もう2度と目覚めることはないと考えていた意識が浮上し困惑する。
ベッドからゆっくりと身体を起こし、そのままの体勢で思考する。
─────確実に死んだと思ったのになぜ自分は生きているのだろう?
自殺することに失敗したのだろうか?自分の考えた方法には何か漏れがあったのかもしれない。
もしくは自殺するところを誰かに見られてしまったのだろうか?
周囲には誰もいないことを確認し、見つからないように気を付けていたつもりだったのだが遠目から誰かが自分のこと見ていたのかもしれない。
そこまで考えたところでその可能性は低いということに気付く。
─────明らかにここは病院じゃない。
もしもあの自殺が失敗していたのなら、もしも誰かに見られていたのなら、目覚める場所は病院のはずだ。
しかしここはどう見ても病院の一室だとは思えない。ならば失敗した可能性は低いのではないだろうか?
だが失敗したのではないとするのなら、なぜ自分はここで今もこうして生きているのだろうか。
─────全部、全部夢だったのか?
これが一番現実的だろう。だが一番正解であってほしくない可能性だ。
一体どこからだ。どこからどこまでが夢だったのだろうか?
あの辛さも苦しさも冷たさも痛みも全て本当に感じたもののはずだ。震える足を無理やり動かし、死への恐怖をねじ伏せて進んだことは現実だったはずなのに...
もしもあの記憶のすべてが夢だったのなら自分はもう2度と立ち直ることはできないだろう。2度と同じことを実行することはできずただ生きるだけの屍となってしまう。
あの出来事が夢だということは自分にとってはそれだけ恐ろしいことだった。
考えれば考えるほど思考は下へ下へと悪化していき、自然と呼吸が荒くなっていく。
─────取り敢えず今わかることだけでも確認するのが先だ
このまま思考を続けても碌なことにはならない。そう考え最悪の可能性から目を背ける。
もう1つ可能性が頭に浮かんだがそちらは考える前から切り捨てた。あまりにも非現実的すぎる。
いったい今は何時なのだろうか。大学はすでに春休みへと入り、今は長期休暇のため時間にはそれほど気を付ける必要はなかったが今の時刻を確認しようと無意識のうちにいつも近くに置いてあるスマホへと手を伸ばす。しかし...
伸ばした手は空を切ってしまい何もつかむことはなかった。慌てて視線を向けるもどこにもスマホの姿はない。
ベッドから落ちてしまったのだろうかと考えて周囲を見渡したところである違和感に気づく。
─────おかしい。もし自分の部屋だとしたら明らかにおかしな部分がある。
ベッドの位置や部屋の構造は自分の記憶とは変わりない。
だがベッドの隣にあったはずの勉強机や本棚、パソコンといったものは一切なく、代わりに自身のベッドの隣には同じくらいの大きさのベッドが存在していた。
このベッドは誰のベッドだ?そもそも此処は本当に自分の住む家なのだろうか?もし違うのだとしたら今いる此処は一体何処だ?
理解すればするほど新たに疑問が浮上し、一向に解決の糸口が見えない現状に思わずため息が出る。
─────部屋の外へ出よう...
これ以上部屋にいても分かることはないだろうと半ば諦めにも似た感情を覚えながら先ほどから見えていた扉へと視線を向ける。
そしていざ扉へ向かおうと立ち上がろうとした時...
<扉の外から誰かが階段を上ってくる音が聞こえ思わず動きを止める。>
突然のことに驚くも、自身の現状を理解することができるかもしれない事態に大きな期待と不安を抱える。
どうすればいいのかと多少パニックになりながらもこの事態の原因を待つことに決め、誰が相手でも対応ができるように深呼吸をすることで気持ちを落ちつけることにした。
段々と音が近づいてくるごとに再び大きくなっていく感情を必死に抑えながら視線は扉から決して離そうとはしない。
この足音の主は一体誰なのだろうか?早く扉を開けてその正体を現してくれないものかともどかしく思いながらも只々その瞬間を待ち続ける。
そして自分にとっては数分にも感じた時を経てついにその瞬間が訪れ身構える。
扉を開けて現れたのは...
