凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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先日、40kmほどウォーキングしたのですが最終盤残り500mからが一番辛かったです。フルマラソン完走出来る人マジで尊敬する。


101.拵えと夾雑

GAグループ本社『THE・BOX』50階

 

アメリカらしい広い廊下に磨き抜かれた軍用ブーツの足音が二つ、男性らしい力強い踏み締めと共にツカツカと鳴り渡る。

 

そのうちの一人の歳は40代前半だろうか。口髭を生やした東欧系のクッキリとした顔立ちは筋骨隆々の体格と相まって精悍な印象を与えるが、GA正規軍から支給された制服を規則で許されるギリギリのラインで着崩している。しかし顔の端々から神経質さが滲み出ており、目つきに至ってはカミソリの如き鋭さで相手を切り裂かんばかりである。

 

対するもう一人は30代半ばといったところか。肥満気味な体型とふくよかな丸顔には似合わないスクエア型の銀縁眼鏡を掛け、綺麗になでつけられたオールバックが特徴的ないかにも堅物であると自ら公言しているようにも見えた。

 

そんなチグハグにも見える二人の表情は決して明るいものではなく、どちらかと言うと陰鬱そうな緊張感を漂わせている。本来、雇用主であると同時に雲の上の存在であるGAグループの本社にGA正規軍の軍人が直接呼び出される事など滅多にない。あるとすれば長年の軍務勤労を優秀な成績で終わらせた退役軍人への表彰か、度重なる命令違反を犯した上級士官が軍法会議に掛けられる時ぐらいだ。

 

ただ確実に一つだけ言えるのは、この二人はどちらでもない例外ということである。

 

足音が止まった先には深みのある茶色の重厚なオーク材で出来た扉が鎮座しており、その中腹には純金製のネームプレートで『Private Office』と書かれていた。ここが目的の場所であることを確認した二人は一旦呼吸を整えると肥満気味な体型の男が扉に向かって4回ノックする。すると向こう側から「入り給え」と(しゃが)れた声が聞こえ、一瞬躊躇いながらも勢いよく扉を開けて入室した肥満気味の男はその場で敬礼する。

 

 

「特務遊撃大隊司令官ドン・カーネル、並びに同隊副司令官ノーマン・オットー、参上いたしました!」

 

「……そのドン・カーネルはどこだ?」

 

「ここに」

 

 

扉の前で直立不動のまま敬礼するノーマンの後ろからヌボッと顔を出したドン・カーネルは気怠そうに首に手をやりながらノーマンの隣へ立ち、休めの態勢を取る。

 

 

「まずは私達のような末端の人間を本社にお招き頂いて感謝致します。王小龍BFF上級理事、ローディー特別顧問」

 

「ハッハッハ! 鉄仮面のお前も遂におべっかを使うようになったか!」

 

「声のトーンを落とせローディー。お前の近くに座る私の身にもなれ」

 

 

ドン・カーネルとノーマンの目の前にはマホガニー製の長机に下半身を隠した王小龍とローディーが座っており、王小龍は相変わらず濃いグレーのスリーピースを小気味よく着こなしながら執務用の黒縁メガネを掛け、隣に座るローディーも彼と同様に相変わらずG.Iカットと臙脂色のMA-1がトレードマークの格好をしていた。

 

 

「それでご用件とはなんでしょう。少なくともGA正規軍の会議にBFFの上級理事が出席されるのは前例がないと記憶していますが」

 

 

王小龍とローディーの友人のような軽いやり取りに若干の不快感を感じたノーマンは早々と本題に切り込もうと言葉を走らせる。なぜドン・カーネルよりも処世術に長けているであろうノーマンが自分より遥かに階級が高い人間に噛み付いたからというと、途轍もなく忙しいからだ。

 

