【完結】我が名はヴォルデモート卿   作:冬月之雪猫

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第五話『ホグワーツ特急』

 ヴォルデモート卿はトランクを片手にキングス・クロス駅を歩いていた。

 

 ―――― あれれ~! ハグリッド! 空間拡張機能ってなんだろ~?

 

 そんな風に巧みにハグリッドを誘導し、内部に広大な空間を持つトランクをダイアゴン横丁で購入しておいたのだ。

 大荷物を汗水垂らして運ぶなどバカバカしい。

 その為にバカバカしい演技をしなければならなかったけれど、ダイアゴン横丁では常にバカバカしい演技を続けていたから吹っ切れていた。

 

「しかし、懐かしいな」

 

 9と3/4のホームに向かいながらヴォルデモート卿はセンチメンタルな感傷に耽っていた。

 今のハリーと同い年だった頃、同じようにキングス・クロス駅を歩いていた。

 未知の世界に足を踏み入れる事にワクワクしていた事を覚えている。

 

 ―――― これから、僕の本当の人生が始まるんだ。

 

 そんな風に希望を抱いていた。

 

「9と3/4番線……」

 

 感慨に耽りながら《9と3/4番線》の入り口を見つめていると赤毛の一族が現れた。

 恐らくはウィーズリー家の者達だ。純血の一族でありながら、ただの一度も帝王に与する事の無かった者達。

 実に忌々しい。

 ヴォルデモート卿は彼らが完全に立ち去るのを待ってから入り口を通る事にした。

 

「……変わらんな」

 

 9と3/4番線のホームには既にホグワーツ特急が停車していた。

 真紅の車体が実に美しい。

 居ても立っても居られなくなり、ヴォルデモート卿は汽車に乗り込んだ。

 鼻孔をくすぐる匂いさえ変わらない。

 

「魔法の世界だ……」

 

 ふらふらと空いているコンパートメントの中に入る。

 トランクを投げ出して、椅子に腰掛ける。

 

「これからホグワーツに出発するんだな」

 

 トランクを蹴りつける。すると、勝手に教科書が飛び出してきた。

 その中の一冊を手に取る。

 ホグワーツに入学する前、彼は教科書を諳んじられるくらい読み込んでいた。

 すべての教科書をだ。

 

「変身術、魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術……」

 

 孤児院に居た頃から魔力を自在に操る事が出来た彼を周囲は恐れた。

 得体の知れない存在だと畏怖の眼差しを向けられ続けた。

 

 ―――― イカれてる!

 ―――― なんなのよ、こいつ!

 ―――― 気味が悪い……。

 

 異端として扱われた。異常者だと罵られた。手を伸ばしても振り払われて、居場所なんて何処にもなかった。

 まるで陸も見えない海の真ん中を漂っているようだった。

 いつも不安で、いつも恐ろしくて、だから、ダンブルドアが迎えに来た時は嬉しかった。

 マグルの世界に居場所が無いのは当たり前だ。本当の居場所は魔法の世界にあったのだ。

 そう確信した。ようやく、自分の居場所を得られるのだと喜んだ。

 

「魔法使いになろう」

 

 あの頃、教科書を広げながら夢見心地で呟いた言葉を口にする。

 半世紀以上も生きた男がみっともない。けれど、どうしてか頭脳よりも心が体を動かしてしまう。

 

「誰よりも魔法使いらしく在ろう……。誰もが模範とするような、誰もが認めてくれるような真の魔法使いに……」

 

 不思議だった。

 こんな事、久しく忘れていた。

 それなのに、鮮明に当時の記憶が蘇る。

 

「……クハッ」

 

 ヴォルデモート卿は微笑んだ。

 

「なってやるとも、嘗ての俺様よ」

 

 そう呟いた。

 

「すべての魔法使いの頂点に君臨する。魔法界のすべてを手に入れてみせる」

 

 第五話『ホグワーツ特急』

 

 汽車が駅を出発してからしばらく経った。

 ヴォルデモート卿は教科書を読み耽っていた。

 彼にとって、そこに学ぶべきものなど一つもない。教科書の著者以上の知識を既に有している。

 それでも彼は一文字一文字を丁寧になぞっていく。それは至福の時間だった。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ」

 

 杖も持たずに呪文を諳んじる。

 初めて使った本格的な魔法だ。物体を浮遊させる事が出来る。

 彼はその授業で見事に寮の得点を得た。

 

「フェラベルト」

 

 変身術の基礎となる呪文。

 授業は無駄に難解で、自分ならもっと分かりやすく、効率的に指導出来ると思った。

 

「エクスペリアームス」

 

