【ご報告】
今まで地の文と会話文で母親→お母さんといった風に分けていましたが、今回から統一させて頂きました。それに伴い、これ以前の話でも上記と同じように変更していこうと思っておりますので、よろしくお願い致します。
こちら側の都合で変更となったことをお詫び申し上げます。
それでは今回も楽しんで頂けたら幸いです。
「祐樹!美空!ご飯できたわよ~。」
「「は~い。」」
帰宅してから数時間が経ち、時刻は午後6時を迎えた。
夕飯には丁度良い時間帯である。
「今日のご飯は何?」
「今日はメンチカツよ。」
「わーい!」
この数時間、本当に長かった。
不信感を与えないために漢字で書かれた本は読めず、ゲームをしようにも家にあるのは幼児向けのものばかり。
結局、ただボーッとTVを見るくらいしかやることがなかったのだ。
─────何か策を考えないと俺は暇で死ぬ。
そんなことを考えてしまう程退屈なのである。
子供の頃は何をして遊んでいただろうか。
朧気に覚えている記憶を掘り返そうと努力するが、得られるものはなかった。
仕方がない。何せ15年前の記憶だ。よほど強烈なものでもなければ思い出せないだろう。
尤も、たとえ思い出すことができたとしても、その遊びが今の自分でも楽しめるものとは限らないのだが。
「はぁ...」
暇つぶしの1つも思いつかない自分の発想の貧しさにため息が出る。
良い案が思いつくまで考えたいところだが、意地になって考えても、良い案は思いつかないだろう。
遊びの方から近づいてくることに期待しながら手探りで探していくしかない。
「いただきます。」
思考が一段落したところで目の前の夕食を食べ始めた。
「...」
夕食を食べ始めて数十分、自分は苦い顔をしたまま固まっていた。
視線はテーブルに置いてある皿へと向いていた。
─────サラダ...
皿の上で嫌な存在感を放つ緑黄色。
それが自分を苦い顔にさせた原因だった。
精神は大人である自分が野菜を嫌がるなど滑稽に見えるかもしれないが、これは精神の問題ではない。
身体が拒否反応を起こしているのだ。
少女としての『私』が野菜を食べることを嫌がっている。
─────食いたくないなぁ...
昨日までは少し躊躇う程度だった野菜が、今は途轍もないゲテモノに見えてしまう。
先程からサラダを箸で持ち上げて、すぐに元の場所に戻す動作を繰り返している。
「あー...」
「食べなさい。」
「.....」
「食べなさい。」
「...はい。」
残された唯一の希望も儚く散ってしまった。
お母さんの視線が痛い。早く食べなければ。
もう何度目になるか分からないが、恐る恐る箸でサラダを持ち上げる。
そしてそれを口へと放り込み咀嚼した。
「ッ!?──────────!!!!!」
不味い。自然と涙が溢れ出てくる。
苦みと渋みから吐き出してしまいそうだ。
とてもじゃないが飲み込むことができない。
─────お、お茶...
口内に留まり続けるサラダをお茶で無理やり流し込む。
お茶のおかげで何とか飲み込むことができたが、飲み込んだ後も数秒間は動くことができなかった。
「ハァッ...ハァッ...」
「...大袈裟じゃない?」
大袈裟ではない。これでもまだ抑えている方だ。
本当なら吐き出してしまいたかった。
流石にそれは汚すぎるのでやる気はなかったが。
─────こんなところまで子供にならなくても...
落ち着きを取り戻してから考える。
まさか味覚まで子供になっているとは思わなかった。
味覚が変化しているということは好みも変わっているのだろう。
だからあの反応は私が可笑しい訳ではない。
─────半分くらい食べたかな...
残りの量を確認しようと再度、皿の方に目を向ける。
「嘘だろ...」
思わず素の感想が洩れてしまったがそれどころではない。
サラダが4分の1しか減っていないのだ。
つまりそれは今の地獄を最低でも後3回は耐えなければないということである。
「もう無理ぃ...」
泣きたい。
現在の時刻は午後7時半。サラダ地獄から解放されてから30分が経過した。
体調もようやく回復してきたところだ。食べ終わった直後は本当に酷かった。
吐き気で動くことさえできなかったのだ。
─────もう2度とサラダは食べたくない...
