イケメンがいた。海の上にぽっかりと。頼りにならない小舟に乗って、イケメンが漂っている。
かのフィッシャー・タイガーが成し遂げた奴隷解放から十年以上の時が経ち、時がフィンの傷を癒すと、心は冒険へと向かった。時代の流れと共に生きるのは若者の特権であり、フィンは若者だった。
大海賊時代は荒くれ者たちを海に解き放ったが、善い心を持つ者──あるいは金のために胆力を発揮できる者──達が海から締め出されるわけではない。フィンはそう言った者たちの船に相乗りする形で、物見遊山に世界を旅していた。
もちろん、命の危険がないわけではない。フィンは何度も死にかけたし、騙されたし、たまには人さらいにつかまりそうになった。
だが、そのすべてをどうにかこうにか切り抜けて、フィンは今日まで生き残っていた。
それはひとえに彼がイケメンだったからだ。
──そんなわけはない。
彼は確かにイケメンの力を持つ悪魔の実の能力者だったが、それだけで生き残れるほどグランドラインは甘い場所ではない。では何がフィンを生き残らせたのか。
鍛えた体は普通の人間よりも機敏に動ける。経験に裏打ちされた処世術は危機を脱するには必須だ。もちろんイケメンは色々得もできる。しかし、そのどれもが、あるいはそれらすべてを総合しても、ちゃんとした仲間無しにグランドラインを生き延びるには足りない。
フィンは幸運の女神に愛されていた。イケメンだからか? 誰にもわからない。
イケメンは死なない。
とりあえず、そういう心持ちで生きることがフィンが覚えた最高の戦術、精神安定法だった。
そんなイケメンも今は一人、小舟の上だ。
フィンは今回も商船に相乗りした。今回の商人たちはケチで、下品で、ほとんど海賊まがいの連中だったが、心根は決して悪い人間ではなかった。
始めに津波が船を襲い、それで半分の船員が海に飲み込まれた。それから巨大な海獣が現れて、一息で船をひっくり返してしまった。荒れ狂う水の中、何かにつかまろうと必死に手を伸ばしたところに、小舟が舞い降り、フィンはどうにか生き残った。今回も幸運の勝利といったところだろう。
商人たちはどうなっただろうか。彼らを思うと心が痛んだ。きっと自分と同じように生き残っただろうとは、とても思えない。小舟は三隻しかなく、そのうちの一隻をフィンが一人で使っている。全員が生き残ったなんて奇跡は起きるはずがない。
フィンは小舟の中で寝転がり、空を見ていた。青い空を。
オールはすでに流されて、小舟は漂うほかにどうしようもなかった。しかし、オールがあったところで何も結果は変わらなかっただろう。実のところ、フィンはいまだに水面が苦手で、小舟の上から見るときのように、近い位置から見る水面は特に苦手だった。
──だから空を見ている。完全に現実逃避である。
そして、空を見ていたがゆえに、
最初それは、黒い星のように見えた。フィンが目を凝らす暇もなく、それはどんどん大きくなっていき、ほんのわずかな時間のうちに、それが何なのかわかる程度には近づいてきた。
──ガレオン船だ。
──ガレオン船!!?
自身が乗っている小舟と比べて、何十倍もの大きさを持つ船が、はるか上空から落ちてくるなんてことが、どうして起こるのだろうか。まったく理解できないことではあったが、グランドラインとはそういうものだった。
フィンは高鳴る心臓を何とか抑えながら、ぼんやりとガレオン船を見つめた。
「……イケメンは死なない」
そう呟いて、フィンは衝撃に備えた。そして再び、波に飲み込まれた。
頬に伝わる軽い衝撃で、フィンは目を覚ました。背中に違和感がある。どうやら何かに引っかかっているようだった。どうやら今回も幸運の女神に微笑まれたようだった。
「あ、おきた」
目の前にいる黒髪の青年が言う。見るからに快活な男で、目の下に傷がある。
「お前、なんでそんなところにいるんだ?」
「それはもちろん」フィンは微笑みを湛えて断言した。「海を漂ってたのさ──かっこよくね!」
真っ二つになったガレオン船、その中心あたりに引っかかっているイケメンは、奇妙なまでの自信を感じさせる口ぶりで言った。そんな間抜けな状態であってもイケメンは、なぜか絵になる。
「ところで、降ろしてくれると嬉しいな。あと、君の船にも乗せてもらいたい」
青年は二つ返事で了承すると、フィンをガレオン船の手すりから降ろしてくれた。
その間、フィンは青年のものだと思われる船を見ていた。ずっとぼんやりと空を見ていたせいで、それなりの船であったにも関わらず、今の今までその存在に気が付かなかった。船の帆には麦わら帽子をかぶったドクロマーク。
──海賊船だ。
ラッキーだけど、ちょいと厄介なことになったな。フィンはそう思った。
空島が好きです。DLC同梱パックを買って、何も知らずに一週目からDLCの方に入っちゃった感じの冒険難度って感じが最高ですね。