取って付けたようなアルミ製のドアが一つだけ設置されている巨大な格納庫の前に白衣の男が一人、いつになく険しい表情で立っている。
左右対称に黒と白で色分けされた長髪が特徴的な男の視線の先には淡い桜色に染まった輸送機がコアに焼け焦げた風穴を拵えた黒いネクストを懸架しながら飛んでおり、その両脇をビビッドイエローの輸送機と群青色の輸送機が護衛するように並走していた。そんな中、不意に男の片耳に装着された小型無線に連絡が入る。
《ジョニー様、受け入れ準備が完了しました》
「グッドタイミングだ。こっちも彼女達を視認した。ハッチを開いてくれ」
《了解です》
ブツッと無線が切れた数秒後、ゴゴゴゴという物々しい音と共に格納庫の天井が外側に大きく開き始めた。その中には中央にポツンと一基だけ存在する御影石のような高級感溢れるエレベーターを中心として大規模な医療機材が所狭しと設営され、その隙間を縫うように何人もの研究員が世話しなく動いている。
桜色の輸送機が格納庫付近に到着すると、誘導部隊の指示に従って事前に設置されたネクスト用ハンガーへ黒いネクストをゆっくり降下させていく。そして黒いネクストの両脚が安全に着地した瞬間、ネクスト用ハンガーから固定用アームが展開して腰部を素早く鷲掴みにした。
無事に黒いネクストが安定状態へ移行した事を見届けた桜色の輸送機は吊していた懸架用ワイヤーアタッチメントを収納し、格納庫付近に急造された簡易的なヘリポートに着陸する。次いでビビッドイエローの輸送機と群青色の輸送機も同様に着陸したタイミングで桜色の輸送機から女性が降り立つ。
輸送機と同じ淡い桜色の髪色をしたショートカットの女性は気丈に振る舞ってはいるものの目に見えて憔悴しており、いつもの威圧感は皆無と言っていい。そんな彼女にジョニーと呼ばれた白黒の長髪男性が労るように歩み寄る。
「ジョニー。イッシンは…イッシンはどうなんだ」
「セレン・ヘイズ、気持ちは分かるがたったいま格納したばかりだ。そう焦らないでくれ」
「――そうか、そうだな。すまなかった」
セレンはジョニーの答えに力無く応じると、疲れたような足取りで格納庫へトボトボと歩いて行く。ジョニーは彼女の後ろ姿を見送った後、入れ替わるように輸送機から降り立ったネリスとセロへ振り向いて右手を差し出した。
「【ランク23】カミソリ・ジョニーだ。こんな事態じゃなければ君達のデータを四つや五つほど取らせて貰いたいところだけど残念だよ」
「……ラインアーク所属のセロだ」
「【ランク19】のフランソワ・ネリスよ。私もこんな事態じゃなければ貴方に質問したいことが山ほどあるわ」
「それは光栄だ。是非ともお願いしたいが、まずはイッシン君を治療するところから始めよう」
ジョニーはそう言って白衣を翻してスタスタと格納庫へ早歩きで戻っていった。彼に追従する形で後を追う二人は軽いアイコンタクトを交わすと、両人とも周囲の人間に気付かれないように手慣れた手つきで拳銃の安全装置を解除する。
セレンは事前にジョニーと面識がある故にこのような警戒態勢を施す事は無いが、セロとネリスはジョニーと初対面でかつ、世間での評価が『ブッ飛んでいることで有名な』あのカミソリ・ジョニーの本拠地という前情報だけで判断するしかない。彼なら今のイッシンを非人道的な研究に実験動物の如く使い潰してもおかしくないと考えたのだ。
まぁジョニーの日頃の行いを鑑みれば自業自得であると思わざるをえないが。
そうこうしている内に格納庫の中に入ったネリスとセロの目に最初に飛び込んできたのはコックピットに相当する箇所のコア部が焦げ付いて吹き
そんなJOKERの全身には衛生的な白い作業服を着た何人もの人間が張り付いており、特にコックピット周辺には他の人間とは違うアブラムシのようなオレンジ色の作業服を着た人間が重点的に張り付いていた。
「医療班、イッシン君の状態はどうだ」
《目立った外傷は見当たりませんがずっと眠ったままです。呼吸および心拍数に異常は見られませんし、この騒音の中でのんびり眠っているのは少しおかしいですね》
「念のためCTスキャンと血液検査、それと脳波検査も掛けろ。解析班、AMS接続はどうなっている」
《いまブラックボックスを調べてるんですが中々興味深いですよ。AMSシンクロ率の値が105%を指し示したまま接続され続けているんです。長年ここで仕事をさせて貰ってますがこんなのは初めてで……》
