イケメンは海へ往った   作:勇気生命体

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かっこいいとはこういうことさ

 まだ朝までは時間があるにもかかわらず、フィンは目覚めた。少しの間、うずくまったままであたりの気配を探り、特に何の気配もしないことを確認してから、無造作に体を起こす。

 

 珍しいな。フィンは思った。彼は何かが近づいたり、起きようという心構えをもっていれば、目を覚ますことがあるものの、基本的には太陽が昇るまで目を覚ますことはない。

 

 起きてしまったのならしょうがないので、朝が来るまで散歩をすることにした。朝が来たら、もう一度町に行って、今度は商船が来るまで働かせてもらおう。

 

 透き通った夜だったが、静かな夜ではなかった。生き物たちの音や風の音が鳴っている。フィンはその中を歩いている。どんな気まぐれだったのか、彼は海の方まで歩を進めた。ゆったりとした波の音が聞こえる。

 

 しばらく動かずに水平線を見て、しゃがみ込んで水面をのぞき込む。なんだか今なら、それを克服できるような気がしたのだ。

 

「うわ! なんだこのイケメン!! ……あ、俺か」

 

 フィンはため息をついた。水面をのぞくといつだって俺ではない俺がいる。しかも、水の中に居るような息苦しさも感じるのだ。鏡ならば前者だけで済むのに。最悪だ。

 

 フィンは立ち上がり踵を返した。冒険はしたいが海が好きなわけではない。この世がもっと巨大な陸地で出来ていたら、歩いて世界を回ることが出来るのに。そう思うことが、もはや日課のようになっている。

 

 そうして、少し不貞腐れたように内地に戻るフィンだったが、自然のざわめきの中に人の雄叫びのように聞こえるものが混じると、即座に近くにあった木の陰に身を隠した。

 

「ルフィ船長……!?」

 

 雄たけびを上げながら走っていたのは、つい昼に別れた明るい一団の長だった。その顔はメリー号に乗っていた時に浮かべた、どの表情とも違う。怒りの表情だ。

 

 彼はすさまじい速度でフィンを横切っていった。恐らく町向かったのだ。しかし、どうしていったのかがわからない。もっともどうして町に行ったかなど、フィンには関係のないことだった。

 

 そう、関係のないことなのだ。

 

 それでも、フィンの足はルフィを追って町に向かった。彼が三千万ベリーの賞金首だということは知っていたのに、フィンは止まらなかった。速度を落とすことさえしなかった。

 

 町に着くとすでに騒ぎが起こっており、そこら中に海賊の姿──どいつもこいつも同じ方向を見上げていた──が見える。顔を彼本来のものに戻しながら、出来るだけ人目に付かないように、視線を上げる。

 

 ある建物の屋根の上に彼がいた。ルフィと向かい合っているもう一人のこともフィンは知っている。ハイエナのベラミー、五千五百万の賞金首。つまり、ルフィよりも危険な男だ。

 

 衝動的にルフィへ何か叫びそうになったが、フィンはそれを抑え込んだ。目立てば死ぬことになるのは明白だった。そして、状況は彼が何をするよりも先に動いた。

 

 二人の立っていた建物が崩れる。ルフィは屋根ごと宙に投げ出されたようだった。ベラミーは、彼の食べた悪魔の実の力である、バネの力を利用して縦横無尽に飛び回る。凄まじい速度。フィンの目には残像しか映らない。そんな男の最初の一撃を、ルフィは崩れゆく屋根を足場とし、地面に向かって思いきり飛ぶことで回避した。驚異的な反射神経と身体能力だが、ベラミーは止まらない。

 

 町の中のありとあらゆる場所を足蹴にして、ベラミーは飛び回った。フィンにはもう残像すら見えない。そのため、フィンの瞳はまっすぐとルフィだけを捉えていた。

 

「友達だって!!? ハハッハハハ!!!」

「400年前の先祖のホラを信じ続ける、生粋のバカ一族だ!!!」

「何が空島!!? 何が黄金郷!!!? 夢見る時代は終わったんだ、海賊の恥さらし共!!!!」

 

 ベラミーが嗤う。フィンは、自身と別れた後でどんなことがあったのかはわからなかったものの、ともかくルフィ達は本気で空に行くつもりだということを知った。ベラミーがさらに加速している。友達のために戦っていることを知った。ベラミーがルフィに向かって跳んでいく。フィンは、なぜかその小さな一言だけ聞き取ることが出来た。

