自身が世話する主人以外を見下す傾向があるエージェントにとって、それはとてつもない恥辱に他ならなかった。

 

「……調子に──」

 

 シールドを展開しながら、エージェントは四門の砲にエネルギーを充填させる。バチバチと砲身が帯電し、エネルギーの高まりを感じたグレイヴは危険を察知し、攻撃を停止した。

 

「──乗らないでくださいませ!」

 

 炸裂する四門の砲によるプラズマ榴弾。グレイヴはとっさに横に飛び込む。着弾した地面は大きな爆発を起こし、轟音と噴煙が舞い上がった。爆発に巻き込まれ、グレイヴはゴロゴロと地面を転がる。 

 エージェントはシールドの展開を解除し、過負荷からくる頭痛を抑えるように、手を頭に当てる。

 噴煙が舞い視界が悪い為、グレイヴを視認できず、反応を感知できない。しかし、エージェントが見た限りでは、直撃を避けたようだった。爆発の余波により多少のダメージは与えただろうが、この程度では死んでいないことは容易に推測できる。

 自身の姿を見失っていると判断したエージェントは一旦、この場を退いた。

 

 

 

 

 

 噴煙が晴れていく中で、グレイヴはエージェントの気配が遠ざかるのを感じ、ゆっくりと立ち上がった。

 グレイヴの身体は泥と自身の出血で汚れ、爆発の余波を喰らい、焦げていやな臭いを漂わせる。だが死人兵士の修復機能により、傷や火傷は最初からなかったかのように消えていた。

 グレイヴは周囲を警戒しながら、応戦したエージェントについて考える。

 今まで遭遇してきたどの鉄血の人形兵よりも高い身体能力と反応速度を有する上、機銃と榴弾砲の性能を併せ持ち、死人兵士の強固な肉体をも貫く武装は非常に強力だ。

 なんとしてでもAR小隊と合流する前に、あのエージェントは倒さなければならない。決意を新たに、グレイヴはエージェントの後を追った。

 

 

 

 

 陽が沈みはじめ、薄暗くなっていく屋内に、エージェントはいた。

 撃たれた左腹部は、体内の機械部品こそ大きく露出しているが、人工血液の作用で高速で凝固され、出血は止まっている。

 だがシールドの展開、更にプラズマ榴弾の同時使用は、エージェントの頭脳に大量の負荷情報を発生させた。その負荷情報を取り除く為、エージェントはキャッシュのクリアに追われていた。

 キャッシュのクリアを行いながら、エージェントは先程戦った男に思考を巡らす。

 最初こそ、男はグリフィンの新しい戦術人形だと思っていたが、自身のプラズマ砲に耐えられる耐久力、そして損傷の修復の速さは、明らかに人形の能力を逸脱している。そしてあの二挺の拳銃──形状や特徴こそ、グリフィンの人形が使用する銃器(クズ鉄)に近いが、銃器のデータに該当するものがなく、あの巨大さは異常というほかない。その火力も自分たち(鉄血)が使用している武装に匹敵している。更には、鎖で吊るしてある棺桶の武装の意味不明さも不気味だった。そして、その超重量の武装を操る男の身体能力。

 強い、ということはわかるが、解せないこともある。

 あれだけの戦闘能力を有しておいて、死体に偽装する姑息な手段をなぜとっていたのか、エージェントには意味が分からなかった。それがおかしく感じ──別の疑問に、エージェントは気づいた。

 エージェントも含め、人形の索敵システムには生体センサーも含まれている。生物の生体反応を感知するこの生体センサーは、遮蔽物や物陰などに隠れた人間を探知するのによく用いられる。姿は見えなくても、生体反応を誤魔化すことができないからだ。必然、死んだ生物には反応がなく、探知できない。

 あの男は死体の偽装信号を発し、鉄血の人形兵の索敵システムを誤魔化していたとばかり思っていたが、それなら噴煙が舞い視界の悪い状況でも、その偽装信号を感知できたはずである。それが感知できなかったのならば──。

 

“本物の死体だというの……あの男は”

 

 荒唐無稽な結論を出し、エージェントは頭を振る。馬鹿馬鹿しい、とエージェントは思い、男の正体を考えるのを止めた。

 ──あの男は鉄血(我々)に敵対し、自身の主人にとって脅威となることは間違いない。あらゆる手段を用いて、あの男は殺さなければならない。

 グレイヴと同じように、エージェントは男の抹殺を改めて決意した。

 

 

 

 

 

 グレイヴはエージェントの足跡を追って、廃墟と化した教会の扉の前に佇む。

 ケルベロスの動作を確認し終えたグレイヴは、扉を蹴破る。

 教会の内部に入ったグレイヴは辺りを警戒し、エージェントの気配を探る。

 姿は確認できないが、エージェントの殺気が混じる気配は感じ取ったグレイヴは、その方向へライトヘッドの銃口を向け──突如、背後から感じた殺気から逃れる為に、横に飛んだ。

 先程までグレイヴが立っていた床が、轟音と共に噴煙を舞い上げる。

 即座に立ち上がったグレイヴは、殺気を感じた方を見て、その右目を見開いた。

 

「遠慮はしませんわ……」

 

 グレイヴが見たのは、グレイヴによって左腹部を損傷させたエージェントと、無傷のエージェント──二人のメイドが並び立つ姿だった。

 

「今度こそくたばれ、死体野郎」




補足

・エージェントのプラズマ榴弾
捏造。エージェントの武装ってチャージショットとかもできそうだな、と思って撃たせた。

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