雨のように降り注ぐミサイル。爆炎は大地を隈なく焼いていく。
その中に一部分だけ奇妙な穴が空いた。
衛星が撮影した画像がグリンデルバルドの下へ運ばれてくる。
「さて、最終決戦と行こうか」
最終話『ただいま』
ヴォルデモート卿はホグワーツにいた。
グリンデルバルドの悪霊の火によって焼かれたが、それでも原型が残っている。
彼はニワトコの杖でホグワーツを修復した。
「……ただいま」
門を開き、中に入る。
右を見ても、左を見ても、誰もいない。
城は修復出来ても、絵画を復元する事は出来なかった。
悪霊の火に呑み込まれたゴースト達も戻らない。
「俺様は……、俺は……、僕は……」
大広間に辿り着いた。
静まり返った空間を突き進んでいく。
校長の椅子があった。そこに腰掛けると、涙が零れ落ちた。
「……ヴォルデモート」
彼の前にグリンデルバルドが現れた。
すでに創設者達がホグワーツに施した術は壊れている。
ヴォルデモート卿も施されていた術までは再現していなかった。
「ダンブルドアはどうした?」
「死んだ」
「……そうか」
宿敵の死に対して、ヴォルデモート卿は眼を細めた。
「一つ聞かせて欲しい」
「なんだ?」
「ホグワーツを燃やしたのはダンブルドアか? それとも……」
「わたしだ」
「……そうか」
ヴォルデモート卿は立ち上がると杖を抜いた。
「ならば、貴様が俺様の敵だ」
その言葉を聞いて、グリンデルバルドは気づいた。
ヴォルデモート卿はすべてを憎んでいる。けれど、壊そうとするばかりではなかった。
死喰い人という組織を作った。信奉者達と共に邪悪な思想による新世界を作りかけていた。
そこに正義はなく、けれど創造があった。
今のように破壊を目的として行動するに至る要因はニワトコの杖ばかりではなかったらしい。
「……アルバスに聞いた。教師になりたかったらしいな?」
「昔の話だ」
アルバスはヴォルデモート卿が生徒達に自らの邪悪な思想を植え付ける事が狙いだと判断した。
その為に彼が教師になる道を閉ざした。
「お前にとって、ホグワーツは特別だった。おそらく、アルバスが考えるよりもずっと……」
もしかしたら、ホグワーツは彼にとって世界そのものだったのかもしれない。
とても大切な宝物だったのかもしれない。
アルバスが睨んだ通り、そういう思惑もあったかもしれない。
だが、一番の理由は……、
「ホグワーツは貴様にとって唯一の希望だったのだな。だから、教師として居残る道を阻まれた事で止まる事が出来なくなった。そして、燃やされた事で人ではなくなった」
グリンデルバルドは深く息を吐いた。
「つまるところ、なにもかもが裏目に出た結果というわけだ。やはり、アルバスに此方の流儀など合わなかったというわけだ」
誰に対してもチャンスを与える慈愛に満ちた存在。
そうある事こそ、彼のあるべき姿だった。
なまじ、彼はヴォルデモート卿という存在を理解し過ぎていた。そして、自分という最も憎むべき存在と同一視してしまった。だから、彼に対してチャンスを与える事をしなかった。
そして、守るべき生徒の死を容認し、悪を持って悪を制する覚悟を決めてしまった。その果てに、千載一遇のチャンスで世界よりもグリンデルバルドの命を選んでしまった。
なにからなにまで彼らしくない行動を取った結果がこれだ。
「……ッハ! 要するに、お前はアルバスが遺してしまった唯一の汚点というわけだな」
「その呼ばれ方は不快だな」
「ああ、わたしにとっても不快だ。貴様は完璧な存在だったアルバスを幾度も揺さぶった。それが許されるのはわたしだけなのだ」
「……気色が悪いな」
ヴォルデモート卿は顔を顰めた。
短いやり取りの中で、彼はダンブルドアとグリンデルバルドの関係に気づいた。
「わたしにとって、貴様はどうでもいい存在だった。ただ、アルバスが関心を寄せる存在程度の認識しかなかった。だから、貴様が世界を支配しようと、滅ぼそうとどうでも良かった」
「ならば、何故邪魔をした? 何故……、ホグワーツを焼いた?」
「アルバスの為だ。彼の助けになりたかった。彼の唯一無二になりたかった。そして……、そうだな。少しだけ訂正しよう」
グリンデルバルドは表情を歪めて言った。
「貴様の事は不快だった。アルバスが関心を寄せる男はわたし一人でいいのだ。貴様の名が彼の口から出る度に嫉妬で頭がおかしくなりそうだったよ」
「……最悪だな」
うんざりした様子のヴォルデモート卿にグリンデルバルドは言う。
「そして、貴様はアルバスにとっての唯一と言っていい心残りとなった。それがわたしには我慢ならない」
「とんだ言いがかりだな……」
ヴォルデモート卿とグリンデルバルドは互いを睨みつけた。
「アルバスの心残りは今ここで断つ! そして、わたしは彼の唯一無二となって、彼の下へ行くのだ!」
