――私は兵士 一人ぼっちの兵士なんだ
望みもないまま家を遠く離れている
だから私は一人ぼっち 一人ぼっちの人間なんだ
できるのならば私は家に帰りたい
――Bobby Vinton『Mr. Lonely』
◇◆◇◆◇
「ギャラルホルンが機能を停止してる、だと?」
S.O.N.G.の司令官、風鳴弦十郎は同じくS.O.N.G.の技術顧問であるエルフナインからの説明を受け、驚きの声をあげた。
ギャラルホルンとは並行世界を繋ぐ聖遺物である。それにより、これまで彼らは様々な並行世界へと干渉していた。
「はい。と言っても、あくまで一時的なものですが」
「そうなのか……しかし、それは何か問題が起きている、ということではないのか? 聖遺物や哲学兵装、錬金術が絡んだ何らかの謀略という可能性は?」
「ああ、大丈夫です。そのへんにおいては安心してください」
心配する弦十郎に対し、エルフナインは落ち着きながら応える。
「これはギャラルホルンや他の聖遺物の問題ではなく、並行世界間における時空のズレの問題なんです。ギャラルホルンは各並行世界を繋ぐ役割をしていましたが、時折それぞれの並行世界の時間と空間の流れのバランスの関係で接続がうまくいかないことがあるんです。そうですね……大型台風で飛行機が飛ばせなくなった状況、とでも言えば分かりやすいでしょうか?」
「なるほど、そう言ってもらえると理解がしやすいな」
「今までもほんの一瞬の間なら何度かあったことなんですが、ここまで長期間接続がうまくいかなくなるのは初めてなので一応報告させてもらいました。原理を正しく説明するなら、それぞれのブレーンワールド間にある重力場と時間流の関係の変異によって干渉同調関係に虚数数値が――」
「――ああ、いい! おそらく俺はそれを説明されても理解できん」
弦十郎は少し慌てた様子で手を振りながらエルフナインに言う。
「そうですか……」
エルフナインは少し残念そうに眉を落とす。
弦十郎は少し悪いことをした気持ちになって軽く頭を描きながらも、手元にあったモニターでギャラルホルンを映し出す。
「ふむ……しかし、そうなるともし並行世界に異常が起きたとき、察知できないのは少し心配だな」
「そうですね……何事もなければいいのですが」
モニターに映し出されるギャラルホルンは以前と変わらぬ姿で鎮座している。
その静けさは、かえって二人に不気味な印象を与えたのであった……。
◇◆◇◆◇
「はぁ……どうして私が……」
立花響はふてくされた表情をしながらショッピングモールを歩いていた。
灰色のパーカーのポケットに左手をつっこみながら、空いたもう片方の手でメモを持ってみている。
そこには、細かく商品名が記された買い物リストが並んでいた。
「まさか一緒に住むなんて話になるなんて……未来もずいぶんと大胆な」
響は少し呆れた口調で言う。
小日向未来が響と一緒に生活すると言い出したのは、つい最近のことであった。
響はこれまで長い間一人で生活していた。というのも、かつてノイズに襲われたライブ会場で一人生き残った響は、世間からのバッシングを受け、さらには胸に刺さった聖遺物ガングニールの破片により意図せずにシンフォギア装者になったことにより、心に傷を負いながらも他者を巻き込まないようにと生きていたからだ。
だが、それを別の世界から来た未来によって救われ、その後こちらの世界の未来と再会した。
それは今まで苦しさの中で陰っていた響にとって大きな救いになった。
未来もまた響を一人にしてしまったことが大きな負い目になっていたのか、一度出会えてからは頻繁に響の元へと訪れるようになっていった。
そしてついには、響と一緒に生活するために彼女の通っている学校、リディアン音楽院へと転入を決めたのだ。
「普段大人しそうなのに、案外行動力あるんだもんなぁ未来は……でも、そういうところは何も変わってないんだから」
ふっと響がぎこちない笑顔を作る。
