――執務室
この基地の指揮官であるミラと後方幕僚のカリーナは、事務作業をしながら、会話している。話題はグレイヴとクルーガーとの会談についてだ。
「この基地に社長が来るなんて……グレイヴさんってそんなVIPな人なんですかね~?」
「そうかもね……」
カリーナの話をミラは、自らの右手をじっと眺めながら生返事で返す。なにか考え事をしているだろうとカリーナは察した。
「どうしたんですか、指揮官様?」
「……ねえ、カリーナ。グレイヴさんってどんな感じの人だった?」
「えっ?うーん、そうですね……」
質問されたカリーナは、グレイヴの初対面を思い返す。
「第一印象は無口でおっかなそうでしたけど……声の感じとか、スコーピオンさんやペーペーシャを心配していたので、誠実で優しい人かもしれないって思いましたね」
「……」
「でも左目の傷跡とかS09地区内で逃げてきたところからして、絶対カタギの人じゃないですよ……」
「そうね……今回の作戦も色々、不可解なことが多かったわね」
そう言って、ミラは天井を見上げる。ギギッと、ミラが座る椅子の背もたれから音が鳴る。
「16LABの主席研究員であるペルシカさんからの依頼。しかも、救助対象はペルシカさんが指揮し、何らかの任務を遂行していたAR小隊の人形ではなく、ペルシカさんの客人ということ以外、素性がわからない男。グレイヴっていう名前も明らかに偽名っぽいし、怪しさしかないわね」
「そうですね」
「それにさっき握手した時、驚いたわ。すごく冷たくて固かった……体温なんてまるでなかった」
「実は人形とかですか?」
「それはないと思う……むしろ幽霊かな」
「幽霊?」
「あの人、なんだか生気がないというか……存在感が希薄というか……」
「ええ~。指揮官様って自称、霊感持ちですか?」
「書類、増やしましょうか?カリーナ」
「ごめんなさい、今夜は寝たいです」
青ざめたカリーナを尻目に、ミラはまた自らの右手を見る。握手した時に触れたグレイヴの右手。
──気のせいだろうか。その右手から死臭が漂った気がしたのは……。
――基地・倉庫
グレイヴとペルシカは、ミラがあてがった倉庫でクルーガーを待っていた。この倉庫は未使用であり、人気もほとんどない為、密会場所としてちょうど良かった。
しばらくして、ヘリのローター音が倉庫の壁越しから聞こえ、更にしばらくして、こちらに近づく車のエンジン音が聞こえてきた。どうやら件の人が来たらしい、とグレイヴとペルシカは察する。
車が近くで停止し、数分ののち、倉庫のドアが開く。入ってきたのは、眼鏡をかけた黒髪の女性と、その後ろに続く髭をたくわえ、右の頬に傷痕がある屈強な男性だった。
「久しぶりね、クルーガー。ヘリアン」
「すまない、待たせたようだ」
挨拶はそこそこにして、男はグレイヴの正面に対面し、その後ろに女が控える。
(退役軍人か……)
男の風貌と鋭い気配から、グレイヴは男の前職を察する。男もまた、グレイヴを観察していた。
「グリフィンの最高責任者、クルーガーだ」
「上級代行官のヘリアントスです」
男と女──クルーガーとヘリアンがそれぞれ自己紹介する。
「グレイヴだ……救助の件、感謝しています」
「構わない。なんといってもペルシカから要請だ……貴様についても、色々と聞いている」
「……」
「ビヨンド・ザ・グレイヴ――200X年に活躍した、ネクロライズと呼ばれる謎の技術によって、人間の死体から造られた死人兵士……にわかには信じられん話だ」
グレイヴはペルシカを睨む。ペルシカは居心地が悪くする。
「しょうがないじゃない……あなたについての情報を教えない訳にはいかなかった。グリフィンの部隊を動かしてもらうのはそうするしかなかったの」
「あまりペルシカを悪く思わないでくれ。こちらから貴様のことを聞いたのだ──貴様の素性については機密事項にしている。知っているのはここにいる我々と、AR小隊だけだ」
グレイヴはため息をつく。知られてしまった以上、あとの祭りだ。
「AR小隊との模擬戦記録と作戦記録、うちの所属人形であるスコーピオンとペーペーシャの作戦記録は閲覧した……凄まじい戦闘能力を持っているようだな……
「──要件は?」
クルーガーの言葉を遮って、グレイヴは本題に入るよう促す。ヘリアンは、口を挟んだグレイヴを睨むが、クルーガーは気にした様子はなかった。
「そうだな。単刀直入に言おう──グリフィンに入らないか?無論、戦闘員として」
グリフィンへの勧誘。クルーガーの言葉に、ヘリアンは表情を曇らせる。やっぱりか、と思いつつ、ペルシカは成り行きを見守る。
「事情は知っているだろう・・我々は現在、暴走した鉄血と戦っている……」
「……」
「鉄血は非常に強力で、数も多い。現に我々は押され、いくつもの基地と多数の社員を失っている」
グレイヴはS09地区を彷徨っている時の、廃墟と化した基地を思い出す。
「その中で、貴様の死人兵士としての戦力は非常に魅力的だ……放ってはおけない」
「……」
「無論、見返りは用意する──貴様の肉体を維持する為の人工血液の補給設備の用意、制御システムの復元。そして、浅葱ミカの所在の調査――」
