【完結】我が名はヴォルデモート卿   作:冬月之雪猫

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第八話『二人の帝王』

 ヴォルデモート卿の考え通り、アルバス・ダンブルドアは賢者の石が奪われた事にすぐに気がついた。

 ペットである不死鳥のフォークスと共に賢者の石の保管場所へ姿現した彼は杖を振るった。

 魔力は空間全体に瞬く間に染み渡り、この場で起きた出来事をダンブルドアに教えた。

 

「……なんと、屋敷しもべ妖精を使うとは」

 

 ダンブルドアは瞠目した。魔法生物が持つ魔力は人のそれとは異なる場合が多々ある。ホグワーツに施された術の多くは人に対する者であり、屋敷しもべ妖精の魔力はその干渉を受けるものではなかったようだ。

 想定出来る事態だった。けれど、ダンブルドアはその対策を怠っていた。

 ヴォルデモート卿は己以外のあらゆる存在を見下している。純血の魔法使いであっても、彼にとっては使える駒かどうかでしかない。

 己の状態が如何に惨めで非力なものになっていても、下等な存在の力に頼る事はないと考えていた。それは彼のプライドが許さない筈だと……。

 

「甘く見ておった」

 

 恐らく、ヴォルデモート卿は既に復活を果たしている。

 おまけに賢者の石を確保している事で死を完全に克服してしまっている。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 復活を果たしたヴォルデモート卿の行動に推理する。

 彼の目的は魔法界の掌握だ。その為に障害となるダンブルドアの殺害を目論むだろう。

 単純に一騎打ちを挑んで来てくれるのならば問題ない。ダンブルドアが所有している杖は《ニワトコの杖》だ。死の秘宝とも謳われる伝説的な杖であり、決闘ならば負ける事はない。

 だが、そう単純な手は打ってこないだろう。ヴォルデモート卿は大胆でありながら慎重でもある。無策で動く事は決してない。

 故に、最初は陣営の再構築に力を注ぐ筈だ。潜伏している死喰い人をまとめ上げ、いずれはアズカバンの囚人達を解き放つだろう。そこから更に魔法省へ干渉を開始してダンブルドアが孤立するように動く。

 

「いや、それも希望的観測じゃな……」

 

 彼は死を克服しているのだ。想定よりも大胆に動く可能性が高い。

 ダンブルドア自身をいきなり狙ってくる事はないだろう。けれど、それ以外の者は別だ。

 

「……狙うとすればハリー・ポッターか」

 

 組分けの儀式を思い出す。少しボヤッとした感じの少年。彼が組み分け帽子を被るとハッフルパフの寮に選ばれた。

 後で帽子に組分けの理由を訪ねてみると、彼の心には虚無が渦巻いているとの事だった。

 己の意思など欠片もなく、未来に対する希望もない。ただ、目の前の光景を素敵なものだと感じている事だけが伝わって来たと言う。

 その僅かな光の感情を汲み取って、組み分け帽子は彼をハッフルパフに選んだ。

 

「ハリー……」

 

 十年前、ダンブルドアはヴォルデモート卿に襲撃されたゴドリックの谷の生家からハリーをハグリッドに連れ出させた。そして、彼の親戚であるダーズリー一家に預けた。

 ミネルバ・マクゴナガルから『あの家の者はマグルの中でも最悪です』と警告を受けていた。

 それでもハリーを託したのはペチュニア・ダーズリーがハリーの血縁であるからだ。血の繋がりはリリー・ポッターが彼に施した守護の力を永らえさせる事が出来た。

 加えて、ハリーはヴォルデモート卿の分霊箱になっている可能性があり、その場合は彼にヴォルデモート卿の死の呪文を自ら受けさせなければならない。その決断を下す為には自らを他者よりも劣った存在、あるいは尊ぶべきものではないという意識を根底に根付かせる必要がある。ダーズリー家はその為に必要な事をしてくれた。極度の虐待による自尊心の崩壊。その目論見は見事に当たり、彼は自分というものを見失っている。

 

「わしは地獄に堕ちる。けれど、その前に為すべき事をしよう」

 

 罪の意識と後悔の念を押し殺し、ダンブルドアは計画を組み立てていく。

 より大きな善の為に……。

 

 第八話『二人の帝王』

 

「さて、早速計画を煮詰めようではないか」

「ああ、そうだな」

 

