過去の話をしよう。それは浩一がイクシアにたどり着くまでのものだ。
時は残酷に流れてゆく。ただひたすら、無慈悲に矮小たる存在を飲み込む。それに抗うことは何人たりともできないだろう。
結果として、浩一の腹が鳴った。
現実というものを認識する刺激として、空腹は秀逸だ。自身の身に舞い降りた悲劇に対し心を閉ざすことで対応していた浩一だったが、一旦意識したとなると再度の無視は難しい。
事実、浩一は飢えの他に乾きも覚え、逃避に没頭することもできなくなっていた。本能というものは偉大だ。どんな状態であろうとも、優先順位を告げ、それを実行させようとする。
時が経つことで脳内物質の分泌がおさまり、幾分落ち着いた心に命令が走る。
喰えと。それはすなわち、生きるということだ。決して死ぬなと本能は告げている。
苦痛を伴うそれに浩一は、ただ従う。そこには楽という感情がないわけでもなかった。深く何も考えず一つのことを行うということは、勝手が良かった。少なくともその間は、下手な思考に悩まされることなどはないのだから。
浩一は盗賊のアジトを歩き出し、家探しを始めることにした。死体のそばに食料はあったが、流石に口にする気にはなれなかったことと、この場からはやく離れたかったからだ。心の均衡が取れておらず茫然自失としていた先程までならいざ知らず、多少は落ち着きを取り戻した今となってはこの場は毒にしかならなかった。
視線を向けることもなく逃げるように浩一は、食堂から去っていった。
多くの人間が居住していただけあり、洞窟は広く通路にはロウソクが灯り黄土色の岩壁を照らしている。どこになにがあるがなどわからない浩一は、手当たり次第に辺を探るが寝床や厠が見つかるばかりで肝心の食料庫が目に入ることはない。多数の人員で構成され、盗賊という日陰者だ。保存食の類を用意していないということはないだろう。しらみつぶしに探しさえすれば、そう時間もかからずに発見できるだろうと浩一は考えていた。自分たちの住処だ。わずらわしい罠や迷路の類は用意していないだろうとも思っていたからだ。
事実、数分ほどさ迷っていたが、お目当ての食料庫は無事見つかった。中にはパン、チーズ、燻製肉、水、エールなどが並べてあった。生鮮食品の類は宴会にて使用したのだろう。浩一の視界には映らなかった。
調理をせずとも腹を満たせるものが見つかり、浩一はかぶりつく様に食らった。燻製肉やチーズの香りに食欲を刺激され、かなりの量が胃に収まっていく。とはいえ、大所帯を想定した保存食だ。全体からすれば、大した量ではない。まだまだ残量はある。少なく見繕っても、一月はどうにかなるだろう。
腹がくちくなったところで、浩一は口元を手の甲でぬぐい、乾いた血の感触に自分の現状を知った。
小さな悲鳴を漏らし、浩一は腰を抜かす。髪や身体に衣服まで、いたるところが血液に汚されこびりついていた。普通ならばすぐさま気づくところだが、精神的に弱っていたことと本能に身を任せていたため今の今まで自分の状態を把握していなかった。満腹中枢が満たされたことで、本能がなりを潜め、満足感から幾分精神が安定したことによりいつもの浩一とでも呼べる性格に戻っていた。