紅海 深度500m
ORCA旅団移動基地【ゴルディロックス】
深海魚というのは、一説に浅瀬での進化競争に敗北した弱者が新天地を求めて深海に足を踏み入れた結果だという。自身の天敵がほぼおらず、独自の進化を遂げた彼等は深海に適応したが故に浅瀬に戻る事が出来ない。どれだけ恋い焦がれて進化しようとも、敗北者に与えられた仄暗い居場所から出ることが許されない無情の世界だ。
そんな深海魚が揺蕩う海底を一匹の巨大な鯱が悠然と泳ぎ、その進路上にいた魚達は逃げるようにその場を後にする。鯱の皮膚は超硬チタンカーボン合金の鎧に包まれており背ビレに当たる場所には艦橋が、尾ビレに当たる箇所には六基のスクリュー推進器が、胸ビレに当たる部分には進路変更用の分厚い胸ビレがついている。
500m超の
その【ゴルディロックス】内の艦橋で五人の男女が一堂に会している。拘束衣のような特異な服装に身を包んだ気さくな老人、漆黒のジレとスラックスを着こなした青年、純白の軍服に青い三連星のブローチをつけた長い黒髪の女性、黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを着こなした優男、そして暁色の準礼服に身を包んでいる情熱的な男。
皆、円卓に腰掛けて無言を貫いている。見ると円卓には二つの空席があり一つは黄土色の薄汚れた椅子、もう一つは刃のように磨き抜かれた白銀の椅子だ。
「……真改はまだ傷が癒えないのか」
「いや、数値上問題ないまでに回復しているが一応休ませている」
「ならオールドキングはどうした。あのテロリストの独断は目に余る……なぜあんなヤツを引き入れた」
「可能性というのは時として破壊でしか生み出せない事をテルミドールが知っているだけだ、ジュリアス。私のような老いぼれには出来ない英断をな」
「あまりもちあげるな銀翁。経験と勘でいえば貴方のほうが数段上手だ」
テルミドールと呼ばれた準礼服の男は拘束衣の老人に困ったように笑いかけ、老人もそれを見て微笑む。長年共に戦ってきた同胞だからこそ許される他愛ない会話を交わすのも懐かしいとテルミドールは感じていた。下らない既得権益を死守するためだけに労を使う老人共の弱味を握るためにカラードへオッツダルヴァとして潜入していた期間には想像出来なかったことだ。
その様子を見ていた漆黒のジレとスラックスを着こなしている青年は、オールドキング一人のためにこれ以上の待機は無駄だと判断したようで円卓に手をかざして空中に無数のウィンドウを投影させた。
「では始めるとしよう。アルテリアへの妨害工作はどうなっている」
「現時点で80%完了している。計画には余裕をもって間に合う手筈だ」
「よろしい。例の施設の調査は?」
「ツングースカ、ノーザンテリトリー、ナスカの三箇所は相変わらず手をこまねいている。アレを創ったヤツは相当な技術の持ち主だ」
「どうだろうな。案外、拍子抜けするような輩かもしれんぞ」
「だといいが。次は――」
「失礼します!」
威勢の良いハキハキした年若い声が入り口から突然聞こえてきたことに驚いた五人はバッと振り向いて声の主を見ると、そこには赤いリンクススーツを身に纏った小柄な少年と紫色のショートカットがよく似合う女性が並んで立っていた。
「ハリ、ヴァイオレット。今は会議中だ、用件は後に――」
「申し訳ありません。ですが急を要する事案です!」
「……内容は」
「先ほどオールドキングさんがゴルディロックスより無断で発進しました! 進路からみて、サハラ砂漠にある例の施設に向かっているようです!」
「なんだと?」
「それともう一つ、現在サハラ砂漠の例の施設をカラード所属のネクスト部隊が調査しています。調査メンバーはキドウ・イッシン、フランソワ・ネリス、セロの三名だと」
ハリとヴァイオレットから交互に報告された事案を聞いた瞬間、五人の空気が一気にピリつき始める。かねてより五人はオールドキングの蛮行に頭を悩まされてきたが、それは彼の狂気的な戦闘能力の高さをORCA旅団が保有するための必要経費だと思っていた。しかしここ最近は独断行動に磨きがかかってきており、今回の一件でそれが確定的となった。いくら戦力になるといえど命令を聞かない猛犬を手元に残しておくほどORCA旅団は寛大ではない。
「これは参ったな。どうするメルツェル」
「………」
「メルツェル?」
「ダン・モロ、行けるか」
「――目的は?」
「オールドキングを連れ戻してきてくれ。無理なら撃破して構わない」
「了解」
ダン・モロと呼ばれた黒のタートルネックとタイトパンツに赤いジャケットを着こなした優男は表情を変えないままスクッと立ち上がり颯爽と円卓を後にする。それに続くようにハリとヴァイオレットも彼と共に円卓を後にした。
「……あの新入りに随分執心しているなメルツェル。お前にはヴァオーが居るだろう」
「勘違いするなよテルミドール。あれほど扱いづらい男もそういない。お前も分かっているだろう」
「まあ、な」
「では再開しよう。次は戦力の確認だが――」
サハラ砂漠 謎の施設内部