「前二つは私の担当だけどね」
ペルシカが不機嫌そうに口を挟む。
「すぐに返事しろとは言わん。このまま、16LABへ戻って──」
「……」
グレイヴは無言で頷く。それが肯定を意味することは、疑いようがなく、グレイヴ以外の三人が驚く。その中のクルーガーは眉を動かす。
「……こちらとしては喜ばしいが、少し早すぎる返事だ。──理由を聞いてもいいか?」
「……」
グレイヴは脳裏にAR小隊の面々、そしてスコーピオンとペーペーシャが浮かぶ。特にAR小隊の面々に、グレイヴは助けられ、関わってきた。そんな
──だから。
「……守る」
「なに?」
「守る為だ」
──守る。それこそがミレニオン。俺の生き方だ。
会談は終了し、グレイヴだけが外へ出る。三人は話があると言って倉庫に残っていた。
「AR小隊の作戦記録と今回の対面でなんとなくだが察したよ──元々は殺しを生業にしていた男だろう。恐らく、非合法の……」
「そうなの?死人兵士の能力とかじゃなくて?」
「身体能力はそうだが、戦闘技術についてはそうではない。相当な訓練と経験が積まれているのを感じた……最も、射撃や動きが独特すぎる。軍隊出身ならあそこまで我流にはならん」
「クルーガーさん、よろしいでしょうか?」
クルーガーの言葉に、ヘリアンが口を開いた。
「私はあの男をグリフィンに入れるのは反対です」
「……」
「あの男は危険です。詳細不明の兵器なうえ、恐らくですがIFF
「無駄だ、ヘリアン。あの男にそんな脅しは通用しない」
「それは私も同感。今回のAR小隊を逃がした時に残ったのがいい例よ」
クルーガーの否定に、ペルシカも同意する。
「まだひと月くらいの付き合いだけど……グレイヴは直情的な人よ──自分が決めた事は絶対にやり通そうとする強さがある。自分で自分を縛るタイプなのよ、彼」
「なら、なお危険です。彼は我々の指示を無視して独断で行動するかもしれません。もし敵対するようなことになれば……」
「その危険性は理解できる。しかし、ヘリアン。今の我々の現状は非常に厳しい。その現状を打破できるのなら奴の力は必要だ。たとえ劇薬であっても……」
「クルーガーさん……」
言いよどむヘリアンの横で、ペルシカは下を向いて俯く。その表情は少しばかり暗い。その変化に気付いたクルーガーは彼女に聞いた。
「どうした、ペルシカ?何か懸念でもあるか?」
質問されたペルシカは顔を上げ、数秒経って口を開いた。
「懸念……そうね。心配ではあるわ」
「あの男が?奴の力は君が一番知っていると思ったが――」
「戦闘能力については何も心配なんてしていないわ……危ういのよ」
ペルシカは、グレイヴが出て行った扉を見つめる。
「目を離すとどこかに消えてしまいそうで……何かきっかけがあれば、すぐに死んでしまいそうな……そんな危うさが」
倉庫から出たグレイヴはグリフィンの基地内を歩く。太陽は沈みかけ、辺りを赤く照らす。グレイヴを出てきたのを確認したM4たち、AR小隊が彼に駆け寄る。
「お疲れ様です、グレイヴさん。話は終わりましたか?」
「……」
「なに話してたの?」
「馬鹿。そんなの私たちが聞ける内容じゃないわよ」
SOPⅡの疑問に、AR-15が突っ込む。それに苦笑いを浮かべつつ、グレイヴが答えた。
「グリフィンに入ることになった」
「「「「えっ」」」」
四人がハモる。驚きで固まる四人だが、最初に復帰したSOPⅡが表情を輝かせる。
「じゃあ……グレイヴも一緒に戦ってくれるの?」
グレイヴは頷く。
「や、やったー!」
SOPⅡは喜びのあまり、グレイヴに抱き着く。
「これからよろしくね!グレイヴ!これからも色々遊んでよ!」
SOPⅡはグレイヴに抱き着きながら、グレイヴの顔を見上げる。グレイヴもまた彼女の頭を撫でる。
「グレイヴさん」
M4が前に出る。不安げにグレイヴを見つめる。
「本当に……いいんですか?」
M4はグレイヴの強さを身をもって知っている。しかし、S09地区での撤退の際に、殿を務めたグレイヴに感じた得体のしれない恐怖。その恐怖が彼女を不安にさせた。
「……」
グレイヴは頷く。その目は強く、まっすぐにM4を見つめる。
――グレイヴとてこれからどうなってしまうのかわからない。しかし、ここで目覚め、
――鉄血・中枢
「グレイヴ?」
「そうよ。エクスキューショナーの作戦記録から知ったあの死体男の名前よ」
「グレイヴ……」
「エージェント。顔が怖いわ。まずは落ち着いて」
「……ええ、わかっています。あの男の対策も立てなければなりませんです。ご主人様のためにも」
「本当はあなたが殺したいじゃない、エージェント?こっぴどくやられてしまったんでしょう?」
「口を慎め、ドリーマー。今はやるべき仕事がたくさん残っています。……わたくしの私情を挟む余地はありませんわ」
「はいはい。AR小隊が回収した第3セーフハウスのデータの発見もしなくちゃならないし、仕事は山積みね。嫌になるわ」
チャプター1終わり。もっと早く書けるようになりたい。