訓練方式、つまりルールは一応設けられた上での決闘。
魔法、武器、ともに使用可能だが、お互いが再起不能になるような攻撃、この世界で言えば魔法で癒す事の出来ないレベルの……欠損や死、これらの結果を招きかねない危険な攻撃は禁止。それをした時点で負けとする。
ラキュースは、普段の剣では攻撃力が高すぎるとし、訓練用の剣で。
アトリアは、普段使っている魔法では殺してしまうとし、杖を訓練用の物に変えた上で、第二位階魔法までを使用可能とした条件付きでの決闘が始まった。
アトリアは思う。
どうしてこんなことになったのか、と。
どうすれば最善だった? どうすればこの状況を回避出来た? どうすればこの状況から逃れられる?
……そもそもどうしてラキュースはこんな事を突然言い始めた?
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「ふっ! はっ! ……お喋りするだけの余裕まであるって言うの?」
それはまあ、ハイ。
……とは言わず。
訓練用の剣でのラキュースの攻撃を、杖でいなしながら話し始める。
「何故ラキュース様は私をご自分のチームに入れようと考えたのですか?」
「……? 優秀な冒険者の後輩よ? 仲間に引き入れておこうと思うのは、自然な事じゃない? 特に、貴方はチームを組んでいるのではなく、ソロで活動しているんでしょ? だったら私達と行動を共にした方が、お互いにとって利がある、そう思ったのよ」
ラキュースは「今更何をそんな当たり前の話を?」とばかりに困惑しながらそう話す。
アトリアは失念したが、考えてみれば、ラキュースから見てアトリアは自分よりも年下の女の子で、アダマンタイト級冒険者の後輩(この世界に後輩と言う概念があるかは分からないが)である。
「では何故こんな強引な手法を?」
「私、諦めが悪い質でね」
そう言うと悪戯に口角を上げるラキュース。
「(本当にそれだけか?)」
アトリアはここまでラキュースと冒険者としていくつか仕事を通して彼女の人物像を見定めて来たし、かつての自分が遺した記憶でも……彼女がこんな、相手の都合を顧みずに自身の欲望を押し通そうとするような身勝手な人物だっただろうか、と違和感を感じざるを得ない。
むしろ、
自分の知るラキュースなら、他人を自分の都合で縛ろうとするなんて事は絶対にしない。何故なら、ラキュース本人が、『家名』という名の縛りに拘束される生き方を嫌い、英雄への、アダマンタイト級冒険者になった叔父への憧れで冒険者になった。それが彼女の原点だ。
ならば考えられるパターンは2つある。
何らかの事情があってそうしなければならないパターン。
アトリアを自身の仲間に引き入れなければならない事情? いや、あるいは、この状況を作り出す事、それ自体が目的か? しかし何のために?
二つ目はそうさせられているパターン。
何者かの手によって、ラキュース本人の意思とは別に、そうさせられているというパターン。蒼の薔薇にアトリアを取り入れる事、あるいは、この状況そのものが目的な誰か。
二つ目であるならば、魅了や催眠の魔法を使われているのであれば、言動にある程度の違和感を感じるハズだが、それらの違和感は無い。その上、そもそもラキュースにはそういった精神支配系の魔法に対する耐性が、完全ではないにしろ備わっている。
それこそラキュース以外のメンバーの不意打ちや毒等で弱らせてからでようやっとイビルアイの魅了が効くレベルだ。
であるなら、本人が支配されているという可能性は排除していい。
なら、何らかの事情があって、この状況に陥っていると考えるのが自然なわけだが。
「ラキュース様、いくつか質問があるのですが、いいですか?」
「今度は何!?」
「そもそも、今のままでダメな理由をお教え願えますか?」
「……何ですって?」
「そうでしょう? だって、私を仲間に引き入れたいなどと仰っていますが、そもそも私達は同じ目的の為に共に仕事をしているではありませんか。ソロであるのが問題だと言うのであれば、問題解決まで一時的な協力体制を組む、という形ではダメなのでしょうか? どうしても蒼の薔薇に引き入れなければならない理由があるようには思えません」
