「なんて日だ……」
誰かがつぶやいて、船の上の全員がそれに同意した。空から降るガレオン船、漂流したイケメン、サル、ありえない巨人。普通に生きていれば一生に一回も起きないようなことが、一日で起こったのだ。そう言いたくもなる。
しかし、それがグランドラインというものであり、麦わら海賊団もそれは了解していた。すぐに彼らは次のための行動を始める。不思議なことにフィンもその話し合いに混ざる運びとなった。同じオールを漕いだ仲になったので、何となく一味との距離感が近くなったのかもしれない。
「そうだ!! 見ろよこれ!! すげぇもん見つけた!!!」
ルフィがそう言って、瓶に詰められていた一枚の紙を全員に見えるように広げる。
『SKYPIEA』
大きくそう書かれた地図は、空島は存在すると声高に主張しているようだった。
ウソップとチョッパーが色めき立つ。他の船員も少なからず興奮した様子だった。もちろん、フィンも息をのんだ。空に浮かぶ島というロマンは、あまりに魅力的だった。
「これが空島があるっていう証拠にはならないわ。世の中にはウソの地図なんていっぱいあるんだから」
航海士であるナミがそう言って釘を刺したが、もはや船長ルフィの中では空島に行くことは決定事項であるらしく、何としても空に行きたいようだった。しかし、ログポーズが空に向いているため、空島どころかどこの島にも行くことはできない状況である。
そんな時、ロビンがナミにエターナルポーズと呼ばれる一つの島を永遠に指し続ける指針を手渡した。どうやら先ほどのマシラの船からくすねてきたようだ。ジャヤ。エターナルポーズにはそう書かれていた。
そして、厳選──詳細はあえて言うまい。少なくとも、船長を含めた何人かの船員(とフィン)は潜水スーツにくっついていた蛸を使ったサンジ特製たこ焼きを食べていた──なる話し合いの結果、空島へのログが変わるよりも先に島を離れるという条件で、ジャヤへ向かうことになったのだった。
つまり、そのジャヤで彼らとフィンは別れるということだった。
*
フィンと同じヒトヒトの実を食べたチョッパーは、医者ということもあり、悪魔の実についての研究をいくらか行っていた。フィンがそんな彼の興味深い話を聞いているうちに、船はジャヤの波止場についてしまった。
何とか今回も生きて違う島につけたな、と安心した一方で、フィンは寂しさも感じていた。こんなに楽しい一団との船旅は初めてで、ルフィ達が海賊でさえなかったら、次の島への出航にも連れて行ってほしいぐらいだ。
しかし、そうも言ってはいられない。命知らずの一般人として旅をすることがフィンの目的で、海賊と一緒に行動なんてしているところを海軍に見られれば、一緒になって捕まえられてしまうかもしれないのだ。最悪の場合、再び奴隷にされてしまうかもしれない。それだけはごめんだった。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「おう、じゃあな」
ルフィがスッキリとそう言った。すぐにジャヤに上陸したいといった具合だが、まだ止められているらしい。
「それにしてもほんとに大丈夫なのか?」
ウソップが言う。正直なところ、この海でほとんど初めて会う気のいい一般人であるフィンに、それなりの情が沸いている。そんな一般人が明らかに治安の悪い場所──どういうわけか、ジャヤは海賊でいっぱいだ──に行こうとしているのだから、心配だった。
「まぁ、私にもそれなりに処世術があるんですよ。こういう治安の悪い所は──」
フィンの顔が素早く変形し、イケメンでもブサイクでもない、やや中の上にギリギリ入りそうな容姿になった。いかにも印象に残らなそうな凡庸な顔だ。これがフィンにとっての人獣形態と言える。
「──こっちの顔で行動するとか」
「おお……なんとなく便利だな」
「これぐらいしか出来ませんけどね……んん゛!! これぐらいしか出来ないっすけど」
「なんで言い直した」サンジが微妙な顔をしながら言った。
「こっちの口調の方が顔にあってないっすか? キャラ付けっすよ、キャラ付け」
「なるほど、そうして三つの顔ごとにキャラを作ってるわけだ」
「まぁ、適当に変えんすけどね」
「変えんのかよ!」
そんなふうに和やかな雰囲気で別れは終わった。誰もフィンと一緒に行ったりしなかったのは、彼らなりに一般人が海賊と一緒にいることのリスクを考えてくれたのだと、フィンは考えた。ともかく、フィンは一人でジャヤを回った。
とにかく荒々しい街、フィンの印象は波止場で抱いたものとそう変わらなかった。海賊たちが行きかう往来を、記憶に残らぬ
仕方がないから野宿をすることにしたフィンは、まず比較的人通りの少ない場所に立っていて、受付が優しいそうなホテルを探した。もちろん、簡単な作業ではない。このモックタウンには町の人間であっても荒っぽそうな雰囲気の奴らが多い。それでも何とか条件に合いそうな女性のホテルを見つけ、誰もこちらを気にかけている者がいないところで、イケメンになる。そして、ホテルに入った。
「すみません」
「あ、はい! いらっしゃいませ!」
フィンは自身の幸運に感謝した。表情、目線、声の上ずり具合、これは完全に面食いの反応だ。優しく微笑んで、頭を少し下げた。
「部屋は空いてますか?」
「は、はい! いくつか開いております!」
「……もしかして、海賊が泊っています?」
受付は一瞬顔をしかめ、言葉に詰まった。フィンはわざとらしくがっくりとうなだれた。
「やっぱりかぁ……そうですよね」
「申し訳ございません」受付は小さな声で言う。「でも、多分どこのホテルも同じような状況ですよ」
「そうですよねぇ」
「そうですねぇ」
フィンは少し考える素振りをした後、何かを思いついたように顔を上げた。
「ここら辺に森とか、とにかく野宿できそうな場所はありませんか?」
「え! でも危ないですよ!」
それから少し、受付はいかに野宿が危険で、いかにこのホテルが安全かを解いてくれた──フィンはイケメンになったことを少し後悔した。海賊たちは町の住人にあまり手を出さないらしい。それなら、普通の顔で雇ってくれと頼んだ方がよかったかもしれない。しかし、後の祭りだ。受付はフィンへの説得が不可能だと察すると、あきらめて色々教えてくれた。
「……ということで、森には食べられるものくらいあると思いますが、入ることはおすすめしませんね」
「なるほど、ありがとうございました……あの」
「はい、なんでしょう?」
「非常に厚かましいお願いではあるのですが、いくらか払いますので、何か食料などを分けてはいただけませんか?」
フィンの狙い通り、まったくの無料で受付はわずかな食糧と新聞紙、ジャヤの地図をくれた。それらを捨てて、他のホテルに自分を売り込みに行く手もあったが、結局は野宿をすることに決め、フィンはモックタウンから離れ、ジャヤの反対側へと向かった。そちら側には町もなく、よほどの変わり者しかいないらしい。
フィンは危険と言われた森からやや離れた場所を拠点と決め、薪を集め、新聞紙を絞って火種を作る。その時、知っている顔が現れた。
麦わらのルフィ、懸賞金3000万ベリー。
フィンはその手配書をしばらく見つめた。だが結局、激しさを増し始めた炎の中に、投げ込んでしまった。