 武装解除の呪文だ。嘗ての敵対者達が好んで使っていた。

 魔法使いにとって、杖は半身であり、それを失う事は死にも近しい意味を持つ。

 けれど、本当の死には敵わない。実に愚かだと嘲笑っていた。

 その呪文をヴォルデモート卿は楽しげに呟いている。

 

「選択授業はどうしようかな……。占い学は却下だな」

 

 その頃にはホグワーツを後にしている筈だと考えながら、それでも彼は選択授業をどうするか悩んだ。

 魔法省で働く姿を夢想した。

 闇祓いとして戦う姿を夢想した。

 魔法生物を研究している姿を夢想した。

 

「……僕は魔法使いだ」

 

 ハグリッドに言われた時、彼は必死に笑いを堪えていた。

 それはいきなり信じると怪しまれると思ったからだ。

 別に当たり前の事を言われて苦笑しそうになったわけじゃない。

 嬉しかったのだ。自分が魔法使いだと言われる事が誇らしかったのだ。

 

 ◆

 

 更に少し経って、コンパートメントの扉をノックする音が聞こえた。

 恐る恐る中を覗き込んでくるのは忌々しきウィーズリー家の子だった。

 

「……ここ、空いてる?」

 

 空いてないと答えたかった。

 けれど、それはハリー・ポッターとして正しくないと理性が囁いた。

 

「どうぞ」

「ありがとう! 僕、ロンっていうんだ。ロン・ウィーズリー! 君は?」

 

 最初はオドオドしていた癖に、随分と社交性のある少年だ。

 ヴォルデモート卿は溜息を零しそうになりながらハリー・ポッターの仮面を被った。

 

「僕はハリーだよ! ハリー・ポッター! よろしくね、ロン!」

「ハリー・ポッターだって!?」

 

 予想通りと言えば予想通りの反応だ。

 魔法界を闇の帝王から救った英雄。それがハリー・ポッターなのだ。

 本人は暗黒の時代など知らない筈だけど、親から語り継がれているのだろう。

 その視線はヴォルデモート卿のおでこに向かっている。そこにイナズマの形の傷跡がある事も知られているのだろう。

 

「うん、そうだよ!」

「じゃ、じゃあ、君……、本当にあるの? その……、傷跡……」

 

 どうやら、彼は遠慮というものを知らないようだ。

 初対面の相手にずいぶんと踏み込んでくる。

 けれど、不愉快だと告げるわけにもいかない。

 

「うん、ほら!」

 

 傷跡を見せるとロンは大げさに反応してみせた。

 それからは苦行の時間の始まりだ。ロンはハリーに興味津々で次々に質問を飛ばしてくる。

 読書に戻る事も出来なかった。

 

 ◆

 

 ロンとの会話に対する苦痛が極限に達しかけていた時、新たなる客人が現れた。

 臆病そうな少年だ。彼はヒキガエルを探しているらしい。

 

「一緒に探すよ!」

 

 これ幸いとばかりにヴォルデモート卿は手を挙げた。

 ロンとこれ以上苦行を続けるより、ヒキガエルを探し回る方が幾分かマシに思えたからだ。

 それに、こういう親切は人脈を作る上で効果的だ。

 

「君はこっちから来たんだね? じゃあ、向こうの端から見てくるよ!」

「……あ、ありがとう! 親切なんだね!」

「困っている人を助けるのは当たり前さ!」

 

 そう言うとヴォルデモート卿はさっさとコンパートメントを離れた。

 歩いていると車内販売の魔女とすれ違った。

 

「……あれ?」

 

 何故だろう。そんな筈はないのに嘗て子供時代にお菓子を売ってもらった車内販売の魔女と同じ人のように感じた。

 けれど、彼の子供時代とは半世紀以上前の事だ。

 

「まさかな……」

 

 似ているだけだろう。

 あの頃既におばさんだったのだ。今では生きていたとしても老婆になっている筈だ。けれど、彼女の背筋はピンとしているし、実に若々しい。

 ヴォルデモート卿は思考を切り替えてヒキガエル探しに集中した。

 結局、ヒキガエルは貨物室の中にいて、ペットを取り戻す事が出来たネビルという少年はヴォルデモート卿に対して大きな恩を感じるに至る。

 まさか、彼が両親を廃人にした憎むべき死喰い人の親玉とも知らずに……。

 

「……ロングボトムの息子か」

 

 ポッター家襲撃の切っ掛けとなった予言は該当者が二人いた。

 一人はもちろん、ハリー・ポッター。

 そして、もう一人は彼だった。ネビル・ロングボトム。太っていて、実に間抜けそうだが、ヴォルデモート卿は彼と接点を持てた事を運命の女神に感謝した。

 殺すにしても、利用するにしても、良好な関係を築いておいて損はない。

 去って行く彼の背中を見ながらヴォルデモート卿はほくそ笑んだ。


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