「エ・ランテルに拠点を移したい……ですか?」
「はい。」
アトリアが八本指対策に協力する事になってから僅か二日後の午後。
アトリアはラナーの下に訪れて「エ・ランテルに拠点を移そうと思います」と告げた。 ラナーは紅茶を口に含んだ後、拠点を移すことに意味が無いとは思っていないが、念のため、どういう理由か問いただす。
「最近、黒粉が帝国にも流れているという話が出始めているのはご存知ですよね?」
「ええ。 ……あの黒粉が帝国にまで流通してしまい、帝国から『王国ではこのような禁制品の栽培まで始めたのか』とクレームが来てしまいました。」
「黒粉が帝国にまで流れているという事は、王国と帝国の戦争の最前線であるエ・ランテルにその黒粉の流れが存在する可能性があると、私は思うんです。 そして、流れを掴めばその大元を辿る事も出来るのではないかと。 もちろん、帝国に黒粉が流れてしまう事を防ぐのが大きな目的ですが……。」
話を聞いてラナーはひとまず成程と頷いた。
……だが、彼女が拠点を王都からエ・ランテルへ移すとなると、当初の予定とは異なり、アトリアはエ・ランテルでソロで活動する事になる。
……そもそも一人で出来る事には限りがある。
それは情報としてもそうだし、取れる戦法のバリエーションにもだ。
「何か目星がついているんですか?」
「……私は回復魔法や蘇生魔法の他にも……『敵を二度と見失わない』『透明化を見破る』『夜目が利く』『探し物の方角が分かる』……といった
「まあ!」
本当は魔法ではなくタレントだが、とアトリアは内心で呟く。
まぁ、彼女の事だからこうやって隠したとしても僅かな手がかりやボロからいずれバレそうなモノではあるが、「隠したい」という意図さえ理解して貰えればそれで良い。
ラナーは既に彼女が勇者の魂を継ぐ者らしい、というのは蒼の薔薇の情報から知っているのだが。
「黙っていて申し訳ありません。特に隠していた訳では無いんですが、言う機会を逃してしまって。」
「いえ、つい先日顔合わせをしたばかりですもの。仕方ありません。」
ラナーとしては思っていたよりずっと有用で便利な
敵を二度と見失わない、それが出来るなら愛するクライムを馬鹿にしたアイツやこれから現れるかもしれない敵を逃がす事は無い。
探し物の方角が分かる、それを使ってもらえばいつでもクライムがどの方角に居るのか理解出来る。
彼女にそこまで協力してもらう事が出来ればの話だが……話をしている感じから察するに彼女は頭が切れる方というより使える手段が多いだけで、違和感をもたれないよう工作し騙し丸め込む、そのこと自体にそこまで苦労はしないだろうと直感している。
何故かアトリアはラナーを警戒しているような雰囲気を感じる事があるが……まあ、些細な事だろう。
ともかく、そのタレントがあるなら、『探し物の方角が分かる』で黒粉を、『敵を見失わない』で構成員とその拠点を突き止め、『夜目が利く』や『透明化を見破る』で隠された場所や人物も見逃さない、という訳だ。
「それで、いつからエ・ランテルに行くんですか?」
「今日の午後準備して、明日には出立しようと考えています。」
「それは急ですね……そうなると現在依頼で王都の外に出ているラキュースとは入れ違いになってしまいますね。」
「ああ、確かに……それではラキュース様が帰ってきてからに……。」
「ラキュースには私から伝えておきましょう。」
「え? いや、ラナー様の手を煩わせるわけには……。」
「どうせ依頼がひと段落したらまたラキュースと会う事になりますもの。そのついでです。私は自分で使える兵が居ないので、危険な事は全て貴女達に任せてしまっているでしょう? これぐらいはやらせてください。」
「……分かりました。では、よろしくお願いいたします。」
こうして、アトリアが王都からエ・ランテルへと拠点を移す話はまとまり、ラナーの許可も得て、アトリアは翌日早速エ・ランテルへと旅立った。
=================
「(さて、王都からエ・ランテルに来るのはなんとかなりましたね。)」