実は特務遊撃大隊の事務方最終決定権はドン・カーネルではなくノーマンに権限が与えられている。そしてこの時期になると必ずチョモランマ級の書類山脈が絶えず出現し、ノーマン含めた三名の最精鋭事務処理係で一定の期限内に登頂成功させなければいけないのだ。そんな多忙を極める中、目上の人間のどうでもいい雑談のためにわざわざ本社に呼びつけられたのでは溜まったものではない。

 

しかし、そんな不平不満を言われたところで何の問題もないとでも言うようにコホンと咳払いした王小龍は両の手を緩く握り合わせながら静かに机へ降ろした。スーツのカフスが机に当たった軽やかな丸い音で、水牛で作られた高級品であると分かる。

 

 

「先般現れたORCA旅団は知っているな」

 

「はい。複数の上位リンクス級ネクスト戦力を保有している危険勢力であると聞いております」

 

「そうだ。予想される勢力規模からしておそらくカラード戦力だけでの対処も可能だろうが、オッツダルヴァを初めとした三名の上位リンクスが離反した事実を鑑み、GA正規軍でも独自戦力を保有するべきとの声が本部役員会で上がってな」

 

「そこでお前さん達の出番って訳だ」

 

 

ニヤリと笑うローディーの顔を目の当たりにしたドン・カーネルは口にこそ出さないが心の中で舌打ちする。ノーマルからネクストに乗り換えるための教導中、何度あの顔を見たか分からない。あの表情は間違いなく面倒事を押し付ける気だ。それも俺達がギリギリ問題なく出来る許容量で、かつ得られる報酬が尋常でないやつを。時々、王小龍以上のタヌキ親父はコイツではないかと勘ぐってしまう。

 

 

「と、言いますと」

 

「お前たち特務遊撃大隊にBFFのサイレント・アバランチ全隊と有澤重工製ギガベース『白老(しらおい)』を3機、それと【ランク17】メイ・グリンフィールドを編入させる」

 

「……は?」

 

 

ローディーから発せられた言葉にノーマンは場違いで素っ頓狂な声を出してしまう。『白老』3機配備の時点で一部隊が持つには過剰戦力も甚だしいのに、BFFの精鋭私兵部隊であるサイレント・アバランチと【ランク17】まで編入させるのは流石にやり過ぎだ。仮にその状態の特務遊撃大隊がクーデターを起こせば、冗談抜きで『THE・BOX』を単一部隊だけで占拠可能になってしまうことになる。

 

 

「サイレント・アバランチは全機新型ハイエンドノーマルだし、配備される『白老』の内一機は特別製だそうだ。良かったな」

 

「ま、待って下さい! いくらなんでも――」

 

「……意図は?」

 

 

慌てふためくノーマンを差し置き、隣に立つドン・カーネルはカミソリのような鋭さをより光らせながら言葉を走らせた。王小龍もローディーも全盛期と比べて老いているが、その老いを海千山千の経験で補完している化け物だ。過剰戦力を特務遊撃大隊に持たせる意味は理解しているだろうし、それに付随するデメリットも当然理解しているはずである。だからこそ意図を問う。

 

 

「これだけの戦力を一隊に集結させれば他グループとの全面戦争を準備していると疑われます。そこまでやる意図を知りたい」

 

「……さきほども言ったがORCA旅団の戦力規模は想定の域を出ない。それにカラード内部に未だ内通者が居る可能性も排除出来ないのでな。これは万が一の保険だ」

 

「たかが保険のためだけにネクスト2機、AF3機、新型ハイエンドノーマル9機、我が隊の既存戦力を含めれば総計169機の大部隊をですか」

 

「その通り。たかが保険のためだけに、だ」

 

 

王小龍の眼光がドン・カーネルを射抜く。

 

答える気は無い。大人しく受領して万が一に備えてろ。そう物語っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……農村?」

 

 

