友達と仲直りしました。
が、続きはありません。
第一章終了。
「久方ぶりじゃな、ツアー」
「……む」
アーグランド評議国、とある場所にて……腰に立派な剣を携えた髪は白一色の老婆と、月の光で輝く白銀のドラゴンが向かい合っていた。
「挨拶も忘れてしまったのか?」
「いや……すまないねリグリット。友との再会につい感動してしまってね」
「友、ね」
老婆はそう苦笑した後、脇に飾るように鎮座している白銀の全身鎧に視線を向け、皮肉たっぷりに「ワシの友人は中身がからっぽの鎧野郎だったのだがのう」と笑う。
「……それに関しては、200年前から謝っているじゃないか。この身体じゃ、君達と共に冒険なんてできなかっただろ?」
そう返すと、本気で言っている訳ではないと言いたげに肩をすくめる、リグリットと呼ばれた老婆。
「君は今、冒険者をしているんだっけ?」
「今は引退しているよ……インベルンの嬢ちゃんを私の後釜にしてね。アイツ、「二度と冒険者なんて嫌だ」なんて言うから、「自分達に負けたら入団して貰う」と条件付けて、ボコッてやったわ! ハッハッハ!!」
「……その時、
「ああ、もちろんさ。アイツ、ボコボコの身体なのに「なんでそれを早く言わない!!」ってブチギレてたっけ」
「(言わなかったんじゃないか……)」
「フフ……懐かしいねえ。あの時は流石のアタシも……いや、やめとこう。思い出話がしたくて呼んだんじゃないんだろ?」
「ああ。昔話に花を咲かせたいのは山々なんだが……どうやらまた
世界を穢す力……そう言われ、リグリットの顔にも緊張が走る。
「……今回のは世界に味方してくれる奴じゃなかったという事かい」
リグリットの視線の先……件の「からっぽの鎧野郎」の肩の部分に、どんな威力で穿ったらそうなるのか、無惨にも大きな孔が開けられている。
この事から、ツアーはこの鎧を通して既に“彼ら”のうちの一人と接触を試みて……
「ああ。今回のは本質的には悪だと思うね」
「……難儀な」
「そこで、冒険者を引退した君には悪いんだけど、一つ、いや二つお願いしても良いかな」
「なんじゃね?」
「ギルド武器に匹敵するアイテムの情報を集めて欲しいんだ。もしくはユグドラシルの特別なアイテムの情報をね」
ギルド武器……それはギルドの象徴たる存在であり、各ギルドに一つしか所持できない代わりに、かなり巨大なデータまで搭載することができる、比類なき武器になりえる武器……しかし、これを破壊された場合はギルド崩壊を意味するという諸刃の剣でもあるものだ。
これに匹敵する物があるとすれば……とそこまで考え、リグリットはお願いは二つだったと思い直して思考を中断する。
「で、もう一つは?」
「……
「……ハッ、幸運だったねツアー。そっちはもう掴めてるよ」
「本当かい?」
「ああ。今、王国で若い女の冒険者で、たった一人でアダマンタイト級冒険者に上り詰めた者が居る。名をアトリアというらしい」
「フム……なら折を見て僕から会いに行ってみようかな。“かつての約束を果たしにやってきた、お前の仲間だよ”とね」
「そりゃいい……まあ、
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時は遡る。
かつて、アトリアが生まれるよりも数年前の話。
リグリットは王国のとある噂を聞きつけて、その真偽を確かめるべく王都へと訪れていた。
その噂の内容は、ざっくり言えば『何者かが王国の貴族を狙って次々と暗殺して行っており、その貴族が行っていた悪行の証拠品が死体と同時に上がってくる』という物。
これにより王国は悪徳な貴族という名の膿が吐き出され、より良い国になる……かのように思えたが、この貴族達が次々と居なくなるという事態は王国にとって致命的とも言える弱点を作ってしまう事にも繋がる。
それは一重に、
そしてその戦力とは主に、毎年のように行われるバハルス帝国との戦争に置いて、攻めず、攻められず、攻め切れず、攻め切られずの関係を維持できている現状を崩壊させないために必要な防衛力。
いくら彼らでも自身の領は金銭的な意味でも地位的な意味でも大事な領地である。
それを護る為ならば必要最低限の仕事はしてくれる。
いや、必要最低限の仕事をしているという恰好はしてくれる。
その恰好だけのお飾りでも、王国にとっては必要な事だった。
故に、王は貴族派閥……自身の意にそぐわない人物達があれこれと好き勝手にしていても、それでも今の王国には必要な力だからという理由で見てみぬフリをした。