飛翔する魔法を使用し、そう時間をかけずにアトリアはエ・ランテルへと訪れ、宿屋で食事をとっていた。
後は、冒険者組合にモモンガとナーベラルが訪れ、冒険者になったタイミングで接触するのが第一目標となるわけだが……。
「(組合で一度様子を見たところ、まだモモンとナーベは出てきていないようですね……。)」
アトリアがそう思うのには根拠がある。
実は彼女はアトリアになるよりずっと前の……冒険者組合設立の頃にそれなりに権力のある身分で生まれたことがあり、冒険者のシステム……正確には『冒険者のランク分け制度』に改良を加えたのが理由である。
というのも、本来のこの世界の冒険者とは初めは銅から始まり、そこから依頼をこなしたり武功を挙げたりする事でランクが上がるというシステムになっていたのだが……当時の彼女(彼)はこのシステムに「あまりにも曖昧では?」と疑問を持ったのだ。
そこで、ランク分けシステムに『試験制度』を導入した。
要するに、今までの銅から段々上げていく……と言うシステムではなく、それぞれのランクに実力試験を設け、試験をクリアしたらそのランクになれる……というシステムになった。
これと同じ試験を冒険者組合に登録する際にも行い、その結果に応じて初期ランクが決定されるというシステムに変更したのだ。
これにより試験を行う為の設備や規定を決めるための多額の資金が当時の彼女(彼)から寄付された事で、当時は金を持った変人呼ばわりされたりしたが……。
実力さえ確かならば、最初は銅から、などと回りくどい事をしなくとも、試験さえクリアできれば初日からアダマンタイト級冒険者になる事も不可能ではないのである。
例えば誰かさんみたいにレベルがカンストした魂を引き継ぐ人間だったり、例えばモモンガのような、戦士化で魔法が使えないにも関わらずその世界での戦士の基準を遥かに凌ぐ実力を持っているような人物は、即アダマンタイト級冒険者入りだ。
そして、そんな英雄の領域に足を踏み込んだ人物が突然現れれば、いい意味でも悪い意味でも目立つし話題になるだろう。
故に、原作通りに彼が冒険者になろうとするならば、ギルドに顔を出して少し様子を伺えば、噂になるような人物の有無が分かるという事。
これにより情報が洩れてどこかでボロが出るのを危惧したアトリアは実力を隠して試験を受け、ランクはシルバーから始まり、強くも無ければ弱くも無い奴として隠れて生きていくつもりだったのだが……まぁ、過ぎた話である。
そしてアトリアの際は本人の意思とは関係無く、ギルド側から強制的にアダマンタイト級冒険者になったという事実も相まってハチの巣を突いたような大騒ぎだったが、今現在は冒険者ギルドは今の所いつも通り、という雰囲気だった。
つまりは、今の所モモンとナーベはまだ冒険者になっていないか、なっていても、実力を隠している、という事になる。
だが、彼は冒険者になる表向きな理由を『自らが直接異世界の地へ赴いて自身の目で情報収集を行う』という目的と、付随する『名を挙げて権力を持つ人物や知識が豊富な人物とコンタクトを取り、この世界の事をより詳しく知る』事としている。
……まあ本当はただ息抜きがしたいという、死の支配者のささやかな我儘だったりするのだが。
もしかしたら「最初から最高ランクになったら目立ちすぎるかも」と考えわざと実力を隠す、なんてこともあり得るのだ。
……原作ではそんな素振りは一切無く、ただただ魔法を使わずにどこまで出来るか試しているような印象しかないが……。
「(なんにしても、仕事をしないといけないのもありますし、明日もギルドには顔を出すとして……すれ違いが起きないように気を付けないとですね。)」
モモンとナーベが冒険者登録する具体的な時間は明らかではなく、日が出ている昼ぐらいだと思われる。 その後安宿でブリタと出会い、彼女の青いポーションを割った弁償に、赤いポーションを渡す。
その後に「仕事を探すぞ!」のくだりがあって、組合で仕事を探すのはその次の日だ。
欲を言えば、その後に彼らと交流を深める事になる漆黒の剣の立ち位置になり替わる事が出来れば……交流を持つタイミングとしてはベストと言えるだろう。