 

「パンチのうち方を知ってるかって……?」

 

 ベラミーが地面に叩きつけられる。たった一撃の拳。その一撃で、五千五百万の恐ろしい海賊は動かなくなった。

 

 

 *

 

 

「はぁはぁ……! はぁ……ルフィ船長!!」

「ん……? あ! フィンじゃねぇか! どうして、お前こんな森の中にいるんだ?」

「町での……はぁ、騒ぎを……はぁ、はぁ……オエ」

「落ち着け落ち着け」

「行くん、ですね……!!!」

「ん?」

「本当に……空島に……!!!!」

「おう」

「そうか……そうなんですか…………見送らせてもらえますか?」

「おう、いいぞ」

 

 

 *

 

 

 不思議な感覚だった。麦わら海賊団を見送った次の日。どういうわけか、フィンはまた海賊団の世話になっていた。

 

 猿山連合軍は三人のボスから構成された、サルベージを主な目的とする海賊団である。そのボスの一人は、フィンが煽てたサル顔のマシラだ。他にショウジョウとモンブラン・クリケットという人物が率いており、彼らが麦わら海賊団を空に送った協力者だった。

 

 ロマンを好む性質こそがフィンが受け入れられた要因であり、彼らを結ぶ要因であるために、ルフィ達が出発した後も、誰も眠らずに空島について話し続けた。空島の話、黄金郷の話、そこにある世にも美しい黄金の鐘の話。フィンが質問すれば、彼らは楽しそうに語る。そんな彼らが好ましくて、フィンも思いつく限りの疑問をぶつけた。

 

 ある頃から、フィンや猿山連合軍のすべての者たちは、海岸に出て、海を見つめるようになった。麦わら海賊団が向かった方を見て、誰もが静かに何かを待つように佇んだ。フィンも海を見た。いくらかの嫌悪感を持つのは変わらない。それでも、海と空の境目は美しかった。

 

 そして、それは訪れる。遠くから聞こえる鐘の音。空から聞こえる黄金の音色(ラブ・ソング)

 

 モンブラン・クリケット曰、積帝雲と呼ばれる厚い雲──フィンが麦わら海賊団と共に体験した夜の正体だ──に浮かぶ巨人は、はるか上空にいる人間に強い日光が当たることで現れる。巨大な影であるらしい。

 

 心臓が高鳴る。その音も鐘の音に溶けていく。フィンは涙を流した。

 

 空を包んだ積帝雲に、ルフィの姿がくっきりと写っていた。

 

 

 *

 

 

「ほんとに行っちまうのか?」

「ええ、クリケットさん。商船も来ましたしね」

「そうか」

「もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃねぇか?」

 

 すっかり仲良くなったマシラが言ったが、フィンは柔らかな笑みを浮かべながら首を振った。

 

「空島に行くんだろう? だったらここの方が都合がいいだろう?」ショウジョウが言う。

「先にどうしてもやらなきゃならないことがあるんですよ」

「水面の克服なら手伝ってやるぜ?」

「それもですけど……他にもあるんですよ。こっちはやらなきゃ……男が廃る」

「……そうか」クリケットがつぶやくように言った。「なら、仕方ねえな!!」

 

 その言葉にマシラやショウジョウも強くうなずく。フィンは価値観を共有できることがうれしくて、笑みをこぼした。

 

 自分が求めるものに、まっすぐと突き進んでいくルフィの姿を見て、フィンは己の小ささとかっこ悪さを知った。

 

 死はかつてと変わらず彼のそばにいたが、十数年の幸せな日々が彼を少し臆病にしていたことに気が付かなかったのだ。ルフィの手によってそれに気づかされた時、フィンは本当に行きたかった場所を思い出した。

 

 ある種の因縁の場所である、魚人島だ。人さらい、レッドライン、天竜人、フィッシャー。すべての過去がそれらに通じている。自分はそれから逃げている。そんなかっこ悪いことがあるだろうか。

 

「それじゃあ、ありがとうございました」

「ああ、達者でやれよ」

「はい……また!!」

 

 マシラの笑顔に押され、ショウジョウの声に勇気づけられ、クリケットの心意気で勢いづいた体で、フィンはジャヤを出た。そして、フィンは、己の中のけじめをつけるための旅を始めるのだった。




 結局、空島にはついていかなかった主人公でした。ということで、第一章終了です。
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