そう。そもそも、アトリアと蒼の薔薇の面々は、共に仕事をする仲間である。
チームこそ違うものの、八本指という国の暗部を取り除かんが為、志を同じくするアダマンタイト級の冒険者である。
共に仕事がしたい、ただそれだけならチームに入ろうが入らなかろうが変わらない、そう主張すると、途端に目が泳ぎ始めるラキュース。
「そ、それは……」
言い淀んだラキュースは、無意識にチラとイビルアイに視線を送る。
イビルアイ本人は、我関せずとでも言いたげに目を背けるが。
「(イビルアイが関係する事なのか?)」
その行動はそう言っているようなものだ、とアトリアは思う。
イビルアイとアトリアは……正直言って関係性は殆ど無いに等しい。
仲間になったチームに居る、ロクに会話する事すら無い程の、薄い関係性。
……いや、かつてはそうではない時もあった訳だが。
チラ、とアトリアもまたイビルアイに視線を向ける。
依然、我関せずを貫き通すつもりのイビルアイ。
「ラキュース様、もしや、私とイビルアイさんに関する事……あるいは、十三英雄や、ルーヴィン、彼らの事が関係しているんじゃないですか?」
「なっ……んの事かしら?」
ビンゴ。
……嘘をつくのが下手過ぎる。
「ふむ……あの、それならそうと最初から言っていただけたら私だって話くらい聞きますよ」
「えっ? いや、でも……貴女が魂を受け継ぐ者だと言う事は、秘匿しているのでは……あっ!」
「チッ」
なるほどなるほど、私が魂を受け継ぐ者……? あーなるほど、リグリットか誰かから聞いたか? いや、そもそも隠してすらいなかったか。だとすると、今回の件の本当の目的は……。
「私もかつての前世がどんな人物だったのか、興味があります」
「……ごめん、イビルアイ」
「はぁ……もういい。だが一度始めたんだからせめて勝敗くらいつけてから終わってくれ。ボコボコにしてもらえると助かる。ショックで何か思い出すかもしれん」
要は、ラキュースの目的がアトリアと戦い、その実力を測る事と、ついでにアトリアを仲間に引き入れる事である事は嘘ではない。
だが、真の目的は、イビルアイとアトリアを引き合わせる事によって、アトリアに前世、願わくば妖精王フィテオルシラまでの記憶を思い出してもらう事であった。
かつてのアトリアは、妖精だった頃にイビルアイと……正確には、十三英雄の仲間達と共に旅をしていた時期があった。
そして旅が終わり、当時のアトリア……妖精王フィテオルシラが死後、人間として転生した後、彼女はとある男の下で過ごし、その男を看取ってからは旅をして過ごした。
この際、イビルアイにもその事実を伝えるべきだったが……残念ながらその時、イビルアイ本人の行方を仲間達の誰も知らなかったのだ。
それもそのはず、イビルアイは当時、フィテオルシラが居なくなったという事実に耐え切れず、雲隠れして泣き続ける日々を送っていた為だ。
誰にも行方を知らせなかったのは、そんな姿を仲間の誰にも見られたくなかったから。
結局彼女達はすれ違いにすれ違いを重ねた結果、お互いに再会を果たす事無く、彼女は次の転生を果たしてしまった。
イビルアイが仲間と再会したのは、彼女が泣く事にも疲れ果ててしまい、気まぐれに外へ出た時だ。その折にリグリットと出会い、蒼の薔薇のメンバーの後釜を強引に押し付けられ、現在に至る。
この時、ようやっとイビルアイは彼女が転生を果たし、しかし既に死に、そしてリグリットが再会した当時の転生体であるルーヴィンが記憶を引き継いでいなかった事から、転生したら必ず記憶を引き継ぐ訳では無いらしい事や、記憶の残滓のようなものは微かに残っているかもしれないという事を知る。
自分がたった一人除け者にされ、一人彼女との再会の機会を失ったと知った後、泣きながら八つ当たり気味に腕をぐるぐるさせてリグリットを殴った。
言わなかったも何も、何年も引きこもってたお前が悪い、と返されまた泣いた。
イビルアイにとっての今の希望は、アトリアの中に残っているかもしれない、フィテオルシラの記憶の残滓。
もし全てを思い出してくれたならどんなに良いだろうかと思わずにはいられない。
だが逆に、綺麗さっぱり全てを忘れ去られて、残滓すら残っていなかったなら?