長い間孤独な生活をしていたせいか、感情を表に出すことがすっかり苦手になっていた響だったが、未来と一緒にいるときや彼女のことを考えるときは少しだけ昔の明るかった頃に戻れていた。
「はぁ……しょうがない、付き合ってあげるか」
響はそう言うと、財布にそのメモをしまってショッピングモールの目当ての場所へと向かうのであった。
「ただいまー……」
「あっ、おかえり! 響!」
リディアンの寮に大荷物を持って帰ってきた響を未来が迎える。
響は「ふぅー……」と息を吐きながら玄関に重たい荷物を置いた。
「はい、言われた通りのもの買ってきたよ」
「うんありがとうね。私は荷解きで手が回らなかったから……でも、これで響の生活もまともになるね!」
「……やっぱり私のものを未来に指示されて買わされるってなんか変だと思うんだけど」
そう、響が指示されて買っていたものは未来のものではない。
未来が、響に必要だと思って買わせた彼女自身に必要なものだったのだ。
「だって、響ったらあれもいらないこれもいらないって言ってなんにも部屋にないんだもん。もう最初びっくりしちゃった。ベッドとテーブルしかない部屋なんてとても年頃の女の子の部屋じゃないよ」
「……雨風しのげて眠れればそれでよかったから」
「……響」
響が伏し目がちにそう言うと、未来は少し寂しそうな声を出し、そしてそっと響を抱きしめた。
「未来……?」
「確かにこれまではそうだったかもしれない……でもね、今の響は一人じゃない。私がいる。特異災害対策機動部の人達だっている。もう怖がる心配なんてないんだよ……」
「……うん」
響は未来を抱きしめ返して確かなぬくもりを感じる。
一人ぼっちだと思っていた頃からは想像もできなかった温かさだった。
――このぬくもりをくれるひだまりを、私は守りたい。
今の響にとって、未来はなくてはならない存在になっていた。そんな未来を守るためなら、響はなんだってできる。そう思えた。
「これからは、ずっと一緒……。三ヶ月後ぐらいに来るっていう流星群だって一緒に見たいし、近所のお好み焼きだって一緒に食べる。翼さんの卒業にだって一緒に涙したいし、学校を二人で卒業した後も、一緒にいよう……」
「そうだね……未来」
そうして二人がお互いのぬくもりを感じあっているときだった。ガチャリと、玄関のドラが開く音がしたのだ。
「おい立花、少し話が――」
扉を開けて言いかけた言葉を飲み込んだのは、シンフォギア装者であり世界的な歌手でもある風鳴翼だった。
翼は抱き合っている二人を見て目を丸くし、またそんな姿を見られた響と未来も表情を固まらせる。
「……すまない、デリカシーがなかった。それでは――」
「――あっ、待って! 待ってください翼さーん!」
そのまま静かに扉を閉めようとする翼を、未来は慌てて引き止めたのだった。
◇◆◇◆◇
「やあよく来てくれた響くん! 未来くん!」
リディアンの地下にある特異災害対策機動部二課の拠点で、弦十郎は呼び寄せた響と未来に元気よく挨拶をする。
それに対し、響と未来は気まずそうにしかし同時に顔を赤くしながら俯いていた。
「ん? どうしたんだ二人とも? 何かあったのか?」
「い、いえ!? な、何も!? ねぇ響!?」
「え!? え、ええ……特に何も……」
「……? そうか、ならいいのだが……」
弦十郎は少し疑問に思いながらも二人がそう言うのならと納得して流すことにした。
その側で翼は軽く苦笑いを浮かべていたが、弦十郎は気づくことはなかった。
「さて、二人に来てもらったのは他でもない。我が二課の技術顧問、櫻井了子くんから君たちに話したいことがあるそうだ」
「はーい! どうもー! 櫻井了子です! 二人とは初めてよねー! どうかよろしくー!」
弦十郎が言い終わるやいなや、近くにいた女性、櫻井了子が高いテンションで挨拶する。
その元気さに二人は少し気圧されてしまう。