到底無理な願いだがどうか叶って欲しい。
食事の度にあんな地獄を味わいたくないのだ。
野菜ジュースとかで代用できないだろうか。
「美空ー。」
「...うん?」
「今の内にお風呂入っちゃいなさい。」
「.....わかった。」
遂にこの時が来てしまった。
パジャマを持って脱衣所がある1階へと下りていく。
階段を下りていく最中にそっと胸に手を当ててみれば心臓が早鐘を打っているのが分かった。
脱衣所に入り、扉を閉める。
ふと洗面鏡を覗いてみるがそこには変わらず少女の顔があるだけだった。
「スゥ...ハァー...」
気持ちを落ち着かせようと大きく深呼吸をする。
そして、ようやく着ている服を脱ぎ始めた。
脱いだ服がばさりと音を立てて床に落ちていく。
ただ服を脱ぐだけの為、そう時間はかからない。
1分も経たない内に一糸纏わぬ姿になった。
「.....」
何も纏わない少女の身体を鏡越しに見つめる。
この身体になって半日が経とうとしているが、未だにこの身体が自分であるという実感が湧かない。
ずっと夢を見ているかのような気分だ。
─────胸...は当たり前だけどないか...
視線を自分の身体へと向けて、手でペタペタと触ってみる。
しかし、これと言って特筆すべきことは見つからなかった。
いくら子供とは言え女性なのだから、男性と違う部分があるのではないかと考えたがそうではないようだ。
胸を触っても虚しい平面が広がっているだけである。
思春期はまだまだ先のため当然なのかもしれないが。
「何も感じないな...」
心の方は意外なことに平常心を保っている。
多少の恥ずかしさは残っているがそれだけだ。
身体に興奮を覚えることもなければ、朝の様に取り乱すこともない。
ただ、今はできるだけ下半身に目を向けないようにしているので、そのことは少なからず関係しているだろう。
「...クシュンッ!!!」
くしゃみが出てしまった。
長時間裸でいたせいで、身体が冷えてきてしまったようだ。
「早く入ろ。」
「はぁ~気持ちいい...」
湯船へ浸かり、伸び伸びと身体を伸ばす。
同じの湯船の筈なのに、大きく感じてしまうのは気のせいだろうか。
─────なかなか苦戦したなぁ...
思い返すのはつい先ほどまでのこと、身体と髪を洗った時のことだ。
身体の方は一部以外は特に変化してない為、そこまで苦労することなく洗うことができた。
問題は髪の方である。今まで長い髪を洗ったことがない上、男の時の様に洗っていいのかわからなかったのだ。
─────まぁお母さんのおかげで何とかなったけど。
結局、自分で洗うことは諦め、お母さんに任せることにした。
今後の為にも間違った洗い方を覚えるのはではないと考えたからだ。
自身の身体を他の誰かに見られるのはかなり恥ずかしかったが、それに見合う価値はあったと言えるだろう。
─────でも、何時かは自分1人でできるようにならないとな。
何時までもお母さんに頼る訳にはいかない。
1人でできることは1人でやらなければと余計な負担をかけてしまう。
自分はお母さんの負担にはなりたくないのだ。
「シャンプーブラシだっけ?初めて知ったな。」
視線を鏡の前の物体へと向ける。
今まで髪を洗うのにシャンプー等を除いて、道具を使うことはなかったが、髪が長いとああいった道具も必要になるらしい。
「そろそろ上がろうかな。」
身体が熱くて思考がぼんやりする。
それほど長い時間入っていない気がするのだが、熱を溜めてしまったのだろうか。
湯船から立ち上がり、浴室を出ていく。
「寒っ。」
浴室と脱衣所の温度差に驚くも、濡れた身体をバスタオルで手早く拭いていく。
そして体温が奪われない内に下着とパジャマを着て、脱衣所を出ていった。
─────あれ?
階段の電気が消えている。
お母さんが私の髪を洗った後、間違えて消してしまったのだろうか。
不思議に思いながらもそういうこともあるかと自分を納得させた。
消えてしまった電気を再度点けて、階段を上っていく。
そしてリビングのドアを開けた。
「お。風呂上りか?ただいま美空。」
.........
「おーい。美空?」
「......
「おう。ただいま。」
今目の前にいる人物は『
姓が『白河』と『黒瀬』で違うのは、『白河』が母方の姓で、『黒瀬』が父方の姓だからだ。
つまり『黒瀬美空』が今の正しい名前となる。
まぁ、何れ『白河』に変わるのだからそこまで気にすることではない。
私はお母さんの子であれば十分だ。
「髪を乾かすからこっち来て美空。」
「はーい。」
お父さんの横を通り過ぎて、お母さんの元へ行く。
「それじゃあ、乾かすから座ってね。」
「うん。」
お母さんの前に座り、ドライヤーで濡れた髪を乾かしてもらう。
ドライヤーから送られてくる温風が眠気を誘ってくる。
昼にも軽く睡眠をとったはずなのに、直ぐに眠くなってしまうのはこの身体のせいだろうか。
─────まだ寝ようとは思わないな...