全て真実を伝えた彼女に「思い出せない」と言われ、受けるであろうショックに耐えられる自信が今の彼女には無かった。
そういう意味で言えば、かつては「暇だから仲間に入れて」等という適当な理由で仲間になってくれた彼女が、今や色々と理屈をこねて仲間に入る事を拒もうとしている今のこの状況は、何かの悪夢かと言いたくなる程ショックな状況であった。
だって、まるで別人ではないか。
アトリアという女のどこにも彼女の残滓なんて残っていないんじゃないのか。
そう思ってしまうのも無理はないだろう。
だが、それを何も言わずに察せと言うのもまた無理な話である。
アトリアは、イビルアイがそんな心境、事情の上でそこに立っている事なんて知り得る筈もないのだから。
そしてそんな二人のすれ違い、拗らせ、複雑化した現状を正しく理解している者がただ一人。
ラキュースである。
事情を知っている理由は、リグリット・ベルスー・カウラウが彼女に十三英雄の話の延長線として、ルーヴィンの事やかつて記憶を引き継いでいた頃の女性の話を聞いていた為。
アトリアという少女の姿になって目の前に現れ、それが今代の転生体なのだと確信した時、彼女の心境では様々な感情が渦巻いていた。
やはりイビルアイを見ても何とも感じていない様子に歯がゆさを覚え。
受け継いだ力で容易く自分が上り詰めた地位まで上がって来た事への、ほんの少しの嫉妬と、羨望。
伝説の存在、その登場人物の一人の転生体が、目の前に現れたという興奮。
更に、ルーヴィンという英雄が病死という最期を迎えているという事実と、儚げな見た目も相まって、強いという事は分かっているハズなのに、ある種の庇護欲のようなものを抱かずにはいられなかった。
そんな複雑な感情の下、導き出された答えは「仲間に引き入れれば良いのでは」というものだ。
今はダメでも、仲間として共に過ごしていれば、いつかは。
「こうなってしまったからには……ひとまず決着だけでもつけましょうか」
「ええっ……まだやるんですか? もういいじゃないですか、話し合いで解決しましょうよ?」
「話し合いならするわ。けどまだ貴女がどれほど強いのか、それを試させてもらうという目的は果たされていないもの……あっ、ちなみに私が勝ったら仲間に入ってもらうという話もまだ生きてるからね」
「(……じゃあ結局今のやり取り無駄やんけ!!)」
結局、アトリアはどちらかの勝敗が決まるまで終わらないのであれば仕方ないと腹をくくるしかなかった。
それからほんの数十秒。
「おいおいマジかよ……」
「あの鬼ボスが、手も足も出ていない」
「……当たり前だ」
闘いが再開した後、ラキュースは内心、よもや、ここまでとは思っていなかったと、驚愕する事になる。
英雄の魂を継ぐ者だと解っていた。強い事も。本来の年齢通りの強さでは無いことぐらい。前任のルーヴィンは王国でも最強の戦士と肩を並べる、どころか戦士という括りでなければ最強だったかもしれない。とはいえ。
「(まだ、武技すら使っている様子はない……なのに、この実力は……!!)」
やはり、一筋縄ではいかない相手。
ラキュースはその事実を再認識する。
「ようやくやる気になったって事!?」
「早く終わらせようという気にはなりました」
「私の相手はそんなに甘くは無いわよ!」
「はぁ……そうですか」
溜息をつきながらそう返す。もはやアトリアには、演技する意思すら無かった。相手は、同じ冒険者とは言え一応は貴族である。ラナー王女とも深いかかわりにある。そんな事もはやどうでもいい、言外にそう言っているように感じていた。
「……甘い」
「なっ……ッ!?」
結論から言うに、アトリアはあまりにも遠すぎた。
実直に振り下ろされた剣は、アトリアが防御の為に振った杖とぶつかり合い、つばぜり合うように拮抗する。……と思えた。しかし、アトリアにとってラキュースの剣はあまりにも遅く、脆く、そして弱過ぎた。実戦ではない、と言うのも要因の一つかもしれないが。
故に、容易く対処されてしまう。
ぶつかった瞬間、力の方向を変え、ぐるりと
気付けば、このたったの一瞬の動きで、攻守が反転していた。
攻めていたハズのラキュースの剣は、巻き取ったアトリアの杖より下に。
攻撃から防御に、無理矢理転じさせられた。
まさしく、幼子の手を捻るように、いとも容易く。
しかし、いなされた本人からはまるで、杖が蛇のようにスルスルと剣に巻き付き、いつの間にか攻守が反転していたかのような感覚に陥っていた。
攻に転じたアトリアに対し、ラキュースは全力で抵抗しているつもりなのに、アトリアが少し力を込める、たったそれだけで、あっけなくその拮抗を崩され、押し負ける。
「そ、そんな……!?」