「……ど、どうも」
「……ども」
「何よー二人とも! 初対面だからって緊張してる? もー年頃の女の子がそれじゃダメダメ! 若さは元気さなんだから、もっと元気じゃないとダメよー?」
「……は、はい」
未来は了子に対しぎこちない笑みで応える。
一方の響は、仏頂面でいぶかしげに了子を見ていた。
「……で、二課の技術顧問さんが、私達に何のようなんです?」
「ひ、響!」
ぶっきらぼうに言う響に対し、未来が咎めるような口調で注意する。
だが、そんな響と未来に対して了子は笑顔で手をぶんぶんと振った。
「いいのよいいのよー! 素直な反応が一番なんだから、ね! 二人に来てもらったのは、大きく言えば二つの目的があるの! 一つは、純粋に私があなた達二人に会ってみたかったという目的。だって、非常に希少な聖遺物との融合症例である立花響ちゃん、そして、聖遺物の力によって来た異世界の個体とは言え、神獣鏡の適合者なのが判明した小日向未来ちゃん。その二人と、こうして直接会ってみたくてね」
「そ、そんな……確かに話は響から聞いてますけど、それは別の世界の私であって、私自身じゃ……」
「ううん! 大切なことよ! 別の世界の存在とは言え、生物学的にはまったく同一の存在。ならば、この世界のあなたも当然神獣鏡に適合できるはずだもの。データもそれを示しているわ」
「そ、そうなんですか……」
目をキラキラさせて語る了子に対し、未来はどうにもピンときていないようだった。
一方で、響は了子に対し渋い視線を解かない。
「……で、もう一つは? さっき二つって言ったからには、それとは別の私達に関わる話があるってことですよね?」
「そうね。さすが響ちゃん。鋭いわね。私が今日二人と会いたかったもう一つの理由、それは……これよ」
了子はニヤリと笑い、懐からとあるものを取り出した。
それは、それぞれ別に紐でくくられた二つの宝石のようなものだった。
「……? なんですか? それ、アクセサリーみたいですけど……」
「……シンフォギア」
未来がきょとんとした声を上げた直後に、響は静かにその名を口にした。
「ご名答ー! さすが響ちゃん! よく観察できてるわね!」
「えっ!? シンフォギアって、これが!?」
驚きの声を上げる未来。一方で響は厳しい目でシンフォギアと了子を見ていた。
「ええ、これは正真正銘、聖遺物の破片を組み込んだシンフォギアよ。 こっちが、アメリカからとあるルートで手に入れた別のガングニールの破片を入れたもの、そしてこっちが、別の世界の未来ちゃんが使用した神獣鏡。どちらも二人に適合していると思われる聖遺物のシンフォギアなの」
「もしかして、それを私達に……」
「そう。適合実験をしてもらいたいの」
未来の恐る恐るの質問に、了子は柔和ながらも先程とは打って変わって真面目さが伝わってくる表情で答えた。
「ご覧の通り、今うちにいる装者は翼ちゃん一人だけ。いくら翼ちゃんが優秀な装者だからって、一人だといろいろと限界がある。それは、同じく一人で戦っていた響ちゃんならよく分かるでしょ?」
「…………」
了子の落ち着いた言葉に、響はパーカーのえりを掴みそっと口を隠す。
また、話を側で聞いていた翼も苦い表情を浮かべていた。
「ノイズの被害はとどまることを知らないわ。私達二課も全力を尽くしているけど、対抗手段であるシンフォギア装者が一人だけなのはいかんともしがたいところがあるの。……どうか、私達に協力してくれないかしら」
「そんなっ……! 響は今までずっと苦しんでたんですよ!? それをまた戦えなんて……!」
「――いいですよ」
了子に叫びかかる未来だったが、その勢いを響の静かな声が遮る。
未来は、驚いた顔で響を見た。
「響!?」
「……確かに、ガングニールが私の中にあったころはとても辛かった。でも、私が目をそらしたら、今度は他の沢山の人が不幸になる。……それこそ、以前の私のように」
「……響」
