凡人は気まぐれで山猫になる   作:seven4

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意図しない好意って面倒くさいですよね。そんな週末でした。


113.独白・Ⅱ

国家解体戦争が、今日まで続く企業支配(パックス・エコノミカ)の発端が『企業の罪』を隠蔽するための隠れ蓑に過ぎなかった。この事実にドン・カーネルと【オリジナル】そして宗主達はただ静かに耳を傾けているのに対し、今までなにも知らなかったジェラルドとウィンは狼狽えるばかりである。

 

 

「いや、言い方が悪かったな。食料問題やエネルギー資源の不足に関する問題は確かにあったし、それを解決するために我々企業が国家解体戦争を始めたこと自体は事実だ」

 

「そしてそれは一因でしかない、と。……貴方方は一体なにを隠しているのですか」

 

 

どうにか言葉を走らせることが出来たジェラルドだったが、その額にはじんわりと脂汗が滲んでいた。今の時代を生きる子供達の多くは企業資本が入ったロースクールに通い、現在の企業体制が国家と比べていかに合理的で効率的であるか()()()()()歴史の授業を受けている。すなわち洗脳が常態化して普通となっているのだ。我々の世界からすれば『大航海時代のイギリスは世界各地に優れた技術を与えたことで尊敬を勝ち取り、数多の国々から傘下に加えて欲しいと懇願されたため繁栄を築くことが出来た』と世界中の教科書に太字で記載されているようなものだ。

 

はっきり言って狂気の沙汰だが、それが世界の共通認識となれば話は変わってくる。『歴史は勝者が記す』という言葉があるように国家解体戦争で勝利した企業側が作った歴史(シナリオ)が正義であり真実なのだ。その真実を揺さ振られたジェラルドの顔面蒼白ぶりは口に出すのも酷い有様だったが仕方ない。宗主こと老人達が語る内容次第では、自身が行ってきた数々の栄誉ある作戦行動が一方的で悪辣非道な大虐殺に変わってしまうのだから。

 

 

「ジェラルド・ジェンドリン。君は企業が手掛ける宇宙開発事業についてどこまで知っている」

 

「宇宙開発事業? 私の記憶では国家解体戦争以前に行われた火星探査の結果、太陽系にテラフォーミング可能な惑星が存在しないと結論付けられて次点で検討されていたクレイドル開発にシフト。宇宙開発は凍結されたと聞いていますが――」

 

「事実は違う。凍結されたのではない。()()()()()()()()()()()()()

 

「どういうことです」

 

 

ジェラルドの語気を強めた詰問にゴールドマンは思わず溜息を吐く。自身の常識がこうもあっさりと覆されたのだから当然の反応だがもう少し毅然と振る舞って欲しいものだ。その調子ではこれから話す内容を聞き終わった瞬間に卒倒するか激昂するか、或いは茫然自失となるか。いずれにせよ彼の精神衛生上よくない結果になるに違いないのだから。

 

 

「……当時、宇宙開発事業は本当に勢いのある分野だった。なにせ人類自らの手で初めて宇宙という未知の領域(フロンティア)への挑戦権を勝ち取り、人間の生存圏を一気に拡大させることが出来る夢と浪漫が溢れた分野だからな。

 

しかし現代における夢と浪漫には必ず金と利権が纏わり付く宿命(さだめ)だろう。宇宙開発事業に着手していた企業達は他の企業を出し抜いて利権を掻っ攫いたい一心で投資を続け、ある答えに辿り着いた。

 

『誰よりも早く開発する必要はない。他の全員の開発を遅らせればいいんだ』という愚かで浅はかな答えにね。

 

そこからが速かった。企業達は無数の太陽光発電式高高度滞空型自律迎撃装置、通称『アサルト・セル』をライバル関係にある企業の領空内に無断で展開して宇宙開発を遅らせようと画策したんだが、そんなことはどこも一緒だ。たちまち高高度の空のほとんどがアサルトセルで埋め尽くされ、どの企業も宇宙開発事業のためのシャトルやらロケットやらが一切飛ばせなくなった。ならばとアサルトセルを破壊しようにも配備数が膨大過ぎて、除去には数十年単位の年月が求められてしまう。まさに自業自得だよ。

 

そこにタイミング悪く各国家からの突き上げがあった。もともと宇宙開発事業は増えすぎた人類への救済策として始まったからね。『宇宙開発はどうなっている。食料もエネルギー資源もそう長くは持たないぞ』と。国家のメッセージにどう解答したら良いかと各企業がこぞって思案している中、ある企業のCEOが言いだした。

 

『食料問題もエネルギー資源不足問題も、すべて国家に(なす)り付けよう。そして悪役になったヤツらを叩き潰せば大衆は我々が正義だと思い込む。それを実行出来る(ネクスト)が私達にはあるではないか』

 

そこからは史実の通り国家解体戦争が勃発して企業が危なげなく完全勝利。企業支配(パックス・エコノミカ)の時代が到来すると共に宇宙開発事業における一連の騒動は闇に葬られることになった。『企業の罪』と名を変えてね。

 

……これが真実だ」

 

 

ゴールドマンの独白に静まり返る『茶の間』。ある者は目頭を揉み(ほぐ)し、ある者は組んだ腕にグッと力を入れ、またある者は大きな大きな溜息を吐く。ではジェラルドはと言うと、握り締めた拳をブルブルと震わせながらゴールドマンをただひたすら睨みつけていた。しかし流石は『理想的なリンクス』と評されるだけある。爆発寸前の本能を強烈な理性で縛り上げ、怒気は隠し切れていないが出来るだけ紳士的な言葉でゴールドマンに確認した。