「あぁおはよう。もう起きてたの?」
自分にとってはもう2度と会うことはないだろうと考えていたお母さんの姿だった。
─────あぁ...よかった...
思わずそんな言葉が口から零れ落ちそうになる。
足音の主が自分のよく知る人物であったことは拍子抜けではあるがそれ以上に自分の知らない人物ではなかったという安心の方が何倍も大きかったのだ。
次にお母さんの姿を目にして浮かんだ感情は『喜び』と『後悔』だった。
迷惑ばかりかけ続けてしまったお母さんと再会することができたことに対しての『喜び』、そしてまた迷惑をかけてしまったことに対する『後悔』が同時に浮かび上がり争いあう。
そしてその後に浮かび上がった感情はやはり大きな『自己嫌悪』であった。
散々死のうとしておきながら再会を喜ぼうとする自分と、迷惑をかけると分かっていながら実行してしまった自分に向けての嫌悪感。
そしてそんな嫌悪感に共鳴するかのようにほかにも様々な悪感情が浮かんでは消えていく...
それらが段々と自分の心を黒く侵食していく様子が感じ取れた。
クローゼットから物を取り出すお母さんを視界に入れながら必死になって自分の中の黒い感情を抑えようとするも、自分の中の黒い感情は大きくなるばかりで全く収まろうとはしない。
苦しい。気持ち悪い。震えが止まらない。呼吸が先ほど以上に荒くなっていき次第に目の前が真っ暗になっていく。
─────誰か助けて。
そして感情を最早抑えることができなくなり意識を手放しそうになった時...
「どうしたの!?大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってきたお母さんの必死な声でピタリと感情は収まり元に戻った。
ふらつく身体を手で支え、荒くなった呼吸を深呼吸で整える。
そして心配げな様子のお母さんに対して「大丈夫」だと声を出そうとすると...
「うん。大丈夫!」
口から出たのは自分のものとは思えない程の可愛らしい声だった。
いきなりの出来事に思わず思考が停止する...
─────今の可愛らしい声は何だ?本当に自分の声なのか?
「大丈夫ならいいんだけど...」
聞こえてきた声に反応してお母さんの顔を見てみるが自分の声に対して疑問を持っている様子はなさそうであった。
そんなお母さんの様子に対してこちら側が疑問を抱きつつも、思考を続けていると続けざまにある違和感に気づいてしまう。
─────上体を起こしているだけだからとはいえ自分の目線はこんなにも低かっただろうか?
目線が低くなるなど普通ではありえないことのためそんなことはないといつもなら切り捨てているのだが先ほどの声の件もあってかどうしても気になってしまった。
そして被っていた布団を捲り自分の身体を確認してみるとそこにあったのは...
まるで子供のような小さな手足と
自分の身体だと思うことのできないその姿に小さく悲鳴が漏れる。
─────これじゃあ...これじゃあまるで...
頭をよぎるその考えに思わず有り得ないと叫びそうになるがどう考えてもそれ以外は考えられない。
もしもそうなのだとしたら確かめる方法は...
「お、お母さん!」
「どうしたの?」
「鏡って持ってない!?」
「えぇと..持ってるけど」
「お願い貸して!!」
もはや自分の声に対して全く関心を持たずにお母さんに対して鏡を貸してもらえるようお願いする。
「は、はい鏡。」
「ありがとう!」
お母さんから渡された手鏡を持ち躊躇うことなく自身の顔を確認する。
そこに写っていたのは...
何とも綺麗な白髪に美しい空色の眼を持った可愛らしい少女の姿があった。
まさかプロローグの倍以上の時間がかかるとは思いませんでした...
この様子だと次もかなりの時間がかかりそうです