イケメンは海へ往った   作:勇気生命体

1 / 7
ロマンス・ゴー・オン
奴隷の子


 フィンは眠りについていた。浅い眠り。ほんの少しのことで目が覚めるような。

 だから、身を切るような冷たさの水が体に触れるよりも先に、目を覚ますことが出来た。

 

「があぁあっ!!」

「ぶひゃははは!!!」

 

 氷水が体中に染み込んで、フィンは叫び声をあげた。正確にはそう見えるように振舞ったと言うべきだった。すでに痛みはフィンの感情を揺らすような存在ではない。それらは家族のように常に寄り添っているから。苦しむ姿を見せた方が、フィンへの拷問──彼らは遊びと呼ぶ──が早く終わるので、そう見せているに過ぎない。

 

 フィンが天竜人の奴隷になったのは五年前、彼が六歳の時だった。もう自由な人間として生きていた時代をフィンは思い出せない。

 五年という長い時間をフィンが五体満足で生きられたのは、ある種の驚異的な事実だった。力もなく、知識もなく、技もなく、魅力もない男児が、そんな風に生き残れたのには理由がある。

 

 一つは彼が目立ちすぎず、かといって彼らから粗雑に扱われすぎないような印象を与える術を先天的に取得していたこと。言うならば彼は気晴らしに遊ぶのにちょうどいい存在になったのだ。

 

 もう一つは彼の容姿が要因だった。もちろん美しさなどではない。彼の容姿はどう言い繕っても一般のそれからは劣っている。だがそれが幸いした。もしフィンが美しい子供だったら、天竜人はそれを壊すことに喜びを見出していただろう。

 

 天から与えられた二つの才能によって彼は生き残った。しかし、その日の違和感は才能ではなく、経験からもたらされた。

 

 明らかに与えられる苦痛がいつもよりも少ない。自分をいたぶる天竜人の笑顔の質がいつもと違う。

 

 ──違う。

 ──違う。

 ──何かが違う。

 

 日常の崩壊にも似た、そんな変化が封じ込まれたフィンの記憶を刺激し、いままで想起できなかった幸せの記憶が顔を覗かせた。

 

 それは団欒の記憶。楽しい食事。母がいて、父がいて、大好きなエレファントホンマグロを食べる。食後にはもっと大好きなショートケーキを食べる。フィンはいちごが好きだった。大好きないちごは最後に食べる。

 

 ──最後に。

 

 いちごをよけて、ケーキを食べるとき、不思議な愉悦が感じられる。楽しみは取っておくのだ。最後まで。

 

 目の前に置かれた、不気味な果物は大好きないちごとは全く似ても似つかない。

 

 天竜人に鞭を打たれながら、ほとんど強制的に果物を飲み下した瞬間だった。フィンはプールに投げ込まれる。

 

 その恐怖は初めての経験だった。人並程度に泳げたはずの体を、水底の悪魔に引きずられる。体は浮上せず、肺に水が殺到する。耳には自分が立てる水の音と、天竜人の嗤い声が響き渡った。

 

 死の直前に水から引き揚げられたフィンは、水を吐き出すのと一緒に、恐怖でゲロを吐き散らした。それを見ていた天竜人は益々大きく嗤う。息も絶え絶えとなったフィンが再び水に投げ込まれたのは、もっと嗤いたかったからに他ならない。

 

 朦朧とした意識の中で、天竜人に食べさせられた果物が、悪魔の実と呼ばれる、特別な力を与える代わりに、永遠に海から嫌われるという摩訶不思議なものだということを聞いた。

 確かに海の呪いを受けてはいたが、フィンには何の力も与えられなかった。

 彼が食べさせられたヒトヒトの実は人間が食べても何の効果もない。それが分かっていたから、天竜人はフィンに悪魔の実を食べさせたのだ。抵抗する力など何も得られなかった。

 

 だからその後の行動は、フィンの中から湧き出たものだということだった。

 

 その男は肉体労働を主な仕事とする奴隷の一人だった。魚人で、たくましく、恐ろしいほどの怒りを湛えている。フィンが彼を選んだのは偶然だったが、後々には運命だったと考えるようになった。

 

 誰も、フィン自身も、どのようにしてこの魚人の戒めを解いたのはわからない。ともかく魚人は逃げおおせた。フィンもまた天竜人の追求から逃げおおせた。

 

 そして、偉大なるフィッシャー・タイガーは舞い戻り、フィンを、奴隷を開放したのだ。

 

 

 *

 

 

 フィンは、彼と同じようにそうなることを望んだ奴隷たちと一緒に、とある島に降ろされた。フィンの傷跡はいくらか薄くなっていた。

 

 幸せになりたかった。大地に立ち、自由を実感した瞬間、何年振りかわからない感情が巻き起こった。

 

 水面をのぞき込んだのは久しぶりだった。フィンにとって、水は最も恐ろしい存在になっていた。恐怖と対峙することで、平穏な世界を取り戻せるような気がしたのだ。少なくともその第一歩としたかった。

 

 フィンは息をのんだ。水面に写った顔はどう見ても彼のものではなかった。

 

 ──イケメンだ。

 ──イケメンだ! 

 ──この世のモノとは思えないイケメンがそこにいる!! 

 

 フィンの右手が彼の右のほほに触れた。

 

 彼が食べさせられた悪魔の実の名前を、正確な名前を実際の所、誰一人として知らなかった。

 

 その名もヒトヒトの実モデル『イケメン』

 

 ──世紀のイケメンが生まれた。




 イケイケの実の能力者にするか迷いましたが、イケメンは超人ではなく、あくまで動物の一つのなのだという方がなんか面白かったので、そのようにしました。

 短編にするほどネタがまとまらなかったので、連載で投稿です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。