それが結果的に王国を崩壊へと……いや、これに関しては抗いようのなかった運命であったかもしれないが……。
さて、ここまでの現状を踏まえて、王国で貴族達を次々に暗殺している者が居る、というのがどれほど重大な事件かというのが理解出来るハズである。
リグリットの目的である噂の真偽を確かめる、その真の目的はこの者との接触、及び、何のためにこんな事をするのか、それは善意か、悪意か。
そして調査の末、リグリットは
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意外にも、その人物が居た場所は普通の酒場であった。
他の冒険者と同じように、料理をつまみ、酒を呷り、陽気な雰囲気にその身を任せて馬鹿をしている……どこからどうみても、普通の青年であった。
リグリットは最初、その人物が情報通りの人物であるか疑問を抱いた。
何故なら、リグリットにとってのその人物の印象、そして
「ちょいといいかね」
「うん?」
しかし、確かめない事には話は始まらない。
リグリットはひとまずその人物に話しかける事に決めた。
話しかけて……その後、抱いていた違和感が膨れ上がる。
「……
「……!」
青年はリグリットを見て開口一番そう聞いた。
青年にとってリグリットは初対面の人であり……またリグリットにとってもそうであるハズだったが、リグリットはその頭を驚愕と疑問で染められていた。
「……勇者の魂、流転する者、引き継ぐ者……フィテオルシラ……これらの名に、聞き覚えはあるかね?」
「ああ? ……んだよ、藪から棒に……でもまあ、そのなんちゃらの者ってのは多分俺の事だぜ? フィテオルシラってのは
「……! お前、記憶が!?」
「うわっ!? な、なんだよ……!?」
思わず、リグリットはその青年の肩を掴み、顔を覗き込む。
しかし、その青年が嘘をついているようには見えない。
そして、演技をしているようにも見えなかったし、そうする理由が無いとすぐに理解出来た。
リグリットにとって、フィテオルシラは仲間であった。
そして、フィテオルシラは、とある特別な魂の持ち主でもあり、それを引き継いだ者は何であれ、その前任者の持つ力を受け継ぎ、新たなる勇者としてこの世に降誕する、それがリグリットの知る全てであり、かつての
その
彼女は、フィテオルシラが死亡時に魂を受け継ぎ、その上で記憶や力を受け継いでこの世界に降誕していた。
だから勘違いしていたのだ。
だが、それは間違いだった。
気付けばリグリットは青年をほったらかしにして、貴族を暗殺して回っているという噂の真偽を確かめることも忘れて、ぼうっと空になった器を見つめていた。
彼女は記憶を受け継いで生まれたのは、前任者であるフィテオルシラが特別だったからだろうか。
それとも彼女の方が特別だったのだろうか。
あるいは、記憶を受け継ぐことの無かった彼が特別だったのだろうか。
なんにせよ、今この時代、この世界にはもう、仲間だった彼女は、
また一人、仲間が去って行ってしまった。
去る事は無いだろうと思っていた仲間だったからか、思いの外大きなショックを受けたのもあって、暫くはそうしていた。何もしたくなかった。
それからどれくらい経ったか。
何度か日をまたいで、何もしない日々が続いた、そんな時。
「よお」
酒場に居たリグリットの前に、つい先日話しかけた青年がいた。
彼女の後任者であり、魂を受け継ぎ……しかしその記憶は受け継ぐことの無かった青年。
リグリットは酒場で彼に話しかけた後、彼に記憶が無いと知って愕然としていたリグリットは「人違いだったよ、すまなかったね」と言って、逃げるようにその場を後にした。
「……ああ、この前はすまなかったね。こっちの勘違いだったんだ」
「あ、そう? ま、そうならいいんだけどよ……俺の勘違いじゃなきゃ、アンタ、俺の前の、魂? の……あ~、なんだっけ、前の俺とでも言ったらいいか? その知り合いだったりしたんじゃねえかってな」
「さあねえ」
「もしそうなら、分かるかと思ったんだがな……たまに見る夢について」
「……夢?」
「おう。誰かと……冒険してる夢? っつーのかな……俺はそこで……とある歌を歌うんだ。だけど、い~いとこでいつも目覚めちまう……確か……こうだ」
そう言うと、青年は目を瞑りながら、指先で机をリズムよく叩いて、
「……え~っと……」
