お手柔らかにお願いします。
まぁ、悪くはなかった。
雪がちらつく鈍色の夜空を見上げ、俺は独りごちる。
高校時代、陸上部でそれなりの成績を残した。
学校創立初の入賞だと顧問は喜んでいたが、正直実感がなかったのは覚えてる。
大学時代、人生初の彼女が出来た。
俺には勿体ないくらい器量が良い娘で、一生大事にすると誓った。…………浮気されて別れたが。
社会人、先輩と朝まで呑んで課長に怒られた。
仕事が出来ない俺を励ましてくれた先輩には、今でも感謝している。
決して順風満帆の人生では無かったが、人並み以上の幸せを享受して生きてきたと確信出来る。
だからこそ、こんな
夜中にアイスを食べたい欲求を抑えきれず、コンビニに向かう道中、信号待ちをしていた次の瞬間には空を飛んでいた。轢かれたと理解したのは眼前に地面が迫ってきて、何かが折れる音がした時だった。
後頭部にアスファルト特有の鋭さを覚えながら、顔を右に傾ける。肩と同じ高さに伸ばされた右腕は肘の関節から血が溢れ出し、あらぬ方向に曲がっているのが見えた。
呼吸をするたびに胸が痛い。落下の衝撃で、肺に肋骨でも刺さったのだろう。咳き込むと口内に鉄の味が広がった。
死にかけとはいえ、口に何かが溜まるのは不快なので痰と同じ要領で吐き出すと、赤黒い粘着物が目の前のアスファルトを濡らした。
「…………呆気ないもんだな」
つい、そうぼやいてしまう。
夜中の背徳的なアイスが食べたかっただけだったのに、その代償が自分の命であると誰が想像するだろう。
突然、耳障りな雑音が周囲に響いた。
音の方向を見ると、一台の車が猛スピードで遠ざかっていく。
おいおい冗談だろ。人一人死にかけてんのにひき逃げするとか倫理観どうなってんだよ。いや、死にかけてるから逃げるのか。…………いやいや、助けろよ。
悪態の一つでも言おうと声を出そうとするが、出てきたのはザラついた呻き声だった。
この状況。
周辺住宅の灯りは既に消え、他に通行人は無し。自身の血液はとめどなく流れ出ている。死んだ経験は無いが恐らくは死ぬだろう。
やり残したことはあるだろうか。
…………今月の家賃、まだ払ってなかったな。
総務部の飯田ちゃんとの初デートは行けなさそうだな。久々の彼女だったのに、残念。
プレゼン資料も途中だ。先輩には悪いが頑張って貰おう。それと…………、なんだっけ。
くそ、頭が回らない。てか、意識が朦朧と、して、きた。
瞼が鉄のように重い。
体は石のように動かない。
全身の痛みが鈍くなっていく。
目の前の風景がホワイトアウトしていく。
そして意識がなくなる数瞬前、俺は呟く。
「次があるなら、好きな世界で生きたいなぁ」
そして、意識を手放した。
「その願い、叶えよう」
眩しいな。
ふと、目を開ける。
…………あれ、どこ、ここ。
コックピットみたいだ、けど…………。
…………え、ちょっと待って、俺死んだよね?
車に跳ね飛ばされて錐揉み回転しながら地面に叩きつけられて死んだよね?
なんでこんなところで座っちゃってんの俺?
てか、狭。ここ狭。じゃなくて、ちょっと待って。
自分が置かれている状況を理解できない男は、眼前に広がる理解不能を必死に理解しようとする。が、哀しきかな。情報量過多で脳の処理が追いつかず、更に理解不能となり、いよいよ暴れて脱出しようと算段を巡らせたその時、コックピットの上部が大きな減圧音を立てて開いていく。
「AMS適性はB+か。まぁ、当然だろうな」
大きく開いた上部から凜とした声が降り注ぐ。
見上げれば、淡い桜色のショートカットがよく似合う美人が満足げに覗いている。
逆光で視認しづらいが、東洋系の顔立ちであることは確認できる。それも、とびっきりの美人だ。
無論、彼はコックピットを覗いている人物が誰であるか知る由はない。だが、彼はその声に聞き覚えがあった。
彼の中で「お嫁さんにしたい女性第2位」にランクインする女性の声だ。
しかし、あり得ない。彼女は……
「どうした。早く上がってこい」
存在しないはずなのだから。
「えっと、セレン・ヘイズさんデスヨネ?」
「? 当たり前だろ、何を言っている」
お父さんお母さん、何度も先立つ不幸をお許し下さい。
どうやら死後の世界はアーマードコアの世界みたいです。
いかがでしたでしょうか。
至らぬ点、多々あるとは思いますが優しい目で
見て頂ければ幸いです。
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