時刻は午後8時を過ぎているが、子供が寝るにはまだ少し早いような気がする。
せめて9時過ぎまでは起きておきたい。
「はい。乾かし終わったわよ。」
「ん。」
ようやく乾かし終わったようだ。
やはり髪が長いと乾くのに時間がかかるらしい。
─────手入れは面倒だけど、やっぱり長い方が良いな。
手入れと精神的なことを考えるとやはり髪は短い方が楽なのかもしれない。
だが、自分は髪が長い方が好きなのだ。
できるのなら、いっそ腰のあたりまで伸ばしてやりたい。
「相変わらずサラサラね。」
「そう?嬉しい。」
乾かし終わった後は、ブラシで梳いてもらう。
折角、綺麗な髪なのだから良い状態で保っておきたいのだ。
「はい。おしまい。」
「ありがと。」
「どういたしまして。」
髪の手入れが終わり、立ち上がる。
─────何しようかな。
如何せんやれることが少なすぎる。
こんなことなら外出した際に、何か暇潰しでも買ってもらえばよかった。
「そういえば広海さん。」
「雪花。どうかしたのか。」
「今日ね、美空とお出かけしたのよ。」
「それは本当か。」
「本当よ。ね?美空。」
「え?...うん。」
急に話を振られたことに驚きながらも返事をする。
「楽しかったか美空?」
「...うん。楽しかったよ。」「それがどうかした?」
嘘を吐く意味もないので、正直に答える。
今日のお出かけはここ数年で1番楽しかったと言ってもいい程だ。
「そうか。今度お父さんとも何処かに行くか?」
「...行きたいけど、何処に行くの。」「行きたくないなぁ...」
「美空は何処か行きたいところはあるか。」
「...何処でもいいよ。」「正直どうでもいい」
お父さんと話す度に身体の内側からドロドロしたものが込み上がってくる。
何時もの事なので、もう随分と慣れてしまったが、それでも長時間となると辛くなってしまう。
この気持ち悪さから解放される為にも、早く話を終わらせてしまいたい。
「それじゃあ、お父さんの方で決めておくな。」
「それでいいよ。でも行くならお母さんとお兄ちゃんも一緒が良いな。」
「当たり前だろ。俺達は家族なんだから。」
「チッ...それもそうだね。」「どの面下げて言ってるんだよ。」
会話が終わると同時にドッと疲れが押し寄せてくる。
何故、お父さんとの会話にここまで精神を使わないといけないのだろう。
だが気を抜いてしまうとボロが出てしまいそうなので気を抜く訳にはいかない。
─────もう寝よう。
今の会話で精神的に疲れ切ってしまった。
つい先程、寝るにはまだ早い時間だといったばかりだが、前言撤回である。
今後の為にも早く寝て、体力を回復させようと思う。これ以上、お父さんと同じ部屋にいたくないのだ。
「美空。もう寝るの?」
「うん。もう眠たいから寝るね。」
「そう。ちゃんと歯磨きしなさいよ。」
「わかってる。」
歯を磨いて、最後にトイレをしに行く。
眠気のせいか、それとも回数をこなしたからかはわからないが、最初よりは平常心で済ませられた。
「おやすみ。」
「えぇ、おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
「おやすみー。」
最後におやすみとだけ言って、自分の部屋へ上がっていく。
自分の部屋に着くと直ぐにベッドに倒れ込んだ。
「夢じゃないんだよな...」
ベッドの上でポツリと小さく呟く。
『激動』。そうとしか言いようがない一日だった。
『自殺したはずなのに死なずに、何故か少女の姿で15年前に戻っていた。』
改めて振り返っても意味が分からない。どう理解しろというのだ。
「明日も続いていくのか...」
今日のことが夢ではなく現実ならば、明日以降も続いていくことになる。
そして何時かは自分が死んだであろう『あの日』さえも超えるのだろう。
「悔いがないようにしないとな。」
絶対にないと思っていたチャンスなのだ。無駄になんてするものか。
前世の自分は失敗と後悔の連続だった。
だからこそ、今世こそは最高の人生にしてみせよう。
夢を見よう。自由を手に入れよう。努力もしよう。思い描く理想を手に入れてやろう。
「強くなってやる。」
そんなことを考えながら眠りについた。
ようやく初日が終了しました。
次回の内容も巣で既に決まっているので、出来次第上げていこうと思います。
それでは次回もお楽しみに...
因みに今回、反転文字があったのですが気付きましたか?