そして、青年は途中で、表情を歪める。
これ以上思い出せない、しかし、思い出そうとして……。
「その歌……は……その歌の続きは、こうさ」
気付けばリグリットはその歌の続きを歌っていた。
歌と言っても……この世界における歌は、実はあまり普及していなかったりする。
と言うのも、この世界の言語は、理屈は一切不明だが、基本的に自動で翻訳され、口の動きと聞こえる音が全く合っていないのだ。
中でも歌は翻訳現象が曖昧であり、歌唱技術で未熟な者が歌ったり、聴者に歌詞を理解出来る教養や感性が無い場合、片言の訳のわからない歌に聞こえる、歌ってしまう、となってしまう。
その点を改善する為に、
歌詞が無い、音程やリズムだけの歌ならば、教養や感性は関係無く、ある程度の歌唱力があればだれでも再現が可能なのではないか、と彼女は考えたのだ。
元は彼女が「夜が静かすぎて怖い」という愛らしい理由で考案した物だったが、その『歌詞の無い歌』は、彼らに確かな活力を、心に潤いを与えていた。
気付けば酒場の全ての人が手を止めて二人の歌に耳を傾け、中には一緒に歌いだしたり、踊り始める者が現れ始め、歌が終わると、拍手が二人を包み、二人は笑顔でそれに応えたのだった。
それから、二人はかつての冒険の話を肴に酒を酌み交わした。
あんなことがあった、あの時はああだった、この時はあいつが……。
フィテオルシラ、という大妖精の出会いと、そして最期、その後を継いだ彼女の事も。
「なあ、聞いても良いかい」
「ん?」
「王国で……貴族を次々と暗殺している者が居るって話は聞いた事あるだろう?」
聞かない方がいいんじゃないのか、とリグリットは考えたが、しかし、かつての仲間の生まれ変わりが、そんな大罪に手を染めるというのは、記憶も共有していない、殆ど別人だとはいえ聞いていて気分のいい話ではなかった。
「ああ……物騒な話だあな。ま、死んだのが死んでも仕方ない、むしろ
「……アンタが、犯人なんじゃないのかい?」
すっとぼけた様子でのたまう青年にそう問うと一瞬真顔になり、ガシガシと頭を掻いてそっぽを向き……再び顔を向き直したころには、先ほどまでの好青年としての彼ではなく……暗殺者としての彼がそこに立っていた。
「誰にそれを聞いた?」
「……! 否定しないのかい」
「したら信じてくれるってのか? その様子じゃ、俺が冒険者として活動する際に
図星であった。リグリットは、青年の主な武器がレイピアに似た、釘のような細剣である事を掴んでいた。そしてそんな特徴的な武器で戦っているのは、暗殺者として活動しやすくするためなのではないかと睨んでいたのだ。
理由としては、そうすれば他のあらゆる殺害方法は彼に結び付きづらくなる。
毒殺も、撲殺も、斬殺も、絞殺も。
それはルーヴィンの特徴的な戦い方と合致しないから。
ルーヴィンには
理性として、そして冒険者としてのリグリットは、彼が
「はあ。だから人は信用できない。やはり俺が最初から一人で……ブツブツ……で、どうする? 俺を捕まえるか?」
「その前に、どうしてこんなことをするのか聞いてもいいかい?」
「それこそ言った所で意味があるとは思えないが……まあ、一言で言えば……俺がそれはそれは貧しい村の出身で、貧しかった原因を追って行ったらとあるカスに辿り着き……そしてそのカスだけで話が終わらなかったから、終わるかもしれないその時まで追うだけ追ってみようと思った、ってのが事の発端かな」
「発端?」
「ああ。今は別にもう過去どうだった、とかはどうでもいいんだ。復讐というなら一人目でもう済んだ。だから今俺が貴族を名乗る臭ぇ豚共の
そう言う彼の目には、悍ましい程の執念と……狂気が渦巻いていた。
「……あれでも奴らは王国にとって必要な戦力じゃ。無くなってはこの国が崩壊するぞ?」
「なら、崩壊すれば良い」
「なんだって……!?」
「この国が崩壊したとして、だ。その後はどうなると思う? 妥当な線で行くと……帝国に吸収されるってのがオチじゃねえかと思うんだが、どうよ?」
王国は、今現在バハルス帝国と戦争中である他に、スレイン法国からも狙われているという認識でいたリグリットにとって、彼の予想はそう外れていないように思える。
実際に、何度も何度も行っている戦争、その均衡が崩れ、王国が敗北したら……王国は帝国に吸収され、その土地や資源、そして人民達は帝国のものとなるだろうと青年は予想していた。