神様が右手を天井に掲げて2機のナインボールのメインカメラが赤く輝きだした瞬間、JOKERとバッカニアは今までとっていた臨戦態勢を完全に戦闘態勢へシフトさせ、ナインボールが襲い掛かってくるであろう未来に対峙するための覚悟を固めていた。
しかし蓋を開ければ、実際に敵対してきたナインボールはマグヌスが相対している1機のみ。もう片方のナインボールはメインカメラこそ赤く輝いているが動く気配が一向に無い。セロの言葉を借りるとするなら、どうやらナインボールは『センサーに進入した敵性因子に対する自動迎撃』をプログラミングされているようで、JOKERとバッカニアはそのセンサーにまだ見つかっていないらしい。
「でもなぁ……あんな高速戦闘したくねえなぁ……」
《なに言ってんの? アンタがやんなきゃバッカニアが焦げた風穴だらけになっちゃうのよ? それでもいいって訳?》
「そういう訳じゃねえけど……てかセロってあんな戦えるのか。確かにラインアークで見たときから只者じゃないって分かってたけど」
《仮にも【アナトリアの傭兵】と戦って生き延びたリンクスだ、実力は折り紙付きだろう。――それよりどうするつもりだ。
「あんまプレッシャーかけんなよセレン。俺にだってそれくらい分かってるけど心の準備ってのがあるんだよ」
そう言って火花が散る空中を見上げるとマグヌスとナインボールが近付いては弾かれ、近付いては弾かれの攻防を繰り広げていた。――てかセロ、お前なんなん。いくら当たんないからって近接信管ミサイルを至近距離でブチ込むとかイカレてんだろ。なんで自爆上等なの? バカなの? 死ぬの? そんでそれに対応するナインボールもなんなん? 近接信管ミサイルの信管作動距離を計算した上で撃ち落として爆発範囲を最小限に抑えるとか人間業じゃねえぞ。まあ人間しゃないけども。
見上げたままアレコレと考えているイッシンにネリスは業を煮尽くしたようで、フンッと鼻を鳴らすとバッカニアに装備された武器一体型腕【A12-OPS】の照準を微動だにしないもう一方のナインボールに会わせた。
《あ~もうジレったい! アンタが前衛で私がサポート、それでいいわね! アンタがいなかったら私は只の的にされるんだから全力で守りなさいよ!》
「あっおい、ちょって待て――」
《待たない! さあ、私が直々にチューニングした特別製【A12-OPS】の威力を味わいなさい!!》
ネリスはイッシンの制止を振り切ってトリガーを引く。【A12-OPS】は一対の馬上槍に近い見た目のハイレーザーライフル一体型の武器腕であり、製造元であるインテリオル伝統の星座の名前が名付けられていないあたりから実に特異な兵装であることが読み取れる。実際バッカニア以外のネクストは【A12-OPS】を使用しておらず、製品名とネリスが率いる【コルセール】から察するに試作兵器を輸送する一団から失敬したのだろう。
その威力は並のハイレーザーライフル程度……だったのだがACfAのレギュレーションが更新されて行く度に強化を施され、最終的にはインテリオルの名作【HLR01-CANOPUS】にも劣らない性能を手にしたことで『ユニークだが強武器』という地位を確固たるものにした経緯がある。
加えてネリスがチューニングを施したことにより元の性能に更なる磨きが掛かっていると勘定すれば、その威力は推して知るべし。そんな魔改造【A12-OPS】の切っ先から青白い光が収束した次の瞬間、下品なほど野太いハイレーザーが光の奔流を迸らせながらナインボールめがけて一直線に突き進んでいった。
対するナインボールは放たれたハイレーザーの光に照らされて赤い装甲がより艶やかに映える距離まで微動だにしていなかったのだがハイレーザーが当たる直前メインカメラが一際大きく輝き、まるで居合い切りの達人の如くレーザーブレードを起動。おそらくジェネレーター出力の大半をそこに回したのだろう。ナインボールの全高を優に超える規格外のレーザーブレードが発振され、迫り来るハイレーザーを一刀両断。斬られた裂け目を基点にハイレーザーは左右に逸れて真っ平らな壁に直撃し、ドロドロと融解していく。
《――馬鹿な。あのハイレーザーを叩き斬っただと?》
《……ん~~まぁ予想はしてたけど、やられたらやられたで流石に悲しいかな》
「じゃあ勢いで軽々しく撃たないで貰えます!? そのシワ寄せが全部オレに来るんだけど!?」
《仕方ないじゃない。それに、アレを叩き斬る時点でどうやっても初撃は当たらないって分かったしいいでしょ? それじゃ、前衛よろしく☆》
「よろしく☆じゃねえよ!! マジで許さないかんな!!」
イッシンとネリスが言い合っている中、ナインボールはレーザーブレードの発振を収めて一歩ずつ確実に歩を進めている。メインカメラの赤い閃光は色味と正反対に凜とした冷徹な印象を与え、剣豪のような威圧感で見る者全てに己が死の象徴であると喧伝しているようであった。
いかがでしたでしょうか。
ほら、どこぞの剣士は海とか空とか余裕でブッた斬ってるからハイレーザーをブレードで叩き切るくらい普通だから……ね?
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