サハラ砂漠 謎の施設 入口外苑
フランソワ・ネリスの気分は晴れやかだった。しかしそれは例のコンテナが解除出来た達成感からではない。むしろ未だ絶賛格闘中である。
では何故彼女が晴れやかなのかと言えば、砂漠特有の澄み渡った青空の下でタンクトップ一枚の軽装を晒しながら、大量の汗をかいたコーラを腰に手を当てガブ飲みしたからに他ならない。スラブ系人種と特徴である小麦色の肌とネリス自身の扇情的なプロポーション、砂漠の暑い外気によって仄かに上気した頬の組み合わせは地球上の男性なら反応せざるを得ない魅力を纏っていた。
「っぷはぁ! あ~~生き返る。なんで炎天下の炭酸ってこんな美味しいのかしらね?」
本来ならコーラではなくレモンが搾られたウイスキーハイボールを飲みたいところだが、今はセキュリティアルゴリズム解析という緻密な論理思考を必要とする作業の休憩中。確かにリフレッシュという点ではハイボールに一日の長があるが、一時の僅かな快楽を得るために世界のパワーバランスを変えかねない重大な成果を手放すのは少々惜し過ぎる。
(さ~てと。どうしたもんかな? あのコンテナが開く気配は一向に無いし、だからって投げ出すのも性に合わないしなぁ)
ネリスは思案する。単純なコストパフォーマンスで考えれば一つに拘って周りに散らばっているメリットを拾い上げないのは愚の骨頂であるし、なにより【コルセール】を率いる首魁としては落第点以下だ。
だが彼女は【コルセール】を率いる首魁である前に一介の技術者である。技術者の性分というのは目の前に置かれた未解決を放置出来ず、仮に放置したとしても必ず脳裏にチラついてしまうのが常だ。割り切れと言われればそれまでなのだが、生憎そう易々と割り切れるほど出来た人間ではない。
「でもな~。拘り過ぎんのもマズい気がしないでもないんだよね~~………とりあえず飲も」
「団長~~! 大変大変、マジ大変です~~!!」
嫌味なくらい真っ青な空を見上げてゴクッとコーラを一口含んだネリスの耳に飛び込んで来たのは女性の声だった。見ると解析チームの小柄な女性作業員が全力ダッシュでこちらに走ってきており、その表情も普段の可愛らしさはどこへやら。異性が見たらドン引き間違いなしの必死な形相で近付いて来ていた。ネリスの元に着いた時にはゼェゼェと肩で息をして、女性の可憐さなど一ミリも感じさせないオーラが放たれている。
「アンタ、意外と足速いのねぇ。コーラ飲む?」
「ゼェゼェ……あ、ありがとうございまっふ」
そう言って女性はネリスから差し出されたコーラを半ば奪うように受け取ると、見ている側が飲みたくなってしまうほど美味しそうに喉を鳴らしながらゴクゴクッと嚥下していく。
「それで? 何が大変なの?」
「っっぷはぁ! 忘れてました! とにかく来て下さい! 開いたんですよ!」
「開いたって、なにが? まさかあのコンテナって訳じゃないでしょ」
「そのまさかです! それにあのコンテナ、勝手に開いたんです! 勝手にですよ?! ヤバすぎません!?いま先輩達が対応してるんですけど―――あっ、ちょっと置いてかないで下さい団長~~!!」
***
「あっ団長!」
「話はあと。状況はどうなってるの?」
「それがどうもこうも。虎の子の強制解除ウイルスをコンテナ端末に感染させても効果が一切出なかったので、苛立ったコイツがコンテナの淵を蹴り上げたら開いたって感じですね」
「その言い方だと俺が悪役じゃねえか。それに開いたって言ってもまだ半開きだろ。セーフだセーフ」
「ウルサい脳筋。因果相関が分からない以上、直近の行動で判断すればお前のせいなのは明白だ」
「なんだとガリ勉メガネ」
「やめなさい。いい加減にしないと二人とも締め上げるわよ」
責任所在などという、現状況で一番無駄な口論が勃発する前にネリスはネクスト戦と同等の威圧感で制圧する。雇い主に本気で叱られてシュンと一回りほど小さくなった二人を一瞥した彼女は、それ以上の視線を送ることに意味を見出すことなく目の前に鎮座しているコンテナへ目を向けた。
彼の言う通り朱・白・銀それぞれのコンテナ開閉部がほんの数センチだけ開いており、その僅かな隙間からドライアイスの冷気に近い煙が漏れ出ている。開閉不良でも起こったのだろうか。いや、あの
敵対、というか世界滅亡をゲームとしか考えていない邪神
ビイィィィ!!!