「そうすればもう無能な王にも、クズ以下の貴族共にも、この豊かな土地とそこに住む罪なき人々は搾取されずに済む。このままこの状況がずっと続くよりかは……最終的に死んでもらった方がまだマシになるとは思わないか?」
リグリットはその言葉に反論しようとして、しかし、咄嗟に否定できなかった。
リグリットとしても、この国の貴族共のその悪辣さには辟易し切っていたのだ。
「だからって、殺すのは……!」
「やり過ぎだって……? ならアイツらは何故!! 何でアイツらだけが許される!? アイツらだけは殺しても奪っても犯しても、やりたい放題許され放題だ!!」
むしろ、後々の事を考えれば貴族共の所持している富をも奪っておきたいところだが、遺された人の為に全て残しておいてやってるだけ温情だろ、と青年は吐き捨てた。
余程強い、強い執念と恨み、怨恨が彼を突き動かしていたのだ。
「……分かった、分かったよ……私は、今日……いや、初めから、アンタには会わなかった、そういう事にしておこう」
「……いいのか? 俺を見逃しても」
「見逃さなきゃ殺すつもりだろう」
「前任者の仲間にそんな酷い事するわけ無いだろ?」
「どうだか……」
口ではそういっている青年だが……リグリットがもし臨戦態勢に入っていたら、躊躇なく刃を抜くつもりだっただろう、そう感じて余りある殺意が、彼の全身から噴き出るようなオーラとなってリグリットを襲っていた。
この至近距離。もし戦ったなら、魔法を唱える間に十数回殺されるだろう。
そうリグリットは判断し、撤退を優先したのだ。
「ではな。……きっともう会う事は無いじゃろう」
「それは残念だ。……歌、ありがとう」
「ふん……こちらも、懐かしい歌をありがとう、ルーヴィンよ」
そう言って、二人は離別した。
リグリットが最後に見た、その青年……暗殺者ルーヴィンの姿であった。
「(畜生……演技の鬼才で“ルーヴィン”を演じ切ってたせいで要らん誤解を生んだ挙句、仲間と喧嘩別れする羽目になるとは……なんとか修復できないか頑張ったけど……よくよく考えりゃそうでなくてもやってる事がやってる事だからな~……仕方ないけどさあ……はあ。ま、気を取り直していきますか……)」
要するに、初めから彼はリグリットの事を覚えていたが、演技の鬼才でルーヴィンという青年の演技をしていた関係でリグリットの事は忘れてしまっている、という事になってしまった、ただそれだけの話であった。
これのせいでリグリットとギスギスすんのは嫌だな~と思った彼は、それとなく辻褄が合わせられるように「夢で会ったような?作戦」でリグリットに再会し、良い感じになったものの、やってる事があまりにもブラック過ぎてドン引き、バッドコミュニケーション! リグリットは去って行ってしまった! フラグ消滅!
事の真相なんてそんなもんであり、彼が想像するルーヴィンというキャラクターに「前世までの記憶をしかと覚えている」と書き加えなかった事が全てのガバの始まりだったのだ。
こうして彼は人知れず『演技する時のキャラ設定は熟考に熟考を重ねて慎重に決めよう!』と心に決めた。
= = = = = = = = = = =
「何故もっとキャラ設定を吟味して作らなかったんですか!? 私はいつもそうだ!! 誰もお前を愛さない!!」
そして現在、その青年の後身……アトリアは奇しくもルーヴィンの時と全く同じ理由で荒れに荒れていた。
無論、逃げ込み先のセーフティルームで、である。
心に決めた、とは一体何だったのだろうか。
「なんで気付いたら地雷原タップダンスしてるんですか!? なんでナーベに喧嘩売ってるんですか!? あとこの言葉遣い剥がれなくなってんですけど流石にタレント使い過ぎましたか!? なんなのもうほんとに!! 馬鹿なの!? 馬鹿で~す!! はいはい終わり終わりもう無理です終わりましたお開きです全部」
ここまでノンブレスである。早口で終了宣言してベッドに飛び込むアトリア。
「畜生……人畜無害ムーブしつつ庇護下に入るンフィーレア君とか人柄を気に入ってもらってペットに向ける程度の愛着を抱いてもらう作戦だったのにどうしてこうなった……」
終わってみれば冒険者としてやった事と言えば一緒に依頼を受けたぐらいでそれっぽい生存フラグとかは特に立てられず。
途中不憫な生い立ちアピールをして同情を誘う作戦にも出てみたものの、鎧に隠れている上にそもそも骸骨なので表情なんて分かるハズも無く、手ごたえは感じられなかった。