「やれやれ、同性愛者の痴情に巻き込むな。まったく……。勝手に死ねと言いたい所だが、しかし、貴様はホグワーツを焼いた。その罪は万死に値する。故、このヴォルデモート卿が手づから死を与えてやろう」
緑の光が瞬いた。二人の最強を冠した魔法使いが戦闘を開始した。
ヴォルデモート卿はホグワーツが傷つく事を厭い、外を目指していく。
けれど、グリンデルバルドはそんな彼の心を読んでいた。
「エクスペクト・フィエンド」
紅蓮の業火が今またホグワーツを燃やしていく。
その様にヴォルデモート卿は目を見開いた。
「……やめろ」
命のやり取りをしている中でありえない程の致命的なミス。
敵から完全に意識を逸し、ヴォルデモート卿は燃え盛るホグワーツを見た。
子供の頃、初めて見た時の感動が脳裏を過る。
ハリー・ポッターの分霊が小舟に乗って見た時、その感動は些かも色あせていなかった事を思い出す。
「終わりだ、ヴォルデモート」
グリンデルバルドはヴォルデモート卿に杖を向ける。
あまりにも無防備な背中だ。
彼は必勝を確信した。
「アバダ・ケダブラ!」
緑の光が放たれる。
「キシャァァァァァ!」
その光がヴォルデモート卿に届く事はなかった。
「……バジ、リスク」
二人の間に天井付近の通気孔からバジリスクが降って来た。
死の呪文はバジリスクに命中し、その命を奪う。
けれど、同時にバジリスクの魔眼はグリンデルバルドの眼を捉えていた。
秘密の部屋に封じ込められていたスリザリンの怪物。
バジリスクの魔眼は見た者に死を与える。
グリンデルバルドは抵抗する間も与えられず、その命をアッサリと奪われた。
「……アル、バ……ス」
倒れ込むバジリスクとグリンデルバルド。
その姿をヴォルデモート卿は呆然と見つめていた。
彼はバジリスクに何も命令などしていなかった。
如何に悪霊の火と言えど、地下牢よりも更に深い地の底の秘密の部屋までは届かない。
そこにいれば何があっても安全な筈だった。
「……これで、全部なくなったな」
ヴォルデモート卿はふらふらと炎の中へ進んでいく。
術者が死亡した事で悪霊の火自体は消滅している。けれど、延焼した炎は消えない。
悪霊の火によってあらゆる防御呪文が破壊された今、ホグワーツはただの建造物だ。
炎に呑み込まれ、徐々に崩れていく。
「ジャレット……。アレン……。ああ、いつも一緒にいたな……」
ヴォルデモートの眼には幼き日の光景が浮かび上がっていた。
スリザリンに配属され、初めて手に入れた友人達が彼の手を引いている。
初めから邪悪だったわけではない。最初は夢と希望を持っていた。ただ、人よりも高い能力を持ち、優れた頭脳を持ち、手段を選ばない冷酷さを併せ持っていたに過ぎない。
孤児院の事でマグルの事を嫌ってはいた。けれど、あの頃は魔法の世界に夢中で憎悪の矛先を向ける気などなかった。
「あぁ……、アーニーは大丈夫かな?」
崩れ落ちていく心は分霊の記憶と混濁していく。
ハリー・ポッターとしてホグワーツに戻って来た時、僅かな時間とはいえ懐かしい気分を味あわせてくれた少年がいた。
友達という存在を彼に少しだけ思い出させてくれた。
「……あぁ、ホグワーツが燃えてしまう」
杖を振れば簡単に消せる。
けれど、彼にそんな力は残されていなかった。
彼の体にも火が燃え移っていた。
それに、高温の中を無防備に歩いた事で肺や喉も火傷を負っている。
やがて、彼は倒れ込んだ。
そこは闇の魔術の防衛術の教室だった。
彼はその授業の教師になる事を夢見ていた。
「……ぁぁ、そう……か、おれさ、まは……ただ……、ホグワーツが……」
天井が崩れる。
大きな岩塊が落ちてくる。
ホグワーツが落ちてくる。
それがなんだか嬉しくて、ヴォルデモート卿は無邪気に笑った。
◆
魔王は滅びた。
グリンデルバルドが契約を履行した事を他国の魔法大臣達はすぐに察知した。
そして、魔法界全体が一丸となって英国の復興を開始する。
失われた命は戻らない。
復興するにしても被害が大き過ぎて完全に元に戻す事など出来ない。
それでも、数年の後に英国は嘗ての輝きを取り戻し始める。
幸か不幸か、マグル達は魔法の存在を知り、同時にその脅威を思い知った。
嘗て、ダンブルドアとグリンデルバルドが画策した魔法使いによる管理体制が生まれた事で復興が進んだのだ。
そして、崩壊したホグワーツも復元が開始された。
世界で指折りの魔法学校であるホグワーツに再び教師と生徒の息吹が戻り始めるまで、あと十年程掛かるだろう。
その片隅に一体のゴーストが棲み着いた。
滅多に姿を現す事はなく、現れる時も人とあまり関わらないタイプの者の前ばかり。
そのゴーストはそんな生徒に助言を与えるらしい。
END