フィズによってAMS内部に潜ったジョニーが最初に見た光景はのどかな田園風景だった。建築様式を見る限り旧日本国の山林に位置する田舎で、蝉の鳴き声を聞く限り季節は夏なのだろう。非常に癒される光景だが不思議なことに人っ子一人いない。電脳世界だから仕方ないとも言えるが、ジョニーはとりあえず目の前の舗装されていない畦道を進むことにした。

 

しばらく歩いていると古ぼけた駄菓子屋が姿を現し、店前に設置されている色褪せたフジカラーのベンチにタンクトップ姿の少年が一人、氷菓子をシャクシャク食べながら足をぶらぶらさせて座っている。すぐにジョニーは彼が電脳世界上のイッシンだと気づき、それとなく近付いて警戒されないよう声を掛けた。傍からみれば不審者のそれである。

 

 

「えっと、こんにちは」

 

「んぇ? おじさん誰? ガイジンさん?」

 

「お、おじ……コホン、僕はカミソリ・ジョニーって言うんだ。見ての通りガイジンだよ。よろしくね」

 

「うおぉ!ガイジンさんだ! 俺、初めて見たかも! でもヘンな名前」

 

「へ、変……」

 

 

子供らしい無邪気な残酷さにしばらく触れていなかったジョニーは尖り過ぎた無垢なナイフに胸を抉られる感覚に(さいな)まれながらも平静を装いながら会話を続ける。ついでにベンチにも座る。

 

 

「君の名前はなんて言うんだい?」

 

「俺? 俺はイッシンって言うんだ! 漢字で一つの心って書くんだぜ。カッコいいでしょ!」

 

「とても良い名前だね」

 

「でしょでしょ!」

 

「そういえば、僕は仕事でここに来たんだけど、君はここに住んでるのかい?」

 

「違うよ。ホントは千葉に住んでるんだけど、いま夏休み中だから婆ちゃんちに泊まってるんだ」

 

「千葉……そうなんだね。いつここに来たの?」

 

 

ジョニーはさっそく本題に入り始めた。今居る世界が電脳世界だと気付かせるには日付やここまで来た移動手段を突くのが最良である。そうすればセーターのほつれの如く綻びが生まれ始め、ここが電脳世界だと気付くことに繋がるのだ。

 

 

「いつ? う~ん、いつからだっけ。覚えてないや」

 

「じゃあ、どうやってここまで来たかは覚えてる?」

 

「ん~~。あれ? なんでだろ。全然思い出せない」

 

「無理に思い出さなくていいよ。時間を掛けてゆっくり思い出せば――」

 

「あっ! せっちゃん! 見てみて! このおじさんガイジンさんなんだって!」

 

 

突然イッシン少年がジョニーの方に向かって手を振り始めた。おかしい、イッシンとジョニー以外はこの場所に存在しないはずだ。そう思った彼は振り返り、目の前に居るであろう人物を確かめようとして愕然とした。

 

 

「な、なんで君が………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「デテイケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッッッハァ!ハァ!ハァ!」

 

「お気を確かにジョニー様!ここは現実世界です!」

 

 

フィズから飛び起きたジョニーは大量の脂汗で体を濡らしながら過呼吸状態となっており、近くに居た側近に脇を抱えられて介抱させる形でなんとか椅子から立ち上がる。しかし、そんな彼の容体など二の次であるセレンはすぐさまジョニーに駆け寄って成功の可否を聞き出した。

 

 

「セレン様、ジョニー様はお話出来る状況では――」

 

「そんなことどうだっていい! ジョニー! イッシンは、イッシンはどうなった!」

 

「はぁ……はぁ……残念だが彼はまだAMSの中だ。向こうから弾かれたから再同期には相応の時間がかかる。それより、教えてくれ」

 

「なにがだ! 必ず助けると――」

 

「AMSの中に君がいた。あれは一体どういうことだ?」




という訳でイッシン君は当分こっち側に戻りません。主人公不在のまま物語は進んでいきます。はてさて、どうなることやら。

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