むしろ原作的な思惑が動いている世界だったらアトリアのような不憫そうなキャラは率先して酷い目に遭わされそうですらあると気付いたのは帰ってきてからである。
だが、この世界の事を素直に聞いてくるあたり、それなりの信用は得たと思われるが……逆に言えばその程度。
アトリアが考える「アインズから見たアトリア」は「旅行先で出会ったちょっと親切な下等生物」ぐらいではないか、と踏んでいる。
ではもし「面倒だし捕まえて色々聞き出して聞き出した後はなんかいい感じに」と判断されてしまった場合は……考えるまでも無い。
「い、嫌だ……洗脳とか孕み袋や生産工場は嫌だ……ここらで挽回しないと最悪全力で逃げるという選択肢を取る事になっちまう……王国がダメになる時にイビルアイに頼んで一緒に連れてってもらおうかな……ってだからそうならないように……」
ブツブツと独り言を呟きながらああでもないこうでもないと思考を巡らせるアトリア。
過度のストレスに晒され、もし【ハゲない】というタレントが無ければ今頃髪は無惨なことに……【鉄の胃袋】が無かったら胃に穴が空いていたに違いない。
だが、一歩でも間違えたら終わってしまってもおかしくない、終わったら死ぬよりひどい目に遭わされるかもしれない、という状況下の中で数日間過ごしていたアトリアとしては限界を迎えつつある。
全部投げ出してどこかへ行きたい。奇しくも、数日前、モモンとして旅を始めて異世界に繰り出すアインズと同じ心境にあった。
「……いや、まず……冷静になろう。そもそも、悪い方向に考えすぎなんじゃないか? アインズは基本、仇にはそれ以上の仇で返す人だ。だが、恩には恩で応えてくれる。情報を与えるきっかけになったアトリアに対して、そう簡単にその恩を仇で返すとは思えない」
アインズはその属性が『極悪』なのにも関わらず『鈴木悟』の残滓が人格と言う形で残っている為、理性としては無闇に人間を殺傷する事、敵対する事は忌避している傾向にある。
また、この残滓の影響か、属性が『極悪』であるにも関わらず、自身が世話になった、恩を感じた、強い信念を持つ者と認めた、利用価値があると判断した等の理由で、極めて穏当な人間味のある対応を取る事も多い。
……しかし逆に、それらに該当しない者に対しては非常に冷淡で、人間を同族として認識していないのも相まって、殺しても虫を潰した程度の感慨しか湧かず、むしろ「必要なら地獄に落ちてもらう」と考えているのがアインズの現状である。
これを踏まえてアトリアのこれまでの言動を振り返ると。
1.冒険者にいちゃもんつけられて囲まれている所を助けた。(+1)
2.一緒に依頼を受けた。(+1)
3.この世界の事についてある程度情報を提供した。(+1)
4.ナーベとじゃれついた……?(±?)
とこんなものである。
「あれ? 言う程悪くないのでは……? ……いやでも逆に言えば
アトリアとしては、それほどまでに致命的なミスはこれといって犯していないように思っている。意図していないところで知らない地雷を踏んづけている可能性はあるが、そこまで考慮しても仕方ない。
ここで問題なのは確実に生き残れるだけの「生存フラグ」を立てられていない事、これに尽きる。
ではどうやってその生存フラグを立てれば良いのか。
「……強い信念の持ち主だとアピールするか、これ以上の恩を売るか、利用価値があると思わせるか……いや、その全てを満たす事が出来れば、あるいは……?」
それが出来たなら、もうこれ以上この件で悩まなくてもよくなるだろう。
自身の安寧を確信した後は、媚を売りつつ、全てが終わるまで平和に生きていられれば、それでいい。
「よし、そうと決まれば早速、これらすべてを満たせるように……キャラ設定もう一回見直すか……幸いにも、この後は原作的にはリザードマン編で俺の出番当分無さそうだしな!」
そう言ってひとまずは安心だとばかりに笑うアトリアだったが……この先、鉄で出来た胃袋でも穴が空きそうな案件が積み重なっている事をまだ知らない。
リグリット「かつての仲間の転生体が記憶引き継いでなかったうえにヤベー奴になってた……こわ……関わらんとこ」
ルーヴィン「くせえ豚共をぶっ殺してたらかつての仲間にドン引きされた……キャラ設定ミスったわ」
リグリット「どうやらアイツ死んだ後また王国で生まれたらしいけど今回は記憶引き継いでんのかな?」
ツアー「分かんねーけど会いに行ってみるか」
またしても何も知らないアトリア「誰もお前を愛さない」