 二人のヴォルデモート卿がクィリナス・クィレルの部屋に置かれていた椅子に対面で腰掛けている。

 その様にクィレルの顔は青白いを通り越して死人の如き土気色になっている。

 

「まずはバジリスクを解き放つ」

 

 一方のヴォルデモート卿が言った。

 

「マグル生まれの生徒を幾人か殺し、ダンブルドアの注意を引き付ける」

「同時にドラコを経由してルシウスを動かすとしよう。理事会を動かし、揺さぶりをかける」

 

 恐らく、ダンブルドアはヴォルデモート卿がまず陣営の再構築に心血を注ぐと考えている筈だ。あるいは予言の子であるハリーの殺害を目論む筈だと。

 だが、ハリーは既にヴォルデモート卿の支配下にある。彼にとっての脅威はもはやダンブルドアのみなのだ。

 

「それでも隙を見せぬのなら、生徒の命と引き換えに命を差し出すよう命じればいい。あれには一番効果的だろう」

 

 その言葉にクィレルは歯をカタカタと鳴らした。ヴォルデモート卿の下僕として動き、その復活に加担した。

 それは彼に命を握られていたからだ。恐怖に屈し、彼は己の命を惜しみ、死喰い人となった。

 己の命の為ならば他人の命などどうでもいい。そう考えていたけれど、これからダンブルドアの殺害の為に多くの生徒が殺される事を知って、何も思わないほど冷酷にもなれなかった。

 

「ああ、その前に下僕の忠誠心を確かめてみようではないか」

 

 ワームテールの体を使っている方のヴォルデモート卿が言った。

 その眼差しはクィレルの内心を見抜いていた。

 正義にツバを吐きかけながら、悪にも堕ちきれぬ半端者。そんな男を虫けらの如く見下ろしながら杖を向ける。

 

開心せよ(レジリメンス)

 

 クィレルは心を暴かれた。僅かに灯った良心の火を主人に知られてしまった。

 

「ああ、いけない。いけないなぁ、クィリナス・クィレルよ」

 

 残酷な眼差しがクィレルを貫く。

 

「あっ……、あっ……」

 

 目を見開き、全身から汗を吹き出させ、涙と鼻水と小便を垂らしながらクィリナスは地面に頭を擦りつけた。

 

「お、お許し下さい、我が君! どうか……、どうか……!」

 

 見る間に彼の体は皺だらけになっていく。髪があれば真っ白になっていた事だろう。

 

「顔を上げるのだ、クィレルよ」

「ひっ、ひぃ……」

 

 爪先でクィレルの顎を持ち上げる。その顔はまるで寿命が迫る老人のようになっていた。

 

「なんという様だ、クィレル。そんなにも俺様が怖いのか?」

 

 その問いかけになんと答えればいいのかクィレルには分からなかった。

 怖いと答えても、怖くないと答えても反感を買うのではないかと怯え切っている。

 

「ならば、クィレルよ。俺様を喜ばせるのだ。その為に出来る事がなにか? 自分で考え、実行してみせるのだ」

「……はっ、はひぃ」

 

 ガタガタと震えながらクィレルは何度も頷いた。

 

「俺様を怒らせる事よりも怖い事など何もない。そうだろう? クィレルよ」

「……そ、その、そのとおりでございます」

「期待しているぞ、クィレル。このヴォルデモート卿が貴様に期待しているのだ。分かっているな? クィレルよ」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 もはや、彼に良心の火は灯っていない。生徒の命などどうでもいい。ただ、自分が生きる事だけを望んでいた。

 その為に出来る事を必死になって考えている。

 その哀れな姿を二人のヴォルデモート卿は嘲笑う。

 クィレルが保管していたワインを口に運ぶ。

 今宵の酒は実に味わい深い。

 

「反撃の暇など与えぬ。貴様は一人だ。貴様以外の有象無象など俺様の敵にはなり得ぬ。アルバス・ダンブルドア。我が唯一無二の宿敵よ」

「その命は俺様の未来の礎となるのだ。貴様の力、貴様の名声、貴様の魂は我が糧となる。誇るがいい、ヴォルデモート卿が貴様を対等と認めてやる」

 

 ワイングラスを鳴らし、二人のヴォルデモート卿は邪悪に嗤う。

 そして、翌日、最初の授業が始まったホグワーツに悲鳴が響き渡った。


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