「(とりあえず、明日は薬師のンフィーレア君の依頼があったりしないか見てみましょうか……。)」
そう思いながらアトリアはエ・ランテルで随一の食事に舌鼓を打つ。
……ちなみにこれは余談だが、この黄金の輝き亭にはモモンが宿泊するようになる前に、セバスとソリュシャンが宿泊しに訪れる事がある。
なのでナザリック勢と確実に接触するならそこでも良さそうなものだが……。
残念ながら、その道は無い。
何故なら彼女らが来ているという事はシャルティアも来ているという事である。
シャルティアは原作を知る者なら知らない者の居ないレベルの問題児である。
人間を食料、あるいはそれ以下としか思っていないような価値観なのはもちろんの事、性格は嗜虐心が非常に強く、相手を見下し、一方的に蹂躙することに性的興奮を感じ、殺人そのものを楽しむという性格の持ち主。
その上、血を多く浴びると「血の狂乱」スキルが発動し判断力を失い暴走してしまうという厄介なスキルを持ち、それでいて実力は階層守護者の中でも序列一位というガチ構成。
……更に、「サド」や「マゾ」を始め、「
さらに言うと彼女達が活動している目的の一つに『武技やこの世界の魔法が使える人物の確保』や『死んでも問題の無い、食べたり痛めつけたり拷問したりしても良い人間の確保』なんかが存在する。
後者はともかく前者の条件にアトリアはばっちり合致してしまっている。
見つかったら、そしてバレたら……まず間違いなくナザリック送りにされ、逆らえないように一度拷問を……ああ、ダメだ、考えただけで恐ろしい。
「(……ヤなことを思い出してしまった……今日は……来てないよね?)」
思わず身震いして周囲を見渡すが……彼女達が来るのはひとまず今日ではないようだ。
居たとしても、ただ同じ食堂で会うだけで、直接会話をしなくてはならない訳でも無ければ、目を付けられるような事をする訳でも無いのだが……。
彼女自身がこうもナザリックに対して怯えているのは、なにも「捕まったら生き地獄を見せられる」という事実だけが原因ではない。
彼女自身は気付いていない事だが、彼女はこの数百年の間、常に「未来に来るであろう死の支配者」に対して考え続けていたせいで……モモンガやナザリックという組織そのものに対して、並々ならぬ恐怖心を抱いている。
数百年も前から来ることが分かっているが故に、本来のものより恐怖心が増大してしまっているのである。
無論、恐怖で何もできない、なんてことになってしまっては元も子もないので、恐怖状態や恐慌状態を強制的に解除する魔法を修得済みで、更にはそんな時の為の【演技の鬼才】というタレントまで存在するのだが……それでも。
「(はぁ~怖……既に知らないところから見られてたりしないよね……?)」
怖いもんは怖い。
正直……気が重い。
やらなくていいならやりたくない。
だが後手に回ってしまうくらいなら先んじて手を打ってしまおうと考え、それはもう後戻りできない所まで来てしまっている。
いい加減腹を括らなければ、とアトリアは満腹になった腹をさするフリをしながらそう思うのだった。
名前:アトリア
種族:人間種
分類:現地人(転生者)
異名:白雪の硝子
住居:黄金の輝き亭 アゼルリシア山脈の岸壁に掘って作った隠れ家
属性:善寄り
種族レベル:無し
職業レベル:不明(信仰系魔法詠唱者であり、聖属性の攻撃や持続性を持つ回復魔法等多岐にわたる魔法を修めている)
イメージ画像
【挿絵表示】
【挿絵表示】
(旧版)
68回の転生を経て辿り着いた姿。
見た目は幸の薄そうな美少女で、白い髪、白い肌、青みがかった銀色の瞳という容姿で、年齢は推定15~16だが、【早熟する】というタレントを持っている為、この世界でいう所の18~20代前半くらいに見える。
長杖を好んで使用し、魔法で圧倒する戦闘スタイルで、聖なる炎という珍しい力を使って戦う事が多い。
異世界基準では歴史に名を残して当然レベルの英雄と言っていいほどの実力を持ち、また何度も転生をした事で膨大な量のタレントを持つが、それでもプレイヤー基準ではまだ強いとは到底言い難い。