無線越しに的確な指示を送っていたジョニーだったが、解析班として呼び出されたベテランらしい壮年の低い声がそう答えた時、目の色が変わって眉間に小皺が寄ってきた。誰がどう見ても問題が発生した顔だ。
「待て。メンテナンスのためにシステムをダウンさせているのにAMS接続が稼働したままなのか?」
《はい。本来システムがダウンすればAMSとのシンクロは強制終了するはずですから、考えられる可能性はリンクスの意識がまだネクストの中に残されていて、それを守るために何らかの保護プログラムが作動しているとしか》
「つまり
《……技術者として認めたくありませんが、そういうことになります》
声の主は歯噛みするような物言いで唸る。彼の目の前には驚くほど安らかな寝顔の青年が焼け焦げたコア部装甲の先にあるコックピットで操縦桿を脱力して握りながら座っており、童話に出てくる眠った王子様に近い雰囲気すら感じさせた。
「わかった。直ぐにフィズの準備をしろ、僕が直接
《いいのですか? アレはまだ実地試験を行っていませんが》
「仮想試験での結果はまずまず良好だ。それに選り好みしている状況じゃない」
《了解しました》
「待て、フィズとはなんだ」
それまでのジョニーと現場のやり取りを黙って聞いていたセレンが問い質す。この受け入れ難い事態を少しづつだが飲み下せてきたようで、その目には本調子とは行かないまでも覇気が戻りつつあった。
「
「なんだそれは。俺の時代には、いや、少なくともラインアークにあるフィオナ・イェルネフェルトの研究室には無かったぞ」
「そりゃそうでしょ僕が作ったんだから」
当然だろうと言わんばかりにサラッと言い放ったジョニーに対して、質問したセロは思わず口を半分開けたまま思考停止してしまう。AMS技術発祥の地であるアナトリア無き今、AMS技術におけるリーディングカンパニーのアスピナを差し置いて技術革新レベルの発明を単独で成功させるのは極めて困難であり、それこそ目を瞑ったまま百個の針の穴に連続で糸を通すくらいの難度だ。
目の前の奇抜な格好をした白黒男がそんな偉業を成し遂げたとは
「貴方がそれを発明したかはともかくとして成功率はどのくらい? まずまずとは言ってたけど、まさか数%なんてことはないでしょ?」
「確かに本運用はコレが初めてだけど、実地を想定した1142回の仮想試験では成功率84.7%をマークしてる。全く問題ないとは言えないが彼の意識がネクスト側に引っ張られた以上、これより良い方法は現状無い筈だよ」
淡々と具体的な数字を示してフィズの有効性を現したジョニーの対応は科学者として最も模範的な回答だろう。しかし裏を返せば残り15.3%は失敗のリスクを背負っており、人一人の命を掛けるにはあまりに無謀な確率に見えるのもまた事実だ。気付けばセレンがジョニーの胸ぐらを両手で掴み上げ、下から覗き込むように睨み付けていた。
「確率など関係ない。必ず助けろ。でなければお前を殺す」
希望と渇望と絶望が綯い交ぜの混沌としたセレンの眼に驚いたジョニーだがすぐに冷静さを取り戻し、胸ぐらを掴んだ両手を優しく振り払ってあくまで客観的事実に基づいて答える。
「100%救える保障は出来ない。ただ命だけは必ず助ける。それでいいか、セレン・ヘイズ」
「………」
貫かれる無言を了承と受け取ったジョニーは踵を返してフィズが準備された機材に歩を進めていった。フィズの見た目は歯医者に設置されている歯科用チェアーユニットによく似ており、頸椎部にあたるヘッドレストはリンクスのAMS接続用ジャックを露出させるために丸くくり抜かれていた。早い話が某電脳世界にダイブする映画に出てくるアレのフカフカ高級バージョンである。
「JOKERとの接続完了。フィズ、正常に稼動中」
「強制同期シーケンススタンバイ。いつでも行けます」
「――それじゃ行こうか。強制介入シーケンス、開始」
「強制介入シーケンス開始、同期まで7秒……5……4……3……2……1……同期します」
ジョニーは瞳を閉じ、現世に暫しの別れを告げて深く潜り始めた。
という訳でしれっと本編100話目でございます。長かったような、短かったような……いややっぱ長かったな。
ちなみに作中に登場するフィズはもちろんオリジナルです。原作ではAMS許容量超えた時点で廃人確定みたいなもんですからね。
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