 

 

「つまり、私達がいままで誇りをもって、戦っていた理由は。地上のコジマ粒子汚染が、深刻になっている今、限られた人類がクレイドルで、なんとか延命している原因は……貴方方の醜態を塗り潰すための、ペンキだったということですか……!」

 

「――そうだ」

 

 

彼の怒りは真っ当なものだ。保身のためだけに人類が本来歩むべき道を閉ざし、あまつさえ絶滅の危機に直面させた所業は悪魔や黙示録のラッパ吹きと蔑まれて尚あまりある大罪だ。それを理解した上でゴールドマンは一言を添えた。絶対に言わなくて良い、しかし自己満足的な贖罪のためには言わざるを得ない一言を。

 

 

「そして先の言葉……国家にすべて(なす)り付けようと提案したCEOは、私だ」

 

 

瞬間、ジェラルドの理性は吹き飛んだ。彼を支えていた行動原理(バックボーン)である貴族の義務(ノブリス・オブリージュ)が虚構であると悉く否定され、本能的な殺人衝動に駆られる。目の前のこの男を殺さねば私の貴族の義務(ノブリス・オブリージュ)は果たされない、と。ジェラルドは護身用に腰元へ忍ばせていた10mm無反動拳銃に手を掛けてそのままゴールドマンに照準を合わせる。時間にして僅か1.5秒の早業。その場の誰もが彼の突然の行動に動けず、ただ呆然と見ているだけしか出来ない中、その引き金は無慈悲に引かれ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――放たれた弾丸は天井に着弾した。何故なら発射直前、隣に座るドン・カーネルが彼の肘を掌底で無理矢理突き上げて弾道を逸らしたからである。パァンと銃声が木霊する『茶の間』の空気を引き裂くように、ドン・カーネルはCQCでジェラルドの持つ10mm無反動拳銃をはたき落とすと彼を即座に制圧。後ろ手に締め上げて地面にめり込ませる勢いで押し潰した。対するジェラルドは自分の行いが信じられないと言った様子で虚ろな目を見開いたまま、口を半開きにして呟いている。

 

 

「私は……私は、なんてことを……」

 

「ジェラルド・ジェンドリン。貴様の苦悩と葛藤には同情するが手段を間違えるな。あの老いぼれ一人殺したところでなにも変わりはしない。ただ貴様が殺人犯に成り下がるだけだ」

 

 

そこまで言うとドン・カーネルは常備していた結束バンドでジェラルドの両手首を拘束すると、おもむろにはたき落とした10mm無反動拳銃を手に持って天井に数発撃ち込んだ。何のつもりかと一同が固唾を吞んで見守る中、ドン・カーネルは口を開く。

 

 

「天井に出来た複数の弾痕は私が所持している拳銃が()()()暴発して出来たものです。皆様の目撃に感謝します」

 

「ば、馬鹿なことを抜かすな! グループ宗主の暗殺未遂をなかったことにしろというのか!?」

 

「暗殺未遂? 私が所持している拳銃が()()()暴発しただけです。尤も、私の安全管理が行き届いていなかった故の事故ですので処分は謹んでお受けします、インテリオル宗主」

 

「ふざけるのも大概にしろ! ジェラルド・ジェンドリンは今すぐ反逆者として極刑に処すべきだ! 企業の秩序を乱そうとしたのだぞ!」

 

 

口角泡を飛ばす勢いでまくし立てるインテリオル宗主の怒声が響くが、ドン・カーネルはどこ吹く風。それどころか目をスッと細めてインテリオル宗主を睨み返した。

 

 

「では企業の秩序とはなんだ。人類をアサルトセルという鳥籠の中で窒息死させることか。それとも貴様の下らない権力闘争で地上の幼い命が(いたずら)に死ぬことか」

 

「な、なにを……」

 

「それに、この会合はORCA旅団との共同戦線構築の是非を問うためのものだろう。にも関わらず重要戦力であるジェラルド・ジェンドリンを極刑に処しては本末転倒も甚だしい」

 

「話をすり替えるな! 私は宗主の暗殺未遂の責任を問うているんだ! それとも宗主に価値がないとでも言うつもりか!」

 

「無いな。一ミリも」

 

 

飄々と言い切ったドン・カーネルにインテリオル宗主は絶句する。目の前の男は各企業の頂点であり、世界の絶対的支配者であるグループ宗主の偉大さを全く理解していないのか。有り得ん。有り得ん。有り得ん。

 

 

「自分の欲で人類を閉塞させたヤツらに万分の一でも生存価値があるとでも思っているのか」

 

「な……」

 

「では私はジェラルド・ジェンドリン連行のため退出する。よろしいですか、ゴールドマン宗主」

 

「――許可しよう」

 

 

憔悴したゴールドマンの言葉を受け取ったドン・カーネルは拘束されたジェラルドを連行しながら『茶の間』を後にする。残された面々が皆沈痛な面持ちを持っている中、王小龍は呆れながら口を開いた。

 

 

「それでは議題に戻ろう。ORCA旅団との共同戦線についてだが――」

 

 

2時間後、カラードは正式にORCA旅団との共同戦線を受諾。世界で初めての地球連合とも言える組織が一時発足した。




いかがでしたでしょうか。これからどうなることやら。

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