猛然と迫り来るナインボールに対してイッシンはフットペダルを蹴り抜いてJOKERにQBを発動させながら、右手に握られた【
イッシンは
ちなみに、その時のシミュレーション内容は『VOBと同速度で四方八方に動き回る直径2mの的を上位リンクスの攻撃を避けながら射抜け』と言うトチ狂ったメニューであり、初めて見たときは冗談抜きでセレンに精神科を勧めたほどだが、今この状況に置かれたからこそイッシンは考えを改める。せめて二割増しにしておくべきだった。
当たらない。ただの弾丸一発も。
もちろん【
しかし、だがしかし。一発も当たらないのは流石に異常である。武器の整備不良だとかFCSの故障でしか有り得ない事象を目の前のナインボールが機体性能一つで捻じ伏せる様は恐怖を通り越して畏怖すら覚えてしまう。コイツにはどう足搔いても勝てない。それこそ天に唾吐くようなものだと。
仕舞いには、前世を含めこれまで経験してきた危機的状況ですら生来より封印されてきた原始的な生存本能【逃走】を目覚めさせるには至らなかったのにナインボールの戦闘能力を目の当たりにした瞬間、まるで
俺だってそうしたい。全部投げ出して無様に小便を漏らしながら死にたくないと叫びながら敗走したい。
だが、それを俺の闘争本能が許さないのだ。逃走本能が脳内で呼び掛けてくるよりもずっと大きな声で叱咤してくるのだ。『マグヌスとバッカニアが居るのに何故逃げる必要がある? ナインボールを倒すことこそ最上最大の誉れだろう。お前の持つ
「ネリス! マーカーした地点に追い込む! 合わせろ!」
《誰に言ってんの!》
威勢良く返答するネリスの怒声を確認したイッシンはJOKERの【
対するナインボールは自身に放たれた弾丸を全てお手本のように回避しながら向かってくるJOKERを捕捉し、搭載されたスーパーコンピュータの演算処理で到達予想時間と最効率加害箇所を算出。最適なタイミングで一刀両断してやるとばかりにレーザーブレードを発振させながら迎撃せんと突っ込んでくる。そして両者が一つの閃光に成り、レーザーブレード同士の過干渉で電磁波が彼等を包み込んだ瞬間。
「受けてくれてありがとよ!」
イッシンはすかさず肩部に装備していた【
この兵器、威力こそ雀の涙しかないのだが着弾した相手に与える物理的衝撃力が桁外れに高いのだ。それこそ作中に登場する全兵器の中で社長砲こと【
硬直したナインボールを尻目にその場を離脱したイッシンは【
《そこおぉ!!》
そして好機を窺っていたネリスがそれを見逃す筈は無く、バッカニアのメインカメラを通して狙い澄ました【
側壁に到達したレーザーは蒸発音に近い爆発を引き起こして多量の黒煙を撒き散らしながら、やがて黒煙だけを残して消える。
《や、やった……!?》
「ハァ……ハァ……それ、フラグだからやめてくれます? もう一回アレやれってのは無理だから」
《なによ、ノリ悪いわね。まぁ流石にあの極大レーザーに吞まれて生きてるってのは無いで……しょ……?》
イッシンを囮にして死地に放りこんでおいて相変わらずの軽口を叩くネリスに、戦闘によって息も絶え絶えのイッシンはマジトーンで窘めながらバッカニアに近付いて行くが突然疑問形で絶句したネリスの様子を見て、考えたくない嫌な予感が背筋を走る。
――いや嘘だろ? 流石に笑えないぞ。あれだろ? 実はドッキリ的なやつだろ? 俺わかってるから。 ネリスはそう言う子だってわかってるから。ほら、だから全然怖くないし。全然振り返られるし。
そうしてイッシンが振り返ると、居た。
全身が煤けて赤よりも黒の方が多くなり、メインカメラが一部を除いて殆ど消し飛び、左腕も無く、コアの右側が抉れている、直立したナインボールが。
《……馬鹿げてる。私は夢でも見ているのか》
「サーモカメラに写ってるってことは夢じゃないみたいだな。心中お察しするぜセレン」
《ほんっっっとに最悪! いくら無人機だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ!?》
《――待て。無人機と言ったか?》
「ん? 言ってなかったっけ。ナインボールは完全自律型AIだぜ。そんなもんを量産してる世界があるんだからやってられないよな」
《……まったく。嫌なタイミングだが、お前が転生者だと信じてもいい気がしてきたよ》
「そりゃどうも」
セレンと掛け合いでそうこうしているうちに、満身創痍の煤けたナインボールのメインカメラから赤い光が消えてブラックアウトした。警戒態勢を崩していなかったJOKERとバッカニアは再び臨戦態勢に移行してナインボールの出方を窺っていると、今度はナインボールのメインカメラが紫色に光り出し、男性とも女性ともつかない機械音声のアナウンスが周囲に響き渡る。
【システム40%損傷。対象をイレギュラーと認定。修正プログラム発動、状況を開始する】
「は?」
そこからが速かった。有人機であれば即撤退レベルの損傷を受けていながら、手負いのナインボールはいままでの戦闘が準備運動とでもいうような挙動で向かってきたのだ。
手始めにナインボールは背部兵装のグレネードランチャーと連装ミサイルを起動させるとグレネードランチャーをJOKERに、連装ミサイルをバッカニアにそれぞれロックして攻撃してきた。
並のグレネードランチャーならJOKERの機動性を駆使して難なく躱しつつ反撃することが出来るが、まるでライフルのような弾速と連射速度で放たれては回避に専念するしかない。加えて、バッカニアを追い回す連装ミサイルの威力が半端ではなく【
そんな状況の中、ネリスは自身が放った最高の一撃をマトモに浴びてなお此方を圧倒出来る性能を有しているナインボールに対してフラストレーションが込み上げてきており、遂には回避もそこそこに迎撃態勢にシフトしてしまう。
《ふざけないでよ! この、この、このぉ!!》
「やめろネリス! 回避に専念するんだ!」
《こんな攻撃で私がやられる訳無いでしょ!》
イッシンの制止も聞かずネリスは【
こんな時どうするべきか。イッシンが自身に問いかけている最中、セレンから無情な通信が入る。
《イッシン、お前は回避に専念しろ》
「……ああ、分かってる」
生き残るために見捨てろ。セレンが言外に込めた意味は十分理解出来る。むしろ傭兵としては最適解だ、これ以上はない。イッシンは深く息を吐いて操縦桿を握り直す。肌に張り付いたリンクススーツが冷たく感じる。
そう、これが正しいんだ。
「セレン」
《? なんだ》
「帰還出来たら、しこたま怒ってくれ」
《……馬鹿野郎が》
セレンの恨み節を聞いた俺はフッと笑う。そうだよな。馬鹿だよな、俺。それも会って日の浅いヤツなんかに。
だけど変える気は無い。
俺は、間違ったままでいたい。
「【限界機動】……行くぜ、JOKER!」
JOKERのメインカメラが一際大きく輝いた。
いかがでしたでしょうか。
普段はダーティーな戦法メインの癖に仲間が危機になると主人公ムーブかましちゃうイッシン君。いまから君の名前は【映画版ジャイアン】だ。いいね?
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