「ありがとう、響ちゃん……。これで、翼ちゃんも楽になるわね」
「でも!」
しかし、響はそこで了子に強い口調で言った。
「装者になるのは、私だけでいい。未来は今のままでいさせて。それが条件」
「えっ!?」
響が出した条件に、またも未来は驚く。一方で、了子や弦十郎はその返答を予想していたのか落ち着いた様子を見せていた。
「なるほど……未来君には戦いをさせたくない。そういうことだね?」
「うん。さすが、分かってるじゃないですか。……未来に戦いは似合わない。拳で力を振るうのは、私だけで十分だから」
「んー……できるなら、未来ちゃんもいてくれたらより様々な状況に対応できたんだけど、ここで無理に要求したらあなたは私達に力を貸してはくれないでしょうね。ええ、いいわよ。その条件で」
「……ありがとうございます。それじゃあ――」
「ダメっ!!」
話をまとめ、ガングニールを受け取ろうと手を伸ばした響の腕を、未来は叫びながら掴んだ。
「未来……?」
「ダメだよ響! また一人になろうとしないで!」
「一人って……装者は翼さんもいるし、別に一人じゃ……」
「ううん! 響は一人になろうとしてるよ! 私を遠ざけて、守ろうとしてる。でも、それじゃダメなの! 私は響と一緒にいたいから……もう響を一人にしないと決めたからこっちに転入までしてきたんだよ!? それを、またこうやってまた響を戦わせるなんて、私には選択できない! 響が戦うことを選ぶなら、私だって一緒に戦うよ!」
「っ!? そ、それはダメ! 未来にそんなことは似合わない……」
「でも、別の世界の私は実際にそのシンフォギアで戦ってたんでしょ? なら、私にだってできるはずだよ! 今度は別の世界の私じゃなくて、私自身が響の隣にいて、響を救いたいの!」
「……未来……」
未来の瞳は力強くも静かな炎を灯しながら、響を映し出していた。その姿からは、決意が形になって滲み出ているように、響には感じられた。
「……はぁ。……ずるい、よ。そんなこと言われたら、私は、断れない……」
わずかに眉を八の字にし、うっすらと表情を濁らせならも響はこぼす。そして、響はそっと自分の腕を掴んでいる未来の手に、もう片方の手のひらを乗せた。
「わかった。未来、私と一緒に戦って。二人で、頑張ろう」
「うん! 私達の力で、世界を平和にしようね!」
響の重々しくもたくましい顔に、未来の柔和な笑みが応える。
二人の間に強い絆があるのを、その場にいた全員が感じ取っていた。
「……すまない、二人共。難しい決断を迫ってしまって。私がもっと鋭く、強靭な剣であれば、防人としての役割を全うでき、二人に重荷を背負わせることはなかったろうに……私は、自分が情けない」
翼は響と未来のもとへと寄って、眉間に皺を寄せ、首から下げた彼女のシンフォギア――天羽々斬を握りしめながら言う。
そんな翼の肩に、ポンと手が置かれた。弦十郎だ。
「そう言うな翼。むしろ情けないのは俺達だ。本来は俺達のような大人が君達子供の未来を守ってやらねばならぬが、ただの人間ではノイズ相手にはどうしようもない。その代わり、我々二課は君達を全力でサポートする。それが、苦難へと突き進む君達に俺達ができる、数少ないことだ」
「そうよ! みんなは難しいことは考えないで、全力で頑張ってくれれば、他の面倒なことは全部私達がやっちゃうんだから! この了子お姉さんに任せなさいって!」
了子が重くなった空気を吹き飛ばすように軽い声と動きで言う。
彼女のその言葉に、響は静かに首を縦に振った。
「……お願いします」
「私からも、どうかよろしくおねがいします! みなさん!」
落ち着いた声で言う響に、ハキハキと言う未来。二人のその姿に、翼と弦十郎は力強く答えた。
こうして、二課に二人のシンフォギア装者が加わった。
だが、誰も気づくことはなかった。
了子が、その誕生の瞬間、大きなメガネの奥で瞳を怪しく輝かせていたことに……。