「今更ですが……私、自分が弱いだなんて酷い嘘をつきました。ごめんなさい」
「ホントに、今更ね……!!」
「でもそれは、貴女達の誰にも、私の本当の実力を悟られる訳にはいかなかったからです。そういう事情がこちらにもある。そこを理解して頂きたい。……故に」
実力を出さずに勝たせてもらいます。
「【武技・震踏脚】」
「【武技・要塞】……きゃあっ!」
アトリアが武技を使い、強く脚を踏み込むと、脚を中心に衝撃波が発せられる。ラキュースは突然の予想外の攻撃に目を見張りながらも、武技でその衝撃を防御するも衝撃を殺しきれず、後ろへとのけ反らされる。
すぐさま体勢を持ち直して剣を構え直そうとするラキュースだったが、その直後、ラキュースの目にはフルスイングで杖を振りかぶっているアトリアの姿が映り、ぎょっとして避けようとするも間に合わず、アトリアの杖の先端が、剣を握っていたラキュースの右手に痛烈な一撃を与え、鈍い音と共に強烈な痛みが襲う。
「ぐうぅっ!!」
ラキュースの白魚のような右手は一瞬で見るに堪えない痛々しい姿になり、とても剣を握っていられるような状態ではなくなってしまう。
肝心の剣は、衝撃で取りこぼし、カランと音を立てながら地面に落ちる。
しかし、諦めずにそれを無事な方の左手で拾おうとするも、その前に、アトリアがその剣を足で蹴り飛ばし、訓練場の端の方まで追いやられてしまう。
「……私の勝ちですね」
「……ええ、そうね」
こうして勝敗は、アトリアの完全勝利という形で終わったのだった。
「(結局勝ってしまった……けど、手札を見せずに終わったから、まあヨシ!)」
「(たった一度の武技で終わってしまった……これが英雄、その魂を受け継ぐ者の実力……!)」
結論から言うと、そもそもアトリアには勝つ以外選択肢が無かったりする。
何故かと言えば、ラキュースが彼女を魂を受け継ぐ者と認識している以上、よしんば演技で負けたフリをしたとしても、その程度じゃないだろうという思い込みで「実力を出し切れていないだけ」と考え、再び勝負を挑んでいたに違いない。
仮に仲間に引き入れられて居たら、余計に。
それに、そもそも演技で信じてもらうに至るまでに多大な労力と時間を使うだろう。何故なら一度八本指の拠点の一つを単騎で壊滅させているという事実があるのだから。
であれば、結局観念して勝つしかない。
しかし勝ってしまうとやはり実力がバレてしまう。
そこで、アトリアはどうせ実力がバレてしまうにしても、せめて、出来得る限り手札を悟らせないように、極力実力を出さずに勝つしかない。
そこがアトリアに出せる、最大の妥協案。
ちなみに、転移して逃げる、という手段もあったが……。
チラ、と傍で決闘を見守っていたとある御方に視線を向けると、演技の鬼才というタレントを持つアトリアすら騙されてしまいそうな笑顔で手をパチパチと叩いて目を輝かせていた。
「(そこのお姫様がナザリックに「アトリアとか言う女はいざとなったら転移で逃げますよ」とか言ったら本当に逃げたい時に逃げられなくなっちゃうんだよな)」
この場にラナー殿下がいらっしゃることがそうできない理由であった。
先のアトリアの発言、貴女達の誰にも、私の本当の実力を悟られる訳にはいかなかった、の貴女達の中には、ラナーも含まれていた。
現状、彼女があの悪魔と契約を交わした後かどうかは判断がつかないが、どうせ契約する事になり、それを止める手段も持ち得ない、そして彼女から情報が洩れる事はほぼ確定事項と言っていいので、時期など関係無く、アトリアは彼女と出会った当初から、彼女に自身の情報を漏らす気はサラサラ無かった。
まあ、仮にこの場に居なかったとしても転移逃げなんてしたらラキュースが憤慨しながらラナーに報告するだろうから、結局同じ事ではあるけれど。
もしそうなったら、ナザリック側はいつか、自分と敵対した場合、転移妨害の魔法等で対策してくるだろう。
そうなったら詰みだ。
懐に入るのを失敗したらどちらにせよ詰みではあるが、ならせめて逃げる手段くらいは持っておきたい。用心深い
「ラキュース様、ごめんなさい、手を……私が治します」
「ええ、こちらこそ……強引に迫ってごめんなさいね。でも、出来れば後でイビルアイと一度話をしてみてくれる?」
「ええ、約束します」
今回の件で残る問題は、彼女だけか。
治癒の魔法を使いながら、さてどうするかと考え始める。
まだまだこれからやる事は山ほどあるというのに、前途多難であった。
ラキュースさんのファンやめるなんてとんでもないです!
アトリア「……でも今回の件、実力を測る云々はついでの目的だったなら結局悪いのはやっぱこの人では……?」
なんだァ?てめェ……?
いや、今更だけどラキュースファンの皆さんすみませんね。