刹那、鼓膜が破れるのでは無いかと疑ってしまう大音量のアラートが鳴り響き、あまりの音圧にネリスを含むその場にいた作業員全員が両手で耳を塞いでうずくまった。
「なによ、この音!?」
「ほら言ったろ!俺のせいじゃねえって!!」
「黙ってろ脳筋ゴリラ!!いまそれどころじゃないだろ!!」
皆が自身の生存権を保持するために必死で意識を握り締めている中、唯一人フランソワ・ネリスは見た。三つすべてのコンテナが圧倒的荘厳さを以て開け放たれる場面を。神話の一節を彷彿とさせる厳めしさを纏ったそのシーンを考えるに、このアラートは神の凱旋歌と言ったところか。そして姿を現したモノにネリスは驚愕する。
「まさか………これって………!」
ラインアーク 中央特区【ネスト】作戦司令室
「……失礼。よく聞こえなかったのでもう一度お聞きしたい、いまなんと?」
「何度でも言うさ。少なくとも現時点で君たちの出撃は認められないし認める気もない。これは決定事項だ」
クレイドル体制の根幹であるアルテリア施設がORCA旅団によって強襲され、それに呼応するように戦死したはずの【オリジナル】最強格が現れたことによる混乱はラインアークでも同様だった。想像の範疇を軽々と超えた事態に作戦司令室はラインアーク事変以上の物々しい喧騒に支配されている。その喧騒から少しだけ切り離された一室には6人の男女が集結していた。ロイ、セロ、レイヴン、シェリング、フィオナ、そしてラインアーク代表であるブロック・セラノである。
「おいおい流石に薄情すぎねぇかセラノ代表。連中、アルテリアを落とした次はメガリスに来るのは目に見えてる。それに、いま救援として参戦すれば企業連にそれなりの貸しは作れるだろ」
「これは損得勘定では推し量れないんだよロイ君。確かに君の言う通り動けば少なくない利益が確保出来る。だが同時にリスクも大きい。不確定要素が積み重なっている状況では尚更ね」
「それが世界の滅亡に繋がってもですか」
ロイの言葉に項垂れながら答えを紡いだセラノに対してセロはにべもなく言い放つ。彼としては多少の相違があるとはいえロイの考えに賛同する立場だ。アルテリアの危機にラインアーク所属リンクスが全員駆けつければ企業連の
印象は上昇して交渉カードがより強固になる。確かにその瞬間だけラインアークの防衛機能は間違いなく無防備となるが、長期的なメリットを考えれば参戦以外の選択肢は無いに等しい。
「……セロ君。確かにアナトリアの惨劇を様々な間近で見た君の意見は一考に値する。私とてそれは避けたい」
「なら――」
「だからこそ出撃は認められない」
「……貴方は何故そこまで?」
「止めろセロ。セラノ代表にも事情がある」
語気こそ強くないが、明らかな侮蔑と嘲りを放ったセロの言葉をレイヴンが制する。一方、セラノ自身は先程と変わらず項垂れたまま顔を上げずにいた。その手は小刻みに震えている。
「レイヴン、お前は何も思わないのか」
「彼は私達とは違う。我々が所詮『一介の戦士』に過ぎないのは分かっているだろ。民を率いていい人間ではない」
「………」
「だがセラノ代表は違う。敵不明戦力のラインアーク来襲確率が3%でもあれば民を守るために戦力を掻き集め防衛に徹する。民が首長交代せよと罵しっても、民が飢えないための後釜や体制が出来るまでは泥水を啜っても地位にしがみつく。その為ならどんなに汚く卑しい仕事でもやる………いいか? セラノ代表はラインアークを守るためなら悪魔に魂をタダで売る人間だ。ただ殺すしか能がない我々とは違うんだよ」
そこまで言うとレイヴンはセラノに向き直り、直立した。
「私の雇い主は貴方だ。貴方が道を違わない限り、私は貴方の傍で戦う」
「――本当に、本当に君は偉大だな」
ポツリと振り絞るように呟いたセラノの震える右手に、一粒の汗が落ちた。
いかがでしたでしょうか。
以前から思ってたんですけど、セラノ代表の苦労人臭スゴすぎません?一回のブリーフィングであそこまで醸し出せるってもはや才能ですよね。
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